持つべきものは、ブルジョワなお友達だね。 Ⅰ
四十八
「ディレイコードオペレーション、ドライブγ、ランク一、ディアメータ三、レンジ四、マテリアルフレイムオーダー、我願わくば光を。コードセット」
もふもふのスリッパから外用のサンダルに履き替えてディレイスペルを入力しながら立ち尽くす。
場所は裏庭だが、そんな簡素な響きとは名ばかりの、ロイヤルガーデンのど真ん中で私はソラヅキさんと対峙している。なぜこうなった。
見上げると満天の星が輝き、高い塀と大豪邸の間にあるこの裏庭は、ちょっとした競技場くらいなら楽に入ってしまうんじゃないかという程の広さがある。これだからブルジョワは。
目の端には、軒先のテラスで優雅にグラスを傾けている面々がちらついている。
塀に沿って切り揃えられた植込みが林の様に並び、その内側からは仕切り無く種類毎に分けられた花壇が続く。夜の闇にも負けず星の光に照らされて咲き乱れる花々が、時折吹く風に揺られ一斉に流れる。さわさわと耳をくすぐる音色は心地よく、風が見えるとはこういう事なのかと、少し心を囚われた。
そんな彩りに囲まれたこの場所は、ほどよく整地され訓練にはうってつけの環境だと思える。思えるのだが……。
「さあすずめさん。いつでもいいっスよ!」
ソラヅキさんが声を上げ構えの姿勢をとる。何がどうしてどういうわけか、気づくとソラヅキさんが私の対戦相手として名乗りを上げていた。しかも、スフィアをヤナギメさんの家にあったレリクトの盾にセットしている。魔法を見せるだけだと思っていたのに……。
だがまぁ、こうなってしまったならしょうがない。折角だから胸を借りるつもりで色々試させてもらおう。
「じゃあ、いきますよ!」
スフィアをポケットに戻し両手をフリーにする。本来ならこの手に剣を持つのだが、今は預けてあるので徒手空拳だ。だがこれでも私は、マンガ拳法の使い手だ。
「スターティングオペレーション、ドライブα、ランク一、ランス一、スケール一、マテリアルライトニングオーダー、我願わくば光を、……インドラ!」
様子見の雷撃がソラヅキさんの頭上から一筋落ちる。
雷属性は、形状指定時で出現位置が遠くても、攻撃発生速度が速い特殊性能があると書いてあったのでその試し撃ちだった。だがソラヅキさんの頭上に発生するのとほぼ同時に稲光が地面に吸い込まれた。その攻撃速度は私でも驚く程だったが、たった一瞬で横に跳び躱された。
あれに反応できるなんてどれだけの実力者なんだ。流石魔法世界の騎士、ソラヅキさんには隙は無さそうだ。
「ダメっスよすずめさん。様子見はこの際無しっス。それともこっちから行った方がやり易いっスか」
言うが早いか、ソラヅキさんは走り出し一気に距離を詰めてくる。軽く流しているような走り方なのにとんでもなく早い。グングン迫ってくる。
相手は騎士。剣は持ってないまでも、盾を持っている。騎士なら十分武器になるだろう。がっちがちの近接戦となったら流石にマンガ拳法の達人である私でも対抗しきれないだろう。後ずさりそうになる足を踏み止めると思考を巡らせる。
ならば、接近させないようにするしかない。では、試してみたい事その二!
もはや毎日読む愛読書となっている、スフィアの説明書。昨日の夜に見た中に、興味深い使い方が書いてあった。略式入力というもので、正式よりも早く入力出来る代わりに、十秒以内に発動しないと無効になるというものだ。丁度、この方が実戦的だったので試してみたいと思っていたところ。ぶっつけ本番になってしまうが今正にその機会。
「ウェイクアップ、コードB、一、八、一、オールセット、我願わくば光を、……グングニル!」
素早く組み上げた青い魔法陣が赤く輝き、八槍の光がソラヅキさんへ時間差をかけて襲い掛かる。
「なっ……光っスか!?」
直線、縦の曲線、横の曲線と多方向から飛来する光の槍を、屈み、飛び退き、盾で防ぐソラヅキさん。とんでもない身体能力と、熟練さを感じさせる正確な動き。やはり魔法世界の騎士はカッコイイ。
っと、感心している場合ではない。そのままの勢いで目の前まで迫るソラヅキさん、尋常じゃない。
「ちょっ……速いって! スターティングオペレーション、ドライブε、イージス!」
一瞬で前方に雷鳴を響かせながら雷の壁が聳え立つ。
「うわっ! わわわわわわわわっ!」
慌てた様に声を上げて、ソラヅキさんは最高速に達していた身体に急激な減速をかける。だが急制動は間に合わず、イージスに触れる。速さが逆に仇となり、放電の強烈な音と共にソラヅキさんは弾き飛んでいった。だが、体勢を崩しながらも前面に盾を押し出すようにしている。壁に触れたのは盾の前面のみ、直撃は免れたようだ。とんでもない反射能力だ。
だが衝撃により体勢を整え切れていないこのチャンス、生かさねば。
「アウトセット、エクスプロージョン!」
入力しておいたディレイスペルを解き放つ。目くらまし程度に使おうとしていたため威力はとても低いが、大きなケガをさせる心配もないため直撃コースで発動させた。
瞬時に赤い魔法陣が浮かび上がると、イージスの奥で爆音と炎が炸裂する。周囲が紅蓮に染まると、熱風がチリチリと全身に迫り、紅い火の粉が空から舞い落ちる。
もちろん、これで終わりじゃない。勝負ならやはり勝ちにいきたい。
「我願わくば光を。セイクリッドヴァルチャー」
五つの光弾を舞い上がった塵煙の中に飛ばし、ソラヅキさんが居た辺りで待機させる。
イージスが周囲に一瞬放電すると、そのまま掻き消え火の粉が燃え尽きていく。霧が晴れる様に次第に浮かび上がるソラヅキさんは、盾に全身を隠して凌ぎきった様だ。
タイミングはバッチリだと思ったが防げてしまうものなのか。どうやらもっと戦略を練る必要がありそうだ。
ソラヅキさんは盾の横からひょこっと顔を出し包囲する光弾を確認すると、そのまま立ち上る。
「うひぃーー、降参、降参っスよーー。まさか三属性も使えるなんて思わなかったっス。すずめさんトライウィザードだったんっスね。その歳でトライクラスだなんて、ニコさんといい、すずめさんといい、とんでもないっスねぇ」
ソラヅキさんは両手を挙げヒラヒラと振る。
終わり……だろうか。光弾から意識を外すと、シュッと音を立て五つの光が消失する。
しかし、とんでもないのはソラヅキさんの方だと思う。初撃のインドラ、多方位からのグングニル、体勢を崩した後のエクスプロージョン。そのことごとくが掠りもしないなんて、どんな運動神経しているのかと……。多分、ソラヅキさんが本気でやってたらこうはいかなかっただろう。
「すずめちゃんすごーーい」
ヤナギメさんの声に振り向くと、テラスで寛いでいた皆が来ていた。
だがまあ、勝ちは勝ちだ。今しばらく、優越感に浸るとしよう。
「私も驚きました。レリクト無しどころか、まさかトライウィザードだったなんて」
「すごいです、すずめさん。私感動です!」
「これがすずめさんの魔法か。確かにレリクト無しとは思えないね。しかもトライウィザード」
なんだか私、予想以上に絶賛されている。そりゃあ、うまく出来たとは思うが、石球でやっていた訓練の復習に近い感じだった。だがしかし、さっきから気になっている事が一つあるのだが。
「トライウィザードって何です?」
一瞬の間。最初に口を開いたのは、ソラヅキさんだった。
「何言ってるっスか、すずめさん。トライウィザードはスフィアを三つ同時に扱う、ウィザード系列のトライクラスじゃないっスか」
ふむふむ。
多分、一般人では「は?」となってしまうところだろうが、ファンタジー用語に慣れ親しんでいる私は違う。
ウィザード系列……その名称と話の流れからして、ゲームでいうところの職業みたいなものだろう。で、トライクラス。これは上級職のような意味合いだと思われる。そしてそれは、スフィアを三つ同時に使う事らしい。で、私がそれだというが……、そもそも私は一つしか持っていない。
「私のスフィアこれだけなんですけど」
その言葉に皆が同時に首を傾げる。息ピッタリだな。
「あれ……? でもすずめさん、雷の後、光、雷、炎、光って立て続けに使ってたっスよね? どんなにレベルアップしても、属性変更時の待機時間は変わらないっスから、一つであの連携魔法は不可能っスよ」
「そうなんですか?」
うーん、そんなこと言われても変更する必要は無いし……。
長考。
……。
……ああ! そういえば、下級魔法の場合は、属性を変更するときに少し時間が掛かるってハティが言っていた気がする。上級魔法では、そんなの関係なかったからすっかり忘れていたが。
…………ん? 上級魔法を使えば、あんな魔法連携は楽なんだけれど、それを不可能と言うって事は……つまり皆は上級魔法、もとい四段階の生体認証をしていない?
そういえば、カタハナさんとヒメユキさんも私がトライウィザードだと言っていた。ソラヅキさんの実力からして、皆相当な実力者だと思われるが、知らないというのだろうか。
滑るようにこっそりと、ニコににじり寄る。
「ねえニコ。もしかして皆って、スフィアの上級魔……じゃなくて正式使用のこと知らないのかな?」
聞いてみると、ニコは「あっ」と、小さく声を上げる。何か知っているようだ。
「そういやハティの話だと、補助使用しか使えないとか言っていたな。正式使用は手順が複雑で偶然登録なんて出来るわけがねぇし、手順を知る方法はねぇんじゃねぇか」
「確かに、あれじゃ偶然は無理だけど」
私も説明書を片手に何時間も掛けて四段階まで登録した。その工程を偶然に辿るなど極めて不可能に近い。しかし説明書があるのだから、それを見ながらやればいい話だ。
「だがそうなると今更だが、すずめはなんで正式使用が出来るんだ。ハティも初期認証の仕方までしか覚えていなかっただろ。俺もそうだしな」
「えっとそれは、部屋にスフィアの説明書が……っ! とととっ!」
言い掛けたところで、ヤナギメさんが突如ニコとの間に「うりゃーー!」と、飛び込んできた。
「ニコ様ー、お風呂の支度が出来たみたいですっ。一緒に行きましょー」
「お、それは素晴らしい提案だ。早速、皆で行こうじゃねぇか」
意気揚々と屋内へ向かうニコの瞳は、またも怪しく輝いていた。
「いいっスねー、お風呂! 運動した後のお風呂は最高っスよね!」
ソラヅキさんも軽やかに続く。
「こちらのお風呂はとっても広くて、気持ちいいんですよ」
皆で裏庭を後にすると、執事さんが先導しながら屋内をウネウネと進む。ヤナギメさんの乱入で話が途中で流れてしまったけれど、まあ別にいいか。




