マイブラザー
ローマの休日という名作映画がある。
歳を取ろうが問答無用でかわいらしかったことで有名なオードリー・ヘプバーンの全盛期に撮影され、彼女がスターダムを駆け上がるきっかけとなった作品だ。
もう、全編にわたってオードリーのキュートさが大爆発。
21世紀くらいには著作権失効でパブリック化され、銀河歴961年現在においても気軽に視聴可能なかの映画を見れば、オードリーの可憐さとグレゴリー・ペックの格好良さ……。
そして、なんでかはよく分からないけど、とにかくやたらとビラビラして長い当時のイタリア紙幣が頭から離れなくなるはずだ。
さて、なんで惑星レクに命がけ――ああいうパフォーマンスを土壇場で振らないでいただきたい――で愛機と共に降り立った俺が、このように古い映画のことを思い出しているのか、解説せねばならないだろう。
それは、まさに、今俺の置かれている状況こそが、ローマの休日冒頭におけるオードリー・ヘプバーンのそれと同種のものだからである。
「こちらは、ルジャモンガ伯爵でございます」
「イラコ殿下。
本日は、お目にかかれて光栄に存じます」
「こちらこそ、貴公に会えたことを嬉しく思う」
ヨーロッパ風宮廷服を着用したおじさんたちが集うパーティー会場の中で、ヨーロッパ風宮廷服を着用したおじさんことルジャモンガ伯爵に挨拶された俺は、無難な挨拶を返す。
何しろ挨拶待ちで詰まっているため、ルジャモンガ伯爵は一礼してすぐさま脇に移動。
次なるヨーロッパ風宮廷服を着用したおじさんが現れ、傍らのマミヤちゃんがその人物を紹介した。
「こちらは、アストラギル男爵でございます」
「イラコ殿下。
スクリュースピンペガサス狼牙キックに関しては、私も例のVTRを見て感動しております」
「あれは誇張だ。
実際の私は、そう大したものでもないよ」
「ははは、ご謙遜を。
それでは」
一切の嘘偽りなき俺の言葉を笑ってスルーしたアストラギル男爵が、そそくさと立ち去っていく。
そして、素早く前に歩み出てくる新たなヨーロッパ風宮廷服着用おじさん!
クローン人間を彷彿とさせるシールド艦クシナダの黒髪眼鏡白衣ズじゃあるまいし、彼ら一人一人は相応の個性を備えた人物だ。
が、いかんせん着ている服が似通っている上に、性別は全員男。年齢も、50代から60代の間という具合で、重要な属性が被りまくっている。
もっとこう、見分けが付くようにキャラ立てしてほしいところだが、キャラの立ったフォーマルな服装というのも意味が分からないので、これは致し方ないことであった。
「こちらは、ジェンバンニ子爵でございます」
マミヤちゃんが紹介してくれたジェンバンニ子爵とやらも、この場においては埋没してしまう属性の持ち主。
どうして、こうも似たような年代の男ばかりが、高級ホテルの宴会場を借り切ったこのパーティーに出席しているのか?
流れで分かる通り、全員が銀河帝国の貴族家当主であるわけだが、いくらなんでも、貴族家の当主にバラエティがなさすぎないか?
シャンデリアのきらびやかな光に照らされつつそんなことを思う俺であるが、銀河帝国の第四皇子であるからには、当然その理由くらい知っている。
若く働き盛りな年齢層は、軍に取られているのだ。
うちの帝国は、親愛なる親父殿が、革命の末に一代で興した軍事国家。
そのため、革命へ協力した貴族家にも尚武の気質が求められ、軍へ入ることが暗黙の義務と化しているのであった。
俺たち皇子皇女が戦艦与えられて、それぞれ前線に送り込まれたりまだだったりするのも、そこら辺が大いに関係している。
銀河皇帝たる親父殿といえど、あくまで民衆や非主流派の貴族たちに協力してもらって革命を成し遂げた立場。
貴族たちが大事な子供を戦地へやっているのに、トップ一族だからとそれをやらないのは何事だというわけであった。
長男であるベルトルトが30歳であることを思えば、ある意味、遅すぎた措置かもしれない――俺にとっては大変結構だが。
と、いうわけで、上の代が戦死したり病死したりした結果、若年で家を継いだ少数の例外を除き、このパーティーに集まった貴族たちは皆、一様に埋没してしまっているのである。
……いや、俺の意識内で埋没してるだけなのだが。
だってよー。しょうがないんだよー。
皆、ヨーロッパ風の宮廷服を着こなしたおじさんたちなんだよー。
正直、タブレット端末の助けもない手ぶらで一切間違えることなく各貴族家当主を紹介するマミヤちゃんが、超人に思えてしまう。
何かこう、俺が知らないだけで、人相を記憶するテクニックとかコツみたいなものが存在するのだろうか?
唯一、俺がこの場で顔を覚えているのは、マミヤちゃんの反対側から俺を挟み込んでいるここ惑星レクの領主――コリン・シュワード辺境伯だけだが、これは何も褒められた話ではない。
母や和菓子(とついでにM2操縦)の師匠であるイゾーロ先生が、この惑星レクで暮らしているため、たまに訪問し挨拶する関係で元から知り合いだっただけだ。
ウェーブのかかった黒髪を首元で揃えた地中海系の54歳は、何も言うことなく「ええ私、主催者ですよ」と言わんばかりのスマイルで俺の隣に突っ立っている。
イセタウンに隠居してる先代は、よくしてくれたんだけどなー。
当代のコリンに関しては、何回か挨拶しただけでパーソナリティがよく分かんねえや。
つまり、庶子の第四皇子に対し、仲良くなるほどの価値を今まで見いだしていなかったということだろうけど。
「こちらは、ガスパーニ伯爵でございます」
「イラコ殿下。
私ごとき若輩者とも挨拶してくださって、光栄です」
「何を言う。
我々世代ががんばって、国をよくせねばならぬのだろうが」
さておき、そのような状況であるため、今挨拶したガスパーニみたいに20代の若者だったりすると、逆に一瞬で記憶に刻み込まれる。
若年でありながら、エメラルドグリーンの宮廷服をピシリと着こなした精悍な顔立ちの青年。
さして長くもない赤みがかった茶髪を、うなじの辺りで結んでいるのが印象的だった。
ガスパーニ伯爵……よし、覚えたぞ。
「いずれ、また」
「ああ、機会があったらな」
次につなげるフックとなる常套句の挨拶を交わしつつ、また次の貴族家当主に顔を向ける。
今度の貴族もまた、若者だ。
年齢は……これは間違いない。30歳。
写真で見る父親の若い頃そっくりな金髪は角刈りにされていて、いかつい顔立ちなこともあり、宮廷服で高級ホテルのパーティー会場内を歩くより、狙撃銃でもかついでジャングルの中を匍匐前進する方が似合いそうな迫力であった。
きっと、好きなお菓子はと聞かれて「バニラ味のプロテイン」と答えるくらいに、ホエイを取り込んできたに違いない。
むっきむきの筋肉が、優雅なデザインの宮廷服を内側から押し上げ、立体的に造形し直している。
俺以外の血族と共通している碧眼が、190cm近くの高みから俺を見下ろしていた。
「こ、こちらの方は……」
「………………っ!?」
淀みなく続けられていたマミヤちゃんの紹介が途切れ、コリンもまた絶句する。
だが、この男の素性と俺との関係性を思えば、それは当然のことだ。
にしても、前兆なく姿を現したわけだが、おそらく、ついさっき颯爽とパーティー会場入りし、俺がガスパーニと話している間に、列へ割って入ってきたのだろう。
こいつは権力を振りかざすことにためらいがないし、そもそも、190cmのむくつけき筋肉お化けが割って入ってきたら、大抵の人はビビって何も言えなくなる。
これは……。
この男は……。
「久方ぶりだな。
我が弟よ」
「……お久しぶりです。
我が兄よ」
急にマイブラザーとか言い出すから、こっちもつられちゃったよ。
えー、こちら。
皆さんご存知、銀河帝国第一皇子ことベルトルト・ジーゲル殿下であらせられます。




