不機嫌エステとお茶会の誘い
経験のない人には意外に思われる事実であるが、格闘技というものはある一定のレベルに到達すると、単に殴って殴られてのフィジカルな勝負ではなく、むしろ将棋やチェスに通じる頭脳の……それも超瞬発的なせめぎ合いへと変じてくる。
だが、これは考えてもみれば、当然のこと。
何しろ、ものは格闘技。相手あっての戦いだ。
その対決相手というのは、でくの坊でもなく同じ思考ルーチンに沿って行動するゲームキャラでもなく、意思を持ちモノを考える人間であるのだから、いかにして相手の技を上回り、制するかの試行錯誤が生まれるのは当たり前であった。
と、いうより、これは対戦要素が含まれるおおよそのスポーツに関しても言えるな。
その道に通じた達人ほど、よく考える。
それも、一瞬一瞬の間に、スパコンもかくやという処理速度で……である。
真のアスリートというものは、筋肉と同等に頭脳をも育んでいるということであった。
閑話休題。
つまり、俺が何を言いたいのかといえば、格闘技の対決を電子的な遊戯へと落とし込んだゲームジャンル――格闘ゲームにおいてもまた、同様の法則は適用されるということ。
いや、体調によるポテンシャルの増減などが存在せず、入力したコマンドの通りに紛れなくキャラクターが動作することを思えば、瞬発的な思考のせめぎ合いという性質はより顕著なものとなる。
そして、ようやく給糧艦アマテラス艦長としての諸業務を終え、このスイートルーム寝室で休憩時間に入った俺が操るキャラは、我が妹こと第四皇女エステが操るキャラとの読み合いに負け、ピラミッドみたいな建造物を背景とした世紀末世界の中で、人間バスケットボールとして永パを決められていたのであった。
『ゲキリューニミヲマカセドーカシテイル』
『テンショーテンショーテンショー』
『ハアアアァァ……ダンジンケン!』
一連の技を喰らった後、しゃがみながら漫才師のツッコミみたいな裏拳を叩き込んでいくエステ操作のキャラ。
もはや攻撃から抜け出す術を失い、無様に地面の上で跳ねる俺のキャラの上では、『47strikes』『48strikes』という具合に無情なコンボ数が表示され続けていった。
あまりに……一方的な展開。
俺のシマじゃ今のノーカンだからと訴えたいところであるが、今のエステにそれをするとヒト睨みされて視線を外す結果になりそうなので、やめておく。
だから――もうどのボタン押しても抜け出せないし――コントローラーをふっかふかのカーペットにそっと置き、右上……ベッドの上に女の子座りしているエステを見上げる。
給糧艦アマテラスに乗ってからは女子広報士官用の制服で通していたエステであったが、本来の彼女はなかなかの衣装持ちだ。
なぜなら、研究に没頭しすぎるあまりファッション性などを失わないか心配した俺やディートが、ことあるごとに服を買い与えていたからである。
そんな彼女の本日のコーデは、うさみみパジャマ。
ピンク色のモッコモコな上下一体型フリースを着込み、頭にはうさ耳付きのフードを被っているスタイルだ。
そんなんだから、いつもと異なり、長く伸ばされた銀色の髪はそのまま下ろされている状態であった。
こいつは普段こそ髪を触られるのを嫌がるが、起き抜けで髪をセットされる時と、風呂で頭を洗われる時のみは例外的になすがままとなる。
が、今のエステは違う。
朝、起きたところで髪をセットしようとすると、超絶不満げな顔となって氷碧の瞳で睨み据えてくるのだ。
怒っている時のサインだ。
しかも、今回は怒りのレベルが違う。
いつもなら、それでも風呂には一緒に入るのだが、最近は俺の世話を拒否し、マミヤちゃんと一緒に入浴している状態だった。
よもや……よもや、だ。
これが噂の――反抗期!
どうすればいいのだろうか……。
一通りの用件が片付いた後は、この惑星レクに存在する都市――イセタウンへと赴き、母やイゾーロ先生のご機嫌伺いをしつつ、シレーネさんの件も報告するつもりなので、それまでには機嫌を直してもらいたいのだが。
「なあ……もしかして、何か怒ってる?」
こういう時の駆け引きは、苦手だ。
というか、駆けも引きも俺のレパートリーに存在しないので、まずは牽制のジャブみたいな質問を投げつける。
「オコッテナイヨー」
が、返事はそっけない。
口を三角形みたいな形にしての超絶棒読み。
これは、他者の心の機微に疎い方なのだろう俺でも分かる。
うん……どうやら、怒っていないようだ!
わっはっはっは!
――テーレッテー !
突如、軽快なメロディが流れたかと思いきや、しゃがみ込んだエステのキャラが腕から謎のビームを撃ち放つ。
体力MAX時からでも一撃死させる超必殺技を喰らった俺のキャラは、ミリほど残っていた体力ゲージを完全にかき消された。
別に使わなくても勝てるハメ状態から、ダメ押しの一撃である。
『フェイタルケーオー』
『アンシンスルガイイ……マダヒコウヲツキキッテハイナイ』
何がどう安心なのか分からないことを言いながら、立ち上がったエステのキャラが風を受ける。
そして、安心できる状況じゃないのは、この俺も……同じ。
うん……ボケて誤魔化せないかと思ったけど、完全に怒っているな。これは。
「なあ、やっぱり――」
「――ああ?」
「――なんでもないです」
案の定というか、暗黒のオーラを迸らせた顔でヒト睨みされて視線を外す俺だ。
どうする……?
この状況、どうすればご機嫌を直してもらえる?
ペロペロキャンディーとか与えればなんとかなるだろうか?
いや……ダメっぽいな。
救いは……救いはないのですか?
――コン、コン。
……と、軽く寝室のドアを叩く音がしたのはその時。
おそらく、マミヤちゃんが客人を連れてきたのだろう。
エレベーターホールの辺りでSPに呼び止められ、何事かやり取りをした後、恐縮しきりに敬礼する彼らに見守られてこのスイートへ入る小柄な気配は感じていたからな。
どうやら茶目っ気を発揮したらしく、ミニバーでお茶を淹れるマミヤちゃんを驚かし、何事か話し込んでいたようだが……。
この人物が、救世主となってくれることを祈りたい。
「イラコ殿下、モリーさんをお連れしました」
だが、ドア越しに告げられた名前は、俺にとってかなり意外なものだったのである。
「モリーが? なんで?」
「お婆ちゃんが……?」
怒りのオーラを引っ込め、素の無感情系少女に戻ったエステと、互いに顔を見合わせた。
いや、モリー婆ちゃんが俺になんらかの用事があったのだとしても、それはさほど驚くべきことではない。
彼女は、給糧艦アマテラスにおけるコアメンバーの一人だからな。
求人サイト経由で採用したパートタイマーではあるものの――中小企業にありがちなことではあるが――結構な作業が彼女に属人化してしまい、必然、俺へと相談する事柄も多くなっているのだ。
が、今のアマテラスは惑星に停泊中の状態。
主計を司るチームは次の航海に向けて色々と動き回ってくれているが、通信士である彼女はそれと無縁のはずである。
そんなモリー婆ちゃんが、一体、何用で?
つーか、SPさんたちはどうしてへーこらしながら通してたんだ? 気配しか感じてないから詳細は分からないけど、だいぶ委縮してたっぽいし。
「とりあえず、通してくれ」
何はなくとも、話を聞かねばなるまいと思い、入室の許可を出す。
すると、マミヤちゃんに開かれたドアの向こうから顔を出したかわいらしいお婆ちゃんは、ニッコリ笑顔でこう言ったのだ。
「イラコちゃん……エステちゃん……。
あたしたちと、お茶会しませんか?」




