モリーたちとのお茶会 1
茶。
現代において、様々な場面でなくてはならぬこの飲料類であるが、さぞかし歴史も古いのだろうと思っていざ調べてみると、実のところ、酒などに比べると千年単位で飲み物としての歴史が浅いのだと知れる。
もちろん、飲料としての発見そのものは、おそらく酒と同等に古い。
古代中国においては早くも医療用ないし健康飲料として用いられていたらしいし、いわゆる茶葉を原料としないハーブ系のお茶に関しては、エジプトやギリシャなどでも同様に用いられていた歴史があるそうだ。
が、お薬はあくまでお薬。
現在の俺たちがそうしているように、嗜好品として……あるいはコミュニケーションツールとして一般に使われるようになったのは、大航海時代とか、江戸時代とかの後だと考えていいだろう。
なんでそうなのかは、よく分からない。
あるいは、単純に生産可能な地域が限られていて、帆船など流通可能な乗り物が発達するまで、そもそも広がりようがなかったのかもしれない。
ただ間違いないのは、おおよその場合カフェインという強力な覚醒物質が含まれているこの嗜好品は、アルコール飲料と同じような中毒性が存在し、いざその味を知った人々の間で爆発的に普及したということ。
乱暴ないい方をしてしまうと、治安などに問題を及ぼさないだけで、普及する経緯そのものは麻薬とそう変わらないともいえる。
人間は、カフェインの味を知ってしまうと、もうそこから逃れることはできない。
まして、酒のように酩酊効果があったり、肝機能へ負担をかけることはないのだから、なおのことだ。
ちょっとした気分転換に。
あるいは、事務作業などをする際のお供に。
今日も人は、お茶やコーヒーを用意する。
俺自身、マミヤちゃんの淹れてくれる緑茶がなければ、スムーズな書類作業に支障をきたすだろう程度には依存していた。
そして、酒を酌み交わすのと同様に、誰かと共に飲むお茶というのは――楽しい。
さすがにリキュー・センの領域までいくとやり過ぎで、チャレンジしようという気も失せてしまうが、アンナ・マリア・ラッセルが確立させたアフタヌーンティーの文化は、銀河歴961年現在においても脈々と受け継がれている。
ゆえに、俺たちを孫のごとくかわいがっているモリー婆ちゃんがお茶会に誘ってくるのは――このスイートにいきなり乗り込んだ点を除けば――そう不自然なことでもないし、俺としても、一人の人間として深く尊敬する彼女からこれに誘われるというのは光栄かつ、嬉しいことであった。
であるから、ちょっぴりルンルン気分となった俺はコンシェルジュにスポーツカーを手配させ、自ら運転して四人でモリー婆ちゃん指定の会場――首都郊外の邸宅へと向かったのである。
その際、詳細を尋ねるような無粋な真似はしてない。
ただ確定した事実として、随分と前にモノローグでフラグを立てた覚えもある通り、案の定というか、一般的な求人サイトで募集した一人であるはずのモリー婆ちゃんもまた、タダ者ではなかったということだ。
だって、今でも笑いながら俺を殴り殺せるくらい強い俺のママンより、底知れないものをたまに感じさせるんですもの。
ナンボ俺がアホで鈍かろうとも、心のどこかで察するくらいのことはしていた。
だから、到着した郊外の邸宅が、戦車かM2でも持ってこない限り突破不可能と思える頑強なフェンスで囲まれ、民間軍事会社から雇われた傭兵たちに守られていても、驚かない。
傭兵さんたちに開けてもらったフェンスから、時速30キロほどのゆるゆるペースとはいえ、さらに五分ほど車を走らせなければ本邸に辿り着けなかったことも、驚かない。
その本邸も、かつて合衆国大統領が本拠地にしていたというホワイトハウスとよく似た荘厳な建築物で、ぶっちゃけこの惑星の領主であるコリン・シュワード辺境伯の領主館よりもゴージャスな代物であることにも、驚かない。
だが、厳重に警備された邸宅内でエレベーターに乗り込み、地の底に到達したんじゃないかと疑いたくなるくらい地下深くのブロックで降ろされ、うっすい紫の照明と多機能円卓が発するモニター光がかろうじて互いの顔を照らす程度のクソ暗い会議室で着席した時は、さすがにツッコミ魂がうずいた。
「いや、これ明らかにお茶会する雰囲気じゃないよね?」
「うっふっふ……ノリよくツッコミをするところは、イラコちゃんの美点ですよ」
なんか執事っぽい雰囲気――上着の懐にやや硬めのトランプを隠しているな。暗器か? ――の美中年に促され、俺の真向かいへ着席したモリー婆ちゃんが、いつものニコニコとした笑顔で答える。
ちなみに、俺が着席させられたのは、暗くて判断しづらいけど多分上座。
右側にマミヤちゃんが着席させられ、左隣にエステが着席する形だ。
そして、この会議室で円卓に座すのは、俺たちだけではない。
モリー婆ちゃんを中心として、左右にズラリと……俺でも知っている顔が、しかも生身で連なっていた。
俺でも知っている顔と言ったが、別段、銀河ハリウッドのスターでも、ギャラクシーリーグの選手でも、ましてやインフルエンサーの類でもない。
全員共通して、大企業のトップたちである。
白髪をオールバックに撫でつけた壮年の男――バルタザール・グレインは、いくつもの惑星に穀物プラントを抱える大企業『アグリ・ノヴァ社』のCEOだ。
当然、この惑星レクにも傘下のプラントが存在しており、雇っている従業員の数は九桁を優に超える。
その一挙手一投足で、パンの値段が変わるレベルの怪物であった。
細身で神経質そうな銀縁メガネの中年男は、帝国畜産業界の覇者『プロテイン・ダイナミクス社』総帥レオン・シュタイン。
彼の会社で販売しているプロテインは、第一皇子と第三皇子が愛飲していた。
やや肥満気味で、常にハンカチで汗を拭っている中華系ハーフおじさんは、『チェン・コンソーシアム』代表ハロルド・チェン。
彼の会社は高級嗜好品から日用品まで幅広く扱う巨大商社であり、彼が付加価値を保証すれば、ワンコインの茶葉であっても高級品に早変わりするだろうという……ブランドの魔術師だ。
そのほかにも、いるわいるわ。
全員、ちょっとやそっとのことでは揺るがないだろう堅い……それでいて巨大な商売を行っている大企業のリーダーたちである。
「……とんでもねえ面子を揃えたもんだな。
今、この場には銀河帝国の富が一割集まっていると言っても、過言ではないんじゃないか?」
「おっほっほ……それは、少しばかり見積もりが甘いのではないかしら?
三割は集まっているメンバーだと、自負しましてよ」
俺の軽口に、サラッと応じるモリー婆ちゃんだ。
三割……三割かあ。
ハッタリじゃなさそう。
もちろん、それぞれの個人資産を足した合計額が三割に達するという意味ではない。
銀河帝国の経済活動に対し、それだけの影響力を持つメンバーたちという意味である。
金も栄誉もほしいまま、かといって、有り余っている金の使い道が思いつかなくて麻薬やインモラルな遊戯に走ることもないという……真の権力者たちであった。
「……そのすごい面子集めて、どうするつもりなんだ?
一部、俺が昔悪さを働いた人も混ざっていて、すげー居心地悪いんだけど」
具体的に言うと、さっき述べたバルタザールとレオンとハロルドね。
「イラコ、そんなことしてたの?」
左から見上げてきたエステへ、端的に答える。
実を言うと、こいつも全くの無関係ではないからだ。
「ほら、ドンナー開発費の種銭を第六皇子と一緒に引っ張ってきたことがあっただろう?
あの時に、な」
「おー、あの時の」
どうしよう……めちゃ気まずいな。
悪事を働いたとまではいわないけど、詐欺であることは間違いないし。
まあ、俺やエステはまだいい。
俺個人は因縁のある面子も混ざっているし、エステは皇女という身分でかつ、図太い女だ。
かわいそうなのはマミヤちゃんで、ガッチガチに緊張した状態で背筋をピンと伸ばしていた。
そうこうしていると、だ。
――ヴン。
という音と共に、多機能円卓が俺たちの前にウィンドウを開く。
これは……これは……。
「さあ、まずは飲み物とお菓子を選んでくださいな」
朗らかな顔で、モリー婆ちゃんが告げたのである。




