ファンタジーの街は、私の理想郷でした。 Ⅳ
三十八
街に入ると大きな通りが真っ直ぐ奥のお城目掛けて続いている。やはりメインストリートであろうその大通りは人の数もさる事ながら、看板を掲げた様々な店も軒を連ねている。私の求める店はこのメインストリートにありそうな気配だ。
「ねえねえニコ、あれ何の店かな。行ってみよ!」
「あいよー、すずめは忙しねぇなぁ」
目に留まったのは盾の意匠が施された看板。レリクト専門店っぽくはなさそうな気がするが、それはそれこれはこれ。看板の掲げられた建物に突撃する。
店の外からも店内の商品が見えるよう、ガラス張りのショーウィンドウになっていたのでそこから覗き込むと、兜や鎧、盾などが所狭しと陳列されていた。やはりここは看板通り防具屋のようだ。しかし見た限りだと、ここは戦士系の防具屋っぽい感じがする。店内に居る客たちは皆、盾や鎧を身に纏う屈強そうな人が多い。見える範囲にも私が着れそうな服やローブといった類はなさそうだった。
ショーウィンドウから離れ、隣の店に目をやると、ティーシャツのような意匠の施された看板が目に付いた。ここの店よりは軽そうな気がする。
すぐさま隣の店のショーウィンドウに張り付くと、店内を眺める。今度は女性が多く、ローブや杖を持っている人が目立つ。
「おお、いい感じ!」
綺麗なブラウンの木製扉の前までやってくる。ドアノブに何やら文字らしきものが書かれたプラカードがぶら下がっているのだが、私には何て書いてあるのか分からない。この世界の文字だろうか?
気になるところだが、今はこの店の商品の方が気になる。華麗にスルーして、ドアノブを捻り店内へと入った。
「いらっしゃいませー」
女性店員の元気な声が響く。店内の壁や棚は扉と同じようなブラウンの木目調で統一されていて、ふわりと漂う甘い花の様な香りが、落ち着いた雰囲気を一層引き立てていた。広さはそこそこのようで、私の学校の教室くらいだろうか。ちなみにクラスの人数は三十一人だ。それと上へ続く階段も見えるので結構大きな店らしい。
店内の商品を一望する。棚に折りたたまれて陳列された同じ色の服や、壁に広げて掛けられた装飾の目立つコート、ハンガーに掛けられ並べられた同系統の色違いなど、デパートの洋服店に似た雰囲気だ。だが、もっとも違うのは品揃えだろう。
一通り見た結果、私の求めているローブやクローク、ダブレット類が確認できた。ローブを纏った大人な女の人がそれらを手に取り、鏡の前で身体に合わせ品定めをしている。そして鏡の横には二本の棒があり、そこに杖を引っ掛けていた。ここら辺は特にファンタジー世界的な印象を感じる。
手近な棚に掛かっている黒いローブを手に取り目の前で広げてみた。袖や裾に細かい金の刺繍がされていて非常に豪華な印象だ。それを身体に合わせると、ニコの方へ振り返る。
「ねえニコ、どう、似合う?」
「あー、似合う似合う」
答えるニコは明後日の方を向いたまま。即座に右足で脛を蹴飛ばす。
「いてっ」
「全然見てないじゃん!」
「いや、だって、ほら、すずめも周りを見てみろよ。素敵なレディ達がこんなにいるんだぜ。むしろ見なきゃ失礼ってなもんだろ」
もう一度、無言で脛を蹴り上げる。
「いててっ、ほらあれだ。すずめにはそれより、こっちの方が似合うぜ」
そう言いながら、ニコは一着のローブを取り上げ差し出した。私は、手に持った黒いローブを戻すとそれを受け取り広げて身体に合わせてみる。
そのローブは純白の地に裾と袖に黒い縁取りが入り、金の刺繍がされている。先ほどのローブの色違いといった感じだろうか。
「うんうん、やっぱりすずめは白だな、白!」
「そ、そっかな……?」
少し気恥ずかしくなりながらニコの顔を見ると、明らかに視線が私の下半身に向いているのが分かる。
「そっちかよ!」
三度目の脛蹴りを浴びせる。
その後、値段を調べるべく、手にしたローブをグルグル回しながら値札を探す。値札は襟のところにあり、20,000S と書かれていた。この世界の物価が分からないので何とも言えないが、なかなかに良い品なので結構な値段だと思われる。
「ふーむ、二万……エス。エスってのがこの世界の通貨の単位なのかな」
「ああそうだ、確かシールとか言ったな」
ニコは相変わらず、辺りを見回しながら答える。私はもう蹴る気にもならなかった。
「ふーん、シールかぁ」
ウィンドウショッピングも楽しいといえば楽しいが、やはり買えるだけのお金を持っている時のウィンドウショッピングほど楽しいものはない。今、五万ほど持っていたなら、これ買っちゃおうかな、いやあっちの方も捨てがたい、でもこれとか可愛いよねぇどうしよっかなぁ……。等と迷うのが至福の一時というものなのだが、生憎と今は見てるだけしか出来ない。絵に描いた餅だ。やはり早急に現金を手に入れなければ。
私はカウンターの女性店員に近づき話しかける。
「すいません、買取とかってやってますか?」
カバンの中のラーイルカイトを買い取ってもらいたいのだが、果たして服屋で買い取ってくれるだろうか。
「はい、やっておりますよ」
店員の人が営業スマイル満点で答えてくれた。どうやら買取はしているらしい。ゲームでは何の店だろうと、何でも買い取ってくれたが実際にはどうだろう。私の世界でも、ゲームはゲーム屋、本は本屋といったように店ごとに買い取ってくれるものが決まっていた。むしろ現実的に考えるとそれが普通だ。
この世界はゲームっぽいファンタジーの世界だけれど、人が生きている現実の世界。となると何でも買い取ってる可能性は低い気がする。
「あの、ラーイルカイトって買い取ってもらえます?」
「ラーイルカイトですか。申し訳ありませんが当店では買い取っておりません。店を出て左へ真っ直ぐいきますと、大きな塔が目印のレリクトショップがございますので、そちらでしたら買い取っているはずですよ」
やっぱり買い取ってはなかったか。きっと古着とかそういったものだけなのだろう。だが、有益な情報を得る事も出来た。専門店であろうレリクトショップの場所が分かったのだ。まずはそこで買い取ってもらってからウィンドウショッピングを満喫するとしようではないか。
「そこに行ってみます。ありがとうございます」
「またお越しください」
フラフラと女性客に近づいていくニコの裾を掴むと、引きずるようにして店を後にした。ニコが何やら喚いていたが聞く耳は持たない。
女性店員に言われたとおり、店を出て左へ進む。大きな塔と言っていた。遠目には見えるが結構遠い。大きな塔が小さく見えるほどに。
もうじきお城に着いちゃうよって所まで来たところで、やっと私の求めていた店へ到着した。
その店は、周囲にある多数の他の店とは明らかに外観が違う。円形の塔で高さもさる事ながら幅もかなりある。近くで見るとこれほど大きかったのかと息を呑んだ。
「はぁ~、でっかいねぇ」
「あー、でっかいなー」
余り気の入っていない空返事が返ってくる。振り向くとニコは明らかにうな垂れていた。理由は明白だ。さっきからずっと、「俺のハーレムが。俺のハーレムが」と繰り返している。やれやれだ。
なにはともあれ、塔の大きさにばかり驚いていちゃいけない。視線を右へ向けると、尋常じゃないくらい広い庭が広がっている、私の通っている学校の校庭もかなりの広さだけれど、それよりもずっと広い。その中心にはこれまた大きなお城が鎮座していた。シンメトリーに建てられたその白いお城は、私のトキメキを一層膨らませてくれる。やはりお城はこうでなきゃ。
視線を店に戻す。塔の扉は金属製で、重厚な印象を受ける。その扉の上には大きな虹色の板が取り付けられていた。何の意味があるのだろうか。
塔の扉を開く。中はとても広々としていて、三階まで吹き抜けになっていた。二階が半月状で三階はロフトのようになっている。外壁に沿うように階段が続き、三階より更に上にまで伸びていた。
見通しが良く、壁にあるいくつもの窓から光が差し込み厳つい外見に似合わずとても明るい雰囲気だ。
店内は男女問わず、沢山の人たちで賑わっている。円形に広がった床も壁も剥き出しの石で出来ていて、むしろコンクリートに近いかもしれない。そしてどこも綺麗に磨かれ、壁なんかは鏡のように光を反射して、天井にはいくつもの白く輝く電球のようなものが吊り下げられていた。棚と台が交互に等間隔で並び、見た事もないような武具が陳列されているのを見て、私のテンションは最高潮に達する。
「ほら、すごいよニコ! いっぱいある、いっぱいあるよ!」
「ほー、これはなかなか……」
手近な台に載っていた光沢を放つ黒い杖を手に取る。身の丈ほどの長さで、……先端部分にはファンタジーなどでよく見る水晶玉みたいなのが付いている……というような杖を想像していたのだが、手に取った杖も並んでいる杖も形は違えど、何やら装置のようなものが付いている。だが、これはこれでカッコいい。
早速ニコの前で構える。
「見て見て、こんなの欲しかったの。他にもいっぱいあるよ。すごいね!」
「あー、そうだな。いっぱい居るなぁ」
「なに言ってるの、居るじゃなくてあるなんだけど……」
何かを物色するかのような面持ちで店内を見回すニコに「せいっ!」とミドルキックを喰らわした。
「ぐぉ、威力が増してやがる……!」
ニコはよろけながら、店に入ってきた女性に寄りかかった。
「きゃっ、なんですか!?」
小さく悲鳴を上げニコを押しのける彼女は、淡い緑のローブを纏い、黒くて長い綺麗な髪がどこぞのお嬢様のような印象を添えている。戸惑ったように黒い瞳を泳がせる仕草がなんとも愛らしい。
「いや、すまないお嬢さん。つい貴女の美しさに目が眩んでしまいました」
女性を真っ直ぐ見つめたまま、くっさいセリフを吐くニコ。顔を赤らめて俯いた彼女は、女の私から見ても可愛らしく映った。
「あの、えっと、私はそんな……」
「ああ、俯かないで。君がその可愛いらしい顔を隠してしまうと、私は一生消えない罪を背負う事になる。だから顔を上げてくれなぐふぉ!」
寒気がするセリフを並べるニコのわき腹にミドルキックを喰らわす。いや、私的にはハイキックに近いかもしれない。
「え? 上げてくれな……ぐふぉ?」
ひるんだニコの襟を引っ掴み引き戻すと、代わりに私が女性の前に出る。
「すいません、こいつ女の人を見ると見境いないもので。発情した野良馬に絡まれたと思って忘れてください」
「は、はぁ……?」
一礼して去っていく女性に手を振り見送る。とはいえ、同じ店内に居るのだからまた遭遇する可能性も大いにあるが、今はこれでいいだろう。
「ニーコー、人様に迷惑掛けないの。分かった?」
「迷惑だなんて人聞きの悪い。挨拶をしただけじゃねぇか」
「ふーん、私には口説いているようにしか見えなかったけど」
「すずめは可笑しなことを言うな。素敵な女性と出会ったら口説くのが挨拶だろ」
お前はイタリア人か。という突っ込みを飲み込み、真顔で言うニコを見上げ気味に睨みつける。
「何そのプレイボーイ的発想」
「格好いいだろう」
鼻をふふんと鳴らし胸を張るニコ。「全然」と答え、再び手に持ってた杖を構えてみせる。
「そんなことより、ほら、この杖よくない?」
「なんだ、すずめは杖が欲しいのか」
「んー、欲しいというよりは憧れって感じかな。やっぱ魔法使いといえば杖は欠かせないでしょ!」
周囲を見回し、近くに人が居ないことを確認する。
「ほら、見て見て」
杖を構え、ニコの前で様々なポーズをとる。気分は宛ら大魔法使いだ。
「ジャキーーーン! どう、カッコよくない?」
「ああ、そうだな。すごくいいと思うぜ。特にスカートがひらひらっとするところとかな」
「見るところが違う!」
もはや反射的にミドルキックを繰り出す。蹴りはニコのわき腹を捉えた。何度も何度も蹴っていて思うことだが、正直効いている気はしない。まあ、気持ちの問題だ。
「徐々に威力を増してきてやがるな。もうあれじゃないか、その蹴りがあれば杖や剣なんて必要ないんじゃねぇか」
「むぅ~」と唸る私の頭をぽんぽんと叩くと、ニコはニヤニヤしながら台に並ぶ赤い剣を手に取り、暫く眺めると再び台に戻した。
「ふーむ、レリクトねぇ。ラーイルカイトを使ってるってだけはあるな、強度なんかはかなりのもんだ」
「へぇー、見ただけで分かるもんなんだ?」
「まあな」
「じゃあさ、この杖とかどうなのかな」
フリフリと振っていた杖を渡す。ニコは杖を手に取ると、流すように見た後指先に立て、バランスを取り始める。
「悪いとは言わないが、これを買うよりは、すずめが今腰に下げている剣を使った方がいいだろうな。まあ単純な近接戦で使うならの話だが」
「そっかー。まあ近接じゃあ剣の方に分があるよね。でもさ、杖っていえば魔法使いの武器って感じだけど、……どう? ぶん殴る以外の使い道って分かる?」
ニコはゆらゆらとさせていた杖を握り直すと、先端の装置のようなものが付いているところを私に見せるように差し出した。
「多分ここだな。ハティも詳しくは知らないらしいが、話によるとレリクトは普通の武具とは違い特殊な使い方が出来るものがあるって話だ。となるとこの部分が一番怪しいだろうな」
「確かに。どうやって使うんだろ」
「さあな。店員にでも訊いてみたらどうだ。ああ、そういえばラーイルカイトを売りに来たんだろ。ついでに行ってこいよ」
「そうだった! 行ってくる!」
「ああ、……いってこいっ」
ついつい視界いっぱいに広がる武具たちに夢中になってしまっていたが、そういえば私はラーイルカイトの買い取り場所を聞いてここに来たのだった。
店内を見回しカウンターの場所を確認する。丁度、店の中央の壁際、階段で二階に上がった丁度真下にそれらしいのを見つけた。数人の客を躱しながらそこへと向かう。




