旅する人形
【旅する人形】
人々に魔女と呼ばせる私だが、自分の身を守るために力を振るい、襲われたから殴り返したに過ぎない。
勘違いしている人々も多いが、別に戦争がしたい訳じゃない。
周りの諸侯だって、魔王の話を聞きつけて、勝手に軍門に下ってきているだけだ。
軍神を持つ独立国は、私が傍観しているのを、軍備強化と勝手に誤解してピリピリしている。
ただ国主になって、潤沢な研究資金が割と容易に得られるようになった。
身代わりを立てて、自分の好きな研究に没頭できるのは良い事だった。
「はぁー・・、何馬鹿なことやってるのかしらねぇ。こっちは戦争しようってつもりは更々ないのに」
自分そっくりの、虹色のコアを持つ人形が持ってきた報告への第一声である。
旧王国派が色々な手段で兵を集め、独立国と連合しようとしている。
他の諸侯にも今一度、女王の下へ馳せ参じるように文を飛ばしていると言う。
「しかし何処をどう間違えれば、勝てると思うのかしら?」
生き残った王家の人間・・。伝え聞けば元主のトホターである事が分かる。
彼女自身、魔王を危険視し、警告を発していたのは確かだ。
「それなら引き続き勇者召喚の方法を模索しそうだし・・。トホターは傀儡にされているのかしら? 生きた人形に」
自分の腹心である、同じ人形に視線を向ける。
「まあ誰が何を画策しようが、現実を見えない国は遅かれ早かれ滅びるわ」
やれやれと肩を竦め首を振ると、もう一つ一緒に持ち込まれた案件に指示を出す。
「軍門に下りたいにしろ、同盟を結びたいにしろ、要望はいつも通りで」
「畏まりました」
先程の戦争の話を取引の材料にして、同盟の話を持って来た領主が居たのだ。
軍門に下りたいと言ってくる諸侯は、最近は収まってきた。
逆に同盟を結びたいと言う独立国の使者が、毎日のようにやってくる。
ただし条件は一律、妥協はない。
魔王を配置する代わりに、税収の一部を支払う事。
相手に魔王があろうが、なかろうが関係ない。
今日も今日とて、その内の一領主の使者との会談が予定されていた。
新王都のある一室に集まった軍幹部達は、部下の報告に苛立ちを隠さない。
「ギルドが依頼を渋っているだ!? 何を寝言を! 害獣や魔王退治が仕事であろう!」
「はい・・。建前はそうなのですが、結局は国と国の戦争と言うことで・・」
幹部の一人が、ドンっと机を叩くと、部下は黙ってしまう。
「離反した貴族も貴族だ! 国王陛下の恩義に対して! 魔女が居なくても、裏切るつもりだったのは必定だな」
独立国が軍神を持っているのは、公然の秘密であった。
「独立を認めてやるのだぞ!? 連合して当然ではないか!」
「はっ・・」
「くっ!? 何故、分からん! ここで魔女を撃たなくてはならん事に!」
とばっちりを受け、力なく項垂れて報告する部下に怒りを顕にする。
他の同席した幹部も頷いている。
部下を下げさせると、残った軍幹部達はしばらくしかめっ面をしていたが、やがて真剣な表情をする。
そして誰となく、ある言葉を発する。
「『虹色の宝石を持つ魔女は、実のところ影武者』か・・。当然だろう」
「そのための、この度の戦争なのだからな」
今回の戦争のための兵集めと、独立国を認めた上での連合は、この知らせによる物。
戦力を蓄えるのは、あくまでも魔女に対する囮。
独立国を認め、連合を持ちかけるのは戦争をするぞと言うポーズ。
部下にも民衆にも、戦争を見せつけるのは情報操作。
戦争そのものは、その最中にもたらされる必殺の一撃への布石。
「油断と言うか間抜けと言うか、それを内通者に見られるとはな」
魔女から言わせてもらえば、隠している訳ではなく、政治的な事よりも、自分の研究に専念したいだけの事なのだが。
「多大な犠牲の上に得られるチャンスは・・、一度のみ!」
「しくじれば、同じ手段は使えぬ」
勝てば良いのであれば、何も手段は戦争だけではない。
確かに絶対的抑止力の魔王を創れると言う、魔女の油断だろう。
魔導師として第四王女に仕えてきた時の事を、忘れてしまったのかのように振舞う。
王国も、平和で安定し、磐石でありながらも、継承権争いは熾烈な物だった。
政敵を排除するために権力者たちは、あらゆる手段を講じる。
「王国再興のため、皆には暫し躍ってもらわねばならん」
その場にいた全員の意思を確認するように見回すと、全員は黙って頷いて返している。
戦争の噂をいち早く聞きつけた、僕達は住み慣れた町を離れる決心をする。
知り合いも少なからず居り、逃げるように去るのはかなり辛い。
しかし理由を告げれば、混乱を引き起こし、果ては逃げ出せなくなりかねない。
「一番良いのは、戦争はあくまでも噂であって、何事もない事なんだがな」
師匠は、落ち込んでいる二人の少女に声をかける。
戦争が単なる噂なら、自分たち冒険者は、単に拠点を移しただけ。
自由を旨とする冒険者であれば、往々にしてある出来事だ。
「そう・・だよね」
「そう・・ですよね」
国のトップが馬鹿だと、とばっちりを食うのは、いつも民・・弱い者たちだ。
追い討ちをかけるようで気が引けたのだろう、今まで黙っていた事を話す。
「アンファ、エンデ。知り合いを残すのが心苦しい気持ちは分かる。しかしオレ達の旅が決して幸先の良い物でもないんだぞ?」
「「・・えっ!?」」
師匠の言葉に、驚いて二人は顔を上げる。
「当たり前のようにできた事が、二つほど出来なくなっている。分かるか?」
「二つ・・ねぇ」
「・・何でしょうか?」
二人は顔を見合わせ、しばらく考えていたが答えは出ない。
「一つ目はギルドの銀行システムだ」
「えっ!? どうして?」
各ギルドにはお金を預かり、何処のギルドでも引き出せるシステムがある。
ギルドの登録証に、特別な魔法で書き込むので偽造は出来ない。
「以前は一国しかない状況でのギルドだったから、問題は起きなかった」
「待って下さい、師匠。ギルドは国家権力に影響されない組織のはずです」
「組織としてはな。しかし純粋に金は別だろう?」
「お金、ですか?」
「金を持ち出されたくないだろう? 国としては」
「あっ、なる程」
銀行システムでは冒険者が引き出した後、ギルド自体が冒険者の代わりに、金を預けている町のギルドへ請求してくれる。
仲の良い国同士なら、お金の出入りがあるので問題にはならない。
戦争状態なら、他国よりも自国に落としてもらい、税として回収すべき所だ。
そのためには、極力国外への金の流出は避ける必要がある。
「ギルドとしても、お金が戻ってこないのでは、冒険者への支払いはできない」
「当然ですね」
「何時、突然勢力図が変わるかもしれないこのご時勢、銀行システムは同国内でも維持は難しく、事実上破綻したと思った方が良い」
「じゃあどうするの?」
「全額引き卸してきてある」
「うわぁー・・」
銀行システムがあるから身軽に旅をできるが、全資産を身に着けてとなると、野盗などに狙われる危険が高まる。
「二つ目は何でしょうか?」
「国がバラバラで、戦争状態だと国の出入りを制限する」
「えっ!? そうなの?」
「理由は二つ。一つ目は間者、つまりスパイを疑っている事」
「そうですね。戦争は情報戦ですから」
国に対しての人の出入りは、情報の流出入を意味する。
当然の事ながら、スパイは疑って掛かる。
「町には入れるかも分からないし、しばらく監視が付いたり、まともに仕事が出来なかったりと、色々問題が生じる」
「それは嫌ね」
スパイと疑われては、生活や仕事、その他の行動に支障が出てくるだろう。
「もう一つの理由は難民問題だ」
「そうですね・・」
戦争によって、家を、田畑を、家畜を、財産を失う事は良くある事だ。
命や家族の危機となれば、それらを捨てても安全を求めて、他の地へ逃げ出す。
旧王都の住人たちの場合は、あまりにも時間がなく、諦めたと言う方だろう。
「少数ならまだしも、町一個とかになれば、治安は悪くなるし、そう簡単に雇用は生み出せず、国や領主が支援しなくちゃいけなくなる」
「それを防ぐために、人が入ってくる事を規制するのですね」
「そうだ」
スパイと疑われたり、難民と見なされれば、入国は難しくなる。
「自分達も飛び出した訳だが、決して幸先が明るい訳じゃないんだ」
旧王都を出るのが正解か、残るのが正解か、今の時点では誰も分からない。
「何とか無事に魔女のお膝元へたどり着いて、長期活動の拠点を見つけられるかどうかが一つの山場だな」
師匠はそう纏め、二人は表情を引き締めて師匠の後を付いていく。
旅を続け、目的地まで幾つかの国や領地を越えたが、殆ど師匠の杞憂に済んで終わった。
難民の件であるが、実際に攻めたと言う戦争は旧王都以外は皆無、故に家や田畑を失う人もないので、難民の発生しようがない。
スパイの件も、冒険者自体が自由な民であり、常日頃から移動をしている。
商人も合わせれば、常にかなりの人数の出入りがあり、一人ひとり監視するのは、人員的にも予算的にも無理があった。
もう一つ、自分達の与り知らぬ事だったのだが、情勢が読めない状況で、あまり露骨に国境封鎖をしてしまうと、後々の関係修復が難しくなると上層部は考えていたようである。
ただ銀行システムだけは、復旧の目処が立っていない。
領主たちが、金の流出を少しでも止めようとしているのだから、仕方がない事だ。
途中ギルドの依頼をこなし、路銀の足しにしながら、魔女の町までやってくる。
「ふはぁー、長かったわねぇ・・」
「大変でした・・」
「二人ともよく頑張ったな」
師匠は冒険者として、各地を渡り歩いていたが、二人は旧王都から出た事がない。
脱出劇も、これから野宿の訓練をと思っていた矢先の事でもあった。
新天地を探すといえば聞こえは良いが、目的地のない旅は難民と変わらず、肉体的にも精神的にも辛い。
「ここが魔女国の王都・・ですか?」
僕が周囲を見渡しながら、普通の町並みと変わらない姿に問いかける。
「そうだ。正確には魔女が住んでいる町と言う事になる」
「どう言う事でしょうか?」
「魔女はどう言う訳か、国策にあまり関与してこないみたいなんだ」
突如、暗黒竜やその他の魔王を引きつれ、領主を滅ぼした魔女。
当初は領主が変わっただけだから、今まで通りにやりなさいと告げたと言う。
「で、怒り狂った王国軍が攻めてきたが、魔王の前に完全敗北。更には王都を攻められ、国王一族は滅ぼされ、魔女国の建国を宣言した」
そこで二つだけ魔女国として、法律の追加があった。
一つが魔王への祈りであり、もう一つがある村への立ち入りを禁止だと言う。
「ただそれ以降何もなくて、人々が勝手に、旧王都で建国を宣言したから、あそこが王都だという者があれば、魔女が住むこの町こそ王都だという者もいる」
「つまり何処が王都と言う決め事はないのですね」
何も言わない魔女に対して、周囲の人間が勝手に騒いでいるだけだと師匠は肩を竦める。
「後はヘルトも知っている通り、王国と言う後ろ盾がなくなり、魔女国の傍の領主達は、自ら領土を差し出し、魔王を持っている領主は独立し、旧王国派は東の離宮で再起を図っていると言う事になっている訳だ」
師匠は、それ以降の情勢を一言で纏める。
「じゃあ師匠、ここが私達の拠点になるの?」
「暫くはな」
「どうして、暫くなのですか?」
「魔女がいる町だけあって、魔王の数も多く安全ではあるが、逆に旧王都と並んで戦場になりやすい場所でもある」
旧国王派としては、是が非でも欲しい首級である。
「ヘルトのおかげで、路銀の心配は少なかったが、それでもここら辺で稼いでおきたい」
「そうね、助かったわ。ヘルト」
「ありがとうヘルト。でも無理はしないでね」
「いいえ、お安い御用です」
今の僕ならではの路銀の補充方法。
食事、休息、休眠の不要なこの身体、三人が寝ている間に依頼をこなしたのである。
皆が寝ている間に、お金が補充される、普通ではありえない状況だった。
「さて、何よりも実際に、この目で確かめなくてはな」
「確かめるって、何を?」
「ここで冒険者として暮らしていけるかどうかだ」
「魔女国は何か問題でもあるのですか?」
他の町を殆ど知らない二人にとっては、当然の疑問である。
「安定していると言う事は、冒険者としての仕事が少ない可能性がある」
「それが何か問題があるの?」
「お前達、ドブ掃除ばかりしたいか?」
「「うっ!?」」
魔女が何処まで魔王を介在しているか分からないが、害獣退治まで使っているとなると、冒険者の仕事が激減して、仕事の取り合いになってしまう。
地域によって、冒険者のニーズに違いはあるし、夜間、害獣退治をして、他と比べて極端に少ないと言う事はなかったから大丈夫だとは思うが。
「それだけじゃなく、宿代や食費など諸々の物価も確かめなくてはな」
「収支のバランスですね」
「そうだ。そんな訳で、先ずは暫くこの魔女の町を拠点にする」
「「はい」」
長旅で誰もが疲れている。その疲れを癒すためにも、暫くはこの町での暮らしとなる。




