常識について、教えてください。 Ⅴ
六十
「ありがとうございましたー」
「また来ますー」
ブンブンと手を振るフユギリさん。ナツウミさんも小さく振り返していた。
店を後にすると、フユギリさんがピタリと立ち止まった。
「おいしかったですー」
「そうでしたねー」
満面の笑みを浮かべるフユギリさんは、とても幸せそうだ。
「さぁすずめさん。目的地のロイヤルヴューズ服飾店は目の前です」
言いながら大げさに両手を広げたフユギリさんの後ろには、「高いです」と、全てで語りかけてくる大きな石造りの建物が見えた。
大通りを挟んで向かいにあるその店は、歴史のある美術館のように堂々としていて、入り口近くにさりげなく置かれた着飾ったマネキンは、名のある芸術家の傑作ともいえそうなほど優雅だった。
近くまで歩み寄ると、その圧倒的な建築芸術に感嘆する。
「ほらほら、天使だ天使!」
ニコの裾を引っ張りながら、入り口の上で戯れる天使達の像を指差す。
「ほーう。こりゃ中々立派じゃねぇか」
「ロイヤルヴューズ服飾店の建物は、もう築二百年なんですよ。しかも、名工といわれた彫刻家ヒイラギさんが三十年かけて造った彫刻で飾られた指定建築遺産なんです」
フユギリさんが、エヘンと鼻高々に解説してくれた。話からして、かなりの建造物のようだ。
一歩下がり、改めて見上げてみると壁にも細かい彫刻が施されている。ふと、その歴史ある佇まいに少しだけ思いを馳せる。見知らぬ世界の歴史、どのような時を経てきたのかと。
剣と魔法の世界の辿ってきた軌跡。とても気になります。帰ったら、本棚に歴史書がないか調べてみようかな。
「じゃあ行きましょう。すずめさんが言ってたローブ類は、ここの三階にありますよー」
「おお、早く行きましょう」
フユギリさんを急き立てる様に店に入ると、そこはもう別世界だった。
一階はどうやら普段着のフロアらしい。見た事もない様なデザインだが、どれも方向性がはっきりしている。可愛いものは可愛く、格好いいものは格好良く。落ち着いた色彩や、快活な色使いなど、どれもこれもが輝いて映る。
そんな多種多様な中から、ふと壁際のマネキンに着せられた服一式に目をやる。
なぜこのマネキンに目がいったかというと、それはもう見事なまでのゴスロリファッションだったからだ。
黒が基調で白く縁取りされたフレアスカートのワンピースタイプ。白の大きな襟には、端から少し開けたところを黒いラインで飾り、胸元を赤いリボンで留めている。
憧れに似た思いはあるものの、きっと私には似合わないだろう。だが多分、フユギリさんならピッタリだろう。
この服も他の服も私の居た世界では少しコスプレっぽく見える衣装だが、この世界ではこれくらいでも普段着の様だ。実際、店内を闊歩する客たちも皆、ファンタジックな衣装に身を包んでいる。
顔と同じくらいの大きさのリボン、アルプスの民族衣装風のワンピース、鈍い銀色に輝く軽鎧、トンガリ帽子を被ったローブ姿、どれもこれも私が、マンガやアニメ、ゲームなどで慣れ親しんだファンタジー装束そのものだった。
「ビバ、ファンタジー!」
居ても立ってもいられず、フユギリさんの言ってた三階目指して店中央の螺旋階段を駆け上がる。
階段途中ですれ違ったロリィタファッションの少女の可愛らしさに少し目を奪われながら三階に到着すると、そこはまさしく後衛用防具店とでもいったような空間だった。
明るい色合いのローブや高級感漂う黒いローブ、修道服のような形状の衣装もある。色違いも沢山あるが、何より種類が豊富だった。タバードにブリオー、オーバーコートにケープ、クローク。インバネスコートやアカデミックドレスの様なものまで見える。
私の立ち位置からちょっと見回しただけでこれだけの種類が目に入るのだから、この店の底力は計り知れない。これはもう目移りするなんてもんじゃない、一週間はここで費やせそうだ。
早速、手近にあった濃い目のブラウンに赤と金色の刺繍ラインの入ったクロークを手にとってみる。見た目はそのまま、袖の無いオーバーコートといったところだ。
そのまま羽織ると、所々に乱立する姿見の一つの前に立ち確認する。
少しだけコスプレチックな自分の姿に少し恥ずかしくなるものの、次第に高揚感が込み上げてきた。
「そこに居るのは、大魔導師のすずめ様じゃあーりませんか!」
一度姿見に背を向けてから振り返る。
「何か用かしら?」
自分に声を掛け自分で答える。フワリと広がるクロークの裾が緩やかに円を描くと、金色のラインがキラリと光を反射する。
今の私、超魔導師。
「さすがにその独り言はどうかと思うぞ」
「すずめさん、カッコいいですー」
「なっ!?」
いつの間にか隣には含み笑いを浮かべるニコと、屈託のない眼差しを向けてくるフユギリが居た。その視線は余計に恥ずかしさを際立てるから勘弁して欲しい。
「いつから……!?」
「大魔導師のすずめ様」
「忘れろー!」
ニコにパンチを乱れ打ちしながら後ろに回りこみ、火照る顔を隠すように背中にしがみ付く。
「ぐぬぅ……、二人とも意地悪だ」
「すずめは見ていて飽きないな」
「先輩方と共に魔獣を倒した、大魔導師のすずめさん。尊敬ですー」
フユギリさんの悪意無い言葉が余計に堪える。
一人うな垂れていると、ふとクロークの襟に付いているタグに気づいた。
「おや?」
手に取り見てみると、見た事も無い文字の様ないくつもの記号と共に、見覚えのある羅列があった。
「えっと……一、十、百、千、万……」
そう、それは数字の羅列だった。
「十五万……」
同じ方式だったら、このクロークは十五万するという事になるのだろうか。
「フユギリさん!」
「ひゃい! どうしましたか?」
「これって、値段ですか?」
タグをフユギリさんに見せ、数字の所を示す。
「はい、そうですー。十五万シールですか、やっぱり結構しますねー」
十五万……シール。シールとはこの世界のお金の単位だ。前にニコに教えてもらった。結構するという事は、そこそこ高いという事だろうが……、一シールがどのくらいの価値なのかが分からないのが問題だ。
「時にフユギリさん。ジュース一杯、何シールくらいなんですか?」
「ジュースですかー? えっと、さっきのオーシャン菓子店のオススメ、レモンミルクは一杯二百シールですよー」
「レモンミルクが二百ですか……」
お店で飲むジュースが一杯二百シール。これは私の世界の円と大して変わらないくらいじゃないかな。
となると、このクロークは十五万円ってところになる……。
高!
急ぎながらも、丁寧に脱ぐとそっと元の場所に戻す。分かってはいたのだがとんだ高級店だ。
「すずめさんなら、これも似合いそうですー」
そういいながらフユギリさんがひょいと掴んだローブは、白い生地に青と赤の細かい刺繍が入り、それをさらに金糸で縁取っている。どこの王族だと言いたくなるような豪華一品だった。
チラっと揺れたタグを見ると、最初の数字が五だった。
高い。何かあったら謝罪で済むような値段じゃない。……最悪ニコに抱えてもらって飛んで逃げるしか……。
「すずめさん、カッコいいですー」
等と考えているうちに、手取り足取りでいつの間にか着せられていた。目の前の姿見に映る私は、正に王女様。優雅かつ気品を兼ね備えた、誰からも愛される、そんな王女様。
「お、中々似合うじゃねぇか。正に魔女って雰囲気だな」
ニコの一言により、私の高貴なイメージはバベルの如く崩れ去った。
「いいもん、私は大魔導師になるんだから……」
「私は、いつか先輩方みたいな、立派な騎士になりますー」
にこやかな笑顔で抱負を語るフユギリさんは、いつのまにか赤いタバードのような服を着ていた。派手な色合いながらも、どことなく優雅な雰囲気を纏わせるそれは、魔法剣士とでもいった風体を思わせる。
とはいえ、フユギリさんの楽しそうな笑顔の前では、そのような颯爽としたイメージは無く、制服を着た新一年生とでもいった感じだ。可愛い。
「一緒にがんばりましょう!」
「はい、すずめさん。がんばりましょー!」
それから、テンションの上がった私たちは将来何を着て活躍するかという題材で、アレやコレやとタグを気にせず試着を繰り返した。ニコは何度も、これがオススメだと丈の短いものばかりを持ってきていたが、私はそれら全てを即答で却下した。




