おいでませ! 第四皇子! 後編
惑星レクへ集った観光客たちにとって、第四皇子イラコ・ジーゲル殿下が到着されるまでの日々というのは、銀河一盛大なフラッシュモブ待機時間であったと言って、おおよそ間違いはない。
レク首都警察の警備と誘導に従い、いつでも所定の配置へつき、配布されるパネルで人文字を構成できるよう備え続けていたのだ。
そのため、滞在する人間は、今回のためだけに開発された人文字形成アプリのインストールとバックグラウンドでの起動を義務付けられている。
まったくの余談ではあるが、同アプリのインストールは通常考えられぬほどの過密状態にある首都内での交通渋滞及び、悲惨なドミノ倒し事故を予防する効果も発揮していた。
放っておけばパンクすること間違いなしな細い商業通りなども、領主権限で損害補填すると同時に最初から閉鎖。
銀河へ進出してから九世紀以上も経れば、交通渋滞に関する研究と実践も進むというものなのだ。
さておき、無聊を慰めるために各種のアクティビティや遊興施設を楽しみつつも、このような形で管理される観光客たちの心情というものは、放し飼いされる家畜めいたものであった。
で、あるから、ついに第四皇子殿下が降り立つと報じられた時の騒ぎは、一種のビッグバンめいた代物だったのである。
「よおおっし!」
「きたきたきたきたきたっ!」
「カメラ回せ!」
まず、機敏な反応を示したのは、定められた配置に24時間体制で待機していたマスメディアたち……。
「ただいまより、首都警察の手で人文字用のパネルを配布します!」
「お手元の端末からアプリの指示に従って受け取ってください!」
「体調の悪い方は、すぐに周囲の警察官へ訴えるように!」
「決して無理はなさらないでくださーい!
第四皇子殿下もそれは望んでいません!」
次いで動いたのは観光客たちの誘導を行う警察官たちで、彼らに関しては、一足早く無線で情報が伝わっていたのだから、当然と言える。
「やった! パネルの位置ゲット!」
「ねえねえ、撮って撮って!」
三番目に動いたのがフラッシュモブ役を務める観光客たちで、まずはパネル役になれるかどうかで悲喜こもごもがあり、なったらなったで、記念写真の撮影などが盛んに行われた。
「イエーイ! リスナーの皆見てるーっ!?
今日はねー! 第四皇子殿下の惑星レク到着を現地で実況しちゃいまーす!」
こういう場面において、21世紀の昔から変わらぬのが配信者たちによるライブ配信光景。
その接続数も総計すれば天文学的な数値に達するのだから、銀河中の熱狂ぶりがうかがい知れた。
「見えたぞ!」
「第四皇子殿下の連絡艇だ!」
「え!? あれそうなの!?」
「見た目じゃ分かんなーい!」
「もっと分かりやすい目印とかあればいいのに!」
観光客の中でも、とりわけ軍事に疎い女子らが文句を言うが、これも致し方あるまい。
大気圏外の宇宙港に備わった軍の連絡艇をそのまま使っているため、普段、上空を行き来する同種の乗り物と一切見分けがつかないのだ。
だが、そんな彼女らの要望に応えてか、サプライズは――あった。
「おい!」
「見ろ!」
「タイゴンだ!」
「第四皇子殿下の専用機も、遅れて大気圏突入してきたぞ!」
そうなのである。
陸上アスリートじみた細身のボディラインは、宇宙の暗闇を思わせる黒一色。
武装と呼べる武装が存在しない上に、関節可動域を極限まで追求した結果、見るからに装甲というものが少ない。
つまりは格闘戦におけるオフェンス能力を極限まで高めている機体において、外見上最大の特徴は、四つもの頭部カメラアイ。
タイゴン。
帝国軍主力M2の生産メーカーであるスマート・ヴィークル社が手がけたという専用機は、今、大気圏突入を終えて、先行していた連絡艇の隣を飛翔していた。
そして……そして、である。
「あれ? じゃあ、連絡艇の方に皇子殿下は乗っておられないのか?」
「いや……見ろ!」
「人影が、連絡艇から飛び出したぞ!」
「もしかして、空中で乗り込むパフォーマンスか!?」
「「「「「キャー!」」」」」
「すげえ! なんて命知らずなんだ!」
「さすがは……さすがは……!」
「「「「「スクリュースピンペガサス狼牙キックのイラコ殿下!」」」」」
人々が騒ぐように、連絡艇から豆粒ほどの小さな人影が飛び出し、タイゴンの方へと向かったのだ。
なんという素晴らしきパフォーマンス!
これで成功すれば、歴史に名を刻むこと間違いなしだ!
「……あれ?」
「なんか……失敗してないか?」
が、ここで異変が起こった。
「なんか……急に指示されて飛び出した結果、ものの見事にタイミングズレました感が」
「特にジェットパックとかも背負ってないけど、あれってヤバくね?」
「「「「「キャー!」」」」」
……そうなのである。
推定イラコ皇子と思わしき豆粒は、タイゴンへ飛び移ることに失敗!
ほぼ等速のまま、愛機の隣で華麗なる落下を遂げておられるのであった。
これは……このままいけば、地上への墜落待ったなし!
助かる道があるとすれば、大昔のコメディ系カートゥーンよろしく、「アーフォフォフォ!」などと叫びながら超スピードで地上に墜落!
地の底まで抉っていそうな人型のクレーターを地面に生み出し、そこからゾンビのごとく這い出して面白リアクションをキメるしかない!
なるか……カートゥーンオチ……!
「いや! 見ろ!」
「気合で空中を……泳いでいる!」
だが、我らがイラコ殿下が選んだのは、別の道だった。
ド根性で空中平泳ぎを繰り出し、いかなる原理によってか生み出された推進力でもって、タイゴンの方へスイーッと移動したのだ。
これが……これこそが、スクリュースピンペガサス狼牙キックのイラコ・ジーゲル!
絶対に死にたくない見苦しいまでの生への執着が、今、物理法則の限界を超えたのである!
……まあ、そんなことはなく、なんらかのトリックであろうし、そもそも、こんなパフォーマンスを当人に知らせず裸一貫でやらせることなど、あろうはずもないのだが。
「すごい! タイゴンがキメポーズをしてる!」
「ああもう! パネル係でなければ、あれを背後に自撮りするのに!」
こうなると、最初は喜んでいた人文字のパネル担当者たちが大いに悔しがることとなった。
右腕は、下からすくい上げるように……。
左腕は逆に、頭部を上から庇うかのように……。
右脚は膝を深く曲げた状態で上げられ、左脚はフラミンゴのごとく伸ばされる。
その姿勢で、ゆらり……と、上半身を揺らめかせた独自のカンフー・ポーズ。
プラズマ噴射によって滞空するタイゴンが、事実をありのまま再現していることで評判のVTR『勇者武闘タイゴン』と同様のポーズを取っているのだ。
なんという……フォトジェニック!
手の空いている観光客たちは、この機に自撮りへと勤しみまくった!
こうなると、集いしイラコファンたちが求めるものはただ一つとなる。
すなわち……。
「スクリュースピンペガサス狼牙キックはまだか!?」
「ついに、生でスクリュースピンペガサス狼牙キックが見られるのね!」
「スクリュースピンペガサス狼牙キックはまだなの!?
スクリュースピンペガサス狼牙キックが見たいわ!」
イラコとその愛機タイゴンが人機一体となって繰り出す必殺技――スクリュースピンペガサス狼牙キックであった。
出るか……! スクリュースピンペガサス狼牙キック……!
だが……出ない!
人型機動兵器であるM2は、時に搭乗者の感情を写し取ったかのごとき挙動を見せる。
そこへいくと、今のタイゴンは存在しようのはずもない汗腺から大粒の汗を流し、何やらあわあわと誤魔化そうとしているかのようだ!
「おい! なかなか出さないぞ!」
「きっと、そう簡単に見せていい技じゃないんだ!
だって……必殺技なんだから!」
「そう、それな」と言わんばかりに、今の発言者をビシリと両手で指差すタイゴンだ。
「そうか、残念だが仕方ないな……」
「見たかったぜ……!
スクリュースピンペガサス狼牙キック……!」
人々は大いに残念がったが、軽々しく見せられないなら仕方がない。
かくして、第四皇子イラコ・ジーゲル殿下とその愛機タイゴンは、惑星レクの大地へ立ったのである。




