ファンタジーの街は、私の理想郷でした。 Ⅲ
三十七
そもそも馬相手に足で追いつけるはずが無い。
散々ニコを追いかけた後、川沿いを離れて大通りに出る。目の端に止まった道端の岩に早々に腰掛け靴を脱ぐと、完全なくつろぎモードへと移行する。
「もうだめー……」
「すずめは体力ねぇなー。何なら俺がいい体力トレーニングの方法教えてやるぜ?」
「それは遠慮しとく」
「つれねぇなぁー」
明らかにいやらしい事を考えているであろう顔をしているニコに教えてもらう事などない。
岩に寝転がり少しだけ目を閉じると、風の優しい音が聞こえる。そんな中に、ガサリガサリと異様な音が混ざる。
「ニーコー」
薄く目を開くと、姿勢を低くしスカートを覗き込もうとしていたニコと視線が合った。
「いや、そのだな。あれだよ、虫くらいの小さなアクゼリュスがいないかをだな……」
「へぇー、そんなアクゼリュスもいるんだ」
「いやぁ、俺もまだ見た事はないがなぁ」
言い終るが早いかどうか、右足で前方斜め下のニコの顔面を踏みつける。
「ほは、はんがひひっへこほもあふほおほっへはな……」
「なんて言ってるかワカリマセーン」
そう言ったら、ニコは顔面に乗っかってる私の足を両手で掴むと少しだけずらした。
「ぷはっ、万が一って事もあると思ってだな。って言ったんだ。別にすずめのパンツを覗こうとしてたんじゃないぞ」
「ウソばっか。あ、正直に言ったら少しくらいはイイヨ」
「すずめ様のおパンツを拝みに窺った次第であります。是非、そのご尊顔を今一度この私めに」
残っている左足でニコの顔をすぐさま踏みつける。
「ほらやっぱり……」
「ぐぅ、四百年の禁欲生活ってのはな俺にしてみたら拷問のようなものだったんだ。すずめのような可愛い女の子が目の前にいたらそりゃあ見たくなっちまうだろう」
「なっ…………可愛いって……その……」
言われ慣れていない言葉に戸惑い、気恥ずかしさが高まってくる。
「うぅ~……」
なんと言えばいいか思い浮かばず、しどろもどろしていると、ニコが私の両足をムニムニと揉みだした。
「ひゃっ!? ……なに?」
「なにって、マッサージだよマッサージ。疲れてるんだろ、もうじき街なんだから少しくらい楽にしといた方がいいだろ?」
「む……たしかに……」
言われてみればそうだ。だが非常ににこやかにマッサージと称し足を揉むニコを信じきるのも危険そうだが、まあ今回は気持ちいいので良しとしよう。
───ムニムニムニムニ───
マッサージが終了すると、靴を履き直し街へ向けて進行を再開する。心なしか踏み出す足が軽い、マッサージ効果だろうか。
進み続けていると、次第に森の木々が疎らになり始めてきた。もしかしてそろそろかな。
「ねぇニコ。あとどのくらい?」
「あー、もうじき着くと思うぜ。俺が見た時は小さな街だったが、ハティに聞いた話じゃ、でっかい城壁に囲まれた城塞都市になってるってよ」
「城壁かぁ」
何となく、刑務所のようなところを想像してしまった。それはさすがに夢がない、というかそれだけは勘弁して欲しい。などと考えながら少しだけ早足になる。ついに夢にまで見たファンタジー世界の街とのご対面だ、落ち着けるわけがない。
「ニコ、早く、早く!」
「街は逃げないから、少し落ち着け。転ぶぞー」
突っ走っていくと、疎らになり始めていた木々がついに途切れ、前方には緑一色の草原が広がった。所々に朽ち果てた瓦礫が散らばっている、何かの遺跡跡だろうか。
道は下り坂となり緩やかに弧を描きながら左側へと続いていた。そんな道を目で追うと、待望の姿が私の視界いっぱいに広がった。
「うわぁ…………。すっごーーーーーい!!」
私の立ち位置は坂の上になるので、大きく高い城壁の内側も見て取る事が出来た。中央辺りに、大きなお城がある。遠目で見てもでかい、周辺の建物が豆粒のようだ。ドーム球場くらいはあるのではないだろうか。きっと王様とか王子様とかが居るに違いない。
そんなお城の側に、これまた高く聳える塔がある。監視塔とかだろうか。そして周辺には様々な建物が軒を連ねていた。建物の造りは……なんと言えばいいのか、レンガのようにも見えるが木製のようにも見える。形状は、私の良く知る王道ファンタジーに近いと思う。
そして住宅街らしき所には、さっき見えた塔ほどではないが高い塔が突き出ていて鐘らしきものが見てとれた。雰囲気から教会だろうと予想する。
「うお、こんなにでっかくなってたのか」
追いついてきたニコが背後で驚きの声を上げる。まあ四百年も経てばそりゃ大きくなるだろう。
「さ、早くいこ!」
ニコの手を取り、引っ張るように坂を駆ける。
終着点の城門へ着く前には、無数の石の壁が乱立していた。厚さは一メートル程、高さは私の肩くらいで幅が三、四メートルだろうか、中央に覗けるくらいの穴があり、街から向かって外側の表面はボロボロに傷ついている。そんな壁が城門を囲むようにいくつも続いていた。壁に紛れて所々に砦のような建物も見受けられる。城塞都市というだけあって鉄壁の守りという事か。
そんな壁を横目に城門前まで到着すると、いくつにも枝分かれしていた道が、そこに集まってきていた。それぞれの道には看板のようなものが立っているが、なんて書いてあるのか私には読めない。
ここまでくると人通りが急に多くなってきた。鎧やローブの他、普通の無地のシャツやズボンのようなものを身に纏った人々が、忙しく往来している。
そこかしこで声が上がると、時に罵声が混じる。非常に賑やかな街だ。まだ街に入っていないのにこれだけの人が居るとは、この先更に楽しみである。
城門前の人達を見回していると、ある事に気づいた。所々に人だかりが出来ているのだ。
「ねえねえニコ、あの人が集まってるのって何なのかな。何かあるのかな」
「ん? ああ、行商人でもいるんじゃねぇか」
「行商! 行ってみよ行ってみよ!」
再びニコの手を引っつかむと人だかりの一つに突進していく。人と人の間から顔を出すと商品の並ぶ台が見えた。
「さあさあ、見ていくだけならタダだよー」
行商人のお兄さんの声が飛ぶ。台に並んでいるのは、装飾品のようだ。宝石の付けられた指輪やネックレス、細かい細工の入った腕輪やブローチなどが綺麗に並べられていた。
果たしてこの装飾品たちにはどのような効果が付加されているのだろうか。さすがの私でも、鑑定眼は持っていないので訊いてみる事にする。
「ねえニコ。あの女神様みたいな細工がされた腕輪って、どんな効果があるのかな? 魔法系とかアップしそうだよね」
台に並んだいくつもの商品の中で、一番目立つ銀色の腕輪を指差す。なんの女神様かは知らないが、中央に細かい細工により縁取られ優しく微笑む姿が神々しく見えた。きっとかなりの加護がありそうだ。魔法攻撃力または魔法防御力一割アップが妥当だろうか。
「腕輪……ねぇ……」
そう呟きながら、ニコは一歩前へ出ると私の指差した方へ目を向ける。暫く、うーんと唸っていたが私の頭に、ポンと手を乗せると、
「残念、すずめの言うような特別な効果は無さそうだな。まあ、女神ルスティリアが彫られてるから、旅のお守りくらいにはなるんじゃねぇか。気休め程度だろうがな」
と、試しに訊いてみた割にはそれなりの情報が返ってきた。それを聞いて一つ思った事がある。実際問題、特殊効果の付加されたアクセサリーなんてものがこの世界にあるのか、だ。こんなファンタジーな世界なので魔法があるならあるんじゃない、というノリで今まで気にもしなかったが、実際に身に着けると力が強くなるとか、頭が冴えてくるとか、疲れにくくなるとかそんな物があるのだろうか。
「うーん、ねえニコ。訊いといてから言うのもなんだけど、実際に身に着けると不思議な効果が出る物ってあったりするのかな?」
ニコは少し考える仕草をすると、
「あー、あるぜあるぜ。なんつったかな、確か前にあいつがそんな事言ってたんだよ。道具にラーイルカイトをどうこうとかって」
期待できる返事が返ってきた。
「わわわ! あるんだ! 詳しく!」
「よし、ちょっと待ってろ。訊いてみる」
「うん!」
ニコはそう言ったまま黙り込んだ。多分アルス・マグナ同士で出来るという空間を越えた会話をしているのだろう。少し待つとするか。
「おっし、そうだったそうだった。分かったぞすずめ。どうやらラーイルカイトを加工する技術の進歩とかで、身に着けると特殊な効果を発揮する装身具なんかが開発されたって事だ。武器なり防具、装飾品。その全てを総称して『レリクト』って言うみたいだぜ」
ニコは何度も私の頭をポンポン叩きながら言う。
「レリクト…………、すごいすごい! それってどこで買えるんだろ!?」
「話によるとレリクトは普通の店では売られてないようだな。専用の店があるんだと」
「行ってみよ行ってみよ!」
とにかく只の飾りに用はない。ニコの手を引っ張り、私はそのレリクトというやつを目指し城門を抜けた。




