常識について、教えてください。 Ⅲ
五十八
引っ張られたまま何度も階段を下りたり上がったり曲がったりすると、重々しい金属製の扉の前に到着した。
「早くっス、早く来るっスよー!」
ソラヅキさんはその場で勢い良く振り返ると大きな声を上げる。
二人で皆の到着を待つ中、ソラヅキさんは何度も呼び掛け忙しなく足踏みを繰り返す。身体の動きに合わせて揺れる胸が、何とも憎らしい。
全員到着すると、センカクさんが扉を開きぞろぞろと皆で中に入っていく。同時に、私の居た世界の路地裏にあった金属加工工場のような油っこい匂いを感じた。
部屋全体の壁はこげ茶色の煉瓦で出来ているようだ。防火対策だろうか。
入って左には大きな窓と、大きな炉があった。今は火は点いていない。近くのテーブルは石で出来ている様で、見た目からしてもすごい重量感がある。その上には何に使うのか分からない物が散乱していた。
「では、取ってまいります」
そう言うと、センカクさんは工房の奥へと小走りで駆けていった。
後姿を目で追っているとチリンと不意に鈴のような音が小さく響いた。その方向に顔を向けると、私よりも背の小さな少年が金属片を拾い上げているところだった。
少年はこちらをチラリと見ると、帽子のつばを抓み小さく会釈をした。
テーブルの上に山盛りになった金属を、足下に置いたいくつもの箱の中に放り込んでいる。どうやら大量の金属片の仕分け作業をしているようだ。
「あの子は、センカク君の弟子でカゲトラ君っていうんスよ。すっっっっごく異性が苦手みたいで、ボクもまだ口利いたこと無いんスよねぇ」
少年を気にする私に気づいたのか、ソラヅキさんが補足説明をしてくれた。
なるほど、弟子か。パッと見センカクさんはそこそこ若そうだったがもう弟子がいるとは。まぁ、こんなブルジョワな家で働いているんだから、きっと余程の凄腕なのだろう。
ふと、大魔導師になったら自分にも弟子が出来るのだろうか。等と考えた。
私の弟子……、どんな子なんだろう。非常に楽しみだ。
「お待たせしました!」
妄想しているとセンカクさんが戻ってきた。その両手には私が預けた剣と短剣を持っている。
「貸してっス貸してっスーー!」
半ば奪い取るように二本を手にしたソラヅキさんは、鞘に鼻がぶつかりそうな程顔を近づけて凝視する。
「これは龍……いや……蛇っスね。黒い蛇と、こっちは金色っスね。瞳に使われてる石はルビーっスか? 良い仕事してるっスねー!」
「ですよねですよね! この細工のデザインといい、蛇をモチーフとしたところといい、モラクス王朝時代に流行ったスタイルですし。その頃といったら丁度、勇者ベクセリオの活躍した時代ですよ!」
「モラクス王朝! この時代は戦乱の真っ只中でもっとも武具の質が良かった時代っス。ボクの好きな時代三本の指に入るっスよ!」
「僕も大好きです。同じ武具を生み出す職人として、この時代に生きた鍛冶師全ての方を尊敬しています!」
悦に入った表情のセンカクさん。隣では初めて聞く単語を乱舞させていたソラヅキさんが細剣を抜き、わぁっと感嘆の声を上げている。
「すごいっス。これ欲しいっス!」
青い刀身は、私が倉庫から持ち出した時よりも鮮やかで、その表面は鏡のように輝いていた。さっき磨いたとセンカクさんが言っていたが、これほど変わるとは驚きだ。流石プロ。
「こっちも欲しいっスーー!」
ソラヅキさんは短剣の方も抜くと、角度を変えながら病的な瞳で見つめていた。そんな刃物を持ったソラヅキさんの姿は、間違いなく職質を通り越して即しょっぴかれるに違いないであろう危なさがあった。
「見事な配合紋様色っスねー。ボクの持ってるどの魔石合金の剣より綺麗っスよぉ……」
「綺麗ですよねぇ……」
二本の剣に頬擦りするソラヅキさん。切れてしまいそうで見ているこっちがひやっとする。そしてセンカクさんの瞳も妖しい輝きを発していた。
「ほらソラヅキ。危ないでしょ」
カタハナさんに剣を両方とも取り上げられたソラヅキさんは、大きく目を見開いたまま薄っすらと涙を浮かべる。
「ああーー……」
「ああーー……」
二人の嘆きを一蹴したカタハナさんは、ソラヅキさんから鞘の方も取り上げて剣を納める。そして私がその剣を受け取ると、二人の視線が同時に突き刺さった。
「はいはい、それじゃあそろそろ出発しましょ。今日はお店の片付けで忙しくなるんだから」
「うう、そうだったっス……」
更に落胆するソラヅキさん。だがしかし、急に顔を上げると私に飛び掛ってきた。
「すずめさん!」
「なんでしょぅっ!?」
「今度じっくり見せて欲しいっスお願いっス頼むっス!」
「僕もお願いします!」
「ええまあ、構いませんが」
「やったっスーーー!」
「ありがとうございます!」
両手を上げて喜びを表現するソラヅキさん。身体は一番大人っぽいが、中身はまだまだ子供の様に見えて、そこがちょっと可愛いななんて思ったりした。
センカクさんは何度も何度も頭を下げる。これほど二人が夢中になる剣。あの倉庫はただの倉庫じゃなかったのだろうか。
今度また漁ってみよう。まだまだ掘り出し物があるかもしれない。にやりと笑みを浮かべまだ見ぬお宝に思いを馳せる。
「それじゃあ、行きましょう。ヒメユキはちゃんと治療院に行くのよ。それとフユギリは、すずめさん達のことをよろしくね。フォーティシージ後だから、特に気をつけるのよ」
「はーい……」
「私にお任せですよー。きっとすずめさん達に楽しい思い出が出来ること請け合いですー」
ヒメユキさんはどうにも気乗りしていないみたいだ。そんなに治療院ってのが嫌いなのだろうか。まあ確かに、名称からして病院みたいなものだろうから分からなくも無い。注射なんてされる事を考えるだけで全身が総毛立つ気分だ。
それに対して、フユギリさんはやる気まんまんのようだ。しかし全体から、空回り気味の気合が溢れ出している。不安だ。
「では、いってらっしゃいませ。お嬢様。皆様方」
「いってきまーす」
「お世話になりました」
それぞれが思い思いに挨拶を返し歩き出す。途中でちょっと振り返ると、まだ執事さんは礼をした姿勢でこちらを見送っていた。
しかし門までが遠い。庭の掃除をしているメイドさんとすれ違う時、メイドさんが一礼をする。なんだか私までお嬢様になった気分で、とても気持ちがいい。ただメイドさんには似つかわしくない厳つい手斧を腰に下げていた。薪割とかでもするのだろうか。それと共にフユギリさんの背でダックスフントの様なリュックがカクンカクンと首を振るので、何やら不思議の国的な景色に見えてしまう。
玄関を出て五分ほどで門に到着する。軽鎧を身に纏い長槍で武装した門番二人が一礼した後、その重々しい門を開いてゆく。
通りには職場に向かうのであろう人や白い鎧を身に着けた騎士などが疎らに見える。騎士のみならずその誰もが剣ないし槍、杖などを携行している姿を見て、改めてここが剣と魔法の世界なのだと実感し身震いした。
ヤナギメ邸の閉まっていく門を何となく眺めながら、魔法世界の街の観光に今更ながらわくわくして来た。
「それじゃあまた後でね。ヒメユキ、ちゃんと治療院に行くのよ」
「もー、分かってるよー」
何度も念押しするカタハナさんは、なんだかお母さんみたいだ。そういえば少し私のお母さんに似ているかも、等と思った。
ヒメユキさんは唇を尖らせてブツブツと何かを言っている。端々から聞き取れた言葉は、わかってますよーだ、あたしのお母さんかっ、もっと強くならなきゃなぁ。といった感じだ。
何だか……平和だな。
カタハナさん、ソラヅキさん、ヤナギメさんは、掃除諸々のため店に行く様だ。もちろんヤナギメさんは駄々をこねたがソラヅキさんに力ずくで連れて行かれた。
残ったのは私とニコ、ヒメユキさん、フユギリさんだ。まずカタハナさんに頼まれた、ヒメユキさんを治療院に送って下さいというクエストをこなすべく、小道を進む始める。
用語解説
☆魔石合金
金属と魔金を合わせた合金の総称
☆魔金
金属とラーイルカイトの人工融合金属の総称
割合は一対一でしか融合できないので、魔金にした後に金属との合金に加工される。百%魔金製の武具はとんでもない価格になる
☆配合文様色
魔金合金に表れるマーブル模様のような色合いのこと。魔金が合金に加工される際の馴染み具合により変化する。
腕の良い職人は、非常に細かいマーブル模様となる。
尚、すずめの持つ細剣は、完全な青で完璧な合金製。




