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どちらかというとペガサスの方がカッコいいよね。 Ⅴ

三十四



「止まねぇなぁ」


「止まないねぇ」


 空を見上げたまま呟くニコと、それに答える私。どのくらいこうしていたか知らないが雨の勢いは衰えず、一向に止む気配がなかった。雨雲が厚そうなのと日が傾き始めたのだろうか、森はより一層薄暗くなってきている。


 私は立ち上がると、石球の隅まで走り勢いよく振り返る。


「待ってるだけってのもなんだし……ニコ、私の訓練に付き合って!」


 ニコは見上げてた視線をこちらに向けると、にやりと笑みを浮かべた。


「訓練……か。いいぜいいぜ、面白そうじゃねぇか。付き合ってやるよ」


「やった! ありがと。ニコ」


 快く承諾してくれたニコ。やはりこういうノリのいいところは私の印象通りだ。


「なに、気にすんな。もちろん訓練っていうからにはガチバトルだろ?」


「ま……まあそうだけど、えっと……怪我しない程度にお願いします」


「それはもちろんだ、怪我はさせないさ。俺とすずめの実力は天と地ほども違うからな。俺からは攻撃しないでやろう」


 ニコは攻撃をしてこない。つまりは私の攻撃を避けまくるという、あの実力者相手によくやる修行という事か。


「あ、そうなの? じゃあよくある一発でも入れられたら勝ちとかでいいのかな?」


「ああ、それでいいぜ。で、俺の勝利条件だが、十回すずめの身体に触れるでどうだ。そして当然、勝者は敗者になんでもしてもらえる。というわけだな」


「ダメダメダメ! どうせ私が負けたらパンツ見せろなんて言う気なんでしょ」


「バカを言っちゃあいけねぇ。俺は強要するなんて非道な事はしねぇよ。ジェントルマンだからな」


「どの口が言うんだか」


 ジェントルマン、つまり紳士。これ程かけ離れた存在は未だかつて見た事がない。


「なんだ、すずめはもう負ける気でいるのか。じゃあこうしようか。俺はスフィア無効化は使わない。それとどれだけ弱い攻撃だろうと掠ればすずめの勝ちだ。スフィアだけじゃなく、その腰の剣でもいいぜ。あと作戦を立てたりする時間もやろう。悪くないだろ」


 非常に好条件だ。私だって伊達に一人で訓練していたわけではないし、これだけの実力者を相手にした訓練なら学べる事も多いだろう。しかしこれだけこちら側が有利な条件を出してくるなんて、何か裏があるんではないだろうか。


「あとはそうだな、俺に勝てたらサードプラントのグレイプニルをやろう」


 私が警戒し決めかねていると、更に追加条件を出してきた。


「グレイプニル?」


「グレイプニルってのはな、サードプラントの研究者どもがアクゼリュスや魔獣を捕らえるために使ってた、云わば拘束用スフィアだ。相手を拘束する以外には使えないが、そのことに関しては魔獣だろうとなんだろうと自力では破る事はできない強力なアイテムでな。どうだ、すずめの好きそうな物だろう?」


 グレイプニル……聞いた事がある。北欧神話で有名な、口を広げると天から地全てを飲み込めるという巨大な狼フェンリルを繋ぎとめておいた紐の名だ。もちろんスフィアと言っていた以上本物ではないだろうが、それでもその名を冠するという事は拘束具としての性能はずば抜けてそうだ。手に入れられれば戦闘時、かなり有利になるだろう。──ほ……欲しい!!


「よし、のった!」


「そうこなくっちゃな」


 それ程の便利アイテム、ちょっとくらいセクハラの危険を冒しても、挑戦する価値はありそうだ。


「じゃあ、待っててやるから俺をアッと言わせるような戦略を立ててくれよ」


 そう余裕の発言をすると、ニコは私の向かい側の壁まで移動し再び座り込み空を見上げる。私もその場に座り込むとスフィアを取り出し、作戦を練ることにする。


 さあ、作戦会議だ。まずどうする、相手はハティと同格、普通にやっても勝てるわけがないだろう。ならば作戦は一つだけ、通路での初遭遇の時のように、不意打ち気味の現象記録保持……ディレイスペルを決めるしかない。となると命中重視でいくために広範囲攻撃のエクスプロージョンしかないだろう。


 まず、現象記録保持用の設定を音声入力した。数値は、威力一、範囲八、距離一三だ。大体この広場の三分の一を攻撃できる。距離さえ決まればきっと当たるはずだ。そうすればグレイプニルが……。ああ、欲しい。


 立ち上がり、グングニルの詠唱をパスワードまで完成させる。威力、大きさ、数、全てを一にした。ここはやはり下級魔法より再使用時間の発生する許容量が多く、ドライブε(イプシロン)で連発することが出来る上級魔法の方がいいだろう。


「ニコー、もういいよー」


 声を張り上げ石球の反対側で薄暗い空を見上げているにいるニコに声をかけた。ニコは勢いよく立ち上がりこちらを向く。


「よーし、いつでも始めていいぜ」


 ニコは、壁際沿いに歩き始める。ここからだと微妙にグングニルの射程範囲外なので、こちらからも少し近づかなくてはいけない。意を決し走り出すと一気に間合いを詰める。


 まずは一発目。


「グングニル!」


 光る槍が一直線に飛んでいく。ニコは足を止め軽く後方に飛び退いた。それを見た直後、グングニルの軌道をずらしニコに追撃をかける。


「おっと、初撃からやるじゃねぇか」


 難なく追撃を紙一重で避けられた。俊敏だった猫の魔じゅ……アクゼリュス対策として考案したグングニルの変化球で、結構自身あったのだが、やはり流石といったところか。


「まだまだ! スターティングオペレーション、ドライブε(イプシロン)……グングニル!」


 次の手を待っているのかニコは動かないので、後方に回り込みながらグングニルを大きく弧を描くように放った。


 だが、ほぼ真後ろから襲う光の槍もその場で飛び上がることで避けられてしまった。


「そろそろこっちからもいくぜ」


 そう言ったニコは宙を蹴ると一瞬のうちに私の視界から姿を消した。


「あれ?」


 ニコの姿を探して辺りを見回していると、不意に後ろから声がした。


「まずは一回だ」


 慌てて振り向こうとした私のおしりにニコがほおずりをしてきた。瞬間背筋に寒気が走り、反射的に右足で後方を蹴り上げるが、何の手応えもない。おしりを押さえながら後ろを向くと、ニコはすでに十メートルほど離れた所に居る。


「変態! 変態!」


「何言ってやがる。俺はルールに従ってるだけだぜ」


「だからっておしり触るな!」


「別にいいじゃねぇか、どこを触ろうと。一回は一回だ。それにこの方が本気になれるだろ……すずめも、そして俺もな!」


 言い切るか言い切らないかのところで、ニコが飛び上がる。一瞬の内に私の視界から消えると、すぐ後ろからまた荒い鼻息が聞こえてきた。咄嗟に腰の剣を抜き、振り返りざまに横一閃するも剣速よりも早く横に跳ばれ、再びニコの姿を見失ってしまう。


「ひィゃああああああぁ!」


 直後、背後から股下に突っ込まれたニコの頭に身体を大きく持ち上げられる。そのまま地上数メートルの位置まで上がると、ニコの首にしがみ付いた格好でずるずると滑り降り、背中に跨った状態で収まった。


「これで2回目だな」


「ぐぅ……!」


 べしべしと両手でニコの首を叩く。足を曲げ身を伏せたニコの背中から飛び降りると同時に「このやろ!」っと蹴りを入れようとするがフワリと飛ぶように躱された。


 ニコが出したこれでもかっていうくらいの好条件にはやはり裏があった、これが狙いだったのか。公然とセクハラ出来るこのルール。少しくらい覚悟してはいたが、最悪あと八回どことなりと触られる。乙女の危機だ。


「さあどうする、グレイプニルを諦めるか? あれはすごいぞ、この世界では特級クラスのスフィアだからな。持ってるだけでもステータスってな。市場になんてまず出回らないほどの貴重品だ。諦めちまうのかすずめ、もったいねぇなぁ」


「な……やるに決まってるじゃん!」


 乙女の危機など、至高のレアアイテムに比べれば何度だって乗り越えられる。──はずだ。


「それでこそすずめだ」


 もはやこれは訓練ではない。乙女の意地を賭けた実戦だ。互いに向かい合うと、再度セクハラの化身との死闘を開始する。






 体力が尽きた私は地面に転がり真っ暗になった空を見上げていた。雨は若干勢いを緩めながらも、未だに降り続いている。


「満足満足、ごっそーさん!」


「お粗末さまでした……」


 嬉々とするニコに対して私は数々の恥辱に泣き寝入る。勝負の結果は、おしり四回、股下一回、胸四回、宙吊り一回により私の完敗だった。確かに実力差が果てしない事は分かっていた。でももしかしたら掠るくらいはいけるんじゃないかとは思っていたが、終わった今となっては、正直そんな事すら思えないほど圧倒的な惨敗だった。


「うー……こんなの卑怯だー」


「何をバカな事を。ハンデやったじゃねぇか」


「足りない」


「おいおい、これ以上どんなハンデがあるんだ。……じゃあこれはどうだ、百タッチ」


「ダーメ」


「ちぇっ……」


 依然として私は地面に寝転がったままだが、ニコは疲れた素振りすらなく空を見上げていた。


「止まねぇなぁ」


「止まないねぇ」


 結局グレイプニルは手に入らなかったが、ニコとの戦いは中々良い経験になった。俊敏な相手に対する立ち回り方や、魔法を放つタイミング、剣による近接時の対応の仕方。今思うと、それらがセクハラ合戦の中に上手く盛り込まれていた気がする。思えば、色々と考察したいことも多数出てきた。つまり私は知らず知らずの内に、しっかりと身のある訓練をしていたという事だろうか。きっとそれはニコがそう立ち回ったからだろうと思う。ここら辺は流石といったところか。


「そういえばすずめ、連絡通路の時もそうだったが、今回の現象記録保持の使い方も中々良かったぜ。あのタイミングは俺じゃなきゃ避けれないだろうな。もしかしたら次やったらやばいかもしれないぜ」


「なに? いきなり褒めるなんて。次なんて言って、また触る気でしょ。その手には乗らないから」


「ちぇっ……作戦失敗か」


「くふふ、残念でしたー」


 他愛もない会話を繰り返しながら空を見上げていると、きゅるるとおなかが鳴った。


「あ……」


「ハッハッハ! 結構いい時間だからしょうがねぇな。今日はもう止みそうにねぇし、部屋に戻ったらどうだ」


「うーん、そう? じゃあ戻ってご飯にしようかな」


「そうしとけそうしとけ。どのみち夜に出る気にはならねぇし、街に行くのも朝からの方がいいだろ。だからまた明日の朝にでも来て開けてくれ」


「ん、分かった。それじゃあまた明日ね。おやすみニコ」


「ああ、おやすみ」


 私は立ち上がると、そのまま居住区の部屋へと向かった。おなかも空いたし、シャワーでさっぱりもしたい。そして明日はニコの釈放と

、念願の街へと行けるのだ。しっかりと準備をしておかねば。


 部屋に着くと、まずはシャワーで今日の疲れを洗い流して、夕飯を食べた。今日の夕飯の缶詰はオムハヤシだった。


 食後、少しだけまったりしたら明日の街散策のために色々と準備をする。物価や欲しい物の値段を記入するためのノート、街中の店の場所を記入するための地図、換金できるかは分からないがニコの話によるとそこそこの価値はありそうなラーイルカイト、そして水筒と昼食用の缶詰をカバンに詰める。なんだか遠足前日のような気分だ。


 一通り準備を終えて、三回ほどカバンの中身をチェックし直した後ベッドへと潜り込み毛布を抱く。明日の事を考えると興奮して眠れない……はずだが、どうにも今日は身体の方が疲れきっているようで、心地いい毛布の肌触りに誘われてうとうとしていると、ゆっくりと眠りに落ちていった。

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