(3)
「あんたは! 力任せに突っ込んで来るなって、何回言ったらわかるのよ!」
「いやー、手加減しているつもりなんですけどね。人間と妖怪の、価値観の相違ってやつでしょうね」
「うるさい! さっさと元どおりになさい!」
霊夢にどやされながら、どこ吹く風で飄々としている射命丸文は、鼻歌を歌いながら、境内の掃き掃除を始めた。
「一刻も早く、霊夢さんに新聞を届けたいという一心で、つい急いでしまうんですよ」
烏天狗の文は、超高速で空を駆けることができのだが、たびたび、速度を落とさないままに博麗神社に突っ込んで来ては、境内を散らかしてしまう。
今日などは、阿求と霊夢が二人がかりで、ようやく集めた落ち葉だけで無く、まだ散っていなかった木の葉までもが舞い落ちて、掃除をする以前よりも汚くなってしまった。
罰として、文は霊夢に掃き掃除を命じられたのだった。
「なにはともあれ、こちらを」
縁側で茶をすすっている霊夢に、文は新聞をさし出した。
「ちょうど良かったわ。阿求、やき芋の種火は、これで作りましょう」
霊夢は、受け取った新聞に見向きもせず、丸めようとした。
「そんなぁ。せめて、一読するくらいしてもいいじゃないですか。阿求さんなら、書いたものを読んで欲しいというこの気持ち、理解できますよね」
「うーん……」
阿求は、回答に困った。
文は、烏天狗の身分ながら、新聞を発行して配って回るのが趣味である。
しかし、事実のみを羅列する阿求の幻想郷縁起に対し、文は、記事に脚色を加え、おもしろおかしく書き連ねる癖があるので、同列に並べられるのは抵抗がある。
霊夢などは、露骨に文の新聞にかかわりたくないという姿勢を守っていた。
「ところで、こないだの異変は大事でしたね」
「こないだと言うと……、夜が明けなかった、あの異変ですか?」
「夜が明けなかった、ですか。そう形容することもできるでしょうが……」
文と阿求は、顔を見合わせて首をかしげた。
異変という単語が、なにをさしているのかという認識は共通しているはずなのに、どこかが食い違っているようだ。
「文」
「はい?」
「今日の目玉記事は、なに?」
霊夢は、放置していた新聞に目を通した。
阿求は違和感を覚える。
さっきまで、まったくの無関心だったというのに、急に文の新聞を手に取るとは、どういうことだろうか。
霊夢は、話題を逸らしたのではないか。
だが、新聞の内容に興味を持ってもらえた文は、気に留めることをしなかった。
「あの異変以来、幻想郷に住み着いた白髪の不死人をご存知ですか?」
「ええ。一度、スペルカード戦をしたことがあるわ。たしか……、藤原妹紅だったかしら?」
「そうですそうです。その妹紅さんですがね、奇特にも、迷いの竹林の案内人を買って出たそうなんです」
「へぇ」
霊夢が持っている新聞を、阿求は横から覗き見た。
「阿求。私の言ったとおりでしょ?」
霊夢は、得意気に笑った。
※
博麗神社の参道を下り、人里には向かわず、南に足を進める。
整備された道から外れた先に、迷いの竹林は存在する。
人里が、すっぽり入ってしまいそうな広さだ。
ついこないだまでは、竹林の上空を、雲のような濃い霧がおおっていたが、いまはそれが無くなった。
それでも、常に薄い靄が立ち込めていているので、陰気な雰囲気は変わらない。
道らしい道も無いので、いままでは、むやみに立ち入る者は、ほどんどいなかった。
「博麗の巫女」
その人は、霊夢の存在に気づいた。
にらみつけるような、鋭い目つきで霊夢を凝視している。
霊夢に、スペルカード戦で負けたことを根に持っているのかと阿求は思った。
「そっちのは?」
阿求に気づくと、今度は阿求のほうに、その鋭い視線を向けてきた。
感情が波立って目つきが悪くなっているわけでは無く、これが彼女の平常運転らしい。
「稗田阿求と申します」
「稗田……、たしか、幻想郷縁起って書物を編纂してるのよね?」
「……」
阿求は、返事をためらった。
稗田といえば、幻想郷縁起の編纂。
間違ってはいないのだが、その印象が定着しているのが、おもしろく無かった。
「こちらで暮らしておられるのですか?」
竹林のまえに建っている、質素な造りの一軒家に目を移す。
外側から見ただけで、生活に必要な、最低限の設備しか無いことがわかる。
「そう。竹林の案内をするには、ここで暮らしたほうが、都合がいいからね」
小屋の軒先には、【竹林の案内、承り〼】と書かれた木札がぶら下がっている。
先の異変後、永遠亭は、里の人間たちとの交流を図るようになった。
最も顕著なのは、積極的に病人の診療を始めたことで、これが、かなり評判が良い。
永遠亭には、腕の良い医者がいるようなのだ。
それと連動して、妹紅が竹林の案内役を始めたものだから、里の人間たちは大助かりだった。
「なんの用?」
妹紅は、裁断した竹を紐でくくっていた。
彼女が住まいとしている小屋の隣には、炭竃がある。
そこで竹炭を作って里に卸し、生活の糧としているのだ。ちなみに、竹林の案内をする際は、報酬などの見返りは、いっさい受け取っていないとのことだった。
「用があるのは、こっちよ」
霊夢は阿求の肩を叩いた。
阿求は妹紅に歩み寄り、
「永遠亭までの案内を、お願いしたいのです」
頭を下げて依頼をした。
「いいけど……、私じゃなくても、そこの博麗の巫女に護衛してもらえばいいんじゃないの?」
「私は嫌よ。そこまでこの子のめんどうを見る義理は無いもの」
やはり霊夢は、ものぐさで冷めた人間だった。
「悪いけれど、ついでに帰りは、阿求を里まで送ってくれるかしら? 私は神社に戻るから」
もはや、阿求のめんどうを見るのは妹紅に任せたと言わんばかりの霊夢であった。
「わかったわ。それじゃ、行きましょうか」
「えっ」
なんのしたくもせずに、妹紅は手ぶらで阿求を先導した。
まるで、庭を案内するような様子だ。
「ま、丸腰ですか?」
竹林の中には、知能の低い妖怪もいると聞く。なにか、武器になるようなものを持ったほうがいいのではと阿求は思ったが、
「さっさと行かないと、置いていかれるわよ」
霊夢は、やけに自信たっぷりに、阿求を急かした。
阿求は半信半疑だったが、この後、すぐに霊夢の言葉の意味を理解することになる。
「周りの景色に目を奪われないように。この竹林を歩くときに注意するのは、それだけよ」
妹紅は簡潔に注意事項を述べた。
そうは言われても、初めて足を踏み入れる場所である。
ものめずらしさから、阿求は、都を訪れた田舎者のように、きょろきょろと辺りを見回した。
竹林の中は、空気感が違った。
背の高い竹が、陽の光をさえぎっている。
太陽が遠くに感じる。
幻想郷の中にあって、この竹林は、別の世界として独立しているようだった。
「きゃっ」
空を見上げながら歩いていると、足元をとられた。
なにかにつまずいた阿求は、よろけて妹紅の背中にぶつかった。
「大丈夫?」
「す、すみません」
妹紅に手を取ってもらい、転ぶのは免れた。
足元を見ると、育ちすぎて枯れた竹が倒れていた。
同様に、枯れた竹があちらこちら、好き勝手に寝転がっている。
「管理はしてるんだけどね。これだけ広い竹林だから、私一人の手には余るのよ。それに……」
妹紅は、鋭い目を細め、明後日の方角を見やった。
「どうしました?」
「しっ」
人差し指を口に当てて、声を出さないようにうながしてきた。
無言でうなずく阿求。
急に訪れる緊張。
唾を飲み込む。
動悸の音すらも響いてしまいそうなほど、竹林の中は静かだった。
めきめきめきっ!
なにかがひび割れる音が耳に入ってくると、阿求は体を揺らして驚いた。
ばさーっ!
竹が倒れた音だ。
それに気づいたときには、妹紅は駆けだしていた。
「ついてきて!」
「は、はいっ」
妹紅の背中を見失わないよう、懸命に走った。
「こら。また勝手に竹を切り倒したわね」
妹紅に追いつくと、彼女は誰かを叱っていた。
「なんだ人間! あたいの楽しみの邪魔をするな!」
妖精だった。
「よく、湖の近くで遊んでいる氷精ですね。こんなところにも出没するんですか」
「そうなのよ。竹林に入れるようになったのをいいことに、たまに、ここでも遊んでるの。それだけなら問題無いんだけどね」
「いくぞ! とっておきのスペルカードを見せてやる!」
氷精は、問答無用でスペルカード戦を仕掛けてきた。
氷で作られた刃が、妹紅と阿求に向かって来る。
「妹紅さん!」
スペルカードを行使して放った弾幕は、殺傷能力を持たない。
だが、鋭利な氷が襲ってくれば、恐怖を感じるものである。
阿求は逃げようとしたが、
「慌てないで」
妹紅に、むんずと肩を掴まれて、その場から動けなくなった。
「きゃあぁぁっ!」
被弾する。
覚悟をして目をつむった。
しかし。
放たれた氷の刃は、阿求と妹紅の両脇に突き立った。
「は……?」
なにが起きたかを把握できず、阿求は呆けた。
「あいつのスペルカードはね、動かなきゃ当たらないのよ」
つまり、ほぼほぼこけおどしの、子どもだまし。
「むむっ。あたいのスペルカードを避けるとは、なかなかやるな」
「このやりとりも、何回めだか……」
妹紅は、ズボンのポケットからスペルカードを取り出した。
妹紅の全身が、紅の光で包まれる。
頭上に炎が浮かんだかと思うと、その炎は、数匹の鳥の姿を形作った。
(実力が、違う)
スペルカード戦を行ったことが無い阿求でも、妹紅と氷精の力の差を感じることができた。
しかも、相手の属性は氷なのに対し、妹紅の属性は炎ということで、相性も最悪。いや、この場合は相性抜群か。
往々にして、妖精というのは知能が低い。
例外もあるが、だいたいの個体が、人間の子どもみたいに、無邪気で怖いもの知らずだ。
そんな妖精でも危険を感じられるほどに、彼我の戦力には差があった。
「ちくしょー! 覚えてろー!」
ベタな捨て台詞を残し、氷精は逃げ去って行った。
「なんだったんですか、あれは?」
「切り倒した竹で人間が転ぶのが、おもしろいんでしょうね。本人にしたら、ちょっとした悪戯なんだろうけど、好き勝手に竹を倒されちゃ、管理するほうは困るのよ」
害獣のようであった。
「しかも、脅しをかけて追い払っても、次に会ったときは私の顔を忘れてるから、いちいち相手をしないといけないのよ」
「ああ、あいつら馬鹿ですからね」
阿求が、ためらいも無く吐き捨てると、妹紅はぽかんと口を開けた。
「なにか?」
「育ちが良さそうだから、俗っぽいもの言いをするとは思わなくて。そういうところは、あれと似てるかもしれないわね」
「あれとは?」
「あれっていうのは……、いや、実際に会ったほうが早いか。寄り道をしちゃったし、先を急ぎ来ましょう」
「わかりました」
二人は、永遠亭を目指す正規の道へと戻った。
(そうか。霊夢さんが、やけに自信たっぷりだったのは、妹紅さんの実力を知ってのことだったのですね)
スペルカードですら、あれだけの能力を発揮できる妹紅のこと。そんじょそこらの妖怪では、彼女に敵わないだろう。
つまり妹紅は、永遠亭への案内係兼、護衛役というわけだ。
(それにしても、スペルカード、ですか)
幻想郷を治めるための法。
スペルカードルール。
殺傷能力の無い弾幕を撃ち合い、かつ、弾幕の完成度や美しさを競う。
様々な種族が入り乱れる幻想郷を、混沌とした世界にしないために定められた法。
妹紅は炎、妖精は氷というように、自己を自由に表現することができる。
(なんだか、いいですね)
このときの阿求は、そのくらいの気持ちだった。




