常識について、教えてください。 Ⅵ
六十一
私が青地に赤で彩色されたブリオーを着て、フユギリさんは白地に青で彩色され所々を金属板で補強された実戦向けのタバードを纏い、二人で魔獣討伐をシミュレートしている時、かすかに呼び声が聞こえるた。
「今、呼ばれませんでしたか?」
「えっと……先輩、からかと思いますー」
訊くと、フユギリさんは袖から右手を引っ込め、タバードの下でごそごそとしている。先輩からと言ったが、三人は店、ヒメユキさんは治療院なんじゃなかろうか。
再び袖から手が出てくると、フユギリさんは何やら少し大きめのコンパクトを手にしていた。
「フユギリー。今大丈夫ー?」
ぬ? そのコンパクトから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。この声は多分カタハナさんだ。
「はいー、大丈夫ですー」
コンパクトを開き返事をするフユギリさん。どう見てもコンパクトに向かって話しかけている。
これはもしかして、携帯電話か!?
それからフユギリさんは二言三言、会話をするとコンパクトを閉じ、また袖から手を引っ込めてゴソゴソする。
「先輩から昨日の報酬が届いたので、すずめさんを連れてきて下さいとの事でしたー」
言い終わると、身体を左右に揺すりながらタバードを脱ぐフユギリさん。どうやら、次はあの塔の様な店に行くみたいだ。
私もブリオーを脱ぐと、いつか絶対買ってやるから待ってろ、と店内の品々に誓いロイヤルなんとか服飾店を後にする。
大通りは往来が盛んな中、石畳に含まれる石英だろうか、昼の日の光に照らされてキラキラと輝く。
私は通りを一望しながら、剣、斧、槍と思い思いの武器を腰に下げ背に差して行き交う人々の姿に何度も感動を噛みしめる。
「すずめさん、ニコさんこっちですー」
呼び声に振り向くと、離れたところに手を振るフユギリさんを見つける。景観に見惚れている間に遅れてしまった。
「はーい」
返事をしながら駆けて行く。フユギリさんと一緒にはしゃいだからだろうか、無性に身体を動かしたい気分だ。
「機嫌よさそうだな、何か良い事でもあったのか?」
「全部!」
ニコの問いかけに即答しながらフユギリさんの元に辿り着く。今の私は絶好調、ここに居るということ事態が今一番良い事だ。
「ではでは、行きましょー」
大手を振りながら、ころころと笑顔を振りまくフユギリさんを先頭に歩き出す。
フユギリさんの口ずさむ調子外れの歌と、ゆっくりと流れていく景色が何とも心地良い。
暫く大通りを進んでいると、白い鎧の騎士があちこちに居る事がふと気になった。この世界の騎士は皆同じ鎧なのだろうかとも思ったが、正反対の黒い鎧に身を包む人もいるし、ド派手な赤い鎧や、鈍い銀の鎧の騎士も居た。にも関わらず白い鎧の騎士は、その肩の装甲に同じマークが付いていて、どこに向かうでもなく辺りを見回したり、フユギリさんがさっき出したコンパクトの様なもので誰かと話をしたりしている。果ては、一般人っぽい人と何やら話している騎士も見えた。
「フユギリさんフユギリさん」
「はい、どうしましたか?」
「あっちやそっちに居る白い鎧の人って何者ですかね」
見える範囲に居た白い騎士をちらほら示しながらフユギリさんに問いかけてみる。
「警邏騎士さんの事ですか? すずめさんの住んでいた所にはいませんでしたか?」
「警邏騎士……」
「あ、そういえばすずめさん、かなり遠くから来たんでしたね。えっと……すずめさんの住んでいたところに自警団ってありましたか。民間の団体で、山奥のように国の管理が十分じゃない村などで犯罪の抑止や村の警備、アクゼリュスの討伐などを行う人たちがいるはずですけど」
自警団、そして警邏……つまるところ警邏騎士とは、制服警官みたいなものだろうか。
「ありましたありました。警察ですね。犯罪捜査したり犯罪者を逮捕したりしてました。民営じゃなくて国営でしたけど」
「警察さんですかー。呼び方は違っても国営の警備組織でしたら、警邏騎士さんの鎧は国ごとに特色はありますが、基本は同じはずですけど?」
「あー、えっと、そもそも鎧じゃなくて皆、紺色の布製の制服でしたので、まったくイメージが違ったんですよね」
「布製の制服ですか。動きやすさ重視なんですねー。この街にも警邏騎士所属で機動力重視のレンジャー部隊がありますが、すずめさんのところは皆レンジャー部隊なんですかね」
「まあ、そんな感じかもしれません」
正直、私もドラマやドキュメンタリーで得た知識程度でしか警察の事は知らない。レンジャー部隊、スワットとか呼ばれる特殊部隊はそれに当てはまりそうなので、そういう事にしておこう。
「機動力メインの警邏騎士ですかー。すずめさんの住んでいる所は、私の知らない事がいっぱいありそうですー。今度行ってみたいですー」
期待の眼差しで見つめてくるフユギリさん。こんな素直な視線を向けられては、行けません、と言い辛いではないか……。
「機会がありましたらいつか」
「楽しみにしてますー」
私は元の世界に戻る日が来るのだろうか。そこが問題だが、今はまだこの世界を満喫することにしよう。
目的地の塔の店は、大通りの行き着く先にある大きなお城の敷地のすぐ隣。服飾店を出て十分ほど経っただろうか、遠目には見えるのだが余り近づいた気がしない。
だが、通り過ぎる何十件という店の数々に大小様々な武器屋、防具屋、道具屋の様な看板と共に窓の中に見える武具や装飾品、アイテムが私を魅了して止まない。
「あ、フユギリさん。あの店は何の店ですか?」
四角が重なるような模様の看板を指差しながら訊いてみる。
「あそこは、タロット屋さんですー」
「タロット……占いしてるんですか」
「占いじゃないですよー。スフィアシンク対応のレリクトに使うタロットですー」
新しい単語発見。レリクトは昨日聞いたけれど、スフィアシンクという単語は今日が始めてだ。
「スフィアシンクってなんですか?」
「あー、そうでしたー。すずめさんはレリクトの事知らないんでしたね。えっと、レリクトの中にはスフィアを取り付けて機能を拡張出来るタイプの物がありまして、その機能を使ってスフィアをレリクトに取り付ける事をスフィアシンクって言うんですー」
「なるほど。スフィアを取り付けられるって事は聞いてましたが、それがスフィアシンクでしたか」
「ですー。それでスフィアシンクしたレリクトの性能を変化させるのがタロットなんですー」
「性能の変化ですか?」
「はいー。まずスフィア毎に属性を設定してると思いますが、レリクトにも属性……というか相性の様なものがありまして、炎を強化するタイプや雷撃を強化するといったものですねー。でもレリクトだけでは強化しか出来ませんが、そこにタロットを入れる事で強化の形を指定出来るんですー。
例えば、炎を長時間レリクトに纏わせるとか、スフィア魔法発動後、効果の発動を遅らせるとかが出来る物もあるんですよー。種類は沢山ありますー」
「ふーむ、なるほど……」
まるでゲームで装備品の説明を聞いている様な気分だ。だからだろうか、言ってる事は良く分かった。
早い話がタロットは機能拡張用アイテムという事だろう。レリクトとタロット、これは是非とも揃えたい品だ。今回の報奨金ってやつで買えるだろうか。
「あ……、すずめさん止まって下さい!」
唐突にフユギリさんが私を制止する様に手を広げる。
大通りに並ぶ店と店の間、細い脇道の奥を見据えながらフユギリさんはゆっくりと歩み寄っていった。見たところ、大きな袋がいくつも入れられたゴミ捨て場の様なものしか見当たらないが、さっきまでの笑顔とはうって変わって、真剣な雰囲気を纏わせている。
「すずめさんは、ここに居てください」
そう言うと、フユギリさんは小走りで脇道に踏み入っていった。
「ん……、こいつぁ……」
ニコがフユギリさんの向かった先を見つめながら呟く。
「なに、どうかしたの?」
「この風の匂い……。いるぞ」
何が? と言おうとした瞬間、何かが崩れる音と金属の弾ける様な甲高い音が響いた。
反射的に脇道の方を見ると、いつの間にか抜剣していたフユギリさんの近くから黒い影が高く飛び上がった。
「なっ!?」
黒い何かは壁を蹴り駆け上がって行くと、大きく弧を描き大通りへ降り立つ。
その姿は黒く短い体毛にライオンのような鬣を靡かせ、二本の足で立っていた。身体は大きく、軽く見積もっても二メートルはありそうだ。
初めて見るタイプだが、きっとこいつもアクゼリュスだろう。こんな平和な雰囲気の街中でいきなりの遭遇、慌てて剣を抜きライオンへ向いて構えると、ふと周りの状況に唖然とした。
見える範囲の全ての人々が各々武器を構えライオンに向けている。
「ここは任せてください!」
その対応速度に一瞬声を失っていると、脇からフユギリさんが疾風の如く突撃して行った。
ライオンのアクゼリュスは大きく刃のような爪を振り回すが、その繰り返される攻撃を紙一重で全て躱し、フユギリさんは鋭い一突きを見舞う。そのまま付かず離れずの攻防が繰り広げられた。




