ドランクファイト
ここまでのいきさつ。
ディートのおはだからは、なんだかぎゅうにゅうみたいなかおりがして、なまいきにもいいにおいでした。
ぼくは、おへそのしたあたりが、ふしぎとキュンキュンしました。
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「さてー。
もしよろしければ、皆様方に、このドランクファイトを、ご説明させて頂きましょうー」
一体、その眼帯はどこから取り出したのか?
そして、地球文明時代のマサイ人もかくやという視力を誇り、当然ながら両目とも健在なママが、それを装着してなんの意味があるのか?
このスポットライトは誰が当てていて、座っている椅子は、和風調度品まみれなお屋敷のどこから調達してきたのか?
一切の疑念に答えることなく、メイド服姿で眼帯を着用し、当然のように出現した椅子へ脚組みで座り、頭上からのスポットライトに照らされたママが、のんびりと語る。
「ルールは簡単ー。
ママが心を込めて作ったお料理を肴に、よりたくさん帝国サッポロ黒ラベルを飲んだ方の勝ちですー。
分かりやすくていいですねー」
ママの説明を受け……。
上座の方に並ぶ形で膳を移した俺とディートは、横目で熱い火花を散らした。
「わー」
「両殿下とも、頑張ってください」
「途中からこの展開は読めていたので、もはや止めたりはせんぞ」
一方、三者三様の反応でお向かいから観戦するエステ、マミヤちゃん、シレーネさん。
「「今日こそは決着をつけるぜ(つけるわ)」」
俺とディートが同時に宣言し……。
「ではではー。
最初の一杯ですー」
――ドプン!
……という音を立てて、食事とは別で用意された膳に、一杯目の帝国サッポロ黒ラベルが供される。
なみなみと、ピッチャーに注がれて。
「それではー。
ドランクファイトー。
レディ――」
「「――ちょっと待って」」
外した眼帯を握りながら、とても楽しそうに勝負の開催を告げようとするママであるが、さすがに俺もディートも、待ったをかけた。
「あらー。
どうしましたかー?」
「ママ、落ち着いてください。
明らかに常軌を逸した量です」
「そうよ!
こんなに飲めるわけないわ!」
すっごく冷静になって、かつてないほど常識的なツッコミを入れる俺たち。
いやあ、こういうのはよくないと思いますよ?
こう、明らかなギャグとしてやっているのだと分かりきっているのに、うるさく言う人が出そうというかさあ。いや、身内しかいないけども。
だが、そんな俺に対し、最愛のママはこう言ったのだ。
「あらあらー。
イラコ様ー? よろしいですかー?
20歳になった日系男児というのは、飲みの席でビールを飲む際、このようにピッチャーから一気飲みするのが、地球文明時代からのならわしなのですー」
な……。
「なんだって? それは本当かい?」
思わず、普段ママに使っている敬語ではなく、心から信頼できる情報を提供された際の定型句を口にしてしまう俺。
「はいー」
そんな俺に、ママは両手の指を絡めさせながら、ニッコリと首肯したのだった。
「たとえ翌日が平日で、帰ってからの家庭や自己実現の方が仕事より遥かに大事であったとしても、上司から誘われた飲みの席とあらばハナマル笑顔で二つ返事ー。
いざ酒が運ばれたならば、どんなに無茶な量でも心と肝臓を押し殺して一気飲みし、宴もたけなわとなった頃合いでは、裸踊りなど屈辱の宴会芸を披露させられるー。
それこそが、伝え聞く真のヤマト男児の勇姿ですー」
「そんな……それでは、まるでハラスメントではないですか?」
「ですがー。
そこに愛があったのだとしたらー?」
「愛……愛とは……」
母の言葉に、考え込む俺。
思い起こされるのは、少年時代。
過酷な修行により、肉潰れ、骨砕けて地に伏せる俺は、何度となく『もう嫌だ、限界だ! お母さんはぼくのことが嫌いなのか?』と、そう問うたものだ。
ママは、そんな俺の唇をむぎゅりと掴んで喋れなくしながら、こう言ったものであった。
『イラコ様ー? お母さんではなくママですー。
そして、これは愛ですよー?』
ソウ、アレハ愛ダッタ。
ボクヲ、決シテ死ナセマイトスル、ママノ愛ダッタ。
「ならアリですね。
――やります!」
ゆえに、決然と答える。
「さすがはイラコママ。
息子の行動を完璧にコントロールしている」
「勉強になります」
「あたしには洗脳に思えるような……」
一方、向かい側のエステたち三人は、そんな会話を交わしていた。
分かっていないな、シレーネさん。
愛というのは、ほんの少しの束縛が混ざるものなのさ。ンッンー、名言だなこれは。
「というわけでー。
イラコ様はこのようにおっしゃっていますがー?
ディート様は勝負を棄権なさいますかー?」
「……はあああああっ!?」
棄権。
その単語へ大いに反応し、ポニーテールになった髪を逆立てさせるディートだ。
「こいつがやるっつってんのに、このアタシが引くわけないでしょ!?
上等よ! 何杯でも飲んでやろうじゃない!」
「ならばー。
ドランクファイトーレディー……ゴー」
ディートの返事へ、嬉しそうに拍手しながら放ったその言葉で、ぬるりと勝負が開始された。
「――ッ!」
まずは、本能的にピッチャーへ手を伸ばし……。
「うっ……」
その質量へおののく。
ママが完璧に注いだそれは、グダグダ言っている間にもいささかも泡を損なっておらず、純白と黄金との完璧な対比を、透明なプラスチック越しに見せつけている。
えーと、あんま得意じゃないけど、ちょっと計算してみようか。
帝国サッポロ黒ラベルのアルコール度数が5%。
持った感じ、ミネラルウォーターの2Lペットボトルと同じくらいだから、純アルコール量は100mLだな。
アルコールの比重は水に対する八割なので、80gか。
確か、帝国労働省が発表している節度ある純アルコール量が20gなので、ザッと四倍だな。
……いける!
だって俺、今まで変な酔い方したことないし!
むしろ、こういうのって、お役所は余裕もった数字で盛りがちだし?
なんの根拠もないけど、自分は酒にすごく強い気がするっていうか!
「そーれー。
イッキー! イッキー!」
「しゃあ!」
ママのコールを受けて、俺は雄々しく立ち上がる。
「くっ……!」
つられて、ピッチャーを両手で持ったディートも立ち上がった。
「「「「イッキ! イッキ! イッキ!」」」」
観客役の三人にもコールされ、ついに口を――つける。
瞬間……。
感じられるのは、噛み応えすらある泡の旨さ。
無論、ママの注ぎ方が神がかっているというのもあるだろう。
だが、やはり、そもそもビール自体が美味だからこそ、プチプチ泡が弾ける食感と、淡やかな苦みと旨味が楽しめるのだ。
そして、泡を超え辿り着いたるは、黄金の――神酒。
何年も熟成させた酒というわけでもないのに不思議なことだが、真っ先に感じられるのは、クラシカルな歴史の重み。
ビールという飲み物が積み重ねてきた歴史。
その王道をいくコクと旨味を追求したこのビールは、ズッシリと胃の中へ溜まっていく。
単なる炭酸の膨らみではない。
味への満足感が! 深いコクと旨味を伴う苦さが、俺の肉体を大いに満足させ――いや、やっぱり多いわ!
こんなん、味わっている余裕はねえ!
ゴックンゴックンと、どうにか飲み干す。
「「――プハアッ!」」
隣を見れば、ディートも同じように一杯目を飲み終えていた。
「おかわりですー」
そして、瞬時に提供されるセカンドピッチャー!
「「うっ……」」
同時に怖気づく俺とディート。
いやあの、帝国サッポロ黒ラベルが美味いことは、一ミリも疑う余地ないんすよ?
ただ、何事にも限度ってものがあるっていうし、ここはね。一つ穏便にね。
「負けてもいいのですかー?」
「「――やってやらあ!」」
同時に二杯目へかかる俺たちであった。
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※本作の登場人物たちは様子のおかしい生態を備えています。
読者の皆さんは、節度を守って楽しく飲酒しましょう。




