VSディート 3
SVT-960-001ベレンジャーは、表向きはスマート・ヴィークル社が汎用偵察型の試作機として開発したM2であるが、実態は第四皇女エステ・ジーゲルが第三皇女ディート・ジーゲルの要望に応える形で設計・発注した第三皇女専用機である。
偵察機としての要件――高機動力と、ディートが好む長距離狙撃戦術を両立させているのが、機体内部に存在する新型のプラネット・リアクターだ。
ドンナーに使われているリアクターとは比較にならぬほど高出力なそれを開発したのが、何を隠そう我らが天才皇女ことエステ。
まったくの余談になるが、第一皇子ベルトルトが座乗艦としている高速艦スクルドや、エステ自身の座乗艦であるシールド艦クシナダに採用されているリアクターは、本機に使われたそれを戦艦用として発展させた代物であった。
とにかく、リアクター出力にモノを言わせた力技によって、偵察狙撃機という倒錯したコンセプトのカスタムマシンは完成。
要約すると、だ。
ベレンジャーというカスタムM2は、銀河でも指折り――ことによると最速の――機動力と、大口径粒子狙撃銃による長射程高火力を両立させた機体なのである。
それはつまり、接近しない限り、格闘機であるタイゴンに勝機はないということ。
が……。
「やはり速いな。
俺とタイゴンのコンビをもってしても……!」
機体本体にも匹敵する長大さの粒子狙撃銃をこちらに向け、後退する形で銃撃してくるベレンジャーに追いすがりながら、つぶやく。
タイゴンも母から伝承された暗殺拳の技法――縮地――を応用し、単純なスラスターの噴射力を超える瞬間加速で動いているが、そもそものリアクター出力が全く異なった。
ベレンジャーのスピードが10だとするならば、こちらは縮地による瞬間加速を加味したとしても、6か7。
しかも、単純にまっすぐ追いかけようとしたならば、粒子狙撃銃による高出力ビームによってあっさりゲームオーバーなのだ。
ゆえに、小刻みな回避運動で相手の射撃を避けながら、こちらも手にした粒子小銃で反撃する。
三連射したうち、初撃は完全な囮であり、布石。
続く二発目がベレンジャーのつま先に当たり、バランスが崩れたところで三発目が胴体に直撃する様を、数瞬先に幻視した。
が、しょせん、幻視は幻視。
俺の狙いを完全に見切ったディートの対応は――足を止めての狙撃。
ドッグファイトの真っ最中だ。
普通に考えれば、機体を停止させるなど正気の沙汰ではない。
しかし、ディート・ジーゲルというパイロットの腕前ならば、狂気を正気として押し通すことが可能。
狙撃モードで単眼型のカメラアイをうごめかせた深紅のM2は、ただちに照準をセット。
狙撃銃から連続して放った粒子ビームにより、こちら側の三連射を全て撃ち落としたのである。
「ちいっ……!
癪に障るが、やはり実力は認めざるを得ないか……!」
横合いからテセスのドンナー――さしずめフルアームズか――が脚部のミサイルを放ってきたのが気配で感じられたので、やはり気配を頼りに粒子小銃のビームで撃ち落としながら歯噛みした。
ディートは……大きい方の妹は、強い。
こうしている今も、背部のヴァリアブル・ブースターポッドを最大出力で噴射してきたミラン・ドンナーの斬撃を、ノールックで回避してみせている。
ばかりか、ヒット&アウェイとばかりにすり抜けようとしていたミラン・ドンナーの背中に対し、格闘機でもないのに蹴りをくれている余裕すらあった。
小さい方の妹ことエステが設計したベレンジャーの能力を、十二分に発揮しているのだ。
こうなると、しょせんは四半世紀以上前に試作された骨董品であるこちらは、どうしても不利。
やはり、ドッグファイトの基本は機動力と火力ということである。
「さて……どうしようか?」
だが、俺の口元に浮かぶのは、笑み。
こいつとやり合う時は、いつもこうであった。
どうしようもないくらいに、精神が高揚する。
そして、射程と機動力に差があれども、俺はいつも、千日手の段階までは持ち込んでいるのだ……。
ゆえに目指すは、その先――決着。
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どんな戦艦にも備わっている標準的な設備として、観測室が挙げられる。
その名の通り、星を観測するための設備で、多くの場合、これが設けられているのは装甲にほど近い外周部。
これはいざとなれば、観測室そのものを外部にせり出させることで、肉眼による観測を可能とするためであった。
もし、なんらかの事情により計器の一切が使えなくなったなら、最後に頼りとなるのは搭乗員の星を読むスキルなのだ。
そして、今……給糧艦アマテラスに備わった観測室は、外部へと強化ガラスのドームを露出させている。
他でもなく、この艦の艦長であるイラコの戦いを、肉眼で見守るためであった。
ズラリと並ぶパイプ椅子に腰かけながらドーム天井を見上げるのは、抽選で鑑賞権を勝ち取った老人老婆たち……。
それぞれが手にしているのは、さっき作ったばかりの熱々ポップコーン!
もちろん、フレーバーは選び放題だ!
「お前としてはどう見るよ?
なあ? サンダーアイ?」
メカニックの象徴――つなぎを着用したU字禿げの老人が、隣の老人へと声をかける。
真っ赤な鼻が目立つこの老人こそは、アマテラスのメカニック代表――フェラーリン。
手にしているポップコーンは、王道をいく塩味だ。
「そうさなあ。
まあ、あの第二皇子ってのはなかなかやるが、相手がイラコ皇子たちじゃあな。
まずもって、こちら側が勝つだろうよ」
聞かれて答えたのは、シャツにベストを合わせ、爽やかにジーンズを履きこなした茶髪の老人……。
長く伸ばされた髪は、顔の左半分を覆っているのだが、その下に隠れているのは稲妻じみた形状の古傷である。
アマテラスの操舵手――メケーロ。
かつては伝説の傭兵サンダーアイと呼ばれた人物であり、今はキャラメル味のポップコーンを頬張っていた。
「あらあら、おとぼけになられて。
聞きたいのは、イラコちゃんとディートちゃんのどちらが勝つか、ですよ?」
コンソメ味のポップコーンを手にしながら言ったのは、シニア向けワンピースを着こなした上品な……それでいてかわいらしい老婆。
白髪をお団子結びにした彼女は、アマテラスの通信士モリーである。
「素人意見としては、イラコ皇子が不利に見えるね。
やっぱり、銃は拳より強しさ」
たくましい右手をぐっと握ったのは、左手にバター醤油味のポップコーンを手にした屈強な老婆だ。
男性顔負けの鍛えられた肉体をオーバーオールで包み、白髪を二房の三つ編みにした彼女こそ、牛さんたちとニワトリさんたちのドン――ラド。
彼女ほどの強面が拳を握ると、生半可な憲兵ではすくみ上がりそうなほどの迫力であった。
「まあ、普通はそうさなあ。
俺も否定はしねえよ。
だからこそ、基本的にM2は粒子小銃を装備するし、白兵戦用の武装はオプション扱いされるんだ」
メケーロが口にした通り、M2の標準装備は粒子小銃が一丁。
第二皇子のようにブレードを持ったりするのは、格闘戦へ持ち込めるだけの腕を持つ実力者。
ましてや、エステ皇女がタイゴンへ施したような格闘用の付け爪など、例外中の例外である。
こうなった理由は、実に単純。
20世紀以降、戦場での死因で圧倒的多数を占めるのは常に銃弾だからであった。
そもそも、サムライがカタナを振るっていたような時代から、弓矢による戦死者が過半であったのだ。
つまり、それだけ接近戦に対して、遠距離攻撃が優位であるということ……。
「普通じゃねえイラコ皇子でも、駄目か?」
「相手のディート皇女も、普通じゃねえからなあ。
ただ……」
ポリリ、と、香ばしさが想起される音と共にキャラメルポップコーンを食べながら、メケーロがにやりと笑う。
「何事も、工夫次第だろうよ」
一つしか残されていない瞳で思い描くのは、明らかに、自分ならばどうするかという夢想であった。




