VSディート 2
敵機――じゃなかった。
味方機であるベレンジャーの粒子狙撃銃から放たれたのは、ことさらに派手な発光を付与された荷電粒子ビーム。
本来、粒子兵器というのは灼熱の重金属粒子を銃弾として発射するものであり、直撃したならば、表面部の電磁シールドを貫通し、機体本体に多大な被害を与える。
まして、俺が母から受け継いだこのタイゴンは、運動性最優先で装甲が薄く、電磁シールドの圧力も平凡なものであるため、通常の粒子小銃から放たれたビームであっても、あっさりと貫通してしまう紙防御ぶりだった。
「――うおおっ!?」
ゆえに、叫ぶ。
絶対に死にたくない俺の生存本能が、荷電粒子ビームから放たれる死の輝きに恐れおののいてしまうのである。
たとえ、瞬時に機体の身を捻った結果、粒子弾は左肩の装甲をかすめたに過ぎないのだとしても……。
また、たとえ、見た目ばかり派手な模擬戦用出力のビームが、問題なく電磁シールドによって霧散したのだとしても……。
これは……これは……。
「――何しやがる!」
『――何すんのよ!』
開戦と同時に、隣の俺とビームを交差させた赤く華奢なM2――ベレンジャーから、ディートの抗議が放たれる。
俺のタイゴンがすんでのところで身を捻ったのと同様、ベレンジャーもこちらの粒子小銃から放たれたビームを敏感に察知して空中バク転。
結果、やはり模擬戦出力の粒子弾は、惜しくも相手のコックピットハッチをかすめるに留まった。
ちい! あと一歩で撃墜判定だったものを!
いや、問題はそこではない!
このクソ妹が、よりにもよって相方であるこの俺を撃ってきたことが問題なのだ!
「おめー、どっちが敵かも分かってねえのか!
敵はあっち! ペーター兄上たち!
俺とタイゴンは一応味方!」
『そっちこそ、一体なんのつもりなのよ!
まさか、機体が誤作動したとでも言うつもり!?』
高価な棺桶とも称される狭苦しいM2のコックピット内……。
正面に存在する姿見じみたメインモニターではなく、右側のサブモニターに通信ウィンドウが現れ、ディートの姿を映し出す。
ベルトルトによるエッチなパイロットスーツ開発計画は、いまだ始まったばかり。
愚妹が着用しているのは、俺と同様、やや厚めの布地とボディプレートで固められた帝国軍パイロットスーツであった。
ただし、色は自機と同じく、ワインレッドに染め上げられているがな。
にしてもこいつ、ツラがいいな。
ヘルメット着用してバイザーも下ろしているから、顔面だけが切り取られた状態で、しかも、その顔も、青みがかったポリカーボネート越しなわけだが……。
だからこそ、繊細に生え揃ったまつげの優美なラインも、猫科の幼獣じみた愛らしい形の両目も、主張し過ぎず、しかし、確かに視線を吸引する魅力的な鼻も、小さく薄く、それでいて蠱惑的な唇も……。
全てがくっきりと強調されていて、ディート・ジーゲルという女の美形っぷりを余すことなく伝えていた。
『……何よ、こっちの顔をじっと見て?』
「……はっ!?
いや、お前はほんと顔だけはいいよなと思って」
『……はあああああっ!?』
思わず漏らした言葉に、喉の奥が見えそうなくらい口を開けて驚くディートだ。
『そ、そっちこそ、ヘルメットのバイザー下ろしてしょうもない天パが見えなくなっていると、まあ、見れなくもないじゃない!』
「……はあああああっ!?
お前、俺の分身である縮れ毛たちのこと悪く言ったか!?」
ざわざわと……ヘルメットに押し潰された我が黒き縮れ毛たちが、抗議するようにうごめき出す。
クソ……やはり、金髪ストレートは敵だということか……!
『何よ何よ! 褒めてあげたんじゃない!
というか、結局どういうつもりで攻撃してきたのよ!?
――ハッ!?
まさか、あんた……!』
「そういうお前こそ……!」
人型機動兵器であるM2は、時に搭乗者の生き写しじみた挙動を示すことがある。
この場合は、ディートの心理状態が反映されたのだろう。
わなわなと小刻みに赤い機体を震わせたベレンジャーが、ビシリと左手の人差し指を突き出してきた。
おそらくは、俺のタイゴンも同じように、空いている手を向けているに違いない。
なぜなら、この状況……。
辿り着く結論は、ただ一つ……!
「『さては、最初から開幕と同時に裏切って撃墜するつもりだったな(わね)!?
人間の……クズが!』」
お互い、通信ウィンドウにバイザーをくっつけながら叫ぶ。
ファッ◯・ユー!
まさか……信じて背中を預けた妹に裏切られるなんて!
こ、こんな……こんなことがあっていいのか!
こんなことが、許されていいのか……!
人間の心はないのか……!
『サイテー!
信じて背中を預けたのに裏切ってくるなんて!
あんた、人間の心はないの!?』
「人間の心ぉ?
……はっ! 笑わせるなよ!
俺は、いついかなる時でもテメーの寝首を狙っているぜ!」
『ねっ!? ねね、ねねねねねね……!
ば、バカ! スケベ! エッチ!
急になんてこと言い出すのよ!?』
「おめーこそ急にどうした!?」
『……あの、いいかな?』
「『何かな(よ)?』」
割って入ってきた通信の方に、タイゴンとベレンジャーが頭部を向ける。
すると、俺たちのカメラアイは、搭乗者の困惑ぶりを表したかのように手をわたわたさせる二機のカスタム・ドンナーを捉えたのであった。
声を発してきたのは、ペーター兄さん専用カスタマイズ――ミラン・ドンナー。
その傍らにいる重武装が、テセス・ガスパーニ伯爵の搭乗したドンナーだ。
後者の方は、前にシールド艦クシナダの副長から聞かされたフルアーマー・パッケージだな。
倉庫で寝かされているとか言ってたけど、それを兄さんかテセスが引っ張り出してきたわけである。
で、両機を見た俺たちの感想は、だ。
「『そういや、いましたね(いたわね)』」
『うん……いるんだ。すまない。
それで、えーと……。
一応、これは僕たちと君たちの戦いなわけだけど、それは分かっているよね?』
はっはっはっはっは!
HAHAHAHAHA!
ペーター兄さんは、本当にイイ人だなあ!
俺なら、何も言わずに携行している粒子散弾銃をぶっ放している。
だから、俺たちの答えはこうだ。
「『もちろん』」
『……そうか、分かっていてくれて嬉しい。
それなら、僕やテセスも遠慮なく仕掛けさせてもらうけど、構わないよね?』
……瞬間。
ペーター兄さんが操るミラン・ドンナーから放たれたのは、無形の圧力。
あるいは、オーラと言い換えてもいい。
帝国リーグのトップ投手がマウンドに上がる場面を生で観たりすればよく分かるが、真に一流たる者は、ただスイッチを切り替えるだけで場を支配するだけのプレッシャーがある。
つまり、ペーター・ジーゲルというパイロットは、その程度の一流ということであった。
だから、俺とディートの返事は簡潔なもの。
「『どうぞ、ご自由に』」
それだけ言って、この場における最大の脅威――味方機を互いに見据える。
つまり、状況を整理するとこうだ。
ペーター兄さんチームが横から邪魔をしてくるので、それを適当にあしらいつつディートを速やかに撃破。
それが成った後は、「うわーさすがペーター兄上たち! チョー強いなー!」という完璧な演技を交えつつ、あちらチームの手で撃墜されればいい。
クックック……完璧だ!
「いくぞディートォ!
今日こそ引導を渡してやらあっ!」
『上等よ!
こっちこそ吠え面かかせてやるわっ!』
『ああもう、なんなの君たち』
臨戦態勢となるタイゴンとベレンジャーの姿を見て、ミラン・ドンナーががっくりと肩を落とす。
かくして、ディートとの決闘は本格的に開始されたのであった。




