ファンタジーの街は、私の理想郷でした。 Ⅶ
四十一
「まあこんなもんだろう。まったく、この姿じゃ動き辛いな」
倒れた魔獣を背にぶつくさと呟きながらやってくるニコ。その絵図らはヒーローの凱旋の様だ。その姿にこれならもう大丈夫だろうと、イージスを解除する。
「おつかれさまー」
「おうよ。すずめもがんばったじゃねぇか」
「えへへー」
少年漫画の如く右手の拳を突き出すと、ニコもすぐに分かってくれたみたいで、同じように拳を合わせてくれた。戦闘後のこういうやり取りに少し憧れていたのだが、それが叶ってちょっと嬉しい。
「ところでどうよ、俺の華麗なバトルテクニックは。惚れたろ?」
カッコつけながら、どさくさに紛れて私の頬にキスをしてきたニコを蹴り飛ばす。
「ほ・れ・な・い」
「惚れましたぁ~」
……ん!? 何やら間の抜けた信じられない幻聴を聞いた気がする。全力で振り返ってみると、向かって右の娘が頬を紅く染め、その視線は私の頭上を越えて、ニコに一直線だった。……見た目に騙されたらダメだ! 心の中で叫ぶ。
「ちょっとヤナギメ。いきなり何を言い出すのよ」
「だって、カタハナちゃんも見たでしょ。ケルベロスを、あんなにいとも簡単にだよ。もう私……むしろ抱いて!」
───……! ゴイーンと鈍い音が響いた……。
ニコに飛び掛ろうとするヤナギメと呼ばれた少女は、カタハナさんに痛烈なシールドバッシュを喰らい安らかな眠りについたのだ。ちなみに、カタハナさんは、先ほど肩を貸してシェルターまで来た人だ。
「何かごめんなさいね。それより、本当にありがとうございます。助かりました」
「いやいや、これしきのこと私めにかかれば造作も無い。それよりも、お嬢さんたちが無事でよかった」
調子に乗ったニコが、エセジェントルメンモードに入った。
「無事はいいけど……そっちの人は大丈夫なんですか?」
私は、シールドバッシュに倒れた少女を見つめる。
「ああ、大丈夫っスよ。ヤナギメはこう見えても、ボクたちの中で一番頑丈っスから」
向かって左の娘が答える。皆同じような白い鎧を着ているから判別しづらいが、お姉様風のカタハナさんと比べて活発そうなスポーツ少女といった印象だ。ちなみにシールドバッシュで眠らされた少女は少し小柄で幼さの残る顔つきだった。今は幸せそうな表情で眠っている……。確かに、床に転がり安眠するその表情から察するに、無事ではありそうだ。
「あれ、この音は?」
ふと地鳴りのような足音が近づいてくる事に気づき振り返る。どうも店の外から聞こえてきているようだ。新手だろうか、入り口の扉を見つめ息を呑む。
「皆無事か!?」
店の扉がけたたましく開くと、漆黒の鎧を身に纏った屈強な騎士たちが店の中になだれ込んできた。同時に半円型の陣を組み漆黒の盾を構える。この間約一秒、とても規律のとれた見事な動きだ。
「重傷者が一名いますが、他は皆無事です」
そう言いながら、カタハナさんがその漆黒の騎士たちに向かい歩み出た。
「ふむ……。魔獣が侵入したとの連絡を受けたのだが、こいつがそうかね? ……ほう、流石は噂に名高い守護四騎聖だ。魔獣を討てるほどとは恐れ入った」
隊長と思える風格を放つ漆黒の騎士は構えを解除しながら、魔獣の亡骸を見る。白髪と何ともダンディーな口周りの白ひげに指先を当て、感心したようにカタハナさんの肩を叩いている。
「いえ、この魔獣はそこにいる彼が討伐しました。……私たちは……耐えるのがやっとで……」
カタハナさんが節目がちにニコへと視線を向けた。まあ最初にあんな風に言われたら、少し否定しにくいだろう。
漆黒の騎士はカタハナさんの視線の先にいるニコの方を向くと、鋭い視線を送る。見定めようとしているのだろうか。真の戦士は真の戦士か見ただけで分かる、みたいな。
「なんだ、なんかようか」
ニコは、視線に気づいたのか進み出てくる。
「彼女から、貴殿がこの魔獣を討伐したと聞いたのだが、それは真かね?」
「ん、ああそうだな。止めは俺がやった」
漆黒の騎士は、再び鋭い目でニコを見つめた後、不意に表情をゆるめ破顔した。さっきまでの印象とはうって変わって非常に快活なおじいちゃんに見える。
「そうか、遅れて済まなかった。仲間を守ってくれた礼を言わせてくれ」
「なーに、礼を言われるような事じゃあない。お嬢ちゃんたちが必死に戦ってるんだ、男なら動かなきゃ嘘だろ?」
「はっはっは! その通りだ!」
何やら意思疎通したらしい二人は、満足げに笑みを浮かべ合った。
「さて、この魔獣の処理は研究所の者でも呼びつけるとして、重傷者がいると言ったな。治癒術師はいるのか?」
「あ、はい。下のシェルターでセカンドレインフォースの者が治療しております」
重傷者といえばさっきの血塗れの騎士の事かな。そういえば大丈夫なのだろうか。というかセカンドレインフォースってなんだ。
「ああ、それならお嬢ちゃんが行った後、客の中にいた治癒師が一緒になってがんばってたぜ」
ニコが手伝いに名乗り出たローブの少女の事を伝える。二人がかりの治療により、表情が和らいでいたところからみても心配は無さそうに思える。
「まあ、それならヒメユキはもう大丈夫そうね。よかったわ」
大きく肩を撫で下ろしたカタハナさんは安堵の溜息を吐いた。
「ならばもうここは大丈夫だな。アカデミーには連絡を入れておくので、すぐに研究班が魔獣の屍骸を回収しに来るだろう。討伐報酬は君たちで話し合って決めるといい。それと重傷者は念のため治療院で検査を受けるように言っておいてくれ。
では、これにて失礼しよう。諸君らの武勇に、我ら宵蠍騎士団一同敬意を表する」
漆黒の騎士の隊長は、剣を抜くと切っ先を真っ直ぐ上に向けて眼前に構えた。同時に魔獣の亡骸を囲っていた他の若い騎士たちもいつの間にか私たちの方を向き、同じように剣を構える。騎士流の敬礼みたいなものだろうか、一瞬で周りの空気が澄んでいく気がする。何とも心に響く光景だ。
「集合! これより第二防衛ラインまで進行する」
「了解!」と、若い騎士たちの一糸乱れぬ返事が響き、再び地響きのような足音を鳴らしながら店を出て行った。
静寂の戻った店内では回収待ちのグロテスクな亡骸と、「ヒメユキの様子をみてくるわ」と言い地下へと向かったカタハナさんと、「ボクは研究班を待ってるっス」と言い出入り口の傍で座り込んだ店員さん。そしてシールドバッシュに倒れた店員さんを介抱するフリをしながら、いやらしく手を動かすニコに助走をつけた跳び蹴りを喰らわせる私。そして豪快に吹っ飛びながらも、「素晴らしき白!」と叫び嬉々とはしゃぐニコ。といった具合に、どうにもこうにもさっきまでの状況が嘘の様な、なんとも締まらない雰囲気となっている。
ぶつくさと不満を漏らすニコは、まるでダダをこねる子供だ。少しくらい触ったって分かりゃしないだの、減るもんじゃないだのと内容は到って子供らしくはない。多分彼女がニコに対し好意をもっているであろうという事が、ニコの暴走に拍車をかけているのだろう。中々引き下がろうとしないニコをどうにか嗜めていると、地下から二人の店員さんが上がってきた。
「ヒメさん、大丈夫っスか?」
出入り口の傍に座り込んでいた店員さんが、二人の姿を見るとそう訊いた。白い鎧がボロボロなのは変わらないが、血の跡は拭き取ったようで、顔色も悪くはない。むしろほんのり紅く染まり血色良く見える。
「ん、もう平気だよ。ごめんね、迷惑かけちゃって」
「ほら、何言ってるの。あの時ヒメユキが身を挺して守ってくれなければ、私たちも無事ではなかったんだから」
「そうっスよ、ボクたちが無事なのはヒメさんのおかげなんスから」
「えへへ……ありがと」
気恥ずかしそうに微笑むヒメユキさんだったが、目の端に留まったのであろう、私の後方で安眠しているシールドバッシュを受けた少女を見た途端に驚愕の表情が浮かぶ。
「え!? ヤナギメしっかりして!」
ヒメユキさんは私の横を抜けると、その少女ヤナギメさんに駆け寄り抱きしめた。
「そんな。ヤナギメ……なんでこんな……」
私とニコ、カタハナさんは顔を合わせると、ついつい笑いを堪える。
「ちょっとそこの三にーん。性格悪いっスよー」
そんな突っ込みを受ける中、
「ああん、そんな急に……もう、ダ・イ・タ・ンなんですからぁ~ん」
抱きしめられて目を覚ましたのか、ヤナギメさんは猫なで声で媚りまくったそのすぐ後、ニコと目が合う。
「あれ? なぜそちらに……?」
ヤナギメさんがゆっくりと身体を離すと、抱きしめられていたヒメユキさんと感動の対面。
「あ、ヒメユキちゃん! もう大丈夫そうだね、さっすがフユギリちゃん!」
「もう、紛らわしい事しないでよー!」
ヒメユキさんはヤナギメさんの肩を掴み揺さぶった。まあ気持ちは分かるが、それでもまだ戦闘終了後の怪我人である事に変わりはない。案の定ガクンガクンと、順調に顔の色が青ざめていく。あ、、カタハナさんが止めに入った。
「ほら、ヤナギメ眼回しちゃってるから」
「あ~~~……う~~~……」
「ああ、ゴメン!」
まあ、シールドバッシュよりかはましだと思う。等と思いながら店内を見回した。壁にも床にも天井にも、その激戦が深く刻み込まれている。棚も倒壊したり砕けたりしていて、辺りに商品が散らばっていた。これを片付けるのはかなり骨が折れそうだ。




