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『生徒会室にて』  作者: 老眼X


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2/4

承 留学生が危うい

話題も尽きてきて何か遊びでもと思うが当たり前ながら生徒会室にオセロとかチェスなどのゲームが置いてあるわけがない。

日本の文化と言うことで子供の手遊びのじゃんけんを教えてみた。(これ中国由来だが)

似たような遊びがアメリカにもあるらしく、金髪はルールをすんなり受け入れた。


「子供の遊びだけど、時々大人もこれを使って真剣に遊ぶことがあるよ」

女子役員がそう説明すると、金髪は興味深そうに首を傾げた。

"What kind of game is that?"

「どんなゲームですか?」

女子役員はにやりと笑った。

「野球拳っていう脱衣ゲームよ」

余計なことを教えた。

"That sounds fun. Let's do it."

聞き取れた単語は全部知っている。

that、sounds、fun。

どれも中学校で習った。だが意味は分からない。

音が楽しい?何の話だ。


「面白そうだからやりましょう、だって」


女子役員が通訳する。

なるほど。僕の六年間の英語学習より十秒の説明の方が役に立った。


「言い出しっぺだし、私は受けて立つわよ」


女子役員が胸を張る。


「女子二人がいいんなら別にいいんじゃないのぉ」


生徒会長は驚くほど軽かった。

生徒会長の威厳というものをどこかへ置き忘れてきたらしい。

僕は小学生の頃のトラウマが蘇る。

子供は手加減を知らない。一人だけ不利になるともう抜け出すことは叶わない。

負けた僕の懇願は無視された。女子たちは最後まで僕に容赦しなかった。

あれ以来、僕は負けることに妙な恐怖を覚えるようになった。

子供の頃だからまだよかった。だが今は違う。

僕たちは十八歳だ。

僕は金髪の留学生を見る。本人はやる気満々に見える。


……アメリカでは、こういうゲームはどこまで脱ぐんだ?


正直、負けるのが怖くなってきた。



上手く伝わるか不安だけどアプリで

"How much do I need to undress today before we're done?"と聞いてみた。


“I want to see every single part of the Japanese body.”

「私は日本人の体の隅々まで見ておきたいです」


なんだって?全部?全裸まで続けるということだろうか

一方で女子役員は、


「まあ負けた人が負けた人らしくなるまでじゃない?」


などと軽く言ったが意味はとても重い。

何しろ小学生の時のトラウマを作ったのは、僕のパンツを剥がしたのはこいつだから。

"負けた人らしい"姿とは何だ。張本人だけに考えたくもない。


「よーし、久しぶりだから負けないわよ」


女子役員は既に勝つ気でいる。


「まあ俺も負ける気はないかなぁ」


会長まで乗っかる。

そして留学生。


"I'll do my best."

『私は最善を尽くします。』


待て。誰も負ける前提で話していない。

負けた後の心配をしているのは僕だけだ。

女子役員は勝った後のことを考えている。会長も勝つつもりだ。留学生も勝負する気満々だ。

僕だけが敗戦処理班である。まだ始まってもいないのに。


「大丈夫?」


女子役員が不思議そうに聞く。


「顔色悪いけど」


大丈夫なわけがない。

こっちはゲーム開始前から敗北シミュレーションを十七パターン済ませている。

向こうは優勝インタビューの準備をしている。温度差で風邪を引きそうだった。

結論を出さない俺に女子役員がにやりと笑った。


「どうしたの? ひょっとして怖いの?」


図星だった。だからこそ認められない。


「そんな訳あるか!!」


思わず声が大きくなる。三人の視線が集まった。

もう止まれない。


「後悔するなよ」


言ってしまった。女子役員は楽しそうに笑う。


「言ったわね?」


会長も面白そうに見ている。留学生は翻訳アプリの内容を読んで、


"Oh, confidence."


『おお、自信。』


などと感心していた。違う。自信じゃない。ただのやせ我慢だ。

どうしよう。本当にどうしよう。勝負はまだ始まっていない。

なのに俺の脳内では既に敗北後の反省会が始まっている。

なぜあの時あんなことを言ったのか。

なぜ黙っていられなかったのか。

なぜ人間は煽られると乗ってしまうのか。

会長は娯楽。


女子役員は狩り。


留学生は異文化交流。


そして僕だけが戦争だと思っていた。



「掛け声は単にジャン・けん・ポンでいいよね。あの歌、教えるの面倒だし」

女子役員の提案で始まる。

金髪のじゃんけんは少し変わっていた。

手のひらの上で拳を上下させ、合図とともに役を作る。

見よう見まねでやっている訳ではない。

向こうにも似た遊びがあるのだろう。

だが何か違和感があった。


「じゃん・けん・ポン!」


僕と女子役員と会長はグーを出した。

金髪は拳から二本の指を突き出す。チョキだ。


「Ohhh!!」


金髪が悔しそうな声を上げた。

だが僕が気になったのは勝敗ではなかった。出し方だ。

何かが微妙に違う。


金髪の表情が一瞬曇った。だが、それもほんの一瞬だった。

すぐに考え込むような顔になる。何かまずいことでもあったのだろうか。

そこで俺はようやく気付いた。僕たちは肝心なことを何も決めていない。

靴は一足で数えるのか。左右別々で数えるのか。靴下はどうする。

上着は一枚か。中に着ている物は別扱いか。

勢いで始めたせいで、その辺りが全部曖昧だった。


「そういえばルール決めてなかったな」


会長ものんきな声を出す。

四月とはいえ冬服の季節だ。真冬ほどではないが、それなりに身につけている物はある。

ここで一気に数が減るルールだと勝負がすぐ終わってしまう。


「片方ずつでいいんじゃない?」


女子役員が言った。


「靴なら右と左で別。そうした方が長く遊べるし」


短期決戦は誰も望んでいないらしい。異論は出なかった。

金髪も翻訳アプリを確認してうなずく。どうやら納得したようだ。

さっきの曇った表情は、ルールの確認をしていただけだったのかもしれない。

少なくとも僕はそう思うことにした。



違和感の正体に気付いたのは五ハンドほど経ってからだった。

気付いてしまえば簡単な話だった。

むしろ、どうしてもっと早く気付かなかったのかと思うくらいだ。

金髪には癖があった。かなり致命的な癖だ。

それも、知ってしまえば必勝法が成立するレベルの。

僕はちらりと女子役員を見る。

向こうも何かに気付いた顔をしていた。会長も同じだ。

あの締まりのない顔は何も考えていないように見えるが、騙されてはいけない。

こいつは学年トップだ。

生徒会長としての威厳は持ち合わせていないが、頭脳だけは本物である。

女子役員に至ってはもっとひどい。野球拳で負けただけでない。

僕は一度たりとも成績で勝ったことがない。

つまり、この場にいる日本人三人は全員気付いている。

気付いていないのは本人だけだ。金髪は真剣な顔で次の手を考えている。

自分の癖が筒抜けになっているとも知らずに。

さっきまで負ける未来しか見えていなかった僕だが、状況が変わった。

少なくとも一つだけ確かなことがある。

今、この部屋で一番危ない立場にいるのは僕ではない。




違和感の正体は思った以上に深刻だった。

最初に気付くのは単純な癖だ。

金髪はやたらチョキを出す。

五回やって四回がチョキ。残り一回がグー。

偶然かもしれない。だが偏っているのは確かだった。

しかし本当に致命的なのはそこじゃない。

僕が気付いた頃には、女子役員も会長も気付いていた。

金髪は拳を動かさない。

日本人なら「アイコで」の間も拳を握ったまま腕を振り上げ、「しょ!」で役を作りながら腕を振り下ろす。。

だが金髪は違った。役を作ったまま上下に動かしている。

つまりチョキならチョキのまま。パーならパーのまま。

そして最後の瞬間に次の手へ変える。アイコになった瞬間、次の手が読めてしまうのだ。

チョキのままなら――。

拳を握ればグー。

指を開けばパー。

どちらになるかが丸見えだった。一度気付いてしまえば負けようがない。

グーになるならパーを出せばいい。

パーになるならチョキを出せばいい。

後出しではない。ただ見えているだけだ。

本人だけが気付いていない。つまり金髪は初手で高確率で負ける。

そしてアイコになったら絶対に勝てない。恐ろしいほど致命的な癖だった。

さっきまで僕は自分の敗北ばかり心配していた。だが今は違う。

僕の脳裏に浮かんでいるのは別の感想だった。

――これ、教えてあげた方がいいんじゃないか?



会長はともかく、女子役員まで何事もなかったようにゲームを続けている。

なら、俺だけが騒ぐ必要もないだろう。

打ち合わせなどできるはずもない。だが二人とも頭がいい。

露骨にならないよう、うまく手をばらけさせていた。おかげで金髪が異変に気付く様子はない。

しばらくして女子役員が暖房のスイッチを入れた。

四月になり気候は穏やかになってきたとはいえ、室温はまだ十六度しかない。

この部屋には一人だけ、寒さが堪えそうな人がいた。

ゲームが進むたび、机の上に異国の服が積み上がっていく。

そのたびに少しかわいそうだと思う。だが、だからといって代わりに負けてやる勇気もない。

そもそも、今さらゲームを止めるつもりもなかった。たぶん俺たちは薄々気付いている。

止めない理由が正義感ではないことを。罪悪感より好奇心の方が勝っていることを。

だから誰も何も言わないのだ。


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