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ファンタジーの街は、私の理想郷でした。 Ⅰ

三十五



 目が覚めると同時に、私の脳はすでに全開で覚醒していた。遂に遂に、剣と魔法の世界の街という憧れの場所へと行けるのだ。二次元でしか見たことはないのだから、もう朝から興奮が止まらない。


 華麗にベットから飛び降りると、昨日洗濯しておいた制服を着てからリビングのソファーに腰掛ける。ここで計四度目のカバンの中身チェックをする。



 …………。



「うん、完璧!」


 寝る前から準備していた荷物がしっかりと揃っていることを確認すると、目線を上げて時計を見た。針は六時半を指している。いつもの私と比べると大分早起きだ。普段ならば欲望のままに二度寝という甘美な怠惰を貪るところだが、生憎今日は気分が絶好調なので睡魔などどこ吹く風だ。


 トイレで用を足した後、いつもの朝食であるフルーツの缶詰を手早く一つ空ける。


 洗面台で歯を磨き、剣と短剣のベルトを腰に巻き、カバンを肩に掛けると意気揚々と部屋を飛び出す。足取りは軽く、石球の階段もひょいひょいだ。


「おはよう、ニコ!」


 視界にニコの姿を捉えると、駆け寄りながら今日の天気を窺う。


「おー、早いなすずめ。ほれ見てみろ、絶好の外出日和だぜ」


 ニコの言うとおり、昨日までの雨雲はどこにいったのかというくらい、今日の空は雲一つない快晴だった。日差しが朝露に映り、周りの森の景色がキラキラと輝いて見える。これは確かに、絶好の外出日和だ。


「うっひゃー、気持ちいい朝だねー」


「そうだろそうだろ。さあすずめ、四百年振りだ。早速この空を堪能しようぜ」


「よしきた」


 石球の門に近づき五つの突起に手を触れる。ゆっくりと開き始める大きな門の隙間から外の空気が流れ込み、フワリと緑の香が漂った。


「やっほーーーい!」


 ニコは勢い良く飛び出すと石球の周りをグルグルと走り回る。かなり早い、一周十秒ほどだろうか。



 四周ほどで落ち着いたらしいニコは、門の戸締りをしている私の後ろで空を見上げていた。


「やっぱり、四百年振りの空は懐かしい?」


「ああ、やっと乙女たちの柔肌を堪能出来るかと思うと泣けてくるぜ」


「まったくもう……」


 ニコは声高く笑うと、不意に森へと視線を移す。


「お、来たようだな」


「え、何が?」


 私が訊くのが早いかどうかのところで、森の中から音もなく大きな銀色の狼が現れた。


「あ、ハティ!」


 出てきたのは、この世界に来た日に助けてもらった他、沢山の事を教えてくれあのハティだった。まさかの再会だ。


「おお、すずめ殿。元気そうで何よりだ」


「ハティのおかげだよー」


 私の目線に合わせてくれているハティの鼻先に抱きつき、頬を摺り寄せる。なぜだかハティに会うと自然と甘えたい衝動に駆られた。


「おいおい、なんだよすずめ、ずりぃじゃねぇか。俺にはハグしてくれないのによ」


「無理ですー、変態にはできませーん。ハティだけでーす」


「ははは、それは光栄だ」


 ハティとの再開を喜んでいると、ニコがハティに歩み寄った。


「へっ、こうして会うのも久しぶりだな」


「ああ、ユニコーンも相変わらずのようだ。それと、余りすずめ殿を困らせるなよ」


「へいへい、分かってるって。それに困らせるどころか、これからすずめの頼みで街まで行くところだ」


「そうか街まで……」


 そういうと何やらハティは考え込み始めた。どうしたのだろうか。


「なんだどうした。街になんかあるのか?」


「うむ、最近どうもアクゼリュスの活動が活発になってきている。どうやら、そろそろかもしれないのでな」


「そろそろ……お前が言ってたあれか」


 二人してなにやら分かり合っているようだが、私にはさっぱりと要領を得ない。頭上に疑問符を浮かべていると、ニコが顔を覗き込んできたので、少し驚き後ずさる。


「なんだか、置いてけぼりって感じだな」


「ああ、すまないすずめ殿。つまるところ、ここ暫く街は危険かもしれないという事なのだが」


「そういうこった。だが安心しろ、それで街に行くのをお預けにする気はねぇからな。俺がお前を守ってやる。どうだ、それなら構わねぇだろ」


「……そうだな、ユニコーンがそう言うなら止める理由も無い。それに、飽くまで気をつけた方がいいって程度なのでな、楽しんでくるといい」


「おうとも、そうさせてもらうぜ。な、すずめ!」


「う、うん!」


 街は危険というのはいったいどういう意味なんだろう。ゴロツキが多いとか? 分からないがニコが一緒なら大丈夫なのだろう。ハティもそう言っている。


「あ、それとだなハティ」


「ん、どうした?」


「俺の事を呼ぶときは、ユニコーンじゃねぇ、ニコって呼べ。すずめが付けてくれたんだ。いいだろ」


「ほう、ニコ、か。分かった。そう呼ばせてもらおう」


「ああ!」


 どうやら、ニコは名前を気に入ってくれているようだ。少し嬉しい。


「じゃあ、そろそろ行くか。乗りな」


「あいあいさー」


 身を屈めるニコによじ登り、背中に跨る。


「またな、ハティ」


「うむ、また会おうニコ。すずめ殿も気をつけてな」


「うん、ありがとう。会えて嬉しかった」


「ああ、私もだ」


 ニコはゆっくりと歩き出し森の中へと入っていく。振り返ると、静かにハティが見送ってくれていた。





 森に入り、ニコに揺られる事暫く。ニコはただ歩いているだけだが、やはり歩幅が広いだけあって景色の流れ方が違う。しかも視線も高いから遠くまで見通せるので、私はずっと周囲を見回し朝の森の風景を楽しんでいた。


 少しずつ日が高くなり、囀る鳥や虫の音が湧き上がるように鳴り響いてくる。そんな深緑の中を満喫する今の気分は森の女王様だ。


「ねぇニコ、街にはあとどのくらいで着くのかな?」


「そうだな、このペースだと三時間くらいか」


「三時間かー。結構かかるねー」


「まあ、朝早く行ったところで、店やら何やらは開いてないからな。このくらいならきっと着く頃には丁度いい頃合になってると思うぜ」


「おー、なるほど。結構考えてたんだ。以外ー」


「おいおい、言っておくが俺はすずめより遥かに長く生きてるんだからな。こんくらい当然よ」


 ニコは、ふふんと鼻を鳴らし誇らしげに言う。


「そっか、じゃあ呼び方変えなきゃね。ニコおじいちゃん」


「まて、それは勘弁してくれ」


 そんな会話を繰り返しながら更に暫く進むと、前方の木々の間の茂みの中に、猫のアクゼリュスの姿が見えた。こちらを睨みつけている。


「あ、あれ!」


「あー、アクゼリュスだな。すずめ、俺のたてがみにしっかり掴まってろ。少し動くぜ」


「え……あ、うん!」


 言われて身体を前にずらすと、ニコのたてがみに掴まる。するとニコは速度を上げて、一気に突進した。


「うわわわわ」


 両手に力を込めて落ちない様にする。


 猫のアクゼリュスが飛び跳ねると、黒い身体だからか一際目立つ白い爪と牙を剥き出しにして襲い掛かってくる。ニコは立ち止まり、一つ右足を踏み鳴らすと嵐の様な突風が吹き上がり、土や葉を巻き込みながらアクゼリュスは大きく上空へと飛んでいった。

 そしてニコの角が光ると、アクゼリュスは無数の肉塊となり四方に飛散し、鈍い音と共に地上へと舞い戻る。

 元猫のアクゼリュスだった肉塊は、腐敗する過程を一瞬で先送りした様に塵となり崩れ、風に飛ばされていった。


 余りに一瞬だが壮絶な光景に絶句していると、何かの塊がニコの足元にポトリと落ちた。


「お、ラーイルカイトか。ほれすずめ、ラッキーだったな」


 言いながら、ニコはラーイルカイトを銜え私の前に持ってくる。


「あ、う、うん」


 短く答え強張った両手をたてがみから離すと、それを受け取った。今度のは黄色い色をしている。


 しかし、今のがニコの実力というものか。こうやって目の当たりにすると、やはり格の違いというのを実感する。


「黄色かー。あ、もしかしてこれを私にプレゼントするためにアクゼリュスを?」


 等と訊いてみる。


「あーそうそう、だから是非とも柔らかいお返しが欲しい、と言いたいところだがそうじゃねぇ。アクゼリュスってのはな、簡単に言うと理性を無くし破壊衝動のみに囚われた獣だ。生態系の輪を大きく外れたところに位置していて、その破壊対象は世界のありとあらゆるもの全てでな。俺やハティはやつらが殖え過ぎて、生態系を崩さないように処理するって事をしてんだ。まあここ四百年は、ここら一帯をハティに任せっぱなしだったが」


「そういえばハティもそんな事言ってたなー。だからこんなに強いんだね」


「まあな、俺たちはそんじゃそこらなんかとは規格が違うのよ」


 ふふんと鼻を鳴らし誇らしげだ。確かにイメージ的にもアクゼリュスは、私のよくやるゲームやマンガなどで出てくるモンスターと同じだ。出来れば眼に見える形で経験値も欲しいところだが、そこはもう本当に経験でしかないからたまに不安になる事もある。


 私は強くなっているのだろうか。実感を感じれるほど戦闘をこなしてはいないが、一人でやれる事はやっているつもりだ。とはいえ、考えても仕方がないので、これからもやれる事をやるだけだ。


 受け取ったラーイルカイトを木漏れ日に透かし、マルコ師匠の教えを反芻する。これで計三つとなったラーイルカイト。いよいよもって換金が楽しみだ。

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