持つべきものは、ブルジョワなお友達だね。 Ⅲ
五十
扉を抜けるとパラダイス。テレビで見たビップご用達の旅館等では話にならない程の大浴場が眼前に広がっている。白いタイルの床に、面ごとに四季が描かれた壁、黒い天井には所々、電球? だろうか、大きな玉が明るく輝いていた。
見る限り湯船は四つ。一つは石造りの湯船に黒い湯が溢れ出ている。一つは口から炎の代わりに湯を吐き出す大きなドラゴンの彫像があり、一つはブルジョワの王道ともいえるジャグジー風呂。そしてもう一つは大理石で出来た湯船に白い湯、そこに色とりどりの花びらが浮かんだ、何とも煌びやかなお風呂だ。
カタハナさんとソラヅキさんは、等間隔に並ぶ水瓶を肩に乗せた乙女の彫像の前に立っている。何をしているのかと思ったら、水瓶からシャワーが出てきた。
ブルジョワの感性はほんと良く分からない。
「すずめさん、ぼーっとしてどうしたんですか?」
余りの生活基準の違いに唖然としていると、遅れてヤナギメさん、ヒメユキさん、フユギリさんが後ろに居た。声を掛けてきたのはフユギリさんのようだ。起伏の少ない身体で小首を傾げている。抱きしめたくなった。
「ああ、何でもないです。ただ大きなお風呂だなって思ってただけで」
「そうですよね! ヤナギメ先輩のお家のお風呂たまに入らせてもらうんですけど、すごく気持ちいいんですよー」
「すずめちゃんも、入りたくなったらいつでも来ていいからね。もちろんニコ様と一緒に!」
「あー、ありがとうございます……」
鼻息荒いヤナギメさんの隣から、フユギリさんがてててっと駆け出したかと思うと、そのままぽーんと黒い湯船に跳び込んだ。激しく揺れる水面が湯船の縁を越える度に、ザバザバと湯が溢れ出る。黒い湯は白い床を流れると濃茶色になり、ゆっくりと広がっていく。
「こーら、フユギリ。飛び込んじゃダメって何度も言ってるでしょう」
「えへへー。ごめんなさいですー」
「それと、湯船に入る前には身体を流す。でしょ」
「はーい」
黒湯にそっと入りながら、フユギリさんを小突くカタハナさん。ごめんなさいと言ったフユギリさんはまったく反省していなさそうな表情で泳ぎ始めた。いくら湯船が大きいとはいっても、泳ぐには少し物足りないだろうに。
「ほーら、泳がないの」
カタハナさんは言いながらフユギリさんを止めると、そのまま抱え込む。
「はーい」
そう返事をしたフユギリさんはニコニコと幸せそうにしている。なんというか、こうして見てみるとまるで仲の良い姉妹の様にも見えてくる。
「もう、完全に指定席って感じだね」
「フユギリずるい! 私もー!」
もう慣れたとでも言いたげな目で見ていたヒメユキさんの隣から、ヤナギメさんが飛び出す。するとさっきの再現かのように、同じ軌道を描きヤナギメさんが黒湯に着弾した。
揺らぐ水面に流れ出る湯。湯をまともに被ったカタハナさんに頭をグリグリされながら怒られているヤナギメさんが何とも可笑しい。
気のみ気のままに私もパッと駆け出すと、三人へ向かって飛び込んだ。
「とりゃー!」
着水と同時に上がった飛沫が一瞬だけ視界を遮った後に、頭から湯を滴らせる三人が目に入る。
「すずめちゃん、ナイスダイブ」
ビシッとサムズアップするヤナギメさんに、同じようにサムズアップして返す。
「ほら、二人がやるからすずめさんも真似しちゃったじゃないの」
そう言いながらカタハナさんは二人を抱え込み頭をグリグリする。
「あうー、ごめんなさーい」
「ギブギブーっ!」
ジタバタともがく二人は、けれどもどこか楽しそうだった。
しかしカタハナさんの手がふと止まったかと思うと、目にも留まらぬ速さでカタハナさんに引き寄せられ、その手は私の額に添えられていた。
すると、開放されたフユギリさんとヤナギメさんが突如、私にしがみ付いてくる。嫌な予感しかしない。
「え、なに!?」
「もちろん、すずめちゃんも同罪」
「大人しくお仕置きされてください」
背後のカタハナさんがニヤリと笑った気がした。
「そういうことです」
容易に想像できるこの後の惨劇を思い浮かべながら、「……ごめんなさい」と、本能的に言葉を発した後、フユギリさん、ヤナギメさん両名と似た様な悲鳴を発しながら悶える事となった。
「なんだか、楽しそうっスねー」
湯船に浸かりながら、ソラヅキさんが言った。
というかちょっと待て。どういう事だ。
私は信じられない、否、信じたくないと目の前に浮かぶ二つの大きな物体に愕然とした。
「ソラヅキちゃーん。カタハナちゃんがいじめるー」
ヤナギメさんが助けを求めるようにソラヅキさんの背後に姿を隠すと、様子を伺うようにチラリと肩越しに覗く。同時に立った湯面のうねりが……ソラヅキさんのけしからん胸を揺らした!
カタハナさんよりも大きいのではなかろうか……。まさかの伏兵だ。どうやらソラヅキさんは着痩せするタイプの典型のようだ。私は、微塵の意外性も無いと泉に言われた事がある。
カタハナさんとソラヅキさんを交互に見やると、それとなく深めに湯船に沈み込む。そう、さりげなく。まだ成長期……まだ成長期。
「はいはい、もう飛び込んじゃダメっスよ」
額を指で弾かれたヤナギメさんは、「あうっ」と小さく声をあげる。だが彼女は模倣犯、主犯の方はというと、カタハナさんの胸を枕代わりに幸せそうな表情で、鼻歌交じりに湯を堪能している。
「なんだろう、この疎外感」
呟きに振り向くと、昔見たホラー映画の貞子がで背後に立っていた。湯船に浸かっている状態ではありえない寒気が背筋を走る。
「ひィィ!」
「わひゃぅっ!」
鼻歌が止まると同時に、フユギリさんが一瞬湯船で溺れかける。それをカタハナさんが「よいしょ」と持ち直した。
よく見直すと、ヒメユキさんだった。ちなみに私も反射的に、カタハナさんの後ろに逃げ込んでいたのは内緒だ。
ヒメユキさんはシャワーを浴びた様で全身は濡れ、水分を多量に吸った長い髪が顔半分を覆っているため、いままでと印象がガラリと変わっている。髪の隙間から覗く目が夢に出そうで怖い。
「ヒメユキも入っちゃいなさい」
「うん……」
カタハナさんに言われるがまま入水し、肩まで浸かる。髪が水面に漂い、更なる迫力を生み出した。
ヒメユキさんはおどおどするフユギリさんに狙いを定めたのか、そのまま滑るようにこちらへと進行してくる。顔だけが迫って来るようでかなり不気味だ。
「フーユーギーリー」
「先輩怖いですー!」
纏わり付くようにフユギリさんに抱きついたヒメユキさん。
慌てふためくフユギリさん、鼻歌を引き継いだヤナギメさん、そんな中ソラヅキさんは我関せずといった顔で寛いでいる。
それから背中を流し合ったり、皆で全部の湯船を入り比べたりして、少しのぼせ気味になったところで浴室を後にした。
「なんというロイヤル……」
脱いだ服を入れておいたロッカーに用意されていた着替えの服は、長袖でフードも付いている。丈は膝下くらい、黒地の布に煌びやかな刺繍が縦に入り、端まで伸びると裾を沿う様に広がり、縁を飾っている。頭からすっぽりとかぶるローブ状で、腰の辺りにこれまた綺麗な金細工の施された皮のベルトが付いていた。正に私の欲しかった、高レベル魔導師向け装備のイメージそのままだ。きっと何かしらの特殊効果があるに違いない。
それと元着ていた制服は見当たらない、多分洗濯してくれているのだろう。
私は急いでローブを着てベルトを締める。この時、夕飯のごちそうのために少し緩めに締めておいた。
皆はというと、カタハナさんとヒメユキさんは空色のワンピースで、腰にはどうにも似つかわしくない、いかついベルトをしている。だがスカートには深いスリットが入っていて何とも艶っぽい。大人の女といった雰囲気だ。羨ましい。私もあと五年もすれば……。
フユギリさんは薄い黄色の浴衣……の様なものを着ていた。様なものというのは共衿はあるのだが、胸の少し下あたりでくっついてしまっている。更にカタハナさん、ヒメユキさんのしているようなベルトを締めている。褄先は膝までで、衽が翻ると生足がすぐさま露出してしまいそうだ。
この浴衣の様なものも、この世界の一般着なのだろうか。ただ一つ言える事は、これを作ったのは間違いなく男であろうという事だ。
ヤナギメさんはピンクのワンピース、ソラヅキさんは白地に紅い刺繍の入った薄手のフード付きチュニックに黒いレギンスを合わせていた。
ニコが喜びそうな光景だなと思いながらカゴの中のスフィアを手に取り、スフィアを入れておける丁度いいポケットはないだろうかと、暫しローブのあちこちを調べてみる。
「お、こんなところに」
ベルトの装飾に隠れるよう、右と左の腰辺りにポケットの入り口が見つかった。
スフィアを右のポケットに入れると、是非とも今の自分の姿を見てみたいと思い辺りを見回す。
「っととと……」
鏡を求めて走り出そうかというところで、まだノーパンである事を思い出し踏み止まった。再びロッカーを見ると四人が穿いていたような一分丈のショーツがある。白の無地だがとてもすべすべだ。これはきっとシルク。
穿いてみると、とてもとても自然で軽い肌触り。そしてゴムではなく、生地自体の伸縮性を生かした優しい穿き心地だった。確かに可愛さはないがこれは楽でいい。
大魔導師にでもなった気分で、更衣室の隅に見つけた大きな姿見の前でローブ姿の自分を拝む。
「ああ、これぞ魔導師……私、カッコいい」
鏡の前でローブを翻しながら次々とポーズを決めてみる。
「クリムゾン・フィアー!」
今私は、大魔法で悪いドラゴンを討伐したところだ。
「すずめさんっ……、お楽しみ中……悪いっスけど、そろそろ夕飯に行くっスよー……っっ」
ぬ? 何か含む様なソラヅキさんの声に振り返ると、ひきつった表情で、何かを堪える皆の姿が目に入る。どういうわけか、フユギリさんはヒメユキさんに口を塞がれた状態だ。
「アハハハハハ! ダメ、もうダメっス!」
「もう……笑ったら失礼……ですよ……ププッ」
「すずめちゃんなにやってるのーっ!?」
ソラヅキさん、カタハナさん、ヤナギメさんと一斉に笑い出した。ヒメユキさんは顔を逸らしながら肩を震わせている。
もしかしなくてもずっと見られていたという事か!
何という最悪のタイミング。恥ずかしい。顔から火が出そうなほど赤くなるのが自分でも分かる。
「んーーー! んーーー!」
ヒメユキさんの手元でフユギリさんが顔を紅くして何かを訴えている。
口を塞いでた手を離すと、フユギリさんは大きく息を吸い込んでから、吐き出し笑い声を上げた。
「すずめさん……っ……カッコよかったですよーっ!」
「すずめさんって……っ……面白いねっ」
間違いなく褒めてはいない。それどころか、周りの皆も更に笑い声を上げる。
「うあーー! 笑うなー!」
「すずめちゃんが怒ったー」
両手を振り上げながら、素早く蜘蛛の子を散らすように逃げ出す五人を追いかけて脱衣所を飛び出した。




