交渉と人形
【交渉と人形】
魔女国の王都、正確には魔女が住み暮らす町へ拠点を移した初日。
先ずその日に行ったのは、町をぐるっと探索する事である。
何処にどんな店があるのか? 大体の物価はどうなのか?
「なる程・・、ここにギルド三大クエストが役に立つのね」
「ヘルトはまだFランクですから、受けたいところですね」
「ギルドに行ってみたが、三大クエストは見当たらなかったなぁ・・」
こういう時に欲しい依頼だったと、三人はがっかりしていた。
そして問題になるのは、拠点とする宿を決める事である。
宿屋は人の勧めも大切だが、実際に泊まって見ないと分からない事も多い。
例えば、短期ならば部屋や寝具や設備のきれいさ、食事の美味さと言ったサービスで判断しても良いだろう。
しかし長期の場合は、自炊設備の充実と使用料金、寝具交換や風呂に掛かるお金、宿代に、長期宿泊の際の割引と言ったお金の占める比重は大きい。
勿論、毎日のように顔を合わせる、宿屋の主人の人柄と言うのも多分にある。
まあ宿屋としても客商売、余程の事がなければ酷い所はないものではあるが。
いつものように夕と食事の祈りを魔王に捧げ、魔女のお膝元、念入りに祈りをする。
と言うか、魔王の数が半端ではなく、何処を向いても魔王の影がチラチラと視界に入る。
「師匠、明日から活動を開始するんでしょう?」
「ああ、そうだ」
「では最初に冒険者ギルドですか?」
「うむ」
アンファとエンデの問いに、師匠は頷く。
「旧王都と旅先で、ヘルトの能力は大体把握できた。これからはお前達二人を中心に活動をしていく」
「「はーい」」
「ヘルトに関しては、ランクDの俺の指導下と言う事で、ほぼ自動的にランクEになるだろうが、ランクDになるお前達はそうはいかん」
「分かってますって」
アンファが腕が鳴るわと、うきうきしている。
「試験対策として、これからはお前達が先陣を切り、オレとヘルトがフォローに回る」
「えっ!? ヘルトの試験対策はしないのですか?」
主の一人であるエンデが、僕の心配をしてくれる。
「だからさっきも言っただろう? 総合的には俺の力を超えるんだ。ランクDは問題ないだろう」
「ふーん。そうだ! 師匠はランクCの試験受けないの?」
「オレ・・か。正直、俺にはランクCの才能がないからなぁ」
以前にも師匠は、何度儲けて落ち、ランクCになる事を諦めたと話をしてくれた。
「じゃあ、じゃあ、私達のためって言うのはどう?」
「うん? お前達のため?」
「どう言う事、お姉ちゃん?」
「にっしししぃ。ランクCの試験の見学」
「なる程! お姉ちゃん、それ良い考えです」
二人の顔には、自分達のためと言うよりも、師匠を炊き付けるためのように見える。
「うむー・・。弟子の前で恥をかくのは気が引けるんだが・・」
渋い顔をするが、弟子の踏み台になるならば、やむなしと言う感じである。
なんやかんや言っても、この三人は良い関係であることは間違いなさそうだ。
「はぁー・・。先ずはギルドで試験資格そのものを得ない事にはな?」
「えっ!? ランクCの試験資格って、場所ごとに違うの!?」
「あん? ランクCだけじゃなくて、ランクDだってそうだぞ?」
「ど、どう言う事ですか師匠!?」
今までやってきた事がチャラになると聞いて、二人は慌てている。
「資格そのものは変わらないと思うが、拠点を大きく移ると、今まで蓄積してきた実績が認められなくなる場合があるんだ」
害獣を百匹討伐する事で資格を得られるとすると、折角九十九匹倒しても、拠点を移れば、それが認められない事があると言う。
長距離移動すると、確認に時間がかかる上、今は戦争直前で領土間の分断も甚だしい。
ギルドの職員も、嘘か本当か確認できない以上、自分たちの規則に従う。
「そ、そんなぁ・・」
「でも仕方がないです」
「そういうの誤解を防ぐ上でも、ギルドを移れば全てが一からと言うのがルールだ」
こういった細かい所も、拠点を移るデメリットなのだろう。
「そう言った訳で、余程の事がない限りは、ランクを上げてから拠点を変えるのが望ましいが、オレたちにはそんな事を言っている余裕がなかったと」
アンファとエンデはがっかりしている。
師匠は僕に掛かりっきりだったため、二人のブランクを取り戻す良い機会だと言っていた。
冒険者ギルドの受付に行って、念のためランクアップの方法を確認すると、旧王都のギルドと同じであった。
「魔女が現れるまでは、一つの国の中の冒険者ギルドだった訳だから、ホンの数年で劇的に変化するはずもないな」
「「でもやり直しかぁ・・」」
討伐の数や種類には、多少の違いがある程度であった。
話を聞き終えた二人は、すぐに依頼の貼ってあるボートに向かうと首を傾げている。
「ねえねえ師匠・・」
「どうした?」
「討伐依頼ですが、何処何処村とか、何々村って書いてあります」
「そうだな。それが?」
「何で?」
「どういう事でしょうか?」
旧王都では見かけなかった依頼に、二人は戸惑っている様子だ。
「そうだな。二人とも旧王都から出た事がなかったから知らなくても仕方ないか」
そう言うと二人に、依頼の仕組みの違いから説明する。
「旧王都の依頼って言うのは、ほとんどがギルドからの依頼だ」
「あたりまえでしょ」
「農業ギルドや酪農ギルド、街中に現れた害獣に関しては、以前は国から、今はギルド評議会から出ています」
この依頼方式は王都ならではであり、二人にとっては当たり前の姿なのだろう。
「国には王都や大都市、小さな町、そして大小さまざま村が存在する」
「当たり前よね」
「王都はあまりの大きさや広さゆえに、王都だけしか管理できない。大都市が小さな町を、小さな町が村々を管理しているんだ」
「そういう仕組みなんですね」
「小さな村には幾つもの仕事があるわけではなく、農業なら農業と特化しているので、ギルドと言うものは存在しないんだ」
「えっ!? じゃあ害獣退治なんかの依頼は?」
「そこで自分の村より大きな村や、町にあるギルドへ依頼するんだ」
「「あっ! それで!」」
二人は再び依頼の貼り出されているボードを見つめ直す。
「それ故に、旧王都と他の町々とでは、依頼に違いが出てくる」
「パッと見た限りでも、かなり違うと思いますが?」
「そうだな。特に依頼書に書かれていない部分、交渉力と言うのが必要になってくる」
「「交渉力!?」」
師匠から告げられた言葉に、二人は驚きの声を上げる。
「旧王都では、ギルド同士の依頼もあって、大抵は内容がしっかりと決まっている」
「それが普通じゃなの?」
「しかし村からの依頼は、あやふやな事が多いんだ」
「えっ!? そんな事があるのですか?」
今まできちんとしたギルドからの依頼に、そんな事がある事に再び驚きの声を上げる。
「前にもヘルトに、ちょっと話した事があったな」
「はい。少しでも依頼料を安くしようとする」
「害獣が出たから倒してくれって言う依頼が多く、どのくらいとか、何時何時までとか、そういった取り決めがなされていない事が多い」
「ええぇー・・、あり得ない」
「依頼の報酬は、村で貯蓄しているお金から捻出している場合は、出し渋りも多い」
元は屯田兵ギルドで、そう言った事は国のお金で行われていたと言う。
冒険者ギルドと、領主軍が並立してから変化が生じた。
タダではあるが、年を経るごとに容易に動かなくなった領主軍。
すぐに動いてくれるが、お金には厳しい冒険者ギルド。
「折角きちんと仕事を果たしてもですか?」
「奴隷の中には・・、そんな村のために身売りした者達もいる。町に住み着くスラムの者達には、身売りを反対し、村を捨てた者達の成れの果ての場合もある」
「「・・・」」
自分達が手にしているお金の重みが、急に変わった事に黙り込んでしまう。
「だからと言って、オレたちにも生活がある、危険に身を置いている。報酬を得なければ自分達の首を絞める事になる。それを防ぐ交渉術になるんだ」
「「そ・・っかぁ」」
落ち込んでいる二人に追い討ちをかけるが、大切な事なので、この際しっかりと教え込んでいる。
冒険者の駆け出しの何割かは、こう言う事で自分をすり減らし、危険を省みず飛び込んで、命を散らしていく。
自分達だって衣食住は必要だし、怪我をすれば治療をしなくてはいけない。
武器や防具だって、少しずつ傷み、修理や買い替えだって必要になる。
出来なければ・・、自分達が奴隷になったり、スラムの住人になるしかない。
「どうしたら・・」
「・・良いんですか?」
「国が出来なかった事を、オレたちがどうこう出来ると思うな」
「「・・・」」
「師匠、もしそうなら世界中は、奴隷やスラムの住人だらけでは?」
「「えっ!?」」
「・・まあ、そうなるな」
落ち込む二人に、僕が救いの手を差し伸べると、師匠は知っていたかという顔をする。
「村々は単独では存在し得ない。当然その村々を統括する町が存在し、そこに税金を納める。町から定期的な討伐依頼が出されたり、依頼料の全額や半額、一部を支援する形だ」
「なーんだ、心配して損したぁ」
税とは、本来こうあるべきもののはずだ。
「ただし金にガメツイ奴らは、それをしない。知らんぷりする事も多い。基本的には村々での自衛するようにも求めているからな」
「「自衛?」」
「被害が発生し、村から町、町から村への時間はどうしても必要だ。その間は自分たちで村を守れと言う話だ。建前はな」
「「建前?」」
「結局は町が動くのが遅かったり、のらりくらりで、村の方で冒険者をと言う事になる」
村を作る際にも、指導者に町の役人は、あえてその話をしない場合もあると言う。
「そう言った村から直接の依頼は、注意が必要になってくる」
「「はい、分かりました」」
「そんな訳で、依頼書は目を皿のようにして確認し、町の情報も良く集めておく必要がある。これは王都でも口酸っぱく言ってきた事だよな?」
「「はい」」
依頼書により一層の注意を払い始めた二人を、師匠は微笑ましげに見つめていた。
アンファとエンデは、流石に重い話の後だったので、慎重に魔女の住む町の依頼からこなす事にする。
町に慣れると言う意味でも、この手の依頼から始めるのは適しているだろう。
町は村を管理するだけではなく、農業や酪農、狩猟、漁業と言った場はあるので、村々に赴かなくても、それに伴う害獣退治の依頼は尽きる事はない。
「場所は変わっても、出てくる害獣に違いはないのね、師匠」
「そうだね、お姉ちゃん」
「この辺は旧王都と環境も似ているからな。もっと極端に暑い寒いとか、岩山とか湿地だったりすると変わってくるぞ」
魔素の影響で環境適応能力が高まったとは言え、ちょっとぐらいの変化では亜種は生まれないだろう。
例えばホンのちょっと毛の長さが変わるとか、毛の生え変わる時期がずれると言った事まで亜種と言っていたら、どれぐらいの亜種が存在する事になるやら・・
その後は、村々の依頼も受け、そろそろランクアップ試験の資格を得られるのではないかと思われた頃、受付嬢から手招きされる。
「んん? 何だろう?」
「何でしょうね、師匠?」
「ああ。多分、頼んでいた依頼が届いたんだと思うぞ」
「「頼んでいた依頼!?」」
アンファとエンデの驚きの声が重なる。
師匠が先立って、受付嬢の下へ向かうと、受付嬢の顔が曇る。
「師匠さん、彼女達にはまだ早いのでは? この依頼・・」
「すみません。オレは師匠と言う名では・・」
「お二人が、師匠は師匠だと仰っていましたが?」
話しの途中ではあるが、師匠は二人に拳骨を落とそうとし、二人は脱兎の如く逃げ出す。
「本当によろしいのですか?」
「はい、結構です」
「分かりました。よろしくお願いします」
受付嬢は心苦しそうだったが、師匠は自分も痛い目にあってますからと安心させていた。
師匠はその村に行くまで、特別な依頼を受けた事情を説明する。
「この依頼は、以前話した直接村から来ていてな。前回も害獣討伐の依頼を出したんだが、色々難癖を付けて、びた一文も依頼料を払わなかった」
「ひぇえー・・」
「何でそんなそんな依頼を受けたのですか?」
「勿論、一度はこの手の依頼を経験しておかなくちゃな」
危険な依頼を経験させるために、わざわざ受付嬢に依頼をお願いしたらしい。
「そんな事しておいて、どの面下げて依頼してきたのかしら?」
「本当ですね」
「普通に依頼してきたらしいぞ」
「うわぁー・・。師匠、これ大丈夫?」
「・・これは難敵です」
「どうなるか分からんなあ」
師匠は何か策でもあるのか、飄々とした感じである。
問題の村に到着すると、すぐさま村長の所へ向かい事情を聞きに行く。
「今頃ノコノコ来おったか!」
「文句があるなら帰りますが?」
「ふん! まあ良い。とっとと害獣を始末しろ!」
「どのように」
「知るか! お前らがその辺をきちんとしないから前回みたいに中途半端で終わるんだ!今回も絶対にそのはずだ! 違約金をもらいたいぐらいだ!」
一気にまくし立てる村長に、師匠は冷静に答える。
「ふむ、これでは全く話し合いになりませんな。では依頼はお受けいたしません」
そう言うと、その場を立って村長の家を出て行こうとする。
「ちょっと待て! 貴様! 困っている村人を見捨てるのか!」
「私たちにも生活がありますので。それでは」
明らかに上から目線だったが、依頼を受ける前から、その態度はすべきではなかった。
「待て、待て! これだから近頃の者は・・。ちゃんと話しをする、戻ってくれ」
そう言ってくる町長に、師匠は村長の家へと再び入る。
「それで、どのような害獣が、どれ程いるのですか?」
「分からん。それを調べるのもお前達の役目だろうが!」
「ではどれ程の期間、この村に居れば?」
「はぁ!? 解決するまでに決まっているだろう!」
「その間の滞在に掛かる費用などは?」
「何を言っている? 勿論お前達で用意しろ、そんなもん!」
前回の時もこんな態度だったかは分からないが、脅し、宥めすかし、泣き落としてうまくいったことに味を占めたのだろう。
逆にこんな村長の依頼を受けた冒険者たちの方が、間抜けだったとしか思えない。
「それであれば、私達が食料などを準備している三日間だけと言う事なら、この依頼を受けましょう」
「はぁ!? そんなんで解決できるのか!?」
「村長がその程度の協力しかしてくれないのであれば、ここまでですが?」
「ぬっ・・。お前らには人の心がないのか!? こっちは困っておるんだぞ!」
「さあ、前回の冒険者とは違いますので。これから来る冒険者も、一癖も二癖もあると思いますがね。前回の冒険者は心を病んでしまったようですから」
「ぐぅ・・」
分かりはしないだろうが村長の愚行のせいで、こういう事態に落ちいったと暗に告げる。
前回のような美味しい思いは、冒険者ギルドとしてはもうさせないと釘を刺すのだ。
「ぐぎぎぎぃ・・。わ、分かったわい! 三日、三日間で狩れるだけ、害獣を狩ってくれ!」
「分かりました。明日から三日間携わりましょう」
多分、無料で長期間、害獣退治をさせる魂胆だったのだろう。
そこまで話を決めると、村長の家を出る。
「流石! 師匠!」
「なる程、あくまでも冷静に、ですね」
「前回の奴らは、手ぶらでは失敗になりますよね?と言われて、思い留まった隙を突かれたらしい。こっちは端から帰るつもりだったからな」
師匠は、前の冒険者たちがやられた方法を調べ上げていたらしい。
「最初は温厚だったらしいが、依頼の途中から掌を返したように、あんな態度を取ったらしい。高圧的な態度が功を制したから、今回もと思ったようだな、あれは」
「最初っからあんな態度とられれば、誰も受けないもんねぇー」
「そうですそうです。あまりにも酷すぎます」
「あんな村長でも、依頼を受けたからにはきちんとこなすぞ。アンファとエンデは、害獣の種類や数を念入りに村人に確認してくれ」
「「はい」」
「俺とヘルトは、村の周りを探索するぞ」
「わかりました」
そう言うと二手に分かれて、別行動を開始する。




