やっぱり、エクスカリバーとかに憧れる。 Ⅰ
二十六
初戦闘と初勝利の感覚を忘れないために石球に引き篭もり、シミュレーション特訓に明け暮れる。
マルコ師匠も言っていた。まずは敵を知れと。マンガの主人公は木の上に一日中潜伏して魔物の行動を観察させられていた。
それに倣い、とりあえず近くの木に登ってみたものの敵の姿は見当たらない。とはいえ主人公はそこそこの隠密スキルを持っていたが、ド素人の私では近づいてから木に登るなんて芸当は出来そうに無い。師匠の教えとはいえハードそうなので脳内演習で対応する事にしたのが丁度二週間ほど前。
現在の時刻は、一〇時五五分。石球で朝の軽いウォーミングアップを終えて朝食を済まし、今は遺跡へ赴くための荷物を整理しているところだ。
選び抜かれた持ち物は、水筒、缶詰、お箸、フルーツキャンディー一袋、地図、ノート、説明書、包丁だ。
「さて、行くか」
カバンを肩から斜めに掛けると、意気揚々と部屋を後にする。
本日予定の目的地は地図で見ると、ここから左上辺りにある遺跡のような建造物。前回行った所より小さそうだけど、距離は近めだ。しかも茂みを抜けて道へ出れば、途中まで楽々行けそうである。
研究所エリアを抜けて階段を上がり石球から外へ出ると、地図を広げて目的地までの道のりを確認する。本日も晴れ、彩を添えるように雲が形を変えながら漂っている。──む、あの雲アルパカに似てる。
「さーて、まずはこっちかな」
地図をカバンにしまってから森の茂みへと分け入っていく。ちなみに石球の戸締りは完璧。
うーーんと大きく深呼吸。朝の森はやっぱり気持ちがいい。とはいえ安全ではないので、いつものように周囲を警戒しながら進む。第一の目的地は、遺跡の近くまで続いている道だ。
草を踏みしめ蔦を払い歩き始めて二十分ほどだろうか、何事もなく左右に伸びる道に出る事が出来た。うん、ここまでは予定通りだ。
見たところ人影はなく、幅は大体三メートルくらいだろうか。ほぼ真っ直ぐに続いている。
「えっと、ここからは……」
再び地図を取り出すと持ちやすいように四分の一に折り畳み、照らし合わせて場所を確認する。
確認し終わると右向け右をして地図をしまい、そのまま道のど真ん中を歩き出す。ここまで来れば見通しが利くので、少し警戒を緩めてもいいかもしれない。
小鳥の囀りが聞こえる。「そんな可愛いだなんて。上手なんだから、もう」あははうふふ。
小鳥たちとの朝の会話を楽しみながら、ずんずんと行軍していると、前方から何やら人らしき影がこちらへ向ってくる。ここからではまだぼやけてはっきりしない。もう少し近づかないと……。
輪郭が視認出来る位まで近づいた。大人らしきシルエットが見え、少年か少女らしき三人が付き従っているのが分かった。どうやら四人組らしい。
「前に会った四人かな?」
すぐに思い浮かんだのは二週間ほど前に石球まで来たあの三人組みと、後から来た騎士だ。だが流石に日が経ち過ぎているからそれはないかな。
肉眼ではっきりと確認出来るくらいまで近づいたところ、その四人はやはりあの四人とは違うのが分かった。
大人の方は女性で、全体的に黒くて複雑な紋様が入ったローブを着ている。腰まである長い黒髪が神秘的で、とても整った顔立ちをしているから、「お姉様」という呼び方が一番しっくりきそうだ。
そして後の三人、年齢は私と同じくらいだろうか、女の子二人と男の子一人の構成だ。
まず女の子のうちの一人は、黒髪のおさげでうなじの辺りから左右で結んでいる。軽鎧を身に纏い、帯剣している。ここまでは昨日の見習い騎士と同じようだけど、身の丈ほどありそうな大きな長方形の盾が一際目をひいた。
その盾は背中に引っ掛けてあるのだろうか、私から見た感じだと何だか大きな箱が歩いているみたいに見える。
きっと防御重視の見習い騎士とかなのだろう。となると、昨日の見習い騎士は攻撃重視系なのだろうか。
もう一人の女の子は、肩まで伸びた金色の髪がとても綺麗でいち早くそこに目がいった。手には前回見た見た杖と同じようなものを持っていて、更に同じようなローブを着ているが、胸の辺りから真っ直ぐ引かれたラインの色が青だった。あの時の女の子は確か黄色いラインだったはずだ。
そして只一人の男の子は、片手で振り回せそうな短い杖を持ちローブを着ている。ラインは赤く、丈が短くて腰より少し下くらいだ。代わりに裾がゆったりとしたスロップスを穿いていて、これにも赤いラインが縦に伸びていた。男性用でデザインが違うのだろうか。
っと、もうじきじろじろ見ているのがばれる距離だ。ので何事もなかったように目線を外す。
双方の距離が近づきあと数メートルですれ違うとき、もっと良く見ておきたいという衝動に負け、顔を向けると四人がばっちりと私の方を見ていた。
「お……、おはようございマス」
多勢に無勢な視線に強張った私の口からは、ほぼ反射的に朝の挨拶がこぼれた。
「おはよう御座います」
「おはよー」
「ォハヨーッ」
「おはようでーす」
四人四色の返事が返ってきた。聞いた話では、登山者達はすれ違うときに挨拶を交わすらしい。それが礼儀だと。くふふ、それを誰にも言われずに実践してしまうとは、私って淑女。ここは森だけど。
清々しい気分で四人とすれ違う。少しして後ろからは四人の楽しげな声が聞こえてきた。少し羨ましく思いながらも、私は足取り軽く第二目的地へ向けて歩を進めていく。
道中でいつか出会えるであろう私の仲間たちの想像をしてみた。
まず、王道の熱血騎士。戦い方も熱ければその言動も熱い。しっかりとした信念を持ち直情的に突っ走るそんな騎士。少しうざいくらいが丁度いい。
次に、その熱血騎士の手綱を握る、冷静沈着な弓使い。遠距離攻撃で支援をすると共に、戦況を把握し的確な指示を出すパーティーの頭脳。
んで、忘れちゃいけないパーティーの薬箱もとい癒し系。これは女の子の方がポイントが高い。昨日のローブの子とかいいかもしれない。
そして、私のポジションは火力により、敵を一気に殲滅する魔法使いだ。──あ、今楽なポジションだなって思ったね? いいですか、魔法使いというのは敵や仲間の位置、その状況毎に合わせて魔法を選択する必要のあるとてもプロフェッショナル的な立場なのですよ。……あ、今そんな事がお前に出来るのかって思ったね? いいですか、私はこんな時のために毎日脳内シミュレーションをうんぬんかんぬん…………。
理想の世界に理想のパーティー、どこまでも妄想ネタが尽きない。
脳内世界で仲間たちと力を合わせ遺跡の奥に鎮座する巨大なキメラと死闘を繰り広げていると、現実では分かれ道に突き当たった。道は左右にほぼ直角に分かれ、緩やかな曲線を描きながら奥へと続いている。
立ち止まるとカバンから再び取り出した地図を広げ確認する。……どうやら第二目的地到着だ。
そしてここから先の道だが左の道でも右の道でもない、真っ直ぐだ。つまり楽々お散歩コースはここまでという事で、この先はいつものサバイバルコースとなる。エンカウント率も上がるので気合を入れていかねば。
がさりと一歩を踏み出すと、二歩三歩と進めていく。これまたいつものように木々を背にしながら前方を確認しつつの進軍だ。移動速度は遅いが、リアルライフが懸かっているのだから慎重に慎重を重ねるぐらいが丁度いい。今日はまだ始まったばかりなのだし時間はたっぷりある。──それに、こうした方がちょっと楽しい。
風、鳥、草を踏みしめる音。花、木、蝶の色彩が非日常を演出してくれている。音だけならば田舎とかにでも行けば聞けそうだったけど、目に見える風景は私には見覚えのない姿形をしている。花が淡く光っていたり、蝶が蜃気楼のようにぼやけて見えたり、炭のように真っ黒な木は鮮やかな金色の葉を抱えていたりする。
「素晴らしきかな、ファンタジー」
小声で呟く。大きな声では敵がいた場合に気づかれてしまう可能性があるからだ。一人暮らしか、一人暮らしの経験があるならばきっと私の不意に出る独り言を分かってくれる事だろう。
気持ちはベテランハンターさながら、息を殺し気配を殺し進む事そこそこ。明らかな気配、もとい息遣いを感じて歩を止めると木の陰から先を覗き込んだ。
そこには、前にも鉢会ったネコの魔物が鎮座していた。しかも一回りほど大きい気がする。迂回しようとも思ったが、もう既に気づかれていたら無防備な背中を見せる事になってしまう。
それに、近くにこんなのがいる状態で先に進むのは落ち着かない。いきなり後ろからガブリだなんてそれだけは勘弁だ。
「死にたくないなら…………」
我が師マルコ様の言葉を思い出す。そしてハティの教え、躊躇するなという言葉も思い出す。
右手でスカートのポケットにそっと触れ、目を閉じゆっくりと息を吐きながら開くと、しっかりと目の前の魔物を見据える。
ここで倒していく事に決めた。
ポケットには私の夢と希望の結晶であるとともに、身を守る盾と敵を討つ剣となるスフィアが入っている。
訓練中に判明したことなのだが、スフィアは声さえ届けば手に持たなくても魔法の発動が出来る事が分かった。
とはいえ限界もあるみたいで、地面に置いて三歩離れるとうんともすんともいわなくなる。でもポケットの中に入れたままでも使えるため、片手が空くのだ。そこに盾を持ったり武器を持ったりと、更に戦略を広げられそうだ。
まずは先手必勝、不意打ち上等だ。
包丁に巻いておいたタオルをはずして右手に持つと、スフィアを左手に取り口元へ寄せてそっと呟く。ちなみにタオルは左腕に巻いておいた。
「我願わくば光を」
右手に現れる円を確認すると、敵を見据えながら再び呟いた。
「クロスクロイツ」
薄っすらと猫の魔物を囲む五つの光球。完全に形を成すと容赦なく殺意を宿し襲い掛かる。魔物は迫り来る光球を避けようとするが、そこは意識制御の真骨頂、死角に潜んでいた頭上の光球が叩きつけるように炸裂させると、前後左右から残りの四発を同時に直撃させた。
はじける閃光の中から鈍く短い唸り声が響く。初弾命中は確実そうだ。だけど油断は出来ない、再び呪文を呟き右手の円を確認するとスフィアをポケットに入れ、緊張で乱れかけた息を整える。
収まった閃光の中、相手は所々から血を流していたが、頭を振ると持ち直したようにこちらをじっと見つめてくる。隠れているはずだったがもう気づかれているらしい。
このまま終わらせてしまいたかったがしょうがない、包丁を握る手に力を込め木の陰から飛び出す。
「セイクリッドトリガー!」
輝く光弾は猫の魔物に真っ直ぐと突き刺さった……かに見えたが、土と草だけの地面にぶつかり大きく抉っただけだった。後ろに跳ばれてしまったようで間一髪躱されたみたいだ。
「なぬ!?」
手負いなのにこの機動力。やはり前の奴より強いことは確かだ。
敵も警戒してからか、すぐには襲い掛かってこない。ならばと思い、もう一発セイクリッドトリガーを撃ち込んでみたが、再び真後ろに跳躍して見事に回避された。その後も姿勢は常に低く保ち、私の隙を狙っているようだ。
これはどうやら、真正面から撃っても当たりそうもない。
だが私だって策がないわけじゃない。なければずっと石球の中に篭っているさ。
「我願わくば光を!」
右手を突き出し叫ぶ。後ろに飛んだのが運の尽きだ、今こそ何度も練習して身体に叩き込んだ理想の距離。
──避けれるものなら避けてみろ!──
「ホワイトデスローナー!」
前方広範囲に閃光が拡がり、木々ごと敵を飲み込むと何かが焼けるような音が小さく聞こえ命中したと直感する。だが範囲が広い分、威力は低い。とはいえこの魔法の本質は相手を怯ませる、または隙を生み出す事にある。
「我願わくば光を…………セイクリッドヴァルチャー!」
薄らいだ光の中、思ったとおり猫の魔物は全身を襲う光熱に身悶えている。まずは一発、光弾を放つ。
「っとと……」
二発飛んでしまった。一発は地面にぶつかり破裂して消えたが、もう一発は横腹に直撃してそのまま全身を大きく吹き飛ばした。
残り三発を停滞させたまま、相手の様子を見るが動く気配が無い。でも倒したのならば消えるはずなのでまだ倒せてないはずだ。
「これで……どう」
立ち上がり態勢を整える前に畳み掛けるべく、三発同時に放った。避ける気配はなく目も眩みそうなほどの強烈な閃光が周囲を覆った。
光が徐々に収まっていく中、包丁を構えながら今だ残る猫の魔物を驚愕しながら見つめた。
「これでも倒せないの!?」
スフィアは一気に大技を使ったので再使用時間が発生する。セイクリッドヴァルチャー単体で使っても二十秒は掛かってしまうのに加えて、今回はその前にクロスクロイツとセイクリッドトリガーを二発使っているので、それ以上掛かるだろう。上級魔法を主体にすればかなりの余裕が出来るのだが、詠唱が長いのが欠点だ。まだ数字の読みも完璧とはいえないし。
暫らく魔法は使えない。かなりの威力だったはずなのに倒せなかったとは想定外だ。時間を稼ぐためにすぐさま後退すると、近くの木の陰に身を寄せて、横たわる黒い体躯を観察する。
そこにある猫の魔物は、すでに手足の一部は本体から分離し腹部は大きく裂けていて、そこから流れ出る血が草と土を赤錆のような色に染めていた。頭部の方を見ると目は白く濁りどうにも生命の気配を感じない。
「あれ……もう倒せてる?」
なるべく足音を立てないようにゆっくりと近づき、もしもの時すぐに逃げられるよう半歩引きながら包丁で突付いてみると、刃先は何の抵抗もなく肉にめり込むが、黒い物体は微動だにしなかった。
消えない時もあるという事なのだろうか?
前の二体が特別だったのか、今回の一体が特別だったのか定かではないが、こういう決着もあるという事なのか。覚えておこう。
念のため、暫らく様子を見てみたがやはりもう絶命しているようだ。腹部から流れ出していた血が地面に溜まり、見た目からして出血多量だというのが分かる。
黒い表皮は大きく裂け、腹部は生々しく赤くぬめつき思わず目を逸らしたくなった。
「ぬぬ?」
そんな傷跡のむき出しになった肉と肉の隙間から、生物の体内とは思えない無機質に輝く何かが見えた。
直視しないようおっかなびっくりしながら包丁で抉り出すと、それは前に手に入れた結晶と似ている。
似ているというのは、大きさと色が大分違うのだ。大きさは軽く二倍ほどはありそうで、色は透き通るような緑だった。極上のエメラルドの原石とかそんな感じだ。
「これは高く売れそうだ」
思わずニヤリと笑みが浮かぶ。
そこら辺の葉や木の表面に結晶をこすり付けて、血やら何やらとこびり付いたものを拭った後でカバンに入れる。
「さあ、勇者すずめは遺跡への通路を塞ぐ魔物を華麗に退治すると、更に森の奥へと進んでいくのだった」
何かの冒険ドキュメント番組的なナレーションを挿みながら、どこぞのソルジャーの如くスニーキングミッションを再開する。




