P(ピンチ)3 前編
それから……。
正座に慣れてないチーム+最初からする気のないエステ……要するに、俺以外の全員が足を崩した状態で、ママの淹れてくれたほうじ茶なんぞすすりつつ先生と語り合ったのは、ごくごく他愛がない話の数々。
俺が前回このイセタウンを訪れてから今日に至るまでで、新たに開業したラーメン屋の味だとか、例のイセ新選組バズりで急に観光客が増えたから、一致団結して便乗値上げして関連業種がウハウハだとか、そんな話だ。
「よう……お久しぶりだな」
そんな風にしていると、遅れてやってきたメケーロ爺ちゃんがママに案内されて姿を現し、ひとつの区切りとなる。
「うん……。
申し訳ないけど、イラコ君たちと語り合うのは、ここまでにしておこうか。
すでに陽も落ち始めているし、私は、こちらの彼と積もる話もあるのでね」
このイセタウンでいまだ生き残っている伝統芸能者……落語家もかくやという勢いで舌を回していた先生が、両の袂を合わせた状態で、入室したメケーロ爺ちゃんを見上げたからだ。
「そうだな……。
積もる話が、あるか」
ニヤリと、不敵な笑みを浮かべるメケーロ爺ちゃん。
彼の顔の左半分は、長く伸ばした茶髪で覆われているわけだが……。
その下にある稲妻のような古傷が、ビカリと輝いたかのように錯覚してしまう。
かつてサンダーアイと呼ばれた老兵が抱いたのは、それほどの殺気。
そして……。
「……お爺ちゃんが積もっているのは、お土産物の気もしますけど」
マミヤちゃんが、珍しく眉間を揉みほぐしながら語った通り……。
メケーロ爺ちゃんが殺気以上に抱いているのは、大量の土産物であった。
「おー、木刀カッコイイ。
イラコ、イラコ。
これ、なんて彫ってあるの?」
「あー……伊勢文化復興組合?
まあ、漢字読めなきゃエキゾチックに見えるか」
「このアカフク……っていう、お土産、よく見たら賞味期限すごく短いわね」
「何? 逆にそれは、保存料などに頼らない本物の伝統菓子なのではないか?」
わいわいキャイキャイと、メケーロ爺ちゃんが畳に下ろした大量の土産を検分する俺たち――誰が何言ってるかは、ご想像にお任せします。
なお、メケーロ爺ちゃんが浮かれポンチなのは、大量のお土産だけでなく、格好もだ。
まず、着ているシャツはゼファーが着ていたのと同じく、幕末時代の方の新選組が着ていたという羽織を模したTシャツでー。
首から伊勢感ゼロのハイビスカスで作られた花輪を下げ、頭には麦わら帽子。
麦わら帽子の上には、星型のサングラスを乗せていた――あんたどこの観光行ってたの?
「まあ、とにかく、ここへ滞在する間は、この屋敷へ泊まっていくといい。
最近は、アルファードも新選組で借りてる事務所に寝泊まりしていてね。
たまにイラコママが手入れしにきてくれるくらいで、部屋を持て余しているんだ」
「皆さんのお世話は、ママがしますよー」
先生とママの言葉に、少し考え込む。
「ご厚意は嬉しいですが、一度にこんな大勢で押しかけてはご迷惑では?
私たちは、どこか宿を――」
「――イラコ、イラコ。
今、見てみたけど、どこも埋まってる」
エステがいつも抱いているテディベアは、改造の結果、多機能端末としての機能も持たせられている。
その背中をタッチパネル化して何か調べていたエステが、液晶繊維の画面を見せてきた。
「「「「どれどれ……」」」」
顔を寄せ合って画面を見やる俺たち。
その際、ディートのツーサイドアップ部分と俺の縮れ毛が、ドカバキとラッシュの応酬を行う。
「これは……宿という宿が、全滅している」
表示されたものを見て、つぶやく俺。
エステがスクロールしてみせたのは、イセタウンに存在する各お宿やホテルの空き室状況。
いつもなら余裕で泊まれるはずのちょっとマニア向けな観光地は、帝都星ティンゲルに存在する大規模テーマパーク内ホテルのごとき有様となっていた。それも、オンシーズンの方ね。
「これも、イラコの友達たちがバズった結果なのかしら? 確かに、これだと泊めていただくしかなさそうね……」
「イラコ殿下。
ご迷惑でなければ、お言葉に甘えるのがよろしいかと」
ディートと顔を見合わせたマミヤちゃんが、今度は俺の方に視線を向ける。
「まあ、今回は大勢だったから遠慮する気持ちが起きたけど、普段、エステと来ている時は滞在させて頂いてるしな」
そして、ママにお世話されていた。
……ちょっと待て。ママって普段はどこで暮らしてるんだろう?
先生の言葉でも分かる通り、このお屋敷に来るのは、あくまで手入れする時と、俺とエステがいる時だけのはずだが……。
まあいいや、どこかでメイドしているのだろう。
「では、先生。
ご厚意に甘えさせていただきます」
結局。
俺は謹んで、先生にそう申し上げたのであった。
--
『お夕飯の支度は、ママが腕によりをかけて行いますのでー。
皆さんはその間に、お風呂へ入ってこられるといいですよー?』
と、いうのがママの言。
俺は素直にその言葉へ従い、先生がお屋敷に備えている疑似露天風呂へと浸かっていた。
「はふぅー……」
普段、俺が入浴する時というのは、すなわちエステも風呂に入れてやっている時。
自分でやらせると雑にシャンプーして終わりそうなあいつの銀髪を、乾いている間にブラッシングし、ぬるま湯でしっかり予洗いし、シャンプーも丁寧に頭皮重点で行い、トリートメントもぬかりなく。
そして、浴槽がある場合は、入浴前に髪をまとめてやって、終わり!
という具合に、なかなかどうして気を使う時間だ。
え? ちなみに自分の髪はどうしてるのかって?
エステの髪を手入れしている間、ぬるま湯ぶっかけてシャンプー垂らしとくと、勝手にこすれ合って頭皮含め洗ってくれる。
まあ、そんなわけで、一切他者の面倒を見ることなくお湯に浸かる時間というのは、俺にとって貴重なものなのだ。
「ふううぅ……!」
しかも、この疑似露天風呂は――広い。
『岩の湯』と名付けられたこちらの浴室は、直径15メートルくらいある岩で組まれた浴槽の中心部に、モニュメントのごとく巨岩が屹立する豪快な造り。
天井や壁はマジックミラー形式で造られており、プライバシーは堅守しつつも、よく手入れされたお庭を眺めたり、自然な夜空――月にあたる衛星はないが――を見上げることが可能。
とりわけ、特殊な薬剤で固めてある庭の枯山水は見事なもので、まだまだわびもさびも分からぬ俺であっても、イゾーロ先生の趣味の良さを実感できる。
しかも、このお屋敷がすごいのは、他に『檜の湯』という浴場を備えていることだろう。
離れにこしらえられたそちらは、その名通り、浴槽から床から全てが檜造りの浴場。
普通に入浴しても檜本来の素晴らしい香りが楽しめるが、おそらく、先生のことだから何かしらの入浴剤でさらに気分がアガるようにしてあるはずだ。
俺がこの『岩の湯』を使わせてもらっている以上、あちらは女性陣が使っているに違いない。
で、今日はエステの世話もディートが勝手に焼くだろうから、こうしてのんびりできるわけだ。
「溶けるう……」
マジックミラー越しに庭の景色を楽しみながら入浴した結果、なんとなく入り口から浴槽中央部の巨岩を挟んだ反対側へと移動し、ゆったりと湯船に浸かる。
本日の労働にあたる動きといえば、レンタカーを運転し続けたことくらいか。
なかなか楽しかったけど、スポーツカーでぶっ飛ばすのではなく、ああいう風にダラダラ運転し続けるのって、なんか地味に疲れるよな。
まあ、その疲れはこうして湯に溶か――し!?
湯で湿っている縮れ毛が、ざわざわとうごめき危機を伝える。
「ここが、『岩の湯』。
イゾーロお爺ちゃん自慢の疑似露天風呂」
「なんだか、和の雰囲気を感じます!」
「へぇー、庭の様子を見ながら浸かれるのね。
でも、なんだかちょっと恥ずかしくない?」
「いや、外からは中の様子がうかがえなかったし、マジックミラーになっているのだろう」
同時に入り口の開く音と、すっごい聞き慣れた声が響き渡ったのだ。
エステはまあいいとするなら、これは――Pが3!?




