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ファンタジーの街は、私の理想郷でした。 Ⅴ

三十九



 木製のカウンターにはレジが置いてあり、その向こう側に黒いエプロンを着けた店員三名が、奥の棚に並んでいる様々な武具の整理をしていた。


「すいませーん、買取お願いしまーす」


 言いながら、カバンの中からラーイルカイトを取り出す。赤と緑、黄色の三つをカウンターに置いた。女性店員の一人が振り返ると、ラーイルカイトを手にした後、一枚の白い紙を渡された。


「はい、ありがとうございます。こちらが預かり表になります。査定させていただきますのでお呼びするまで店内のほうでお待ちください」


「はーい」


 紙を受け取りスカートのポケットに入れその場を離れると、店内を一望する。剣や杖以外にも、斧や槍、弓なども並べられている。改めて見ると何ともたまらない空間だ。


 いい値段で売れたら何を買おうか等と考えながら店内を物色する。そんな時ニコの姿が目に入った。


「あいつ……」


 カウンターより正面右方向の更に奥、上下へと続く階段の近くでニコの姿を見つけた。さっきニコがぶつかった女の子も一緒だ。女の子は遠目からでも、何やら俯き困っているように見えた。どうやらまたニコがちょっかいを出しているっぽい。まったく。


 私は一直線に向かうと、後ろから蹴飛ばした。


「こら、何また迷惑掛けてるのさ」


「だから人聞きの悪いことを言うなって。ちょっと世間話してただけだ」


「ふーん……」


 女の子の方を見ると、俯いたまま忙しなく視線をあっちこっちに走らせていた。表情はあまり読み取れないが、先ほどから「あの……」「えっと……」と小さく呟いている。多分かなりの恥ずかしがり屋さんと見た。


「ごめんね。後でちゃんと言っとくから」


「あの……わ……私! 好きな人がいるんですごめんなさい!」


 突然大きく頭を下げ尚且つ大きな声で、いきなりの勇気ある告白。同時に周囲の客の視線が一気に集まった。この感覚……知ってる。紗由里と一緒にいる時の感覚だ。この娘、性格は大分違えど、我が親友紗由里と同じ能力を持っていらっしゃる。


「大丈夫、これの言ったことは忘れていいからね。ほら、こんな場所だから静かに、ね?」


 なるべく優しく声を掛ける。女の子は顔を上げると周囲の視線に気づいたのか、一気に顔を真っ赤にした。羽織っているローブについているフードを目深に被ると、そのまましゃがみ込んでしまった。


「はぅぅ……」


 女の子の震えた吐息が聞こえる。フードを掴んだままうずくまるその姿がやけに愛らしい。


「もう、ニコのせいで……」


 目立ちまくりじゃん。と言いかけたとき、



 ───…………!!…………───


 激しく打ち鳴らすように、突如鐘のような音が響いた。

 同時に店内が騒がしくなる。店員が何人もカウンターに集まり何やら話し合いを始めた。一体全体何事?


「ねぇニコ、何か様子が変だけどどうしたのかな?」


 言いながらニコの顔を見上げると、今までとは違ってなにやら真剣な表情をしている。


「ったく……ついてねぇな」


 ニコが呟いた。どうやらニコは何事か分かっているらしい。


「ねぇねぇ、何があったか分かるの?」


 私はニコの裾をグイグイと引っ張って気を引くと質問を繰り返す。ニコはそんな私の手を握ると傍へと引き寄せた。


「来る前にハティと話してた事だ。今街は危険だって話しただろ。どうやらあれが来ちまったらしい」


「あれ?」


「ああ、あいつがアクゼリュスの活動が活発になってきているって言ってただろ? それは兆候だ。もう何度目になるかは知らんが、活発になり始めて暫くすると、大量のアクゼリュスがこの街に攻め込んで来るって話だ。

 理由は分からんが、この街の地下に何かが埋まっているかもしれんって事らしい。まさか今日来ちまうとはな……」


「アクゼリュスが……攻め込んでくる……この街に!?」


「ああ、ハティの話によるとフォーティシージって呼ばれてるらしいぜ。んで、ここだけでなく他の街でも時折起こるって話だな」


 つまり大量のアクゼリュスとの市街戦が始まるという事か。そうすると、アクゼリュス対この街の者たちによる大規模戦闘が見られるという事になる。不謹慎ながら、とてもわくわくしてきたのは内緒だ。


 スカートのポケットに入っているスフィアに触れる。その後、腰に下げた剣と短剣を確認した。うん、私の戦闘準備はばっちりだ。


「ねえニコ、行ってみよう」と、言おうとした矢先、複数の物々しい出立の人が一斉に扉の前へ並んだ。その手には、この店で売っているような剣や盾などを持ち、白い鎧を身に纏っている。

 やけにピリピリとした雰囲気が漂い始めた。


 戸惑っているとその中の一人が前に出る。


「先ほど、センペルビレンスアカデミーより、第一級戒厳令発令との報告が入りました。よってこれより当店は、全出入り口を封鎖し防衛戦の準備をさせていただきます。その間、皆様方は当店地下のシェルターへと避難していただきます。安全のため、お客様方のご理解とご協力をお願いいたします」


 扉の前に並んだ人たちは、どうやら店員の方たちだったようだ。言い終わると、一同頭を下げる。一瞬の静寂の後、再び店内の客たちがざわめきだした。ただ、時折聞こえてくる言の葉は、「デートの約束が」とか「昼食の準備があるのに」とか、何とも緊迫感のない内容だった。


 そんな中、店員の三人が店の出入り口を閉め、二人が避難誘導を始めた。渋々といった感じで誘導に従う客たち。


「お二人もこちらへ」


 店員に誘導されるがまま、私とニコは店の地下へと降りていった。


 塔の外壁沿いに緩やかな円を描くように伸びる階段を降りた先には、重厚な壁が聳えていた。そこの扉はすでに内側へと開いていて、中へと皆が入っていっている。


「こちらがシェルターとなります。さあ、早く中へ」


 店員に促され、私とニコは重そうな金属の扉を横目に、シェルターの中へと入らされた。中は白い壁面で、真ん中に質素なテーブルと長椅子が置かれている。数人はすでに椅子に腰を下ろし、知り合い同士でだろうか雑談を始めている。


「じゃあ、後はよろしくね」


「りょーかいです!」


 ここまでの案内役の店員二人は短いやり取りの後、一人は外へ、もう一人はシェルターの中へ残ると、金属の扉を精一杯全体重を乗せるように力を込めて閉め、大きな閂を掛けた。


「では皆様方、戦闘が終わるまでの間、シェルター内でお待ち下さい」


 ざわめくシェルター内、もちろん内容のほうは実にくだらないことばかりのようだが……、


「大丈夫です! 先輩たちはと~~っても強いですから。なんせあの宮廷近衛騎士団の最終試験までいった方たちなんですよ!」


 ざわめきを、心配のそれと勘違いしたのだろう後輩の店員は、身振り手振りで大きい大きいと表している。多分、強さを大きさで表しているんだろう。小さな身体ながら先輩方を絶賛しているようだ。


 ……しかしあれだろう、宮廷近衛騎士団の試験ってのがどんなのか知らないのだが、合格したと言っていないところが何とも引っかかる感じだ。でも周囲では「娘がカタハナちゃんのファンなんだよな」とか、「いや、知ってるけどさ」とか、何やら今更言われなくても分かってるよ的な言葉が混じっている。


「ねえニコ、これからどうなるんだろ」


「どうなるも何も、表で戦闘が終わるまでここで待ってなきゃいけねぇんじゃねえか? その日に終わる事もあれば数日続く事もあるって話だからな。折角街まで来たってのにこれじゃあ生殺しだぜ。すずめもそう思うだろ」


「何日もここで……? え、食事とかお風呂とかはどうなるんだろ。っていうか、これじゃあ戦ってるとこ見れないじゃん。それに折角街まで来たのに、まだ二ヶ所しか見てないよー」


 外ではきっとファンタジックな大バトルが展開されているに違いないのに、こんな所に押し込められてただ待ってるなんて私には拷問に近い。


「だがまあ、あれだよな。ここに居る以上、すずめに危険は無さそうだ」


「まあ……確かに……そうだけど……」


 安全云々について言われると、守ってもらうという名目で街まで連れて来てもらっているのだから、さすがの私も我侭は言えない。


 ので黙り込むこと暫く……。



 ……………………。



 上のほうが騒がしくなってきた。さっきの店員たちが戦っているのだろうか。うう……見てみたい。


 ………………───!


 大きな振動がシェルターを揺らした。一瞬ざわめきが止まるが、何事も無かったかのようにまたざわめきだす。シェルター内に残った店員は、何も心配要らぬといった体で、扉の前にデンッと構えている。


「フユギリ、フユギリ……!」


 どこからともなく声がした。擦れ、消え入りそうな声だ。同時に扉がガンガンッと音を立てた。


「え、先輩? 先輩ですか!?」


 驚いたように声を上げた後輩店員は、扉の中央にある何かをスライドさせ覗き込んだ。すると、みるみる青ざめていくのが分かる。


「せ……先輩!!」


「フユギリ開けて。早く治療を!」


「は、はい!」


 今度ははっきりと声が聞こえた。フユギリと呼ばれた後輩店員は焦ったように扉の閂を外すと、傍に投げ捨て、取っ手を掴み力を込める。だが閉める時もそうだったように、扉はかなり重そうで身体を傾けながら懸命に引っ張っていた。


 何か非常事態のような雰囲気に押されてか、私は飛び出し扉の取っ手を掴む。


「あ、ありがとうございます!」


 頷いて答える。


「せーの、でいきますね。……せーの!」


 声に合わせて力いっぱい取っ手を引くと、鈍い音を上げながら扉は開いていく。


「なっ……!?」


 絶句した。同時にシェルター内のざわめきがどよめきに変わる。

 扉の前には白い鎧に身を包んだ二人の店員がいた。だがその鎧はひどく傷つき、所々が欠けて肌が露わになり血が滲んでいた。二人ともかなり消耗しているようだが、特に肩を借りている一人は血塗れで、苦しそうに吐息を漏らし、眼が虚ろに漂い焦点が定まっていない。


「先輩、先輩!」


「フユギリ、落ち着いて! ヒメユキの治療をお願い」


「は、はい!」


 肩を貸している店員は、血塗れの店員をその場に仰向けで横にする。フユギリと呼ばれた店員が駆け寄り手を翳す。


「神様、奇跡の欠片を与え給え。エンジェルコール!」


 光が重傷そうな白い鎧の女騎士を包み込んだ。きっと回復魔法だ。これで一安心だろうか。


「あの、先輩。一体何があったんですか。……ヒメユキ先輩がこんなになるなんて……」


 フユギリが今にも泣き出しそうな声で訊くと、先輩と呼ばれた女性は少し表情を歪めて思い込んだように唇を噛みしめると、


「…………魔獣よ」


 短くそう答えた。

新キャラが続々と登場です。

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