(2)
一日を過ごすことに慣れると、周囲の変化に鈍感になる。
特に幻想郷は、外の世界で言うなら、のどかな田舎のような風情だ。
そのため、変化を実感しにくい。
だが、世界は着実に変わっていく。
花が芽吹き、花弁を咲かせ、やがて枯れていくように。
阿求は、布団の敷き布をぎゅーっと絞って水気を抜いた。
物干し竿にかけて、両端から引っ張る。
「そろそろ、水仕事が辛くなってきましたね」
「もう、秋だからね」
井戸の水で、洗濯物を洗いながら、霊夢。
きれいになった敷き布を受け取った阿求は、同じ要領で、布を物干し竿にかける。
すっかり霊夢の助手が板についてきた。
まったく経験をしたことが無いことを、最初の一歩から始めるのは怖いけれど、自分が、少しずつ変わっていくのは楽しい。
洗濯なんて、一般庶民からしたら、たいした仕事では無いのだろうが、阿求にとっては、こんなことでも上手くこなせるようになるのが、うれしいのだ。
と同時に、不安におそわれるときもある。
あたりまえに仕事がこなせるようになると、変化が乏しくなってくるから。
最初は、仕事を覚えるので頭がいっぱいだったが、余裕が出てきたせいもあって、いろんなことを考えてしまう。
「私はこの先、どうなるのでしょうね」
冗談っぽく言ってごまかした。
あんまりまじめに考えると、怖くなってしまうから。
稗田の家を出たいと思い立ち、定期的に博麗神社に寝泊まりできるところまでは来た。
霊夢に迷惑をかけない程度に、家事をこなすこともできるようになってきた。
だが、その歩みは遅々としていやしないだろうか。
だいたい、阿求が望む方向に向かって、正しく自分を導けているかも不明なのだ。
もしかしたら、目的地から遠ざかっているかもしれない。
「余計なことを考えている暇があったら、仕事なさい」
霊夢が、洗濯物を放ってよこした。
「またそうやって、正論を吐く……」
「だって、他にしようが無いじゃない」
博麗神社を囲っている木々から、葉が落ちる。
赤や黄に染まった葉が舞う。
季節は、秋。
このあと、冬を越えれば、阿求はまた一つ歳をとる。
それは、一歩、死に向かって踏み出すということでもある。
「果報は寝て待てって言うでしょ」
「そんな悠長な」
普通の人間たちよりも寿命が短く、人生の終わりが近くにある阿求としては、このまま日々を消化して良いものかと、焦りを感じてしまうのは自然なことだ。
「大丈夫よ。自分がなにもしなくても、周りが勝手に動いてくれるから」
「そういうものですか?」
「そうよ。あんたが焦りを感じるっていうことは、他の連中も、少なからず焦りを感じてるっていうことでしょ。だから、動きたい奴が勝手に動いてくれるわよ。それなら、自分から動く必要は無い」
「うぅん。道理のような、屁理屈のような」
いまいち、納得しかねる。ていうか、霊夢がものぐさなだけではなかろうか。
「なんにしたところで、いまは仕事をするしか無いのよ。ほら、さっさと洗濯を済ませるわよ。終わったら、境内の掃き掃除もしないと」
「はぁい」
不服ながら、そうするより無かった。
※
木の葉が、境内に散らばっている。
燃えるような紅に染まっていた境内の木々が、次から次から落ちてくる。
水気を失くした木の葉は、いつまでも木の枝に留まっていられないのだ。
博麗神社の周囲には、桜の木が多い。
春になれば、それは見事な花を咲かせる。
しかし、その花はやがて散り、葉を茂らせ、茂った葉は枯れて地に還る。
その繰り返しで、季節は巡る。
(どうも、気持ちが落ち込みがちになってしまいますね)
世界から、生命力が失われていく、もの悲しい季節だから、それにひっ張られてしまうのだろう。
人間、どうしたって気持ちの波というものがある。
毎日毎日、涼しい顔をして黙々と掃き掃除を行うことができる霊夢が、浮世離れしているのだ。
「なに?」
手を止めて霊夢を見つめていると、見咎められた。
「いえ」
阿求は短く応えて、竹帚で木の葉を払った。枯葉が、かさかさと音を立てる。
短命であることを、不幸に感じたことは無いし、悲観したことも無い。ただの一度も。
生を終えた後に、閻魔のところで奉仕作業をすれば、転生後も、阿礼の御子としての人生が約束されているのだから、そこは優遇されていると思う。
(転生した後、知り合いが少ないのは、さみしいですけどね)
阿礼の御子は、転生をすると、前世の記憶のほとんどを失う。
だから、転生後に知り合いが少なくなっているということは、前世の自分を覚えてくれている人も少ないということだ。
書物で記憶を補完することはできるけれど、それは、過不足が無さすぎて、なんとなくむなしい。
前世の自分とかかわりを持って、どんなふうに感じたかとか、なにを想ったとか、生の情報が残っていない。
幻想郷縁起を編纂するという、定めをまっとうするだけでは無い自分。
そんな自分が、自分として生きた証。
それを残したい。
「人間ってのは、けっこう身勝手な生きものなのよね」
霊夢は、一枚の落ち葉を拾い上げた。
「どんなふうに生きたいとか、あんなふうに生きれば良かったとか、そんなことばっかり気にする。誰にも善し悪しは判断できないのにね」
霊夢の手から離れた木の葉は、山になっている葉の上に落ちた。
「人生、はっきりしているのは、ただ一つ。死ぬっていうことだけ。でも、どんなふうに死にたいかって考える人は少ない」
どうなるかわからないことを気にして、心を揺さぶられて、右往左往。
小高い丘の上から里を見守っている霊夢には、そんな人間たちが、滑稽な存在に映るようだ。
「でも霊夢さん。それは理屈です」
今日の夜ご飯は、おいしいものを食べたいと願う。嫌いな食べものが食卓に並んだら、がっかりする。
美しい晴天だったら気分がすっきりする。空が曇っていたら、気分が沈む。
そうやって目のまえのことに一喜一憂するのが、人間らしさでは無いのか。
「そうね」
霊夢は、阿求の持論を否定することをしなかった。
「理想を追い求めるのは、悪いことじゃ無いと思うわ。大事なことはね、自分が、なにを理想としているかということを、見誤らないことよ。そこさえ間違わなければ、どんなに歩みが遅くとも、きっと、目的地に辿りるつける」
そこで阿求は気づいた。
霊夢は、彼女なりの言葉で、阿求を励ましてくれていたのだ。
「集めた落ち葉で、芋でも焼きましょうか」
「はい」
阿求が、台所にさつま芋を取りに行こうとすると。
「霊夢さーん!」
超高速で動く飛行体が、博麗神社の境内に突っ込んできた。




