超豪華! イラコママ手作り御膳
食事の形式というものは実に様々であり、今や失われた地球文明時代から、各国それぞれの形でこれを追求してきた。
代表的なものとして、第一に俺が思い浮かべるのは……フランス式のコース料理。
その味は、伊達や酔狂で世界三大料理の一角を担ってはいない。
だが、フランス式のコース料理を食事形式の代表格として思い浮かべてしまうのは、やはり、その裏に存在する歴史が大きいだろう。
元を辿れば、宮廷の味……。
それが、フランス革命を経て市井へと広まったり、帝政ロシアの外交官が独自に工夫したりといった経緯はたどっているようだが、ともかく、ロイヤルな人たちの舌を満たしていた食事形式が源流に存在していたわけで、そこには、一定の権威が宿る。
そして、これは説明するまでもないことだが……権威というものは、味をリアルに高めるものであった。
例えば、原価ワンコイン以内のパスタが、しゃれた装いの皿へ盛りつけることによって、紙幣二枚分以上の価値へと化けるように……。
あるいは、ゆったりとしたジャズが、飲んでいるコーヒーの香りとコクを数段深めるように……。
フランス王朝の積み重ねてきた歴史という情報が、ひと口ふた口で終わってしまうような物足りないボリュームの料理群に、質量以上の満足感を与えてくれるのである。
それと比べると、畳の間に座布団で座り、おゼンでいくつもの料理を一度に供される本日の形式は、いかがか?
……イエス!
……圧倒的にイエス! であった。
そもそも、おゼンで料理を供するこのスタイルは、ジャパンにおけるサムライの食事スタイルが独自に発達を遂げたもので、文化的歴史的な深みにおいて、他国の形式に劣るところはいささかもない。
むしろ、遥かに研ぎ澄まされているとすら感じられる。
これは、おそらくチャド―にも通じる感覚……。
このイセで――多分うちのジジババたちが――獲った食材をふんだんに使った地元感。
皿の柄のみならず、余白に至るまで完璧に計算し抜かれた盛り付け……。
そして、イゾーロ先生直筆のカケジクやイケバナが、厳かに飾り立てるこの宴会の間の雰囲気……。
全ての情報が俺たちの気分を高め、料理の味を確実にレベルアップさせてくれるのだ。
まあ、要するに、だ。
「すごい……。
伊勢海老って、お刺身にするとこんなに豪快なんですね……!」
黒髪をアップで結わえ、ユカタに着替えたマミヤちゃんがポンと両手を合わせながら言った通り、大昔の船を模した容器に細かく刻んだ氷を敷き詰めてプリップリの刺身を乗せ、お頭と尾で飾り付けた伊勢海老の刺身は、豪快かつ美麗。
冷静に考えてもみれば、甲殻類の死体を風変わりな容器に載せて供しているだけなのであるが、それがこんなにも目を惹くのは、使われた伊勢海老そのものが、いまだ命を宿しているかのような新鮮さであるからだろう。
それがママの見事な包丁使いによって捌かれ、立体的かつ躍動感たっぷりに盛り付けられているので、嫌悪感よりも豪快さと美しさが勝って感じられるのだ。
「このアワビも、なんと肉厚で見事なことか。
このように厚切りのスライスで食す貝類など、ヨーギル王国では夢のまた夢だ」
自然乾燥派らしく、やや湿っている亜麻色の髪を下ろしたままで、あまりに麗しき稜線をユカタ越しに露わとしているシレーネさんが、スライスされた踊り焼きを見て目を輝かせたが……ふふふ。
アワビはアワビでも、これはただのアワビではない。
その名も――黒アワビ!
リアス式海岸に生息する豊富な海藻をたらふく食って育ち、身の内へ磯の旨味というものをぎゅぎゅっと濃縮させた海の至宝よ。
「ふんすふんすふんす……!
すーはすーはすーは……!」
やはりユカタ姿で、いつもはツーサイドアップにしている金髪をポニーテールにしたディートは、その……なんだ……。
誰がやったのか髪を二房のお団子に結い上げ、同じくユカタを着ているエステから漂う湯気や湯上りの芳香を前菜代わりにするという、大変高度なプレイに興じておられた。
んで、吸い込むたびにポニーテールにした金髪がビックンビックンと脈動し、今はハートマークを形作っている――なんだこれ、超キモい。
えー、こんな様子のおかしい生物が第三皇女である件について、銀河帝国の全臣民へ詫びて回りたい気持ちでいっぱいであります。
「イラコイラコイラコ、なんとかして。
ディート姉を見たならば全自動で絡みに行くその性質を、今こそ活かすべき時」
「――マツザカ牛の牛鍋も美味そうだなあ!」
そうとは思えない名称だが首の可動で重要な役割を果たす筋肉――胸鎖乳突筋をフルパワーで操り目を逸らしながら、メインディッシュ――固形燃料への着火待ちな牛鍋を見やる。
小鍋に盛り付けられたこれは、まだ火が入っていないので、生のままの野菜や牛肉が、いかにも甘じょっぱそうな汁に浸ったままの状態。
で、あるがゆえに、牛肉の鮮やかな赤と、熱が入ればすぐに溶け出すであろう霜降りの美しさが、余計にはっきりと分かった。
そう! イセタウンの海産物が美味であることは語るまでもないが、牛肉もまた、銀河有数の味を誇る。
いや、あえて断言しよう。
このイセタウンで飼育されているマツザカ牛こそが、宇宙一であると!
地球滅亡の際、かろうじて宇宙へ持ち出すことに成功していた個体らを繁殖させ、再び観光客が食せるくらいにまで飼育数を回復させられたこのブランド牛は、地球文明時代の昔から知られる肉の芸術品だ。
最大の特徴は、いかな天然の大理石でも及ばぬだろう霜降り。
肉の断面を鑑賞するだけでも楽しめるほど美しいそれは、やはりこの牛鍋のように、薄切りへさっと火を通すのが最もおいしく食べられると、個人的には思う。
あー! 楽しみだなあ! 楽しみだなあ!
「くんかくんかくんか……!
くんかくんかくんか……!」
「イラコイラコ、誤魔化そうとしてないでどうにかして」
「……俺にだって、全力でスルーしたい気分の時は、ある」
だって、なんか今のディートってこう……怖いんだもの!
親父殿やママとはまた、種類の異なる恐怖。
そっと視界から追い出して、触れないまま時が過ぎ去るのを待つような……天災じみたアレであった。
「ご飯はー。
土鍋でウニを炊き込んじゃいましたー!
このウニを獲ってくれた『プロテイン・ダイナミクス社』総帥のお母様に、感謝ですー」
両手にミトンをはめた畳の間インメイド服スタイルの我がママが、そう言いながら片手で軽々と土鍋を保持し、もう片方の手で蓋を開ける。
「すーはすーは――はっ!?
ウニ!? ねえこれ、ウニじゃない!?」
そうすると、妹吸いのプロと化していたディートすらも正気に戻すほどの圧倒的な旨味の芳香が、この宴会の間へと充満していく。
しかも、漂う香りのなんと……クリーミィ。
もちろん、乳成分など一滴たりとも存在しない。
しかし、牛のミルクというのは生命を育む成分が濃縮して生み出されるものであり、頑強かつ攻撃的な殻で守られたウニの身もまた、生命力の塊。
で、あるならば、両者の香りに通じるものがあるというのも、なんとなくうなずくことができた。
しかも、ややおカッパ気味なボブショートの黒髪をさらりと、メイド服の胸元をたぷんと揺らした母の手に掴まれた土鍋の中身は――美しい。
丁寧に研がれた米と共に、たっぷりの遠赤外線を浴びて炊き上げられたオレンジの身は、いささかも潰れることなく、お米と総立ち。
圧倒的な鮮やかさで、見る者の瞳を魅了する。
昼間、たらふく浜焼きを食べたというのに、胃袋がもう大暴れ。
「さあ、お夕飯にしましょうねー」
「「「「「はーい!」」」」」
ママの言葉へ、俺たちは一斉に答えたのであった。




