02=断じてコスプレ趣味はないでっせ
高原を横切る影が一つ。
黒っぽい布をマントのように被り、迷い無き足取りで進む人影。
と、風がマントを翻す。
布が風の流れる方向へなびき、人影をあらわにした。
現れたのは、桔梗色(さえた青紫)の短髪に、ハニーイエロの瞳の少年。
ただしその瞳は虚無を映して、何にも向けられていなかった。
すると少年の前に、二つの横たわる人影が現れる。
一つは金髪の男、もう一つは彼の目的の、水浅葱の女だ。
人影は20メートルほど離れていて、男は女の方に手を伸ばしたまま倒れていた。
「…既に終わったか…」
無表情のまま、静かに少年は呟く。
すると今度は女の方に向かって歩いていった。
女に外傷がないのを確認し、そばに落ちているあるものを拾い、再び歩きだす。
そして少年は、高原の向こうに消えていった。
────†
ラナリアは夢を見ていた。
それは大好きだった兄に、“神木”の根元で色んなお話を聞かせてもらっていた夢だ。
「お兄ちゃん、早く昨日の続き聞かせてっ!」
まだ10歳と幼いラナリアは、無邪気に瞳を輝かせている。
「“不運な猫と幸運な猫”の話だったかな?どこまで話したっけ?」
「えーと、不運な猫さんが初めて喧嘩をしたところまでだよ!」
「わかったからそう急かすなって…えーと、それから不運な猫さんは…───」
傍らの兄が話しだす。
兄は言葉の魔術師だった。
ラナリアは兄の話にあっという間に引き込まれ、夢中で聞いていた。
兄の腕の中で笑い、怒り、悲しみ、驚き、様々な感情を表す。
「───ということで、赤い鳥の嘘に気付き、不運な猫さんは幸運な猫さんを助け、それから二匹は仲良く暮らしました。めでたしめでたし。」
そう締めくくり、兄は言葉の絵本を閉じた。
「不運な猫さんは頭がいいんだね」
「目に見えるものだけが真実ではないと、知っていたんだな」
「すごいな〜!ラナもそんなふうになれるかな?」
「あぁ、必ずなれるさ」
そうして兄は優しく微笑んだ。
穏やかだが、確かな強さを秘めた青水晶のような瞳。
「なんてったって、俺の妹だからな」
「…えへへ」
「…よし、そろそろ戻ろうか?」
「うん!また聞かせてねっ!」
「おう、今度は怖い話にしようかな?」
「やだやだぁ〜!」
「嘘うそ、じゃあ“満月には呂律が回らなくなる狼男の話”なんてどうだ?」
「え〜!?なにそれ?」
兄が大好きだった。
面倒見がよくて、剣技も魔法も出来て、優しくて、かっこよくて、だけど時々天然で、ラナリアの自慢の兄だった。
二人は笑い合い、谷へと駆けていく。
それはまだ全てが平和で、安寧に満たされた、兄が居た頃のシワアセな夢。
もう既に幻想でしかないもの。
二人はどんどんラナリアから遠ざかる。
ラナリアは手を伸ばす。
届かないと知りながら、だけど諦めきれずに。
───お兄…ちゃん
ラナリアを再び闇が飲み込んだ。
────†
「……」
ラナリアは目を覚ます。
「…夢、か」
空を仰いだ。
は?泣いてなんかないし。
あたしは…お兄ちゃんの妹だもん。
「───ってなんであたしこんなところに倒れてるんだろ?」
高原の草がくすぐったい。
ラナリアはとりあえず起き上がってみる。
『ガチャリ』
「え?がちゃり??」
すぐ近く、というか自分の体から金属音がした。
そういえばなんだか体が重いな、と思いつつ、ラナリアは訝しげに体を見てみる。
「…え?」
なんと高価そうな鎧を着ているではないか。
しかも腰に白銀のソード。
レウネスカ王国の、立派な王家の紋章まである。
いやいや、なぁんか見たことあるんですが…?
状況がイマイチ把握出来ず、とりあえず辺りを見回してティアオルトを探した。
────†
こちらにも目覚めた変態、もといティアオルト王子がいる。
「…ん…俺…?」
目覚めたばかりの脳は、ふやけたようにぼーっとしていた。
だが、不意に『シャキーンッ!!!』という擬音つきで、思考が冴える。
「そうだっラナリアが!」
急いで起き上がるが、なんだかいつもと違う。
「…?」
まずは、足の間がどうにもこうにもスースーする。
鎧を着ているとはとても思えない。
「…てか」
鎧を着ていない。
黒とガーネット(赤紫)を基調としたワンピースのような服を着ていた。
しかも見慣れた服なんですけど…??
「…まさか…俺…無意識にスカート履くような変態に…!?」
アホな一抹の不安を抱えつつ、ソードを探して腰に手を回す。
あれ、ない。鞘すらも。
「確かに鞘に戻した筈なんだけどなぁ??」
というか体からいい香りがします!まるで俺の嫁のあの娘みたいなっ!!
ティアオルトは首を傾げた。
イマイチ状況が把握出来ない。
だからとりあえず、ラナリアを探した。
───†
二人は辺りを見回した。
すると両者とも、互いの姿を見つける。
「おっ!ラナリア──って…お、俺?」
「あぁ!何その格好───って…あたし?」
二人は見事なシンクロ具合で、互いを見開いた目で指差す。
驚きを隠せず、混乱しきった表情の自分の顔が、目の前にあった。
というか、もっと端的に言えば、“自分が目の前にいた。”
「ち…ちょっと、なにそれ!?コスプレ!?新手のセクハラか!?」
「そ、そっちこそ、なにゆえ俺の鎧を?てか俺のコスプレを!?好き過ぎて!?」
「違うわっ!!!!!」
バコッ
ラナリアの姿をしたティアオルトを、ティアオルトの姿をしたラナリアが殴る。
鈍い音は恐らく甲冑だ。
「痛いっす!マジ痛いっす!!」
「……」
殴られ涙目の自分を見るとは、なんとも奇妙だ。
「…いいから、何が起きたのか説明してくれる?何故あたしがあんたの姿で、あんたがあたしの姿なのか」
ティアオルト姿のラナリアは溜め息混じりに、ラナリア姿のティアオルトに尋ねる。
ラナリア姿の(以下略)はまだ殴られた頬を押さえながら、思い出したように半ば叫んだ。
「そうだ!“神木”が倒れたんだ、ラナリアに向かって!」
「“神木”が?目見える?どこに倒れてるのよ」
「…え?」
訝しげなティアオルト姿の(以下略)に言われ、(本当の)ティアオルトはふと気付く。
“神木”が、倒れていない。
只豊かな草原が広がっているだけだった。
「なっ…!?」
あれだけ巨大な樹木が倒れていて、気付かない筈がない。
いや、気付けないことが、出来ないだろう。
───どういうことだ…?
ティアオルトは呆然として遠大なる高原を見渡していた。
「ティオ…?」
ラナリアは少し訝ったのち、ティアオルトの瞳をじっと見つめた。
「…?」
「…嘘はついていないみたいね。それに…」
確信めいた言葉の後、何かを思い出すように口ごもる。
「……聞いたことがあるの…」
「…話して、くれるか……?」
ティアオルトの静かな声にラナリアはゆっくりと頷いた。
そしてその口から紡がれたものは、およそティアオルトには信じがたいものだった。
「…“神木”は、魔力の塊つまり、物質ではなく膨大な魔力が凝縮され、姿形、色素、質感など全てが具象化されたものだ、と。」
「…わかりません!」
「満面の笑みで何を…うーん…つまり、普通は目に見えない魔力が普通の樹木に見える程、巨大な魔力を持っているってこと」
「…!それはヤバイな!」
遅れて理解したティアオルトが驚く。
ラナリアはそんな王子をやや置いていきながら、続けた。
「強い魔力が視認できても、只の光のようにしか見えない。それが完全に実体化して視認できる程の魔力…想像できる?」
「…それは確かな情報なんだな?」
その問い掛けに、ラナリアは首を振る。
「ううん、ただの言い伝えよ。多分皆知ってる」
「調べたりは出来ないのか?」
ラナリアはまたもや首を振った。
「“神木”は即ち“神から賜った木”。調べたり無闇に何かをするのは、禁忌なの」
「そういうもんだよなあ」
ティアオルトはふー、と溜め息をつく。
だが急にぱちっと瞳をかっ開き、ラナリアを凝視した。
「なっ…なによ…?」
ティアオルトはゆっくりと口を開く。
「…もしかしたら“神木”が何らかの理由で倒れ、実体を維持出来なくなり、魔力が解放されて───それが作用して、俺とラナリアは…───」
思い出す。
ティアオルトは荒れ狂う魔力の波に溺れ、気を失ったことを。
“神木”が、ラナリアに臥したことを。
「精神と身体が、入れ替わったのかもしれない」
二人は顔を見合わせた。
一瞬微笑みを交わし、なんだかよくわからない生暖かい空気が漂う。
そののち。
「えぇええぇええぇええっっっ!!??!」
ついさっきのような見事なシンクロで、大空に二人の叫び声が響いた。
長いお付き合いありがとうございました!!(まだ続きますよ)
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