持つべきものは、ブルジョワなお友達だね。 Ⅵ
五十三
「ちょっ……すずめさん……これって禁典魔書!? 何でこんなものを持ってるの!?」
「キンテンマショ?」
「え、知らないの!? 何で!? こんなとんでもない物持ってて知らないなんて……、ああ、これって複製本ね。って、複製でも数千万単位の値段なのに! あ、やっぱり王族なんでしょ、そうなんでしょ! そうじゃなければこんな特級魔道書なっ……」
「はいストップ、ストップっスよー」
突如豹変したヒメユキさんの口を両手で塞いだソラヅキさんは、そのままねじ伏せる様にヒメユキさんを椅子に座らせた。
しかし、この興奮振りは一体全体どうしたのだろうか。このスフィアの説明書はそんなにすごい物なのだろうか。
「すずめさんすいませんっス。見ての通りヒメさんは、魔道書関係の書物に尋常ならざる情熱を持ってるっスよ」
「はぁ……、でも魔道書って、これそんな大層なもんじゃないですよ?」
「むぐっ……! むぐぐっぐっ!!」
興奮冷めやらぬヒメユキが何かを言おうとしているが口を塞がれ声になってない。
「いいっスかすずめさん。ボクも実物を見た事は無いのではっきりとは言えないっスが、これは多分、相当の物だと思うっスよ」
より一層暴れたヒメユキさんはソラヅキさんの手から開放されると同時に、一気に目前まで迫る。
「そう! この表紙にある複雑な文字。普段は王立図書館の最下層に安置されているけれど、年に一回だけ御開帳される王立博物館の禁典魔書の一冊にもこんな文字が書いてあった。あたし深夜から並んで目にしっかりと焼き付けたもん。だからこれは、そんな最重要書籍の一つと見て間違い無いはずだもん」
ヒメユキさんの興奮の仕方が半端ではない。しかも、だもんって……言葉遣いまで変わってしまっている。
そんなヒメユキさんはソラヅキさんの追撃を尋常ならざる身のこなしで躱すと、鼻先がつくかつかないかのギリギリまで顔を近づけて、説明書を凝視している。心無しか、ソラヅキさんも少し落ち着きが無さそうだ。
「うーん、読んだかぎりでは、ただの説明書なんだけどなぁ」
二人が騒ぐようなものでもないと思うのだが。説明書を手に取り、適当なページを開き、これまた適当にページを捲る。
「読んだって……これ読めるっスか!?」
捲られたページを目で追うようにしながらソラヅキさんが身を乗り出す。
「ええええ! だってこれ禁語で書いてあるんでしょ? 未だに解読出来ないどころか、解読自体が禁止されたはずだけど」
同時に、またも目と鼻の先までヒメユキさんが突撃してきた。近すぎる。あ、良い匂い。
「えっと、ちょっと難しい漢字とかありますけど、普通に読めますよ?」
ヒメユキさんから少し逃げ気味に答える。しかし、何やら二人の反応がおかしい。特にヒメユキさん。今、解読云々と言っていなかった? 解読といえば、暗号や古代文字といった類のものの意味を探る行為の事のはずだけど……。
これはそれ以前に、思いっきり日本語で書いてあるのだから解読なんて必要ない。まだ習っていない漢字はニュアンスで判断だけど。
「えーっと、確かここら辺のページに……」
説明書を捲りながら、認証について記載されていたページを開くと、私もすっかり忘れていた事を思い出した。
「あ……」
「焦げちゃってる焦げちゃってるじゃない! どういうことっ……こんな貴重な魔道書がなんでこんな事にっ……」
頭を抱え苦悶の表情で七転八倒するヒメユキさん。なんだか、ちょっと面白い。
「これは……焦げ痕っスよね……?」
そう。初めてのエクスプロージョン発動時に、説明書を少し焼いてしまったんだった。それにより正式登録についての記述の大半が焼失した。すっかり忘れてた。こうなると、あの時間のすごく掛かった認証はもう出来そうにない。
「そういえば、焦がしちゃったんだ」
「すずめさんなんて事を! この魔道書がどれほど貴重なのか分かってるの!? それを……それを焦がしちゃった、テヘ♪ だなんて、すずめさんは禁典魔書の価値を分かっていない!」
「てへ♪ は言ってないんだけど……」
「すずめさん!」
ヒメユキさんが勢い良く迫ってきたので、少し気圧され気味に上体だけ後ずさると、ソラヅキさんがヒメユキさんを再びねじ伏せるように着席させる。
「で、改めてすずめさん。これ、本当に読めるっスか?」
「ええ、まあ」
適当にページを捲り直し開く。ソラヅキさんとヒメユキさんは身を乗り出すように説明書を覗き込んでいる。
「たとえばここは……。制御登録後、内容の確認と変更について。メインメニュー左上のアイコンから、各制御事象ごとに登録内容を確認できます。この時、項目を選択することで、内容の変更も行う事も出来ます。とか、書いてあります」
ソラヅキさんとヒメユさんが疑問符を出しながら説明書を見ている中、文字を指でなぞりながら別の箇所を読み上げた。
「ここなんかは、意識操作について。生体認証により同期された脳波を検出し分析認証する事で事象を意思によって操作する事が可能となります。脳神経技術及び、事象操作技術の詳細については別紙『関連技術総合大全特別編集版』を参照して下さい。って、書いてありますね。……これは読めても意味が分かりません」
「ねぇソラヅキ、そう書いてあるの?」
「ボクに聞かないで欲しいっス……」
二人はこれを読めないのか? どういうことだろうか少し考えてみると、一つ思いつく事があった。それは、王道中の王道だ。
念願叶って魔法世界へ来た時、初めて聞いた言葉はハティの言葉だった。あんな極限状態だったので言葉が通じる云々について考える余裕も無く、そのまま今に至っている。
考えれば別世界で同じ言語だなんて都合が良すぎる気もするが。まあ、そのお陰でこうして話が出来るので好都合だ。そこはいいとしよう。もしかしたら、これもこの世界についてのヒントにもなるかもしれない。
さて、二人の言っている事から想像すると結論は至極簡単、つまり言語は同じだが文字が違うという事かもしれない。
となると、この世界の文字がどういうものか見てみたいところだが……。
「あの、本ってありますか? 出来れば文字がいっぱいのやつで」
「本……っスか」
「あ、ちょっと待ってて」
口元に指を当て考え始めたソラヅキさんの隣から、ヒメユキさんがパッと駆け出した。
「ねぇカタハナカタハナ、あれ今持ってる?」
「ん? 何いきなり。あれって?」
ヒメユキさんは、うつらうつらとしているフユギリさんを揺さぶっているカタハさんナの元に向かった。何か当てがあるのだろうか。
「ほら、えっと何ていったっけ……、昨日買ったって言ってたそよ風の何とかって本」
「そよ風のフランソワーズ?」
「そうそれ! 今持ってる?」
「ええ、あるけど……どうしたの?」
「ちょっと、すずめさんに見せようと思って」
「すずめさんに? もしかしてすずめさんもそよ風好き!?」
「いや、カタハナみたいな趣味は無いと思うけど……。とにかく貸して!」
「まあいいけど……、まだ読み終わってないから早めに返してね」
「もちろん。ほんのちょっとだけだから」
「分かったわ。えっと、確かここに………………あった。はいこれ」
「ありがとカタハナー」
右手に本を持ったヒメユキさんが戻ってきた。ここからは、何を話していたのか聞こえ辛かったが、多分あれはカタハナさんの本だ。
「おまたせ。本借りてきた。内容は無視してね」
そう言ったヒメユキさんは、手にした本を開いて私の前に置いた。
説明書を閉じて、少し横に寄せてからヒメユキさんの持ってきた本を見る。
「……………………」
「で、どうなんスかすずめさん。これで何か分かるんスか?」
「これはつまりですね……」
表紙の絵柄は、美青年が美少女を後ろから優しく抱擁し、仲良く本を読んでいるというものだった。ただ、何となく怪しい雰囲気が感じられる。これは乙女の勘だ。
問題の文字の方はというと、……アルファベットに似てなくも無い……。が、案の定まったく解読不能だった。
再び表紙を見て、大きく書かれた文字を指でなぞる。これはきっと本のタイトルだろう。
「ここ、何て書いてあるんですか?」
「え? ここって……、そよ風のフランソワーズだけど。どうして?」
そよ風のフランソワーズ。タイトルからは内容はさっぱり見えてこないが、やっぱり読めない。何となく似ているアルファベットを当てはめてみても、文法が出鱈目になってしまう。
「ダメですね……何て書いてあるのかさっぱり読めません」
一瞬の間、すぐに口を開いたのはヒメユキさんだった。
「読めないって、すずめさん! こんなの今時、初等科でも読めますよ!?」
「ふむむー……。すずめさんすずめさん。エイダス語って知ってるっスか?」
「何言ってるのソラヅキ、そんなの誰でも……」
「エイダス語って何ですか?」
再びの間、ヒメユキさんが非常に可笑しな表情をしているのが少し笑える。
「すずめさんっ……!」
興奮気味に迫るヒメユキさんを、ソラヅキさんは後ろから抱きかかえるように抑え再度着席させた。
「なるほどっス。読めてきたっスよ」
「え、ソラヅキも禁語解読しちゃったの!?」
「いや、そういう意味じゃないっス。つまりっスね。すずめさんと話している感じ、エイダス語の発音の方は特に問題は無さそうっス。でも、文字の方はさっぱり読めないという事っスよね」
「うんうん」
「でも、どういう訳か禁語が普通に読めるという事っスが、さっきヒメさんが言った様に、禁語はこの世界では解読自体が禁止されてるっス。そして、これを読めるということは、世界魔道協会から隠れて解読したと考えるのが妥当っスよね」
ヒメユキさんとソラヅキさんの視線が突き刺さる。同時に重たい空気が両肩に圧し掛かっているような錯覚をおぼえた。
「禁語の解読なんて、死刑どころじゃ済まないっスよね」
「そうよね。親族類縁から、少しでも交流のあった知人も全て処刑されるのは間違いないね」
「これもう、ボクたちもリストに入ってるっスね」
「間違いないね」
死刑とか処刑とか、何やら物騒な言葉が出てきた。二人の神妙な視線が更に深く抉りこんでくる。もしかして私、かなりまずいことを口走っちゃったのだろうか?
「えっと、そのですね……何か、まずかったです?」
緊張に耐えられなくなり、二人の視線から外すように目を泳がせながら特に考えも無しに言葉を発すると、唐突にソラヅキさんが両手をポンと叩いた。
「ま、ドッキリはこのくらいにしておいて、本題っス」
そうソラヅキさんは、イタズラっ子がよくするような笑みを浮かべてあっけらかんと言い放った。同時に、ヒメユキさんが口元に手を当て、吹き出すのを堪えている。
「うあー! なんじゃそりゃー!」
気が抜けた勢いのまま円卓に突っ伏し、顔だけを二人の方へと向け、思いっきり頬を膨らませた。
「いやはや、ごめんなさいっスよ、すずめさん。でもこれで何となく分かってきたッス」
言いながら、ソラヅキさんは私の前までくると、腰を曲げ顔を近づけて、私の目の前に人差し指を立てて更に言った。
「ずばり、すずめさんはこの世界の人じゃないっスね?」
「なっっっ!!??」
いきなり過ぎだった。これだけの会話でどこからどうやってそこに行き着けるのだ。ソラヅキ、恐ろしい子!
そよ風シリーズとは。
カタハナの愛読書であり、最新刊は「そよ風のフランソワーズ」
現在八巻まで刊行されている。
主人公は、美少年のフランシス。
内容は、女装したフランシスが大富豪の美青年達をたぶらかすBL物。
世の腐女子達のバイブルとなっている。




