どちらかというとペガサスの方がカッコいいよね。 Ⅱ
三十一
準備万端で扉を抜けて円形の広場へと出る。とても広く、端から端までが私の学校の一周六百メートルある校庭四つ分くらいはありそうだ。ドーム状になっていて、地下でこれだけ広いのにまったく暗さを感じさせない。隅の方まで影も無くはっきりと見えるあたり、やはりここも自然発光的な何かがあるのだろうか。
手に入れた見取り図を手に、例の通路を確認するべく通路の入り口へ向かう。広大だが何も無い白い空間に、自分が歩いているのだか止まっているのだか分からくなりそうな錯覚を起こす。ただただ向かって右斜め前方、見取り図でAと書かれている方を確認して真っ直ぐひた歩く。
さりげなく遠かった目的の通路の前にやっと到着。幅は学校の廊下と同じくらい、四メートルといったところだろうか。私が二人は軽く横になれそうだ。
通路の右手側、足元辺りには黒いラインが入っているのが見える。どっちから来たのか分からなくならないようにするためだろうか。意図を知る術はないが、目印として使わせてもらうとしよう。
少し背伸びをしながら通路の奥を見通してみる。遠くを見るように目を凝らすが、どうにもここからでは出口が見えない。とはいえ、もし予想通り研究所同士を繋いでいるのなら、片道一時間以上かけて来るだけの距離だ、たとえ一直線だとしてもかなりのものだろう。目視出来ないのはしょうがない。
視線を手前に戻し、通路へと踏み出す。右足から。もしもこの先に石球の研究所があったならば、とても安全な移動手段を手に入れることとなる。だが、もしかすると老朽化により途中で崩れていたり、特殊な鍵の扉があったりして、行き来することが出来ないなんて事も考えられる。しかし繋がっていたら、この便利さは必ず役に立つだろう。なんとしても開通したいところだ。
森野冒険隊は未知の領域へと踏み出していく。
「一 、二、三、四、五、六、七、八、九、十、十一、十二……」
何の変哲もない通路。いくら歩こうが特に景色が変わる事もないので、途中からスフィアの説明書を取り出し数字の読みのお勉強をしていた。
エルフが十一、ツヴェルフが十二だ。これでも少しずつ勉強しているので、もうそらでここまではすぐに言えるようになった。
下級魔法と上級魔法についての勉強、それに剣術の修行。説明書の読み込み、更にはそれらを効果的に組み合わせ一つの戦術として確立させるための訓練。やりたいことは山積みだ。しかも手探りときたものだ。
私にも、王国近衛騎士団団長や宮廷魔導団大魔元帥といった知り合いがいれば良かった。引退した勇者でもいい。しかし生憎とこの世界に知り合いはいない。……いや、一人? ハティがいた。すでにスフィアの使い方を教えてもらっている。となるとハティは私の師といえるかもしれない。出来ればまた色々教えて欲しいところだが、ハティ曰く、習うより慣れる方がいいような事を言っていた。なのでまずはひたすら使い込んでから考えるのがいいかもしれない。それによりスフィアの上限も大きくなるようだし。
始めはまず何事もがむしゃらにやり、行き詰ったら思考するのがいいと、賢者ナベリウスも仰っていた。
安全だけど暇な移動時間、折角なので細かい説明文がびっしり詰まった説明書を少し読み返してみよう。復習はとても有益であると、この世界に来て初めて理解できた。
カバンから取り出した説明書を適当に捲り、気になるタイトルで止める。「上限と上限開放」と題された項目を読んでみる。
この項目は、ハティの言っていた、使い込むことにより強化されるスフィアの上限についてのようだ。
上限開放には全部で五段階あり、合計密度三十までが一段階目、つまり初期状態だ。次に三十一から五十までが二段階目、ここまではハティが言ってた気がするが、こんなに数値高かったっけ?
第三段階が、五十一から八十。第四が八十一から百。最後が百一から、となっている。こう見ると、すさまじく先は長そうだ。
ここで一つ、気になる表記を見つけた。欄外に、『数値は正式使用時の上限であり、補助使用時の場合、第二段階以上はこの半分の上昇値となり第五段階では最大七十五までとなる』とあった。なるほど、ハティが教えてくれたのは補助使用の方法だ。だから数値が違ったのだろう。
つまり……まだ第一段階しか使っていないが、この先第二第三が使えるようになった場合、上級魔法の総威力の上昇量はかなりのものという事。これは早く上限開放したいものだ。
次に気になった項目を捲る。再使用時間についてだ。
上級魔法は下級魔法の五倍まで許容され、上限開放と共に基本許容量も増加するとある。
つまり下級魔法では総威力七以上で再使用時間が発生するが、上級魔法だと総威力三十五以上となるって事かな。
そして一分間の合計威力三十以上は百五十以上ってわけだ。さすが正式、大盤振る舞いだ。道理でグングニルを撃ちまくった時の再使用時間が短かったわけだ。更に上限開放でまだまだ上がるのだから、私の目標である大魔導師になる頃には、きっと今とは比べ物にならない程の魔法が使えるようになっているはずだ。待ち遠しい。
大魔法で群がる魔物を一掃する私、そんな私を崇め奉る数多くの人々。そんな妄想をはさみながら説明書を捲り続けると、再び気になる項目が目に入った。
「なになに、現象記録保持について?」
早速とばかりに視線を走らせる。
現象記録保持は、正式使用効果を入力した後、一時的に保存する事により、任意のタイミングで発動させる事ができる機能とあった。
そしてこの効果はドライブεとは重複せず、また発動前後に関わらずその対象にならないようだ。つまり……私の知る単語で言うと、遅延呪文という事だろうか。
更に読み進めると使用方法も載っている。
入力開始時の「スターティングオペレーション」を、「ディレイコードオペレーション」に変える事により、現象記録保持入力状態となるらしい。その後パスワード入力までは一緒で、最後に「コードセット」で完了、「アウトセット、魔法名」で発動。という事だ。
「くふふふふ……」
思わずにやける。こんな便利機能を知ってしまったら、試さずにはいられないではないか。早速、スカートのポケットからスフィアを取り出す。
「ディレイコードオペレーション」
言うと、スフィアが明滅を始める。確かにいつもと違う。
「ドライブγ」
青白い円が、私の右側に現れる。歩きながら移動中でもしっかりとついてくる魔法陣。やはりカッコいい。
「ランク一、ディアメータ二、レンジ三、マテリアルフレイムオーダー」
順に、1,2,3と入力する。お試しなのでこれくらいが丁度いいだろう。そしてここまで入力すると、いくつもの魔法陣が私を包囲するかのように漂っている。
「我願わくば光を、コードセット」
言い終わると、魔法陣が緑色に輝き掻き消えた。これで完了ってことでいいのだろうか。まあ、後で試してみれば分かる事か。
それから、再び正式使用の入力手順を何度も繰り返し練習する。基礎訓練は地味だけど、必ず効果がある。達人クラスの戦いはこういうところで差が出るのだと師匠マルコ様も仰っていた。なので私は基礎を怠らない、それが生き抜くコツだ。
通路を歩き続けてもうどのくらい経っただろうか。いまだに先が見えない。右手側の壁の黒いラインが、点になるまで真っ直ぐ前方に伸びている。
それでもひたすら歩みを止めず進み続けること更に数十分。前方で黒い線が途切れているのが目視で確認できた。
見取り図の通りなら、遂に石球の研究所に到着した事になる。心なしか早足になり、次第に小走りとなっていた。早く確認したくて、もうどうにも止まらない。
通路を抜けると、再び広い広い円形の広場に出た。一瞬、ぐるりと回って元の場所に戻ってきたような錯覚に陥るが、居住区へ繋がっているであろう扉が右手側奥に見えるのと、広場の中央に居る不自然な馬のシルエットが、違う場所であろう事を全力で物語っていた。
特に馬。
「何……う……ま?」
通路に戻り、身を隠しながら暫くその馬の挙動を観察する。なにやらグルグルとうろついた後しゃがみ込む、首だけ上げてキョロキョロと辺りを見回すと、居住区へ繋がっているであろう扉をじっと見つめる。そんな行動を繰り返している。何となく、何かが来るのを待っている待ち人のようにも見えた。だが、こんな所で何を待つというのだろうか。意味不明だ。怪しさ爆発だが、隠れる場所がない以上、あの馬を越えないと扉まで行けなさそうな気がする。
しかし、あの馬なんなのだろう。魔獣……だろうか。それにしては純白の体躯が神々しく輝き、ハティのような雰囲気を漂わせている。
だが、油断は禁物だ。通路に引っ込み、スフィアを手に取り囁く。
「スターティングオペレーション、ドライブβ、ランク十、ランス一、スケール三、マテリアルシャイニングオーダー、我願わくば光を」
周囲に複数の魔法陣が現れる。これでいつでもグングニルを放てるようになった。問題は、ここは射程範囲外って事だ。当てるには近づく必要があるが、遮蔽物がまったく無いので、気づかれずに近づくことはほぼ不可能だと思う。




