どちらかというとペガサスの方がカッコいいよね。 Ⅲ
三十二
「さて、ここからどうしようかな……」
呟きながら、再び広場の馬の様子を探るべく、壁に背をぴたりとくっつけて覗きこもうとした時、
「何をどうするんだ?」
───……!?
「えっ!?」
気づくと通路の目の前には純白の毛並みが美しく額に一本の長く鋭い槍のような角が生えた、私の背の二倍はありそうな馬が佇んでいた。
「誰だお前。セカンドプラントの研究者か? ……いや、認証タグを持っていないな。どうやってここに入った。ここは、研究者か俺達アルス・マグナに承認された者しか入れないはずだがな……。
ん…………そのスフィア設定、やけに攻撃的だな。なんだ、俺に喧嘩でも売るつもりだったのか。
さては盗賊か何かの類だろ。丁度いい暇潰しだ、身の程というのを教えてやる」
純白の馬が、大きく嘶き前足を踏み鳴らすと、突如突風が通路を抜けていき、同時に私を囲んでいた魔法陣があっという間に掻き消えてしまった。
「え……うそ……」
「ほう、白か……。いいな、俺は好きだぜ」
??? 魔法陣を消されて混乱気味の中、この馬は何を言っているのだろうか。白ってなんの事だ。そりゃ周囲は白一色だけど今更だし……。そういえばさっき、何か言ってた。認証タグとか研究者とか、アルス・マグナ……とか。確か、ハティも言ってなかったっけそんな感じの事。
高速で脳をフル回転させながら思考する。途中風に靡く髪が目元をくすぐるので、手で払う。…………って、室内のはずなのに何で風があるのだろうか。意識してみて気づいたが結構な風量で、制服がばたばたと踊っていた。
………………………………………………。
「あああああああああああああああああーーー!!!!」
下から吹き上げてくるような強い風によりスカートが思いっきり捲れ上がっている。そして今私のパンツは白。
「な! ちょっ!? 何なのこの風!?」
両手でスカートを押さえるが、どうにも押さえきれずスカートを抱き込むようにしてしゃがみ込む。こんな風の中では立っていられない。しかし、この風はどこから吹いてきているんだ。
「あーあ、何だよ、もっとサービスしてくれても罰はあたらねーぜ」
「……お前かーーー!!」
しゃがむことで、風は馬の足元あたりから吹き上がるように吹いてきている事が分かった。同時に低空から目を光らせていた馬と顔を付き合わせる形になる。
だが、風の発生源が分かったところで何がどうなるわけでもない。魔法陣が消えてしまった今、もうグングニルは撃てない。そもそも一体全体何がどうなっているんだ。魔法を掻き消すなんてこの馬は何者なのだ。
「ぬぬぬ……」
わざわざ風を起こし、私のパンツを覗くなどとんだエロ馬だという事は分かったが、そもそも『風を起こす』なんてこと自体が魔法じみているし、詠唱完了した魔法を消去するなんて、私の知るマンガや小説の世界では、達人クラスか特異能力者の芸当にあたる。
つまるところ、目の前の馬は変態で達人か変人という事だ。しかし、このような者を相手に、まだ小物を脱していない私かどうこうできる術はない。ない……のだが、どういうわけか恐怖は感じなかった。
意を決して立ち上がる。吹き上げる風に再びスカートを捲られるが気にしない。
「お、なんだ。サービスしてくれる気になったのか。いい心掛けだ」
言いながら、目線を私の下半身に移動させる馬。まったく、どこまでエロいんだか。だが今は……目の前の障害をどうやり過ごすかだ……が。パンツくらい見られたってどうという事はない。
「いいねぇ、やっぱり乙女ってのは純白でなきゃな。眼福眼福」
……………………。
「変態! 見んなバカー!」
流石にここまで下心満載で見つめられるとやっぱ恥ずかしい! 右手でスカートを押さえて馬を睨みつける。
「それそれ、恥ずかしがって頬を赤らめる少女。これこそ俺の求めていた乙女像だ。是非ともその先を……」
馬が一歩進み出る。
「ひィっ!」
恐怖は依然感じないが身の危険もとい別の危うさを感じ、咄嗟に後ずさる。その先ってなんだ! 何となく分かるのは、私にとっては良いことではないであろうという事だけ。
「こんのぉっ……!」
スカートを抑えたまま後方へ飛び退く。こうなったらこれ以上何かをされる前にとことん抵抗してやる。
「アウトセット、エクスプロージョン!」
一瞬で魔法陣が現れると、その直後に前方で紅蓮の爆発が巻き起こる。通路の途中で設定した現象記録保持、ディレイスペルを発動させた。問題は実験用に設定したので、威力は期待できない。実際、爆発は一瞬で落ち着き、馬は焦げ跡すら残していなかった。
「現象記録保持か、やるじゃねぇか。だが威力が全然だな。どういう意図で登録したのかは知らないが、残念だったな」
「ぬぐぅ……、スターティングオペレーション」
「無駄無駄」
現れた最初の魔法陣をすぐに掻き消された。上級魔法はもはや使用不能という事か。ならば、下級魔法なら。
「我願わくば光を!」
その瞬間、魔法陣の現れた右手をぱくりと銜えられた。
「な! ななななななな!?」
「だから無駄だって。アルス・マグナである俺たちにスフィアの事象制御は効かないぜ」
魔法が効かない。となると私に残ってるのは腰に下げている剣だけだけど、素人の剣が通用する相手には見えない。変態の馬だけど。
……ん? アルス・マグナ。やっぱりアルス・マグナって言った。ハティもアルス・マグナって言ってた。何か繋がりが……、もし知り合いとかだったら交渉の余地が……。
「アルス・マグナって言ったよね。もしかしてハティって銀色の狼知ってる?」
どうにかこうにか口から右手を引き抜き、訊いてみる。
「ああ、知ってるぜ。あの紳士ぶった狼だろ。あいつももっと砕けりゃあ弄り甲斐があるのによ、真面目すぎていけねぇ」
「やっぱり知ってるんだ!」
「ん、あいつを知ってるのか? って事は……、おい、嬢ちゃんの名前はなんだ」
ずっと吹き上がるように吹いていた風が止み、スカートが落ち着きを取り戻した。馬はじっと私を見つめている。その視線はもう私の下半身には向いていない。
「森野すずめ……だけど」
私の名前を聞いた直後、馬は高らかと笑い出した。
「ハーッハハハハ! なんだなんだ、そいういことは先に言ってくれよ。セカンドプラントの方から来たから分からなかったじゃねぇか!」
「え、えーっと……?」
「ああ、そうだったな。説明説明、説明だな。嬢ちゃん……あー、すずめの事はあいつ……ハティから聞いてる。ただ、ファーストプラントに案内したって言ってたのによ、何でセカンドプラントから来たんだかね。あいつが間違えるわけねぇが、いくら待っても全然出てこねぇから待ちくたびれちまってな。スフィアが発動する気配を感じて、ちょっくら暇でも潰そうかと思ったわけだ」
馬が言っている事から察するに、私が案内された石球の研究所は、ファーストプラントという所で、さっきまで居た研究所がセカンドプラントという事だろうか。つまりこの馬は、私がそのファーストプラントからこの場所に来るだろうと予想してここで待っていたと。それで、さっきはグルグルとうろついたりしていたのかな。待ち人みたいと思った私の予想は正しかったわけだ。
「えっと、そのファーストプラントを出て地図にあった遺跡っぽいのを目指して森の中を冒険して、セカンドプラントを見つけて中に入って、その後この通路を見つけてここまで来たらあなたが居て今に至るというわけだけど」
「なるほどな。しかし、地図にあった遺跡? 一体どの地図見てきたんだ」
「えっとね」
スカートのポケットから見取り図に挟んだ地図を取り出し広げて、馬の目の前まで手を伸ばす。
「ほー、この地図か……。研究所の場所が手書きで書き加えられているな。多分研究所の誰かが場所を忘れないように印を付けておいたんだろうが……。遺跡を目指してって言ってたな、これを遺跡と勘違いしたってわけだ」
馬はニヤリと笑み揺らぎ、くくくっと笑った。
「ぬぐぅ……、だって明らかに人工建築物っぽいじゃない。遺跡と思わないほうが不思議じゃない!」
「まあ、地図上じゃ区別なんかつかねぇからな。だが手書きである事ぐらいは気づけそうなもんだが。しかしアレだ、なんで遺跡なんて目指してたんだ」
そんなの答えは決まっている。なぜ山に登るのかと聞かれた登山家は言った、そこに山があるからだと。私も似たようなものだ、遺跡があるなら冒険しなければ遺跡に失礼ではないか。
「そこに遺跡があるなら、冒険するしかないでしょ!」
堂々と胸を張り言うと、また馬の顔が笑み揺らぐ。
「ハハハハハ! 冒険か、そりゃあいい!」
「何よ、何が可笑しいのさ」
「いやぁすまんすまん。顔に似合わず活動的なんだなって思ったわけよ。いや馬鹿にしたんじゃないぜ、冒険結構じゃねぇか。益々気に入った」
「変態馬に気に入られても嬉しくないんだけど」
「おいおいおい、俺に気に入られるなんてそりゃあ珍しい事なんだぜ? レアだレア。俺と仲良くしておけば後々絶対感謝することになると思うがな。まあいい、とにかく俺はすずめを待っていたんだ」
そういえば、この馬はこのファーストプラントの広場でずっと私を待っていたという話だけど、何か用でもあるのだろうか。
「何で?」
簡潔に訊き返す。すると馬は足を曲げ私の前にしゃがみ込んだ。
「乗りな、すずめ。向かいながら話すからよ」
言いながら鼻先でファーストプラント居住区の入り口であろうドアを指し示した。私は促されるままに金色に輝く馬によじ登り跨った。
ゆっくりと目線が上がる。手を伸ばせば通路の天井に届きそうだ。
「さあ行くか。しかし懐かしいな、こうやって人を背に乗せるのは何百年振りだったかね」
「何百年って……そんなに長生きなんだ」
「ああ、俺たちアルス・マグナに寿命なんかねぇよ。云わば天使や精霊の類、かもしれねぇぜ」
「かもって……まあいいけど。でも懐かしがるくらい人を乗せてないなんて…………あ、もしかしてアレだ! 選ばれた人しか乗れないとか。そして私はその選ばれた勇者って事だね?」
「ああ、違うな。別に誰だって乗せられる」
「うぐっ、じゃあ何で」
「それがすずめを待っていた理由だ。俺はこの四百年ほど、この研究所を繋ぐ通路の広間に閉じ込められてたんだ」
「え……」
なんだか何気なくすごい事を言っていないか。四百年閉じ込められていたなんて、途方もなさ過ぎて私には想像も出来ない。しかし、なんで閉じ込められていたのだろうか。
「あ、もしかしてエロ過ぎて、とか?」
「ハッ、バカを言うな。俺のエロは生まれつきだから皆諦めていたさ」
そんな堂々と言う事じゃない気がする。
「じゃあ何で?」
「それは聞くも涙、語るも涙の話さ。俺は、ここのプラントから新造プラントへの引越しの手伝いでこの通路を駆け回っていたんだ。貨物台いっぱいに荷物を載せると人が乗れないからな。人は俺が運んでたってわけだ。女子限定だがな」
「はぁ、役に立ってるんだか立ってないんだか」
確かにこれだけ大きな馬なら三~四人くらいは一度に運べそうだ。
「まあそんな訳で大活躍の俺だが途中で飽きてな、隅っこの方で昼寝してたのよ。そしたら誰も起こしに来ないまま引越しが終了して、気がついたらここに取り残されていたってわけさ。泣けるだろ?」
泣けるわけがない。それって単にサボってたら置いていかれたってだけで、自業自得といったところだろう。とはいえ、気づかずに置いてけぼりってのは、少し同情の余地ありか。ああ、でも気づいてたけど置いてったって線もありだ。変態馬だし。ぶっちゃけ一番確率は高そうだ。それで四百年もか……。
「そうだね、さすがに懲役四百年はやりすぎだよね」
「おいおい、懲役だなんて人聞きの悪い事を言うなよな。俺は被害者だぜ?」
「はいはいそうですね。でもさ、別にカギなんて掛かってなかったし、普通に出ればよかったんじゃないの?」
そう、カギなんて掛かっていなかった。開かなかった扉といえば研究室っぽい部屋だけだ。この馬は引越しの手伝いをするくらいだし、ここの研究所に詳しそうだ。ならどこからでも出られそうな気がするが。
「逆に訊くが、すずめは外からセカンドプラントに入ってここまで、どうやって来た」
「えっとそれは……」
外からというと、まず棺みたいな物体の扉を開けて、階段下りてまた扉開けて、研究所から居住区に抜けてその突き当りから大きな広間に出た。そして通路を歩いてここまでだ。
……、ん?
「あ、そういえば右手を置くと開く扉……」
「はいソレ。俺のその右手に当たる部分はなんでしょう」
「……右……前足……?」
「ピンポーン、大正解。特別な認識装置でな、人間じゃねぇと開けられねぇんだなこれが」
確かに、あの扉が手を認証するというのならば、蹄では開けられまい。
「だから人間である私を待ってたって事だね。となると、……くふふふふふ、今私が主導権を握ってるってわけだ。なんせ私は救いの女神なんだから!」
言いながら、馬の首筋をペシペシと叩く。そう今、主導権は私にある。つまり何か交換条件をつきつける事も可能というわけだ。
「ちっ、なんか企んでやがるな。言っとくが当然の如く金はねぇぞ。だが代わりに有り余る精力はあるからな、夜だったらいくらでも添い寝してやるぜ」
「バカ言うなエロ馬」
今度は、グーで叩く。
「ちぇっ、良い案だと思ったのによ。ってか、さっきから聞いてりゃ馬、馬って言いやがって。いいかよく聞け、俺は馬じゃねぇ、純潔乙女が大っ好きなユニコーン様だ」
そう言った馬は立ち止まり、首を曲げてじっと私を見つめてきた。だが目線が合わない。やけに顔は下を向いている気がする。
………………。
「ちょっ! どこを見てるのさ!?」
背中に跨った私の足は全開状態だ。咄嗟にスカートを押さえ膝を寄せる。
「俺は、お前のこと大っ好きだぜ」
「なっ……何を見た! 変態、変態馬!」
「ハッハッハ、眼福眼福。待ってたかいがあるってもんだ」
「ぐぬぅ……」
ユニコーンと言った馬は再び前を向き、扉へ向けて歩を進める。
ユニコーン、聞いた事がある。というか非常に有名な幻獣ではないか。確か純潔の象徴、好色で乱暴だと私の持ってた本に書いてあった気がする。───なるほど納得だ。




