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常識について、教えてください。 Ⅱ

五十七



「あ、すずめさん。おはようございます」


「ますぅ~」


「おはようございます」


 廊下へ出るとカタハナさん、フリギリさんと挨拶を交わす。白いワンピース姿が眩しい。隣では、フユギリさんが目を擦りながらカタハナさんに寄り掛かっていた。可愛らしいチェックのプリーツスカートに大き目のワイシャツと大きなリボンが印象的だ。


「やっぱすずめは、この服が合ってるな」


 背後から手を回されると同時に、肘を突き立てた。執事さんが一言、「お見事」と声を上げる。


「おはよう、ニコ」


「ああ……おはよう……」


 見回すと、ソラヅキさんとヒメユキさんはまだの様だ。


「ニコ様ーー!」


 遠くから声と足音が近づいてくる。振り返るまでもなく彼女だろう。


「おはようございまーす!」


「ああ、おはようヤナギメちゃん」


「その他もおはようございまーす」


「おはようございます」


「おはよう」


「おはようございますぅ」


 ヤナギメさんの行動に溜息混じりでカタハナさんが挨拶を返す。傍らのフユギリさんはまだかなり眠たそうだ。


「おはよっスー!」


 元気いっぱいのソラヅキさんが部屋から出てきた。皆で挨拶を返す中、もう一人が顔を出す。


「おはよ!」


 笑顔で挨拶するヒメユキさんだが、私とソラヅキさんに目線を合わそうとしない。


「おはよう。って……どうしたの?」


 カタハナさんが挨拶と共に問いかける。それもそのはず、出てくるとほぼ同時に私とソラヅキさんによって左右から拘束されているのだから。


「すぐに済むっス」


 ソラヅキさんからペンを受け取ると、私はヒメユキさんの正面に回る。ソラヅキさんはそのままヒメユキさんを羽交い絞めにした。


「できれば小さめでお願い」


「最高傑作をプレゼントします」


「はぅーん……」


 ヒメユキさんの服を捲り上げると、『レメゲトンの守護者』より、ソロモン七二柱ヴァサーゴの召喚陣を腹部に大きく描く。


 キュキュキュのキュー。


「くすぐったーーーい!」


 ふむ、とても満足いく出来栄えだ。


「これでヒメさんもお揃いっス」


「もうお嫁に行けない……」


「大げさですね」


 腹部に描かれた記号と円を見つめながら「くすん……」と呟くヒメユキさんを前に、ソラヅキさんと笑い合う。


「そういえば、これって魔法陣っぽいっスけど、何書いたんスか?」


「えっと、ソラヅキさんには錬成陣で、ヒメユキさんのは召喚陣です」


「錬成と召喚。すずめさんは魔術も使えるの!? やっぱり魔術士って事だったんだね!」


 何が当たったのか、またもヒメユキさんの眼が輝きだした。


「二人とも、いつの間にそんなにすずめさんと仲良くなったの」


「昨日の夜っスよー」


 ソラヅキさんはカタハナさんの問いかけに、暴走を始めそうなヒメユキさんを抑えつつ答える。


「なんだ。もう友達出来たのか。良かったなすずめ」


「くふふふ、いいでしょー」


「ああ、まったく羨ましいぜ」


 ヤナギメさんを引きずったままのニコに頭を撫でられる。まあ、このくらいのおさわりは許してやろう。


「皆様方。朝食の準備が出来ておりますので、ご案内させていただきます」


 そう言った執事さんに案内された部屋は昨日の円卓の間とは違い、いくつものテーブルが並び、奥には大きなカウンターと調理場が見える。まるでレストランだ。


 部屋全体が木目の落ち着きのあるブラウンを基調とし、椅子やテーブルも木製で揃えられている。カウンターには大きな鉄板が備えられていて高級なステーキハウスといった印象だ。


「それでは、お好きな席でお待ちください」


 カウンターの方へと向かった執事さんを見送りながら、手近な椅子に座る。


「ここは朝食も最高なんスよっ」


「ソラヅキは、食べれれば何でも最高でしょ」


 言いながら、ソラヅキさんとヒメユキさんが両側に腰掛ける。


 正面にはニコ、その右隣ギリギリにヤナギメさん、更に隣にカタハナさん、フユギリさんと並んだ。


 ほとんど待つ事なく運ばれてきた朝食は、焼きたてだろうかとても香り高いパンと、甘さ控えめで桃の風味が絶妙なジャム、とろりと舌触りのいいポタージュ、そして後味スッキリで果物もたっぷりと入った野菜ジュースだった。


 こういうオシャレな朝食に私は憧れていた。ビバ、ブルジョワ。




 

 一通り食事を終え談話をしていると、執事さんが黒くて頑丈そうなエプロンをつけた青年を伴って来た。


「すずめ様、少々よろしいでしょうか」


「はい、なんでしょう」


「こちらの者が是非ともすずめ様とお話がしたいと申しておりまして」


 皆の視線が集中する中、青年が一歩前に出る。


「あ……あの……初めまして! 僕……あ…私は、こちらで鍛冶師をやらせていただいてる、センカクっていいます!」


「はあ、すずめです」


 名乗りと共に勢い良く一礼するセンカクさんにつられて一礼を返す。


 センカクさんは何やら興奮しているような面持ちだ。手に握った帽子には遮光用だろうか、フェイスガードが一体となっている。黒いエプロンは所々に油汚れのような染みがあり、その下に着ている黒いシャツは大分くたびれていた。

 ズボンの方はジーンズだろうか、こちらはおろしたてなのか染み一つ無かった。

 いかにも技術者といった風貌ながら、少し物腰の優しそうな青年だ。


「すずめ様の剣、見せて頂きました。あんな一品初めてです、感動しました!」


 大きな声、そして握った両手を大げさに振る。

 私の剣といえば、あの研究所の倉庫で見繕った剣だが、それほど感動するものだったのだろうか。そう思っていると、センカクさんは更に一歩迫るように前に出る。


「一体どこで手に入れたんですか! どちらも柄作りの細工が素晴らしかったです。細剣は青白い色からしてミスリル合金製で硬度重視の刀身ですよね! それと短剣の方もミスリルですか? それとも別の魔金ですかね? どちらにしろあれほど見事な配合紋様色は初めて見ました。ですがあの紅い色からして何かしらの属性を付与してると思ったんですがどういう訳か、振ってみても属性が現れないんです。あれほど見事な色合いなのにどうしてなんでしょう。それにしても細剣といい短剣といいこれほど素晴らしい業物を僕は見たことありません。さぞ名のある名工の作と見受けましたが、教えてもらってもいいですか! 僕の予想では、かの巨匠達がしのぎを削り合う鉱山の街ウエストグレインきっての職人一家、スミヤファミリーか、魔石合金の精製技術において他の追随を許さないドワーフ族のブラークと予想しましたが……実は実は……、勇者伝説でその名を不動の世界一と知らしめたドワーフ族の英雄バトラの作とか……、またはその直系! どうなんですか、どうなんでしょう、是非是非教えてくれませんか!」


 一息にまくし立てるセンカクさんの凄みに押されて少し引く。私の剣はかなりの物だという事は分かったが、正直他は何を言っているのかはさっぱり分からない。


「あー、えっとー……」


「お願いします!」


「センカク殿、少し落ち着いた方がよろしいかと。すずめ様が驚いておられます」


「う……、す、すいません……」


「いえ……」


 反省したように、一歩下がるセンカクさん。だが表情はまだ、初めて遊園地に来た子供の様に爛々としていた。


「ねえセンカク君。すずめちゃんの剣ってそんなにすごい物だったの?」


 ニコの隣から顔を出しながらヤナギメさんが話しかける。遂にニコ以外に興味がいったみたいだ。


「そうなんですよお嬢様! もう驚きました! 僕の人生の中でもダントツの一番です!」


 お嬢様……ああそうか、ヤナギメさんの事か。などと思いながら、再び両手をバタつかせるセンカクさんのはしゃぎように少し優越感に浸る。

 くふふふふ。私の剣は余程の一品らしい。どうやら、私の目利きも大したもののようだ。


「ボクも気になるっス! 今どこにあるんスか!?」


 唐突にソラヅキさんが身を乗り出した。何だか妙に興奮気味の様だが……。


「僕の工房に置いてありますよ。手入れを任されたんですが、これがまた傷一つ無い完品でして、少しばかり煤けていましたので磨いてみましたらもうその輝きに一時間程見入ってしまいましたよ」


「すぐ行くっスよ!」


 そういうとソラヅキさんは立ち上がり、私の腕をグイグイと引っ張ってくる。


「すずめさんも人が悪いっス。そんな一級品を持ってるなら早く教えて欲しかったっス!」


「そう言われましても……」


 ソラヅキさんの豹変っぷりに少々困惑すると、隣のヒメユキさんが私の肩に手を置いた。


「ごめんねすずめさん。ソラヅキってば武具のことになると見境無くなっちゃって……」


「あー……。ソラヅキさんにもあったんですね……。でももうヒメユキさんで慣れましたので大丈夫です」


「え!? いや、あの……アハハハハ……」


 視線を右往左往させながら苦笑いを浮かべるヒメユキさんを余所に、ソラヅキさんの引っ張る力が徐々に強くなっていく。


「早くっスーー!」


 ソラヅキさんに半ば無理やり立たされると、そのまま引きずられる様に食堂を後にした。

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