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持つべきものは、ブルジョワなお友達だね。 Ⅳ

五十一



 ───……っ!


「わっぷっ」


「おっ、どうしたすずめ。そんなに俺と離れていたのが寂しかったのか?」


 出会い頭にぶつかったニコにそのまま抱きしめられる。全力でもがき両腕から抜け出すと、四人の冷やかす様な視線を背中に感じた。

 もう言い訳するのも面倒だ。小さく溜息をつくと同時に、


「すずめちゃーん!」


 私の名を呼びながらドーンと跳び込んできたそれは、狙いすましたかの様にニコへとぶつかっていった。


「おっとっと、大丈夫か」


「はいー、ごめんなさいニコ様ー。ちょっと躓いちゃいましたー」


 ニコの腕に抱えられながら、満面の笑みを浮かべているヤナギメさん。間違いなく確信犯だ。


 そのままニコにしがみ付き離れなかったヤナギメさんは、ソラヅキさんとヒメユキさんが『色々やって』引き剥がし、連行される宇宙人のような様相で引きずられていった。


「いよいよご飯ですよ、すずめさん! ヤナギメ先輩のお家のご飯は、すっごくおいしいんです。楽しみですー」


 フユギリさんが軽くスキップまでしているのを見ると、何とも期待で胸が膨らむ。ブルジョワな夕飯、きっとフランス料理のフルコースみたいな感じだと予想。楽しみだ。


「準備はばっちりです」


 緩めていたベルトを掴みながら言う。


「あ、私も!」


 そう言い、フユギリさんはベルトを外し、緩めに締め直した。

 そんなフユギリさんと見つめ合い、頷き合う。さあ行こう、ご馳走の蠢く戦場へ。


「「いざ!」」





 案内された戦場は、最初に通された円卓の間だった。しかしあの時とは違い、今は円卓の隣に色とりどりのご馳走が並んだカートが置かれている。それと一緒に、お皿やフォーク、ナイフ、お箸等も揃えられていた。


「これはもしや……」


 そう、見紛う事なき食べ放題の王道にして、無数の料理の中より自身の胃袋に詰め込める分を逆算し効率よく食さねば、いつの間にか満腹となり「あれも食べてみたかった」と後悔する事になる、第一級戦線として名高い、その名も、


「バイキング……。大人数での食事にこれほど適した形は他に無いだろうが、くふふふふ……、まさか個人宅でやってしまうとは流石ブルジョワ、私の遥か斜め上をいってくれる……っ!」


「何、ぶつぶつ言ってるっスか?」


 ソラヅキさんが眼前に顔を出してくる。同時にフワリと花のような香りが鼻先を過ぎった。これは石鹸の香りだ。私も使った。


「いえ、すごいご馳走だなと思いまして」


「そうっスよねぇ。つい忘れちゃうっスけど、ヤナギメがお嬢様で良かったと思う瞬間っス!」


 言いながら香りを残して勢いよく飛び出したソラヅキさんは、お皿を片手に料理を選び始めた。仲間としてその評価はどうなんだろう。


「さぁ、早い者勝ちっス。三日分の栄養を食い溜めるっスよー」


 どうやら、ソラヅキさんは生活も掛かっているらしい。しかし、早い者勝ちと言われてもこの量が品切れを起こすとは考えにくいが。


「すずめさん、私たちも戦闘開始です!」


「よしきた!」


 フユギリさんと共にカートに向かって小走りで駆けて行く。一番大きなお皿を手に取ると、カートの上を一望する。


「これはなんというユートピア」


 厚切りのステーキから始まり、色鮮やかなお刺身、焼き色が見目麗しいお魚、色彩豊かなサラダ、具沢山のスープ、カラフルな各種パスタや米料理などが並び、右手がどれを取ろうかと悩み彷徨う。


 まぁ、一つは決まっているのだが。


「いっただきまーっス」


 とても快活とした声の方に視線を向けると、もう席についていたソラヅキさんが、料理を山盛りにしたお皿を前に置き祈るように両手を合わせていた。


 早い。確かに私達より先にカートに飛びついていたソラヅキさんだが、それ程差は無かったはずだ。


 だがすでに食べ始めているソラヅキさん。しかも良く見ると、お皿に盛られた料理は種類豊富で、綺麗に小分けされている。きっと彼女はバイキングのプロだろうと予想。


「いっちごさーん、いっちごさーん、メーロンさんにり・ん・ごさん♪」


 奇怪な音階の歌に振り向くと、満面な笑みを浮かべてケーキやタルト、パイなどをお皿にのせているフユギリさんがいた。いきなりデザートとは……、彼女は欲望に忠実らしい。


「もう、フユギリったらまたお菓子ばかり取って……」


 言いながらカタハナさんはフユギリさんからお皿を取り上げると、全てのお菓子を元の場所へと戻していった。


「あうー、カタハナ先輩ひどいですー」


 いつの間にか現れたカタハナさんに抱きかかえるように抑えられたフユギリさんが喚く。その様相は、ぱっと見だけならフユギリさんが憐れに見えてくるが、理由を知っているので何ともどうでもいい。


 そんな光景をよそに、一つ決めていた料理をお皿へと移した。


「いきなりメインか。やっぱりすずめは俺のイメージ通りだな」


「なにさそれ?」


「素直って事だよ」


 明らかなニヤケ顔を見せるニコ。


 何かくやしいと思い料理を戻そうとするが、私の右手は激しい拒絶反応を示した。だが、お皿の上の肉厚で網目状の焼き目が麗しいステーキにソースをたっぷりとかける事には素直に応じてくれた。なんて素直なんでしょう。


 ステーキを端に寄せると、ソースをからめるようにサフランライスをよそう。最後に余ったスペースにサラダを盛り付け、森野流ステーキディッシュの完成だ。


「完璧だね」


「何がか知らんが、おめでとう」


「ありがとう」


「真っ先に肉いったわりに、野菜が多いんだな」


「うん、まぁこれは……習慣……みたいなものかな」


「あれか、野菜もちゃんと食べなさいとかいう親の教えってやつか」


「大正解!」


「流石、俺」


 浸り顔で私のお皿からミニトマトを掻っ攫っていくニコ。そのくらい自分で取りなさい。


 ちなみに、皿の半分を占めるサラダは、サフランライスに被るようにのせている。これは森野家の掟、肉を食すときは野菜も食すべし、に則ってのものだ。これを破るとお母さんに…………、これ以上は精神的によろしくないので割合する。


 そういった事もあり昔からこうなので、こうしないとどうにも落ち着かない。野菜が好きというわけではない。お肉は大好きだ。


 ナイフとフォーク、それと水を注いだグラスを掴み円卓へ向かうと、最初と同じ様に出入り口から一番遠い席に腰掛け、アーサー王の如くふんぞり返る。


 他の皆はというと、まずソラヅキさんはもうすでにお皿の上に料理はほとんど残っていなかった。最後の一口を水と一緒に飲み込むと同時に席を立ち、そのままカートへと向かっていく。三日分の食い溜めと言っていたのは、冗談ではなさそうだ。……この食欲があの胸を育んだのだろうか。栄養が腹ではなく胸にいく。羨ましい。


 フユギリさんはサラダのほか、トマトソースのパスタと焼き魚のようだ。そして隣に座っているカタハナさんも料理内容は同じだった。それから想像するに、きっとフユギリさんの方は自分の意思ではないだろう。


 ヒメユキさんはまだカートの方で選んでいる最中だ。おかわりをしにきたソラヅキさんと何か話しているが、ここからは聞こえない。


 見ていると、すごい早さでソラヅキさんが料理をお皿に盛っていく。ヒメユキさんは特に気にする様子も無く自分の料理を選んでいるところをみると、これはお馴染みの光景みたいだ。


 ニコはというと、ヤナギメさんに捕まっていた。自分で盛ったのか、サラダ一杯のお皿が円卓に置かれている。だがその中で特に目立つのは、夕日のように鮮やかな沢山のニンジンスティックだった。


 ──馬だからか、馬だからなのか!?──


 そう突っ込みたいところをぐっと堪える。


 さあ、いよいよご馳走だ。高揚する気持ちを抑えながらステーキにナイフをいれると、あまり力をいれていないのに一往復で綺麗に切れてしまった。ミディアムレアに焼かれた切断面のマーブル模様がなんとも美しい。


 いたって冷静に、粛々とお肉を口に運ぶ。

 そして一口。その瞬間に柔らかく解けながら口一杯にお肉の甘みが広がり、ソースの酸味と絡み合い至高の域へと到達する。


 ──ブルジョワはこんなものを毎日食べられるのか……!──


 こんなにおいしいお肉だと、非常にご飯がススム。

 お肉一切れに、盛ったご飯の三分の一をかき込んだ後、つくづく私は庶民なんだなと実感するのでした。


「お、すずめさん、初めからとばしてるっスねー」


 明らかに私なんかよりもとばしているソラヅキさんが、お皿を山盛りにして戻ってきた。


「こんなにおいしいお肉は初めてです」


「そうっスよね! ボクもここで食べさせてもらったのが初めてだったっスよ」


 最高の笑顔を見せるソラヅキさんは、早速とばかりにパスタをほお張り始める。何とも幸せそうだ。


 それからソラヅキさんとこの街の名物や、グルメスポットなどについて話しをしながらご馳走を堪能した。

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