王道の職業。それは大魔導師フラグに違いない。 Ⅳ
六十七
「すずめさん、お待たせしました!」
呼び声に振り向くと、何冊か本を抱えたトオル君と荒くなった息を整えるように肩を上下するエミちゃん、それとその背後には立派な髭を蓄えた大柄なおじさんが立っていた。
──誰だろう?
窺う様に視線を向ける。おじさんは艶が無くなるくらいに使い込まれた革の鎧を身につけ黒いマントを羽織っていた。すごくしっかりとした体格で、どことなく見覚えがあるような……。そう見つめていたらおじさんと目が合った。、
「君がすずめ殿か。話には聞いていたが、よもやここれほど小さく可愛らしいお嬢さんだとは思わなかったな。それと守護四騎聖の方々もご一緒とは」
おじさんは何かを見定めるかの様に私を一瞥すると、丁寧な仕草で一礼した。見知った顔なのかカタハナさん達も小さく会釈を返している。……さりげなく小さいって言われた。クスン。でも可愛らしいって言ったので許す。
「まずは三人を救ってくれたこと、礼を言わせてくれ。ありがとう。
わしは三人の野外演習の引率をしていたダイカクと申す。三人は少し目を放した隙に居なくなっておってな、探し回っていたのだがまさかグリベアードと出会っているとは……、すずめ殿が居なければ危ないところであった。いやはや面目ない」
「先生は悪くないですよ、ジャックがいつもの警戒しすぎと方向音痴を同時に発動しましたので」
「ジャック君、すっごい張り切ってたから……」
話の内容からしてジャック君というのが、炎の魔法剣を使っていたあの見習い騎士なんだろう。同時にトラブルメーカー的位置にもいる様だ。
「これをどうぞ。初等部の時に僕たちも使っていたので、とても分かりやすいと思います」
トオル君に差し出された四冊の本を受け取るとカバンから封筒を取り出す。
「わざわざありがとうございます。いくらでしたか?」
「いえいえいえそんな、それは差し上げます。僕たちのお礼の品として受け取ってください」
ふむり……。
「ではありがたく頂きます」
一つ間をおいて封筒と一緒に貰った本をカバンに仕舞うと、遠くから響いているような鐘の音が聞こえてきた。
「あっと、昼休みが終わっちゃいそうだ。ではすずめさん、よければ今度ジャックにも会ってやって下さい」
「食事中のところ失礼した。もし何か困った事があったら是非わしを頼ってくれ。出来うる限り助力しようぞ。騎士学科のダイカクと言えば、すぐに分かるはずだ」
一歩下がり一礼すると、ダイカクさんは学食を後にする。何とも実直で気持ちがいい人だ。そして思いのほか、このアカデミーとのコネが出来た。まったく勝手の知らない異世界では、こういう人との繋がりは大事だ。ありがたい。
「では僕たちもこれで、本当にありがとうございました」
「あ、あ、ありがとうございましたっ」
優雅に礼をするトオル君と、遅れて頭を下げるエミちゃん。まだ息切れ気味だ。
「こちらこそありがとうございます」
言いながら、エイダス語の参考書が入ったカバンを示す。「僕たちにも何か手伝えることがあればいつでも言ってください」と言い残しトオル君はそのまま隣のテーブルに座る。そしてもう冷めてしまっているであろう、餡かけ焼きそばを啜り始めた。エミちゃんの方は、カウンターに向かいオムライスを注文していた。「今日は、オムライスがよく出るねー」と恰幅のいいおばちゃんが笑っている。
皆、食べ終わると一息ついてから学食を出る。来る時はソラヅキさんに手を引かれ走り込むように入っていったので、こうして改めてアカデミー内を観察してみると、普通にお城のエントランスだった。
お城に普通というのも変な気がするが、今私の脳内では豪勢な舞踏会が開かれている。一目見ただけでそんな光景が浮かぶ程に広く威厳の漂う所だ。だが空気感は、そこかしこを歩く学生たちにより庶民的になっている。まぁ、これはこれで新鮮で面白い。
「おや、カタハナさんじゃないですか? おお、皆さんもご一緒ですね」
少し年のいったしわがれた声に皆の視線が集まる。もちろん私もエントランスを見回すのを中断し視線を向ける。
そこには体格の良い見た目中年程のおじさんが、小脇に書類を抱えて微笑んでいた。背広に似た形状だが素材は革だろうか頑丈そうで、バックルの様なもの二つで前を閉じている。その内側に見えるのはワイシャツとベスト……ではなく、あれは鎖帷子だろうか。結構な防御力がありそうな衣装だ。
更に目を惹くのは、右肩から左脇腹辺りに斜めに掛けられた黒いベルトだ。そして剣の柄と思わしき棒が右肩から覗く。頭髪は少々心許無いが実力はありそうな印象だった。
「ゲンジロウさんじゃないですか。お久しぶりです」
「ええ、お久しぶりです。それはそうと聞かせてもらいましたよ、魔獣を討伐したそうですね。流石守護四騎聖の皆さんだ」
賞賛の声を送るゲンジロウさんと呼ばれた中年の男性は、大層喜ぶように「すばらしいすばらしい」と続けた。
ああ、その話題は……。今までの反応から何となく察したとおり、カタハナさんの表情が若干曇ったがすぐに元の笑顔に戻った。
「いいえ、私たちは……」
「いやー、魔獣がすっごく強かったんでこのお二人が助太刀してくれたんっスよー。ボク達だけじゃ危ないところだったっスねー」
カタハナさんの言葉を遮るように、ソラヅキさんは一層明るい調子で自分たちだけで倒したわけじゃないという事を伝えた。
どうにもカタハナさんは力不足を少々大げさに嘆いている節が見受けられる。会って間もない私ですら感づける位だ、いつも一緒にいる皆もそれは気付いていたはずだ。そんなカタハナさんに対するソラヅキさんの配慮だろう。
「おお、協力者が居たとは聞いておりましたがそうでしたか、そちらの方が」
またも「すばらしいすばらしい」と繰り返しながら私とニコの方へと歩み寄ってくると手を差し出してきた。
「どうもどうも。冒険者カンパニーの補佐官をさせて頂いております、イジュウイン・ゲンジロウと申します。さぞ名のあるお方とお見受けいたしますが、お名前をお聞きしてもよろしいですかな」
「えっと、森野すずめといいます」
差し出された手を握り返すと、ぎゅっと強く握られ「よろしくおねがいしますね」と上下に激しく振り回された。
続いてゲンジロウさんはニコに手を差し出てにこやかに握手を求めている。
「ニコだ」
何とも嫌そうな表情で握手に応じたニコは、私と同じようにぶんぶんと振り回されていた。まぁニコにとって男の人との握手なら気乗りしないだろう。
「俺、ああいう手合いは苦手なんだよな」
小声で呟くニコは、そのまま私の手をにぎにぎしながら「ああ、癒される……」と呟いた。まったく、どんだけ男嫌いなんだか。まあ手ぐらいなら許してやろうと、ニコの行動を黙認した。
「すずめさんに、ニコさんですか。うむむ、失礼ですが聞き覚えがないですね。魔獣とやりあえる猛者となると限られるのですが……、いやはや無学で申し訳ありませんな」
「ふーむ」と唸りながら頭を巡らせている様子のゲンジロウさん。自分の知識に自信があるのだろう様子だが、知らないのも当たり前だ。
「このお二方は遠い場所から来たばかりなようですので、ゲンジロウさんがご存じないのも無理ないかと思いますよ」
「そうなんスよ。それもとびっきり遠いところっスから、少しばかり常識にも疎いんス」
そうカタハナさんとソラヅキさんが当たり障り無く私達の説明をしてくれた。カタハナさんの表情にはもう曇りは無く、完全にさっきまでの優しいカタハナさんだ。ソラヅキさんの気持ちが届いたのだろう。
「ほう、そうでしたかそうでしたか。来たばかりということは、まだ冒険者カンパニーへはいらしていませんかな」
「冒険者カンパニーって何ですか?」
冒険者カンパニー。またもクセが発動する。名称からして冒険者に関する何かだろうが、そもそも冒険者とはどういう存在なのか。私のレパートリーではもはや王道の職業ともいえるものだが、この世界でも同じなのだろうか。
「なるほどなるほど。余程遠くからいらしたのですね。遠路遥々ようこそ、学術都市バビロンゲートへ。歓迎いたしますぞ」
「はぁ、ありがとうございます」
学術都市バビロンゲート。そういえば、ここに来て初めて街の名前を聞いた気がする。学術都市というくらいだから、きっとこのアカデミーを中心に発展した都市なのだろうと推察してみる。世界中の知識が集まる学術都市。等と勝手に想像し一人悦に入る私。
「冒険者カンパニーというのはですね、その名の通り冒険者を斡旋し様々な依頼をこなしてもらう派遣業です。ちなみに冒険者というのは冒険者カンパニーに所属し、多彩なスキルを有し世界中を巡る勇気ある者たちの呼び名の事でございます。
依頼は毎日多く寄せられており、アクゼリュスの討伐依頼に希少な素材の入手、未開地の開拓、護衛任務に物資運搬。そして魔獣の討伐。更には国からの迷宮調査指令など等。仕事に困る事は一生無いと断言できますぞ。
我々は勇気ある者達に、そういった適した依頼を斡旋し様々な支援を行う援助組織なのですよ。
お二人の実力ならばきっと活躍は間違いなしでしょう。是非とも我が冒険者カンパニーへお越し下さい」
「はぁ、どうもです」
ゲンジロウさんは破顔しながら一気にまくし立てると、一枚の紙を差し出してきた。思わず受け取ったそれには、もちろん読めない文字がぎっしりと書かれている。
「すずめさんすごいね。ゲンジロウさんから直接の勧誘だなんて珍しいんだよ」
言いながらヒメユキさんが横から顔を覗かせると、受け取った紙を見て「これは冒険者カンパニーの案内状だね」と教えてくれた。
冒険者。様々な依頼をこなす世界の探求者。どうやら私の思い描く冒険者像と大差はなさそうだ。すばらしいすばらしい。




