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常識について、教えてください。 Ⅶ

六十二



 こんな街中に敵が出現するなんて、想定外だ。街中だからといって落ち着いていられないのだろうか……などと考えた。

 しかし、気づくといつの間にか歓声が上がり、ざわめきが聞こえる。声の波の中から一部を掻い摘んでみると大凡の内容は、『あの子フユギリちゃんじゃない。ちっちゃくて可愛い。守護四騎聖の後輩だ。フ・ユ・ギ・リちゃーーん。僕達の出番は無さそうですね。バカ言うなよ、俺はお前一筋だって。もうちょっとでスカートが』といった具合だ。


 この街の人たちは、この状況に危機感を感じていないように思える。なんでだろう。


 それにしても…………よく見ると、爪を避けるフユギリさんのチェックのスカートが激しく翻る。その度に歓声が上がるのは果たして気のせいだろうか。


 いろんな意味で「危なーい!」と言いたい所だが、こんなリアル戦闘中に水を注すのはいけない。出来れば健全な観衆であることを祈るのみだ……。無理か。


 っと、内容が逸れた。関係ない雑念が多すぎだ。とりあえず、見た感じと無駄な部分を抜いたざわめきからしても、フユギリさんの強さは流石のものの様だ。


 体格では圧倒的に劣るフユギリさんだが、声を荒げて吼えるライオンに対し息一つ切らさず的確に剣を振るっている。今初めてフユギリさんをカッコイイと思った。

 風に乗る様にゆらりとゆらめく剣先が、突如として得物へ喰らい付く蛇の如くライオンへ襲い掛かる。


 フユギリさんが戦い始めてどの位経っただろうか、数秒、数十秒程度で決着した。

 身体中を穴だらけにされ、血を流し膝をつくとライオンは前のめりに倒れこんだ。石畳にライオンの血がじわりと広がり、その隙間に染み込んでいく。

 その光景は、まぁなんだろう……結構エグイ。フユギリさんの戦い方も、可愛い顔に似合わず……結構エグイ。

 そんな当人は、警邏騎士の人たちといくつか言葉を交わしてから、私たちの方へと戻ってきた。


「すいませんですー、すずめさん、ニコさん。お待たせしましたー」


 そう言ったフユギリさんは、もうすでに今まで私達といたフユギリさんに戻っていた。


「お疲れ様でーす。ところでアクゼリュスって普通に街中でも出たりするものなんですか?」


「いいえー。フォーティシージの後だったからですよー。何体かアクゼリュスが街に潜伏してたりするんですー」


「ほう、そいつぁ物騒だな」


「それで、さっきその潜伏していたアクゼリュスを見つけたって事ですね」


「ですー。少し動いてる気がしたので近づいたらやっぱりでした」


「すごいですねー。でも危ないですよね。いきなり路地裏を歩いている時なんかに襲われたりしたら」


「そうなんですー、なのでフォーティシージがあった日から一週間ほどは、皆帯剣する事になってるんですよー。警邏騎士さんが多いのもそのためなんですー」


「なるほどー。だから大通りに居た人たちはあんなに反応が早かったんですね」


「昔は大変だったらしいですが、今はもう皆さん慣れっこなんです。ただ、昨日先輩方の戦った大物は五年振りくらいだと思いますー」


「そんな頻繁にあるもんなんですか?」


「今は一年に三、四回くらいですねー。昔はもっとあったらしいですよー」


「ほほー。大変なんですねー」


「ハティの奴も大変だってぼやいてたな。そういえば」


「ハティが?」


 そうニコに聞き返したとき、急に一人の小さな女の子がフユギリさんに抱きついた。


「はぅっ、どうしたんでしょう。この子」


「あら、どうしたんでしょうねぇ……」


 女の子は、抱きついたまま顔を上げると、瞳を爛々とさせながらフユギリさんを見上げる。頭の後ろで大きな二つのリボンとツインテールが揺れる。


「フユギリおねーちゃん、こんにちはー」


「こんにちはですー」


 満面の笑みを浮かべる女の子とフユギリさん。やけに空気が緩くなったと感じるのは私だけだろうか。


「ああ、すいません! もうカナミったら、勝手にどっかに行かないの」


「おかーさんおかーさん。フユギリおねーちゃんだよー!」


 カナミと呼ばれた女の子は、後からやってきた母親らしき人に手を取られフユギリさんから引き剥がされる。


「すいません、本当にすいません。この子ったらフユギリさんの大ファンでして」


「私のですか? うれしいですー。ありがとうございますー」


 言いながら、フユギリさんは目線を女の子に合わせるとその手を取りぶんぶんと握手をする。自然と浮かんでいる笑顔がとても嬉しそうだ。


「突然すいませんでした。ほら、カナミも」


「フユギリおねーちゃん、バイバーイ」


「はい、バイバイですー」


 申し訳無さそうに一礼する母親と、全力で手を振る女の子。それに答える様に手を振り返すフユギリさん。もしかしてフユギリさんは結構な有名人なのだろうか。

 手を繋ぎ人波の中に紛れていく親子を見送ると、「では、早く先輩のところへ向かいましょう」と歩き始めるフユギリさん。


「フユギリさんって有名人だったんですね」


「ふぇっ!? 私はそんなんじゃないですよー。先輩方が有名なんですー」


「カタハナさん達ですか?」


「ですー。皇女様から緊急時の国の防衛指揮権と軍事兵装の使用を許可されてますし、この国には十人しかいない守護の称号を頂いてるんですよ。私はそんな先輩方の後輩という事で知られてるだけですー」


「カタハナさん達って国単位ですごかったんですね」


「すごいんですー」


「でもさっきのフユギリさんもカッコよかったですよ」


「ふぇっ!? えへへー。私なんてまだまだですよぉー」


 照れ笑いを浮かべながらも両手をパタつかせるフユギリさん。まんざらでもなさそうだ。しかしなんだかどうにもフユギリさんを見てると、ぎゅっ、としたくなる。小動物の如き可愛らしさとでもいうのだろうか。ここら辺がフユギリさんの人気の秘密の様な気がしないでもない。





 目的地の塔は、見知らぬ人達でやけに賑わっていた。若い女性から、いかにも職人なおっちゃんまでぞろぞろと揃っている。


「あ、コトノハさーん。こんにちはですー」


 見知らぬ人たちの中にいた一人の女性に大きく手を振りながら声を掛けるフユギリさん。振り向いたその人は栗毛色のショートカットで、こちらを見るなり駆け出してきた。


「フユりーん!」


 一気に駆け寄るとそのままの勢いでフユギリさんを抱きしめるコトノハさんと呼ばれた人。フユギリさんに猛烈に頬擦りする姿にどことなく、ああこの人も店の人なのかなと直感した。


「フユりん大丈夫だったー!? 怪我とかしてない?」


 直情的な愛情表現だが、フユギリさんは慣れた様にされるがままになっていた。


「見ての通り大丈夫ですよー」


「よかった、フユりーん!」


 フユギリさんだから、愛称はフユりんか。等と考えながら周りを見回してみる。


 塔の壁に開いていた大きな穴は、厳つい男達がえっちらおっちらと石煉瓦を積み上げていて、もうほんのちょっとで完全に塞がりそうだ。そんな壁を見つめてふと気づく。今回の新しく積まれた石煉瓦の壁は、当たり前だが汚れの無い新品なので一目でそれと分かる。だがこうしてよく見ると年季の入り具合で、あちらこちらと斑模様だ。

 昨日の今日でもうこんなに作業が進んでる事を考えると、壁が壊れるというのはいつもの事なのだろう。あと、誰も何も言わないところを見るとフユギリさんのこれもいつもの事なのだろう。


 そしてフユギリさんを抱擁したままぐるぐると振り回すその人は、不意に私達へ向くとそのまま突進してきた。


「あなた達、すずめさんとニコさんね! フユギリをありがとう!」


「いえいえ、私は大した事はしていませんよ」


 相手が綺麗な女性と見るや否や、ニコはいつもの如くカッコつけ始める。


「あうー、こちらはコトノハさんですー。神殿騎士団第三隊の副隊長さんですよー」


「どうも、すずめです」


「ニコと呼んでくれ」


 近くで見るとコトノハさんは結構背が高い。私の頭が丁度口の辺りだ。


「初めまして。ユメミザクラ=コトノハ。二十歳。この店の店長その二よ。よろしくね」


「はい、よろしくお願いします」


「うんうん、すずめ・・・ちゃん、って呼んでもいいかな?」


「ええ、別に構いませんが」


「コホン。では……、すずめちゃーーん!」


「なっ!?」


 予備動作も無く、唐突にコトノハさんに抱きしめられると先客のフユギリさんと顔を合わせる。


「すずめちゃんもかーわいーい!」


 自分の番を待ち両手を広げるニコは突っ込まずスルーすることにする。


「フユギリさん。これは一体」


「すいませんすずめさん。コトノハさんはこういうお人なのですよ」


「こういう……ですか……」


「はい……背の……小さい女の子が好きらしいです」


「背の……小さい……」


 その単語に二人でうな垂れる。


「二人とも可愛いんだからそんなの気にしちゃダーメ。女の子は背なんて関係ないんだからね」


 そう言われても、やっぱりコトノハさんは背が高くモデルの様に綺麗でとてもとても羨ましい。


「はぁ、ところで先ほど言った店長その二、とはなんですか。副店長とかじゃないんですか?」


「あら、知らないの?」


「すずめさんとニコさんは、遠くの国外れから来た旅の人でして街の事とかに少し疎いみたいなんですー」


「そーいう事なら、お姉さんが詳しく教えてあげる」


 そのまま更に抱き寄せられると、頬にキスをされる。妖しく光るその瞳は、ヒメユキさんとソラヅキさんを髣髴とさせる。この店はこんなんばっかりなのだろうか。

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