イラコがシレーネの水着姿を見るだけの回
もし……。
もしも、である。
メデューサと戦うことになったとしたら、あなたはかの怪物に対し、いかなる覚悟をもって視線を向けるだろうか?
何しろ、有名な伝説に従えば、蛇の髪を持つこの怪女は、目線が合った相手を石にする呪いの力がある。
ゆえに、それに対し目を向けることは死を意味した。
が、かといって、目を向けぬわけにはいかない。
人間を超える戦闘力の化け物に対し、目をつぶったまま――あるいは目を伏せるなどして――挑んだとしたならば、やはりそれは同様に死を意味するのだ。
だが、メデューサが相手だったならば、まだいい。
人間の叡智をもってすれば、この凶悪な視線を持つ怪物にも、鏡という道具で勝機を見いだせるからである。
だから、今の俺に必要とされる覚悟は、メデューサという神話上の怪物を相手にする時以上のものだ。
何しろ、今から目を向ける相手――シレーネさんの肉体に秘められた魅力と魔力は、鏡に映そうが動画で再生しようが、問答無用で俺たち男性が持つ肉体の一部を、鋼のごとき硬さに変じさせるのだから。
ゆえに、俺は仏道をもってこの事態に挑もう。
舎利子! 色不異空! 空不異色! 色即是空! 空即是色……!
見えた……! 水の一滴……!
そう! シレーネさんの顎から滴って胸元のダブルロケットを覆う金色の布地へと落ち、ピタリと肌に張り付く栄誉を得た幸運な水分子の一滴が……!
「――おあたあっ!」
「きゅ、急にどうした!?」
右手の人差し指を脇腹に深々と突き刺した俺の姿を見て、シレーネさんが驚愕の表情となる。
本来なら文字通り必殺となる刺突は、着用している士官服の布地ごときたやすく貫き、鍛え抜いた筋肉をも貫通したが、しかし、血を流すことはない。
なぜなら……。
「いや、ちょっと秘孔に気を流し込んで、一部人体機能を一時的に麻痺させたい気分になったもので。
指がぶっ刺さってるけど、血とかは出ないから安心してください」
「どんな気分なのだ、それは!?
というか、秘孔って? 気って何?」
「それを話すと少し長くなるので、気になさらず」
ずるりと人差し指を引き抜きながら、ニコリと笑って答える俺だ。
ふぅー……。
大変な回り道をした気がするけど、ようやくシレーネさんの水着に注目できるぜ。
今、彼女はプールの中でチャプチャプとしながら、プールサイドに上半身を預けている。
結果、その胸部に備わった巨大質量が、ドタプンとプールサイドに預けられることは――ない!
驚くなかれ……。
いかなる強度を誇るのか、彼女のクーパー靭帯は通常ならとっくの昔に千切れているだろう重さに耐えきり、これを垂直に屹立させているのであった。
おお……マーヴェラス……!
ただ、ツンと横を向いているわけではない。
ちょっとした空気の流れだけでふるふると揺れそうなほど柔らかく、弾力的なそれが己の形を維持しているというのは、神秘的かつ肉感的な美しさである。
そんなお胸を包むのは、黄金色のビキニ。
ただし、下品にギラギラと輝くのではなく、艶が消された上品な金色だ。
一色だとシンプルなデザインになってしまうところで、固定するためにオレンジ色のゴム紐が使用されており、衣装としての情報量と色味を増やしている。
水中へ目を向ければ、同色のゴム紐が飾りのように股部から飛び出して腰の両側を伝い、臀部へと至っているわけだが……これはフェイクの飾りなのか、あるいは下を覆うパンツの下にはさらに際どい形状の水着が隠されていて、下半身部分のゴム紐はその一部なのか……?
そのものを見せているわけではないというのに、どうしても極端に布面積が少ない真の下部が想起されてしまって……水着という布地の少ない衣装が、かくも想像力をかき立てる事実に感動すら覚えた。
だが、衣装は衣装。
着る者あってこそ、輝く代物である。
これを着用するシレーネさんの姿は、あまりにもまばゆい。
そう、まばゆいのだ。
心の中のブッダ様が瞬く間に入滅し、母から伝承された暗殺拳の出番がくるほどに……!
いつもは亜麻色の髪を一つ結びにしている彼女であるが、今日はそれを下ろしており、ややウェーブがかかった状態でしっとりと水気を帯びて、肌や水着に張り付いている。
うわお! グレイッ!
どうしてこう、濡れた女性の髪が肌に張り付く様というのは、かくも艶っぽくなるのだろうか?
いや、これは俺が思うに……艶という漢字の発案者は、まさにこのような光景を目にして、この文字を生み出したに違いない。
豊かな色で……艶。
濡れた髪という、グラデーションに富んだ自然な色合いが……。
同じく濡れた肌で、水滴と湿り気が生み出す肌色のハーモニーが……。
艶、の一文字に相応しい情景を生み出しているのであった。
「イラコ殿下はたまにおかしなことを言われるが、今日は特に異なことをおっしゃられる……」
そう言いながら首をかしげるシレーネさんは、普段ならば――だって捕虜だし――ノーメイク。
牛さんたちも思う存分にペロペロできる状態であるわけだが、今日は違う。
銀河歴961年現在に至るまで、科学技術の粋を投入し続けることで生み出されたプールメイク品が薄く使われており、それがシレーネ・ヨーギルという素材の良さを、存分に引き出している。
19歳という年齢もあり、張りのある若々しい肌がさらに色味を増し、唇も蠱惑的な……それでいて、自然な輝きを発しているのだ。
つまり、今日の彼女は化粧という最も薄い武装と、水着という最もシンプルな装束でもって、飾り立てられている状態。
……よく料理などでも言われることだが、上等な食材であればあるほど、シンプルな味付けが良さを引き出す。
その素材そのものが複雑かつ重層な旨味を有しているため、例えば塩をひとつまみふりかけるだけなどにした方が、くっきりとそれを感じ取れるのだ。
仮にも姫君である身を食材などと並べるのはどうかと思うが、理屈としては同じ。
これ以上は、いらない。
それはそれとしてあのパイロットスーツ姿もクッソエロいが、今の水着姿こそ、彼女の魅力を最も引き出しているのである。
ふぅー……。
と、いうわけでだ。
なんでだろうな?
すごく、何かをやり切った感じがした。
おそらく、人によっては何かを露骨に稼いでいると罵倒することだろう。
またあるいは、長々と足踏みし続けているような状態に対して、苦言を呈してくるに違いない。
でも、俺は――やり切った。
その気になれば「マミヤちゃんたちは水着姿だった」の一言で終わらせるところを、生命の燃えるまま……語り尽くしてみせたのである。
だから……。
だからもう、この魂を天に還してもいいよね?
「拳を突き上げた!?」
突如として俺が見せた奇行に、シレーネさんが驚きの声を上げる。
突き上げた我が拳の先、同時に放たれた闘気が……絞り尽くされた生命力が、雲を散らし蒼天としていた。
我が生涯に――一片の悔いなし!
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絶対に死にたくない銀河皇帝庶子が戦艦を与えられたので給糧艦に改装したら、前線へ出ずっぱりにさせられた件。
完。
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「――いや、死んでたまるかあっ!」
「あ、蘇生した」
浮き輪でプカプカしながらトロピカルドリンクを飲んでいたエステが、相変わらずのジト目でつぶやく。
ハァ……ハァ……危ない、逝くところだった。
あるいは、ほぼイッていたのかもしれない。
だが、俺は帰ってきた……だって、絶対に死にたくないから!
ゆえに、丸二日かけてこの台詞へ辿り着いたような気分で、再び聞こう。
「それで……なんで水着なんだっけ?」




