帝国サッポロ黒ラベル
「それじゃあ、牛鍋の方に火をつけていきますよー」
六面体ダイスの六の面から、点を一つ削る形で並べられた膳の前へ着座した俺たちに、ロングライターを手にしたママが、いつも通りのんびりとした声で告げる。
お屋敷の二階に位置するこの広々とした宴会場は、他の部屋と同じく畳敷きの和室。
ユカタを着用した俺たちや、料理に至るまで、何もかもがジャパニーズ式に整えられた中で、クラシカルなメイド服スタイルのママは意外にも浮いていない。
そう感じられるのは、メイド服越しにもふるるんしているのが分かるほどおデカい部分を除き、俺のママが典型的な日本人の特質を強く備えているからだろう。
おカッパ気味に整えたボブショートといい、銀河帝国の平均で考えれば明らかに小柄な体躯といい、おさなげな顔立ちといい……。
当然、今のメイド服も似合っているが、キモノを着用したジャパニーズコケシスタイルも、よく似合いそうだ。
「「「「「はい、着火ー」」」」」
彼女が俺という20歳の息子を産んでいる経産婦であり、残像を残しながらほぼ同時に全員の膳へ着火している点には、この際目をつぶろう。
「はぁー……。
すごく美味しそうです」
マミヤちゃんが、うっとりとした声を漏らす。
固形燃料が灯す火など、ロウソクのそれにも似た小さなものであるが、そこは熱伝導率の高い素材で作られた小鍋。
野菜やマツザカ牛が上品に盛り付けられた鍋のおつゆが、早くもふつふつとした音を奏で始める。
「「「「ご飯も、たくさん食べてくださいねー」」」」
やっぱり残像を残しながら供されたのは、土鍋からお茶碗によそわれたウニの炊き込みご飯。
そこはママの手際なので、米粒やウニを潰すような愚は犯しておらず、お茶碗の中で極めて立体的に輝く炊き込みご飯は、至宝のごとしであった。
「ゴージャス」
膳が三つ並んでいる方の列、中央に正座した俺の右隣で、銀髪を二房お団子にした女の子座りのエステが無感動につぶやく。
「ほんと。
普段、こういうの食べないから新鮮だわ」
俺の左隣に素早く着座したディートは、そう言いながらも上体を大きく後ろへ逸らし、俺越しにどうにかエステを視界へ収めようとしていた。
いや、これは、やや甘い着付けであるエステの胸元を狙っている……?
右隣を見ると、ゆるゆるな胸元から、最近ちょっと膨らみ始めた部位の頂きが覗いているからな。
この食事……俺に課せられた役割は、ディートという変態に対する盾となることであろう。
「ところで、一つだけ疑問なのだが……ああいや、決してケチ付けたいわけではないことは、あらかじめ断っておく」
言いながら、ユカタに包まれたお胸を上下させつつ挙手するシレーネさんだ。
なんだろうかと注目する俺たちに対し、彼女が言ったのはこんなこと。
「いや、以前、画像で見たジャパニーズ形式のお料理というのは、汁物があったと記憶しているのでな?
要求するわけではないが、そういうのはないのかな、と」
「ああ、確かに。
いつもは、何かしら付けてくれるもんな」
いつものママなら、なんらかの椀料理を用意してくれているところ……。
不思議に思っていると、ママはどこからともなく中瓶を取り出して見せたのだ。
これは……! 星のラベルが特徴的なその瓶は……!
「――帝国サッポロ黒ラベル!?」
帝国なのかサッポロなのかいまいちよく分からない、21世紀ならどこのスーパーやコンビニでも見かけそうな、そうでもないような気がする大衆向けビール……!
「わーい。
わたし、帝国サッポロ黒ラベル好き!
いっぱい好き!」
「うふふー。
これは成人済みのイラコ様とディート様用で、他の皆さんは地元でクラフトしているゆずサイダーですよー」
エステの言葉を受け、瞬時にビール瓶をしまい、代わって、地元産のゆずがふんだんに使われたサイダーの瓶を取り出すママ。
「なるほど、飲み物を楽しむ趣向だから、汁物はないわけか」
「私、聞いたことあります。
旅先でお刺身を食べながら飲むソフトドリンクは、本来相性がよくないはずなのに、妙に美味しく感じられるものだと」
ギリ未成年な19歳であるシレーネさんに、もうすぐ16歳になる余裕で未成年のマミヤちゃんが、ポンと両手を合わせながら返す。
「なら、あたしもエステと同じドリンクがいいかしら……」
諦めることなく、首をググ……と伸ばそうとしているディート。ロクロクビじゃねーんだから。
ふ……しかし、それもいいだろう。
「確かに、酒というのは大人のたしなみだ。
お前は、まだまだサイダーの方が合ってるだろうよ」
「……はあああああっ!?」
生物の限界を超え、ゴム人間のごとく首を伸ばしつつあった我が愚妹が、シュンとそれを戻しながら睨みつけてくる。
「ちょっと、どういうことよ!?
誰がお子様ですって!?」
「お子様だなんて言ってないですー!
お酒は大人のたしなみだって、そう言ったんですー!」
目の前に夕食が並んでいるというのに、食らいつかんばかりの勢いで俺を見据えるディートに、フフンと鼻で笑いながら返す大人な俺だ。
「はあああああっ!?
何!? あんた、アタシが子供で自分は大人だとでも言いたいわけ!?」
どうやってるのか知らんが、ポニーテールにした金髪を「!?」の形に逆立てながらまくし立てるディートであった。
ふふん、せいぜいキレるがいい。
大人な俺は、そのような口喧嘩に乗らず、帝国サッポロ黒ラベルと地元食材を使った料理とのマリアージュを――。
「――青二才のくせに!」
「……はあああああっ!?」
その言葉に……。
ニンジャのごとく静謐だった俺の精神は、敵を前にしたサムライのごとく燃え上がった。
この野郎……いや、野郎じゃないけど、とにかく、やあってやるぜっ!
「てんめぇ、青二才って言いやがったか!?
俺のどこが青二才だっつーんだ!?
こちとら、今年で20歳の立派な大人だい!」
「はあぁ?
20歳になっただけで大人の男になったつもりでいるんなら、大間違いなんですけどー?
あんた、五年前当時25歳だったベルトルト兄様が、民衆向けアピールの動画撮ろうとした時、駅で紙切符の買い方分からなくてスタッフから失笑を買ったの、忘れたの?」
「それは、ベルトルトの兄上が個人的にボンボンすぎるだけだろうが!?
お前は手洗いに行ってたから知らないだろうけど、あの人あの時、乗り換え先を運転手さんのとこまで聞きに行こうとしてたんだからな!
そりゃ、父上も心配で手元から離せんわ!」
「何よ!」
「なんだよこいつ!」
隣同士で正座した状態から、お互いに湯上がりで火照っているデコをぶつけ睨み合う。
こいつ……どんなスキンケアしているのか知らねえが、トゲトゲしい態度と裏腹に、皮膚の感触は吸い付くような心地よさでくすぐってえな!
そのまま、相手のポニーテールと俺の縮れ毛をガシガシとぶつけ合わせていた、その時だ。
「まあまあまあー。
ベルトルト様の恥ずかしい秘密を暴露しつつ、このママですら原理が分からない奇怪な戦いをせずとも、決着をつけるイイ方法がありますよー?」
「「なんだ(です)って」」
髪と髪による有毛なバトルを一旦止めつつ、互いに頬を合わせてママの方を向く俺たち。
そうすると、向かい側に座っているマミヤちゃんとシレーネさんも視界に入るのだが、二人はいぶかしげな顔で首をかしげていた。
さておき、やはり小娘であると断じられるスベスベな頬のディートと憎しみをぶつけ合う俺に対し、ママはこう言いながら、ビール瓶を掲げてみせたのである。
「ズバリー。
飲み比べですー。
ドンドンパフパフー」
「「やります(やるわ)!」」
口で太鼓だかラッパだかの音を真似てみせるママへ、珍しく俺たちは息ぴったりに返事したのであった。




