持つべきものは、ブルジョワなお友達だね。 Ⅶ
五十四
予想だにしなかったタイミングで核心を突かれ誤魔化す事などすっかり忘れて狼狽する私の様相は、ソラヅキさんにとって、ぴんぽーん正解でーす、と言ったようなものだった。
「俄かには信じられないっスけど、やっぱりそうだったっスか……」
「何、何がそうだったの?」
「すずめさんは、多分異世界人っスよ」
「うっそ! すずめさん、異世界人だったんだ……」
またもや良く分からない単語登場。
いや、単語自体は非常に聞き慣れている。私にとっては携帯の予想変換のトップ候補だ。
だがその単語は私の住んでいた世界では、「私は異世界人です」と自ら本気で名乗ったところで鼻で笑われる様なものだ。今の二人の会話みたいに、さもそれがあるような言い方では使われない。創作の世界専用ともいえる単語なのだ。
「えっと、あの、なんで私がそうだと分かったんです?」
異世界云々よりもまず、なぜその答えに至ったのかが気になった。だってそうであろう。普通の人から考えたら、ちょっと世間に疎い深窓の令嬢くらいにしか見えないでしょうに。
「それは簡単っス。ドッキリっスよ」
「ドッキリ?」
「さっきのドッキリは、一般常識の問題っス。禁語の解読で即死刑なんてありえないっスから」
「う……そうだったんですか……」
「そうだったんっス。そもそも、全国の言語学者が総力を上げて解読に取り掛かってもこれは読解不可能な言語だったっスよ」
「そう! でね、禁語で書かれた書物の中にはすっごく物騒な挿絵のものも多数あって、この言語は解読しない方がいいんじゃないかって事になったらしいの。
ただでさえ、難解不読な上に危険な予感もする本。それで全国協定で論議された後、正式に可決されて以後解読禁止になったんだけど、これは国単位の話であって、個人が解読することについては何の罰則もないのよ。まあ、国を挙げても解読出来なかった言語を個人が解読なんて出来るはずもないけどね」
「この禁語解読禁止法は常識っス。もし独学で解読出来たのだとしても、禁語に関わる以上知らないわけが無いはずっスから、すずめさんの慌てぶりを見た時、これはもしやと思ったっス」
なるほど、そういう事か。カマかけられて見事に嵌ったというわけだ。恥ずかしい。けど、何となく気が楽になった気もするのは確かだ。
「ところで、私みたいな別世界からきた人間っていうのはよく居るものなんですか?」
「そんな事ないっス。すっごく珍しいっスよ」
珍しいというだけで、居るにはいるのか。さすが魔法世界。
「それでも、数年に一人ってペースかな。それですずめさんは、どうやってこの世界に来たの?」
どうやってと言われても、気づいたらとしか言えない。
だが、何と説明したらいいか思いつかないので、私はこの世界に来た当日の朝からあった事をありのままに話した。
「やっぱりすずめさんもいきなり飛ばされたっスか。今までの異世界人さんと同じっスね」
「そうなんですか?」
「あのね、研究者の話によると、平行する多次元世界の一部の場所が稀に交わる瞬間、丁度そこ居た人が別世界に迷い込む事があるんだって話。で、その迷い人が異世界人って事ね。私の知る限りじゃ異世界人は皆、気づいたら世界が変わっていたって言ってるらしいの」
それは確かに私と同じ状態だ。となると私もあの瞬間に多次元世界に迷い込んだという事だろうか。──最高の偶然をありがとう神様!
「ところで、私以外の異世界人ってどんな人なんですか?」
「そうッスねぇ……」
「あ、確かずっと前に、女王陛下がヴィルケンハイムに異世界人が一人現れたって言ってたね」
「そういえばそんなこと言ってたっスね。三年くらい前だったっスかね。なんでも、突然城内のど真ん中に現れて騒ぎになったって話っスよ」
三年前……、その人も私みたいに気づいたらこの世界に飛ばされてたのだろうか。どんな人なのだろう、もしかしたら私と同じ世界の人かも知れない。気になる気になる。
「そういえば、その人は読めなかったんですか?」
「読めるも何も、言葉が通じなくて困ってるって話だったね」
「そうだったっスねぇ。だからすぐに異世界人だと分かったって話だったっス」
言葉が通じない……つまりまったく別の世界からの来訪者って事だろうか。うーん、この世界について少し近づけたと思ったけれど謎は深まるばかりだ。
けれど、それだけ私の気持ちは盛り上がる一方だ。ここは魔法の世界、謎や不思議どんとこいだ。
「どうしたっスか、すずめさん。そんなにニヤニヤして」
「ああ、何でもないです。ただちょっと楽しくて」
「楽しいか……すずめさんは中々の大物だね」
「そうッスね。住み慣れた世界からまったく知らない世界に来たっていうのに堂々としてるっス」
「剣と魔法の世界に憧れてましたから」
「憧れっスか? ボク達にとっては剣も魔法もこれが普通っスけど、すずめさんの居た世界には余りないんスか」
「余りも何も、剣はともかく魔法なんて夢物語です。創作の話の中にしか出てきませんでしたよ」
「へぇー、魔法の無い世界か。あたしは考えられないなぁ、明かりとか乗り物とか不便じゃないの?」
「明かりも乗り物もちゃんとありますよ。科学技術の賜物ってやつです」
「科学技術……、魔科学とは違うのかな?」
魔科学……この世界で初めて聞く単語だけれど、私の持っている本の中には良く出てくる単語だ。よって何となく意味合いは理解できる。きっと単純に魔法の科学といったところだろう。
「魔法自体が無いって事っスから、違うんじゃないっスかね」
「じゃあ、すずめさん。科学技術ってどういうものなの?」
「何かもう色々出来ます。明かりだって点きますし空だって飛べます」
「空を飛ぶ!?」
「空飛べるっスか!?」
「ええ、まぁ」
「見たい見たい! すずめさん飛んで飛んで!」
「いやいやいや、流石に単独飛行は無理です。飛行機っていう乗り物があるんですけど、それに乗らないと」
「なんだ、今飛べないんだー」
「残念っスねぇ。でも空を飛ぶ乗り物なんてあるんスね。科学技術ってすごいっスねー!」
まぁ、飛行機の原理なんてまったく理解していないけど。
空を飛ぶことなんて魔法の十八番に思えたが二人の反応からすると、この世界では空は飛べないのだろうか。少し残念だ。
「さて、すずめさん。話が少し逸れたっスけど、本題に入るっスね」
「はい、なんでしょう」
「ずばり、禁語が読めるということは、暫く内緒にしておいた方がいいっス」
「あー、やっぱり何かまずいんですかね?」
「もちろん! 今まで誰一人解読に成功した人の居ない言語が読めるだなんて世界的大事件よ! 全世界の言語学者が匙を投げた今、すずめさんによって今までずっと眠っていた禁典魔書の全てが明らかになるし、そこに秘められた知識はきっと世界に大変革をもたらすこと間違いないから」
「そうっス。分かるっスかすずめさん。そんな人物をもし手に入れられたら、世界の頂点に立てるかもしれないんス。世界各国がすずめさんを手に入れようと躍起になるっスよ」
世界が私を求めて……、なんて素敵な響きなんだろう。だがもちろん、私はそんな事では慢心しない。稀少なスキルを持つ人物というのは、狙われる者でもある。私の持つマンガにもそういうのがいっぱいある。
「なるほど、つまり重要人物は危険も多いって事ですね」
「そういう事っス。国力が小さな国なんかは正当な交渉で強国より良い条件なんて出せるわけが無いっスから、どうにかしてすずめさんを手に入れようと、脅迫や拉致なんて事もありえるっス」
「それは勘弁してほしいですね」
物騒にも程がある。これは二人の言う通り内緒にしておいた方がいいかもしれない。
「ああ、でも勿体無い! すずめさんが居れば禁典魔書の全文が分かるのに!」
ヒメユキさんが頭を抱えながら身を捩り苦悶している。
「そうだ、一回だけ、一回だけでいいからあたしと一緒に王立図書館に行こう。ね、いいでしょすずめさん!」
「ダメに決まってるっスよ。そもそも禁語の魔道書を一般人が見れるわけ無いっス」
「うう……」
勢いよく立ち上がったヒメユキさんが、力なく座り卓上に突っ伏す。その姿からは明らかな焦燥感が漂ってくる。
「あ、でもすずめさん。他の皆とあと一人、皇女様にだけは報告させてほしいっス。ボクたちの立場的にな事もあるっスが、とっても理解のあるお方っス。きっとすずめさんのためにもなるはずっスよ」
皇女様に報告か。そりゃ考えてもみれば、本当に二人が言った程の重要性が私にあるならば、国のトップの耳に入れておく必要もあるかもしれない。ソラヅキさんもヒメユキさんも良い人そうだし、そんな二人が信頼する皇女様なら信じてみてもいいかと思う。
「分かりました。そこら辺は、お二人に任せます」
「ありがとうっス。それとすずめさんも注意して下さいっスね。特に、この禁典魔書は決して人前で出さない方がいいっス」
ソラヅキはそう言いながら、円卓の上の説明書をカバンにしまうように促してくる。隣で虎視眈々と何かを狙っているヒメユキさんを意識しての事の様だ。
言われた通り説明書を閉じると、悲痛そうなヒメユキさんの声を聞かなかった事にしてカバンへと放り込んだ。
「では、すずめさん」
「はい、なんでしょう」
「すずめさんの住んでた世界の事を教えて欲しいっス!!」
「それ、あたしも気になる! 空飛ぶ乗り物!」
「はぁ、まぁ構いませんが……」
それから、二人の興味は尽きる事が無く、私はニコ以上に質問攻めにされる事となった。
ソラヅキさんは歴史の他、神話などについて特に興味を持った様だ。ヒメユキさんは飛行機と、その他にもヘリコプターやスペースシャトル等が気に入ったらしい。問題があるとすれば、私の知識はあまり深くないという事だろうか。神話は大得意だが、歴史はそこそこ、航空力学は壊滅的だった。でもそこら辺は、スペースシャトルから宇宙の話へとシフトする事で、ヒメユキさんの興味をそちらへ惹く事が出来たので、面目は保てたと思う。




