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【完結】もう、あなたの好みに合わせる必要はありませんので、さよなら。  作者: 逆立ちハムスター


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3

私はくすりと笑い、彼の手に自分の手を重ねた。


「あの白亜の檻は、あまりにも退屈でした。ですが……約束通り、アンテニウス家の内部構造、光の結界の欠陥、そして帝都の金融流動データのすべてを抜き出してまいりましたわ」


「ああ、届いている」


カシアンは私の腰に手を回し、そのまま自然な動作で、私を暖かな城内へと引き入れた。

重厚なドアが閉まり、極北の冷気が遮断される。城内は、暖炉の炎と、魔導石の温かみのあるオレンジ色の光で満たされていた。


広大な執務室のテーブルには、すでに二つのグラスと、年代物の赤ワインが用意されていた。

カシアンはグラスを一つ私に手渡し、自らもグラスを傾ける。


「まずは、自由への帰還に乾杯しよう、ヴァレリア。いや――我が『影の設計士シャドウ・アーキテクト』よ」


「乾杯いたします、カシアン様」


澄んだ水晶の音が、静かな部屋に響いた。

芳醇なワインが喉を潤し、全身の緊張が解けていくのを感じる。


「さて」

カシアンはソファに深く腰掛け、私に目の前の席を促した。

「お前が派手に大広間を壊して飛び立った後の、帝都の『惨状』についての報告が届いている。聞きたいか?」


「ええ、ぜひ。極上のデザートとして伺いましょう」


私は微笑みながら、深くソファに背を預けた。


カシアンは愉悦に満ちた笑みを浮かべ、手元にあった報告書をパラパラとめくった。


「お前が去った直後、公爵邸の『光の結界』が完全に暴走した。……いや、暴走というよりは、失走だな」


「やはり」

私は納得して頷いた。


「アンテニウス家が誇る『聖なる光の加護』。あれは純粋な光の魔術などではない。光の過剰な熱と破壊力を相殺するために、陰で膨大な『闇の魔力』を中和剤として消費し続ける、歪んだ構造だったのです。彼らは代々、我がカエキリア家の人間を婚姻によって取り込み、その魔力を人間ろ過器フィルターとして利用してきた」


オーレリウスは「君の魔力は我が家の結界を汚す」と言っていた。

だが、事実は正反対なのだ。

彼の光の魔術が、公爵家の領地や屋敷を焼き尽くさないでいられたのは、私が毎日、血を吐くような思いでチョーカー越しに彼の過剰な光の毒素を吸い上げ、自分の体内で中和していたからに他ならない。


「お前という『中和剤』を失い、さらに強引に魔力封印を破壊されたことで、アンテニウス公爵邸の地下にある魔導コアは、お前が放った大量の闇の魔力を逆流入された」

カシアンは楽しそうに語る。


「結果、大広間の魔導灯は全滅。結界の反動で、公爵邸の敷地内にあった『聖なる光の宝物庫』の半分が破裂し、消滅した。さらに、あの場にいた貴族どもの前で、オーレリウスは恐怖のあまり腰を抜かし、失禁しながら惨叫を上げたそうだ。『化け物だ、助けてくれ!』とな」


「まあ……。公爵令息としての威厳も、何もかも台無しですね」


「台無しどころではない。あの場には、帝国の主要な貴族や、諸外国の使節もいた。オーレリウスが愛でていた例の子爵令嬢――ラヴィニアだったか? 彼女の『聖癒の光』で暴走を止めようとしたらしいが、過剰な熱に巻き込まれて腕に大きな火傷を負い、発狂して失神したらしい」


「自業自得、と言いたいところですが……聖女様と持ち上げられていた割には、随分と脆いことですこと」


私は冷ややかな笑みを浮かべた。

ラヴィニアの治癒の光は、表面的な傷を癒すだけの浅薄なものだ。真の魔術の暴走、それも深淵の闇が混ざり合った熱波を抑え込めるはずがない。


「それだけではないぞ、ヴァレリア」

カシアンの瞳が、獰猛な輝きを増した。


「公爵家は明日から、未曾有の危機に直面する。彼らが極秘裏に進めていた『北進計画』――我がセヴェルス大公領の鉱山を強奪するための資金調達だが、その債務の保証人となっていたのは、お前の父上……カエキリア前当主の署名だった」


「……ええ。オーレリウスが、病床の父を脅して書かせた偽りの契約書ですね」


「そうだ。だが、カエキリア家は今夜を以て『当主不在・領民皆無によるお家断絶』となった。債務の保証人が消滅し、さらにカエキリア領の資産が一切存在しないことが判明したため、帝立中央銀行は明日朝一番で、アンテニウス公爵家に対して【全額即時償還】を請求する」


「金額は?」


「金貨八十万枚。公爵家の全財産の、およそ七割に相当する額だ」


私は思わず、手に持っていたグラスを軽く揺らした。


金貨八十万枚。

いくら三大公爵家の一角とはいえ、即座に動かせる流動資産としては限界を超えている。それを支払えば、アンテニウス家の事業はすべて凍結し、配下の騎士団への給与も支払えなくなる。


「素晴らしいわ。私が何もしなくても、彼らは自分たちの強欲と無知によって、勝手に破滅へ向かって転がり落ちていくのね」


「フッ、お前が仕掛けた不発弾トラップが、一気に破裂しただけのこと。お前は三年かけて、奴らの首にじわじわと縄をかけ、今夜、オーレリウス自身にその台座を蹴らせたのだ」


カシアンはグラスを置くと、ゆっくりと立ち上がり、私に向かって手を差し伸べた。


「ヴァレリア。復讐の第一幕は終わった。だが……これで満足か?」


私はカシアンの手を見つめた。

そして、その手を力強く握り返しながら、ゆっくりと立ち上がった。


私の真黒の瞳に、激しい復讐の炎と、抑えきれない野望の光が宿る。


「まさか。これで終わるはずがありませんわ、カシアン様」


そう、これはただの始まりに過ぎない。

私を虐げ、人形のように扱い、カエキリア家の血と涙を吸い上げてきたのは、オーレリウス一人ではない。彼を容認し、我が家を切り捨てた帝国の腐敗した貴族社会全体だ。


「彼らは私から、髪の色を奪い、目を奪い、自由を奪い、尊厳を踏みにじりました。なら――私は彼らから、財産を奪い、地位を奪い、誇りを奪い、その未来のすべてを奪い去ってみせます」


「良い顔だ」

カシアンは深く満足そうに頷き、私の腰を引き寄せた。

二人の距離が、吐息が触れ合うほどに縮まる。彼の深紅の瞳が、私の黒い双眸を捉えて離さない。


「ならば、私の力を使え。セヴェルス大公家の軍勢も、私の持つ竜の力も、北の莫大な財も、すべてお前に預ける。私と共に立ち、この腐れ果てた帝国を裏から喰らい尽くせ」


「……私を、ただの道具としてではなく、対等なパートナーとして使ってくださるのですか?」


「愚問だな」

カシアンは私の額に、愛おしげに、しかし誓いを立てるように唇を寄せた。


「私は飾りの人形など欲しくない。私と並び立ち、共に深淵を歩める強靭な魂――お前だけを、ずっと求めていたのだからな」


その言葉は、冷え切っていた私の心の奥底に、静かで熱い火を灯した。


オーレリウスが求めたのは、自分を引き立てるための、意志を持たない「白い従属者」。

カシアンが求めるのは、共に世界を支配するための、牙を持つ「黒い同伴者」。


どちらを選ぶべきかなど、迷うまでもなかった。


「謹んで、お受けいたしますわ。私の愛しい覇王様」


私は彼の首に腕を回し、妖艶な笑みを深めた。


「さあ……明日の朝、絶望のどん底で目覚めるオーレリウスと、帝国の貴族たちに、最高の『夜明け』をプレゼントして差し上げましょう」


極北の城塞に、二人だけの冷たい笑い声が溶けていく。

白亜の檻を壊した漆黒の鳥は、いまや世界のすべてを黒く染め上げるため、その巨大な翼を広げたのだった

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