常識について、教えてください。 Ⅳ
五十九
大通りに出てから進むこと暫く、目の前には赤十字のマークが大きく描かれた看板が掛かった白い建物を見上げる。赤十字の意味が私の世界と同じなら、ここが目的の治療院だろう。
まあ、ヒメユキさんの明らかに拒絶する様な表情からして間違いないと思うが。
「あ、ほらほらすずめさん。ここのチュロドーナツすっごくおいしいんだよ」
目的地の治療院一歩手前で踵を返すと、甘い香りの漂う店を指差しヒメユキさんが突撃していった。
「奢ってあげる! いこいこ!」
「ああうぅ、ヒメユキ先輩。治療院はそっちじゃないですー!」
追いかけていくフユギリさん。さっきからずっとこんな調子だ。パン屋、雑貨屋、服屋、本屋、そしてドーナツ屋。どうあっても治療院に行きたくないらしい。カタハナさんが何度も念を押していた意味が分かった気がする。
「すずめさーん!」
「あいよ!」
しがみ付くフユギリさんを引きずりながらドーナツ屋に向かうヒメユキさんを止めるべく、私もしがみ付く。
「ぬああああー! 負けるものかー!」
「やーーーん、止まって下さいーー」
「ヒメユキさん、大人げないですよー!」
流石、守護なんとかと言うべきか。無駄に力が強い。だがこのままでは、記念すべき初クエストが失敗で終わってしまう。私のクエストコンプリートリストに失敗の文字は相応しくない。ロードが出来ないのなら尚更だ。
最終手段だ!
「ニコ、よろしく!」
「お、すずめ直々のおさわり許可だな。よろこんで!」
「変な言い方するなー!」
言うが早いか、三人まとめてニコに抱え上げられる。
「うわ! うそーーー!」
「はわわわわ、ニコさんすごいですー」
「よし、このまま運んでいって!」
「人気の無い所にだな!」
「違う!」
「残念……」
「ニコさん、よろしくですー」
「いーーーやーーー!」
「これも主の命令だ。許せお嬢さん」
ニコは三人を抱えたまま治療院に向かうと両開きの扉を蹴り開く。
カランカランと扉に付いた鐘が鳴った。院内を見回すと、待合席には今のところ人は居なさそうだ。
そこでニコに降ろしてもらうが、私とフユギリさんはヒメユキさんを掴む手を離さない様にする。
院内に居た一人の女の子が振り向いた。その女の子は白衣に身を包んではいるが、どうにもまだまだ着せられている感が抜けきれていない。新米看護婦だろうか。
「いらっしゃいませー。四名様ですねー」
ん…………あれ、病院ってこんなノリだったっけ?
「ああもう! ごめんなさいね、ヒメちゃん。皆さんもね」
一瞬あっけに取られていると、メガネをした気の強そうな白衣の女性が新米看護婦さんの後頭部を手に持ったファイルで叩く。
「まったく、ここは喫茶店じゃないと何度言ったらわかるのかしら?」
「ありゃりゃ、また言っちゃいました? すいませーん」
ペロっと舌を出す新米看護婦さん。反省しているようにはまったく見えない。
「お久しぶりです。ホシサクラさん……」
「ええ、お久しぶりねヒメちゃん。今日来ると連絡があったけど、また逃げ出すかと思ってたわ。今度はちゃんと来た…………訳でもなさそうかしらね」
怪訝な表情で見つめるメガネの看護婦さん。ホシサクラさんいう名前らしい。星桜。なんだかペンネームみたいだ。
それはともかく、今度はという言葉から、ヒメユキの治療院嫌いはここでも有名なのだという事が分かった。ならば私とフユギリさんに拘束された姿を見れば、大体の予想はつくというわけか。
ここまで来ればもう大丈夫だろうと、ヒメユキさんを解放する。
ニコはさっきから、とてもとてもキラキラとした表情で周囲を見回している。
「やっぱり白衣の天使ってのも……っ!」
言葉の途中で肘を入れる。
「そういう目で見ないの」
「は……い……」
私とニコがそんなやり取りをしている中、ホシサクラさんはファイルに入っていた紙をヒメユキさんに手渡している。
「じゃあヒメちゃん、この書類に記入してくれるかしら」
「は……い……」
ヒメユキさんの返事は今にも消え入りそうなほど小さかった。何となく、少し可哀想に思えてくる。
受付の窓口まで移動すると、フユギリさんにせっつかれながら用紙に必要事項を書き込んでいくヒメユキさん。そこには先輩の威厳は霧がかかったかの様に見えなくなっていた。
そんな二人を眺めていると、カランカランと後ろから音がした。振り向くと何とも顔色の悪い青年が入ってきた。どうやら患者の様だ。
「この方たちは私が受けるから、貴女はあちらの患者様をお願いするわね」
「はい、任せてください!」
ホシサクラさんに言われ、新米看護婦さんは今来た患者を迎えにいった。
「いらっしゃいま……じゃなかった。本日はいかがなさいましたかー?」
背後から聞こえてきた声にホシサクラさんは頭を抱える。
「また……まったくもう……再教育が必要かしらね」
一言ぼやくと、すぐ切り替えるようにヒメユキさんの記入を促す。
「ほらヒメちゃん。あとここね」
「はぁーぃ……」
言われるがままに記入していくヒメユキさん。もはや生きた目をしていない。
「では、すずめさん。ニコさん。無事ヒメユキ先輩を送り届けた事ですし、私たちも行きましょう」
粗方書き終わったのだろう。フユギリさんが戻ってくると、真剣な眼差しで言った。凄まじいやる気だ。
「そうですね。そうしましょう」
言いながらヒメユキさんの救いを求める視線を華麗に受け流す。
「ではヒメユキさん。なんていうか……がんばってください」
「ヒメユキ先輩。お先ですー」
「またな、お嬢ちゃん」
カランコロンと扉のベルを鳴らし揚々と治療院を後にする私たち三人。呪いとも呼べる言葉を投げかけてくる何かに視線を合わさない様に進み、扉が閉じる音に安堵する。
「では、どこか見てみたい場所とかありますか? 案内しますよー」
やる気が有り余った瞳を輝かせながら足踏みをするフユギリさん。やはり、今見たいところといえばあそこだろう。
「格好いいローブがある店が見たいです!」
「格好いいローブですかぁ。……じゃあ、あの店しかないですね!」
「あの店とは?」
「ふっふっふー。着いてみてのお楽しみですー」
笑みを浮かべながら揚々と歩き出すフユギリさん。あの店しかないと言うところを考えると、かなり良い所そうだ。
私とニコはフユギリさんを先頭に、朝の活気に色づく街道をずんずんと進んでいった。
「ここのチョコドーナツがすっごくおいしいんですよー!」
「へぇー、そうなんですか」
「ここのレストランの苺パフェは絶品なんです。特に月曜と木曜は、ルリミズさんがパフェ担当の日なので大盛りにしてくれるんですよ!」
「それはお得ですねぇ」
「ここのパン屋さんは、ケーキもあるんですよ。でも一番のお薦めは焼きたてフワフワのパンでクリームたっぷりのエクレアを挟んだエクレアサンドですー。最高なんですよー!」
「斬新な発想ですねぇ」
とまあ、さっきからこんな感じだ。甘い香りを漂わせる店を通り過ぎる度にフラリと吸い寄せられると寸前で踏み止まり、物憂げな瞳で店の解説をする。これを何度も繰り返していた。
「あの……」
「む! 大丈夫、大丈夫ですよすずめさん。ばっちりご案内します」
「いえ、甘いものも少し見てみたいな。なんて……」
言った直後フユギリさんの表情があの時のヒメユキさん、ソラヅキさんの様に一変する。これは失敗したか!?
「それならこちらです。この街一番のレモンパイをご馳走しますよ!」
いつの間にか掴まれた手を引っ張られると、宙を飛ぶ勢いで街の大商店街を疾走する。さすがあの四人の後輩、力も強ければ速度もすごい。転ぶよりも早く引きずられて行く私。
人の隙間を縫うように進むこと数十メートル。木目の色合いがなんとも落ち着く一軒に辿り着いた。飄々と追いつくニコが少し憎らしい。
勢い良く扉を開くフユギリさん。少しけたたましく鳴る扉のベル。同時に甘い香りが広がり、しっかりと朝食を食べてきたお腹が糖分摂取を訴えた。
「いらっしゃーい。あー、フユギリちゃん。昨日振りー」
「おはようございますナツウミさん。レモンパイをホールで下さい」
「朝から食いしん坊さんねー。あら、そちらの方々はフユギリちゃんのお知り合い?」
「はい、昨日の恩人さん達です」
「へー。恩人さんでしたかー。初めましてー、オーシャン菓子店の店長ナツウミと言いますー。気軽になっちゃん、って呼んで下さいねー」
「初めまして。すずめです」
「ニコだ。よろしくなお嬢さん」
どうにも間の開いたしゃべり方をする人だが、おっとり系の美人だ。案の定、ナツウミさんの手を取り自己紹介をするニコ。襟を掴み引き戻す。
「すずめちゃんに、ニコちゃんねー。よろしくー。で、フユギリちゃん。お二人は何の恩人なのー?」
「実はですね、昨日のフォーティシージの時、先輩方と共に魔獣を倒した方達なんです!」
「まあまあ、とっても強いのねー」
「とっても強いんですー!」
私は大した活躍していないが、わざわざ訂正する事でもないか。盛り上がる二人を置いといて、店内を見回してみる。
やはり、まだ朝早くなので棚には全部出揃っていない様だが、出ている分でも十分にこの店の程が判る。
カラフルなフルーツのタルト、シックで落ち着いた佇まいのチーズケーキ、世界樹を髣髴とさせるバームクーヘン。それらが、私を食べてと誘っている。
これは、フユギリさんでなくとも少しがんばっちゃいそうな気にさせる。
「すずめさん、こっちですー」
スイーツ達の呼び声に交じるフユギリさんの呼び声に振り返ると、二階へと上がる階段の前で足踏みしていた。その両手に持ったトレイには、さっき注文していたレモンパイらしき代物が堂々と鎮座している。
「はーい」
私が向かってくるのを確認するや否や、フユギリさんはとてとてと階段を上がっていった。
「朝ごはんも食べたのに、あんなに食べ切れるのかな」
「さぁな。ただ、あの様子からすると余裕そうだな」
「フユギリちゃんはねー、ホール一つ位ならぺろりなんですよー」
ナツウミさんの朗らかな笑顔が目に入る。その手には小さなバスケットがあった。
「これ、フユギリちゃん慌てて行ったから忘れていっちゃった。持ってってあげて下さいー」
「はいー、了解しましたー」
そう言いナツウミさんからバスケットを受け取る。中にはフォークが三本入っている。やれやれだ。
二階に上がるとすぐ目に入ったのは、緑と白のチェック模様の壁だった。店内に置かれた丸いテーブルには、黄緑と白のチェック柄のテーブルクロスが掛けられている。
だが、中でも一番気になったのは階段を上がってすぐ横に飾られた素敵な絵画だった。
光の差し込む湖畔を鬱蒼と茂る木々が囲う。何とも神秘的で幻想的な風景画だ。
「これはいいものだ」
「俺はもっとカッコいいと思うんだがな」
絵の前で感慨に耽っていると。的外れな感想を言うニコがすぐ横から顔を出す。
「カッコいいって、何言ってるの? こういうのは美しいでしょ」
「ほれ、ここ見てみろよ。俺が居るだろ」
何を言って………………、
「おおおおお!?」
その絵には、湖畔の隅に佇む角の生えた白馬が小さく描かれていた。これは紛れもなくユニコーンだ。
「ああ……そういう事ね」
「そういう事だ。ところですずめ。アレ、止めなくていいのか?」
「アレ?」
ニコを示す方を見てみると、フユギリさんがレモンパイを切り分けるためのナイフに、パイを載せて口に運ぼうとしているところだった。
「ちょっと待ったー!」
「ふぇ?」
間一髪のところでフユギリさんの凶行を阻止する。まったく、危険極まりない。
レモンパイは六等分に切り分けられていて、私とニコは一つずつ頂いた。甘く爽やかな酸味がほんのりと広がり、これはアリだな、と思う。お金が入ったら食べに来るのもいいかもしれない。




