持つべきものは、ブルジョワなお友達だね。 Ⅴ
五十二
こんなディナーにありつけるのは次はいつになるか見当もつかないのでステーキをもう一枚と、デザートにティラミスを食べたら動けなくなってしまった。
「ああ……ぽんぽんがぱんぱんだよ……」
「すずめさん、もうギブアップっスかー?」
「ギブー」
サラダをもりもりと食べ続けるソラヅキさんの隣で、消化待ちのため円卓の上に突っ伏していると、自然と皆の話し声が耳に入ってくる。
ヤナギメさんは相変わらずニコを質問攻めにしている様だ。だがしかし、もうニコも慣れたようで軽口で応対している。
カタハナさんとフユギリさんに至ってはもはや母と子だった。「ほら、好き嫌いしないの」とか、「もう、こんなに汚しちゃって」とか…………なんだかすごい聞き慣れた感があるんだけど気のせいだろうか。
はてさて、ヒメユキさんの声が聞こえない。頭だけ動かして円卓周辺を一望すると、とても姿勢良く流麗にナイフとフォークを操り料理を口へ運ぶヒメユキさんの姿が映った。ヤナギメさんより遥かにお嬢様っぽい雰囲気だ。
「あたし……また一人ぼっち……」
ヒメユキさんが小さく言葉を発した。何と言ったのかはよく聞こえなかったけれど、気のせいだろうか……とても慰めたくなった。
「お腹いっぱいっスよー」
とてもとても幸せそうなソラヅキさん。結局あの後、三回ほどカートを往復していた。恐ろしい子。
「ほら、もう。ここで寝ないの。お部屋に行くまで我慢して」
眠たそうに目をこするフユギリさんを撫でながら揺するカタハナさん。
「ニコ様ー。今日はこのまま寝室までご一緒しましょう!」
「ふむ、ご婦人の誘いを断ったとあっちゃあ、紳士じゃねぇな。今夜は……」
円卓の上から少し顔を上げるとニコと目が合う。私は何も言わない。ただニコを優しく見つめるだけ。そう、優しく……。
「その…………だな。あれだよ。まだ俺達は知り合ったばかりだ。折角の出会い、ゆっくり育んでいこうじゃないか」
「ああん、ニコ様。そんなに真剣に私の事を。か・ん・げ・き」
なぜか激しい動揺の様をみせるニコ。今回の対応は少しヤナギメさんの乙女心を弄んでしまった感もあるが……まぁ彼女ならきっと問題ないだろう。見逃してあげよう、広く深い慈愛の女神のような御心で。
「あ、そういえばすずめさん!」
突然大きな声を上げたソラヅキさん。呼び声に応じて突っ伏したまま顔だけを向ける。
「なんでしょう?」
「お風呂前では話が途中になっちゃったっスけど、すずめさんはどうしてスフィア一つで三つも属性が使えるんスか?」
「そうそう、それあたしも気になった」
ああ、そういえばそんな話をしていたな。そしてさりげなくヒメユキさんが話しに食いつくように割って入ってきた。さっきまで一人で中空を見つめていた姿が目の端に映っていたのだが、いつの間に……。
しかし何て言うべきだろうか。ニコの話によると、この世界の人たちは四段階までの生体認証の方法を知らないらしいし。つまり私だけが使えるという事であり、皆の驚き方から見て、なんだか結構すごい事のようだ。
一つのスフィアで複数の属性を操る魔法使い。これはもしかすると、私の大魔導師フラグが立ったのかもしれない。
さて、何と言おう。正直に言うにしても、もう認証の仕方など覚えていないし証明しようがない。
「すずめさんは魔法士だと思ってたっスが、もしかして魔術士っスか!?」
魔術士……、これまた魅惑的な単語が出てきました。魔法士は、スフィアを使う者の呼び名だったはずだ。ハティがそう言ってた。それとは別にして魔術士という単語を使うという事は、スフィア以外にも魔法的なものがあるのだろうか……つまり魔術があるという事か!?
「魔術とは違うんじゃないかな。長い詠唱があるから、あの早さでは使えないんじゃない?」
「あー、確かにそうっスね。スフィアを組み合わせてもありえないっス。一度魔術士さんとお城でお手合わせした事があるっスが、一度近づければやりたい放題だったっス。すずめさんには近づいた直後に吹き飛ばされたっスからねー」
「魔術と複数のスフィア以外の方法だとすると……」
「もしかして……王族……だったりするっスか!?」
「あ! それありえるかも! ニコさんみたいなとんでもない人連れてるし!」
私が魔術という甘美な響きに長考している間、何やら考え込んでいたソラヅキさんがまたも閃いたかの様に声を上げた。
「そうっスよね。王族だったら合点がいくっス」
「でも、その場合だと何でこんな所に居るのかって事になるね」
「視察……とかっスかね……。でもこの街で有名なのといえばアカデミーっスけど、アカデミーの情報は全て報告されてるはずっスから、わざわざ来るまでもないっスよねぇ」
「うーん、確かに。となるとあとは……地下?」
「それは三ヶ月前に落ち着いたはずっスけど」
「そういえばそっか。うーん」
「単純に旅行、とかっスかねー」
「でも王族の付き人がたった一人っていうのもおかしな話よね」
「二人っきりで旅行なんて、恋人みたいっスよね」
ここで唐突に瞳を怪しげに輝かせたヒメユキさんが両の掌を打ち鳴らす。
「もしかして愛の逃避行!? 王族のお姫様すずめさんと、お姫様を守る護衛騎士ニコさん。自然と一緒に居るのが当たり前になっていて、次第にお互いなんとなく意識し合い始めるの。ある日、ちょっとした用事でニコさんが数日すずめさんの元を離れて二人は気づいたのよ、自分の気持ちに。ほんのちょっと会えないだけで、胸を苦しくするこの気持ちは何? そうそれが恋なのです! でも生まれも違ければ立場も違う。身分の違いにより隔てられて届かない恋、そんな運命。だから二人は飛び出したの、身分を捨てて愛のために! 運命を乗り越えて掴む、幸福の愛の果てへ!」
ヒメユキさんが飛び切りの暴走をし始めた。表情が眩しいくらいに爛々としている。
どのタイミングで口を挟めばいいのか見計らっているうちに、すごい勢いで迷走していった私の正体だが、お姫様ってのは甚だ悪くない気分だ。
しかし、複数の属性を使える事と王族だという事にどんな関係があるのだろうか。
「はい、質問です」
「はいどうぞ、すずめ様」
「様……。えっと、なんで王族だと複数の属性が使えることになるんですか?」
「………………知らないんっスか……?」
「えっと……さっぱり」
ソラヅキさんが驚きの表情をみせると、ヒメユキさんは力が抜けたように椅子に腰を下ろし、「残念」と呟いた。
「王族しか使えない特別な魔法、ヘクセレイの事っスよ。これとスフィアを使えば、複数の属性を同時に操れるんっスけど……すずめさん……ほんとどこから来たんっスか。これって常識っスよ」
王族しか使えない魔法……、つまりスフィアとは大系……基本原理が異なるのだろうか。しかし、常識と言われてもここに来てからまだ1ヵ月弱、まだまだ知らない事が多すぎるが、やはり想像以上に夢のある世界のようだ。
「いやはや、常識には疎くて」
「エルフ族みたいっスねぇ……、まあいいっス。ここで会ったが何かの縁っス。分からないことがあったら何でも答えるっスよ」
「エルフ族って耳の長いあれですか?」
「ありゃりゃ……そっちの方に食いついたっスか」
「エルフ……想像通りならば憧れの存在です」
「憧れっスか……。すずめさんの想像がどんなだかは知らないっスが、エルフ族は森の奥深くで自然と共に暮らしている狩猟民族の事っス」
「狩猟民族ですか……、で身体的特徴とかは……耳が長いとか」
「耳っスか……どうなんスかね。話だけで実際に見た事はないんスよー」
果たして私の想像するエフル像と同じなのだろうか。美形が多くて長命で耳が長い、あのファンタジーの王道の種族。今回すぐには答えは分からなかったが、まぁそれも一興。自分で見つけるのもまた楽しそうだ。
「そうですかー。残念。では次の質問です。王族しか使えない魔法ってなんですか?」
右手を高く上げながら質問する。
「やっぱりそれが本題っスよね」
言いながら立ち上がったソラヅキさんはどこからともなくスフィアを取り出した。どこに持っていたのか分からないが、胸元から出てきた気がする。実にけしからん。
「まず、すずめさんも持ってるっスから、スフィアについてはもう知ってるっスよね?」
「まぁ、多分基本的な事は大丈夫かと」
「それじゃあ基本は省くっス。まずボクのスフィアの基本属性は水っス」
「ちなみにあたしは、氷結ね」
「補助として他の属性もいくつか登録してあるっスけど、もちろん属性変更時には約三十秒ほど掛かるっスよね」
「うんうん、そう聞きました」
聞きはしたけれど変更をした事はない。なんせその必要が出てくる前に、正式使用を知ったので別属性は全部そっちにお任せなのだから。しかし三十秒か……確かに実戦的ではないな。
「そこでヘクセレイっス」
「ヘクセレイ……」
「さっきも言ったように、王族専用の魔法っスね。この魔法とスフィアの魔法、属性変更時なんかに合わせる事で、王族は多種多様な魔法による連続攻撃が可能になるんスよ」
「そうそう、それが王族の魔法戦闘スタイルなんだけど、さっき見せてもらったすずめさんの魔法戦が、王族の戦い方にそっくりだったのよ」
「そうなんス。雷から始まって光、続けてまた雷で最後に炎。こんなのスフィア一個で出来るはずがないっスから。それでも魔法と魔法の間隔が短すぎるんスけどね」
出来るはずがない、か。きっと正式登録してしまえば誰でも出来る様になるのだろうけど、今この世界では私しか使えるものがいないというわけだ。
ちょっと優越感。でもせっかくだから少し話そう。この世界がどういう世界なのか色々聞けるかもしれない。
「えっとですね……」
椅子の傍らに置いておいたカバンを漁り、中からスフィアの説明書を取り出す。
「これに書いてあったんですよ」
言いながら、円卓の上に置く。表紙には銀色で大きく、現象制御用解説書と書いてある。するとどういう事だろうか、二人の表情があっという間に驚愕の表情へと変わっていった。




