おいでませ! 第四皇子! 中編
大気圏内外連絡艇というのは、要するに少人数で地上と大気圏外の宇宙港を行き来するための足であり、自律飛行可能なエレベーターじみた乗り物である。
ゆえに、そのデザインは身も蓋もない生産性重視のもの。
本体は海面への着水能力を持たせるため、50フィート級のクルーザーほぼそのままといったシルエットであり、四隅にVTOL式のスラスターが装着されているのだ。
このVTOL式スラスターというのは、四基それぞれが360°に近い可動域を誇っており、抜群の小回りを発揮するのである。
かように実用性最重視の乗り物であるから、当然ながらというか、コックピットの内装もシンプルなもの。
状況次第でフルオートの場合もある操縦席を最前とし、その後ろに簡素なシートが縦に五席ずつ、三列存在するのであった。
ドリンクホルダーのような気のきいたものはなく、気分を変えてくれるのは、正面メインモニターと左右のサブモニターに映し出された外部映像のみ。
何しろ、軍が最低限の移動を行うために使っている代物だからな。
快適な乗り心地や素敵な思い出作りを求めるならば、宇宙港の民間ブロックで、フェリー型の旅客船に乗るべきだろう。
「さーて、無事に大気圏突入完了しましたよっと」
この惑星レクは、ハーフアースサイズの植民惑星……。
それに地下グラビコンシステム網で1Gを付与しているため、大気圏突入時の挙動はなかなか独特のものとなる。
仮に母なる地球を基準とした場合、突入時の熱量はかなり少なく、代わりに、強烈なブレーキGがかかるのだ。
まあ、出力次第で荷電粒子兵器さえシャットアウトする電磁シールドと、グラビコンシステムがあれば、どちらも問題はない。
連絡艇は、内部の俺たちに一切の熱も振動も感じさせることなく、惑星レクの青い空へ舞い降りた。
「にしても、チャチな乗り物だよな。
動きだけ無駄にキビキビしてるのが、ちっと気持ち悪いぜ」
操縦席でキビキビした動きの原因――VTOL式スラスターを操りながら、ぼやく。
スラスター内では、流体貯蔵している内部ガスから外部空気への電離媒質切り替えが完了しており……。
下方へ向けられた四基のスラスターによるプラズマ噴射が、ゆるりと船体を降下させている。
メインモニターには、パンゲア型の超大陸が表示されていた。
「こんなの、地上と宇宙港を行き来するだけの乗り物なんだから、乗りこなす楽しさなんて求めるものでもないでしょ?」
「乗りこなす楽しさというのが、わたしにはよく分からない。
地上でも宇宙でも、ほぼ全方位に自由自在な動きを出来るのでは駄目なの?」
「あー、なんというか、こう……放っておくと直進するだけなのを、ハンドルや操縦桿を通した自分の意思でねじ伏せる感覚があると楽しいのよ。
ラジコンみたいに、手応えなくシャカシャカ動くだけなのは、ちょっと違うわけね」
「んー……よく分からない」
背後の席で、年齢の離れた第三皇女と第四皇女がそんな会話を交わす。
盗撮とかしなければ、ディートはまあまあ良い姉なのだ。
良い姉は盗撮などしない……? それは、そう。
なんか、こんな風にしてるとドライブでもしてるような気分だな……。
ディートは明らかに不協和音を生み出している異物であるが、アマテラスとクシナダの整備点検や補給、その他諸々が終わったのならば、希望者を連れてドライブに出かけるのもいいかもしれない。
どの道、イゾーロ先生や母が暮らしているイセタウンには、顔を出しに行かねばならないのだ。
「イラコ殿下。
恐縮ですが、首都に向けてカメラの倍率を上げられた方がよろしいかと」
マミヤちゃんが後ろの席から意見してきたのは、そんな風にバケーションの予定を考えていた時のことであった。
「カメラの倍率? なんで?」
「それは……実際に目にされた方が、お分かりいただけるかと」
愛用のタブレット端末を抱えた我が副官殿が、そう言って理知的な翡翠の瞳をきらめかせる。
「ふうん……」
時折、様子のおかしなところを見せる彼女であるが、基本的には知性的で優秀な女の子だ。
その意見を退けても仕方がないし、そもそも、今現在は首都に向けて下降しているところ。
どうしたって、地上の様子は明らかになるのだから、彼女の言に従うこととした。
メインモニターに映し出している映像をサブに移し、スラスターは下降状態をオートで維持。
メインモニターには、くっきり高倍率のカメラによって映し出された映像が、大写しとなる。
「な……」
それを見た俺は――絶句。
「おー……」
「あーあ、大げさなことになっちゃって」
エステとディートも、それぞれなりのリアクションを示した。
一体、メインモニターは何を映し出しているのか?
惑星レクの首都で、何が起こっているのか?
その答えを、マミヤちゃんが代弁してくれる。
「“Welcome Home”……!
惑星レクに集った帝国の民が、人文字でイラコ殿下のご帰還をお祝いしているんです。
アマテラスの帰還日時は、念のためつい先ほどまで伏せられていたのにですよ……!」
そうなのだ。
惑星レクの首都は、地球文明時代のサンディエゴを彷彿とさせる街並み。
海沿いに立ち並ぶ各種のレジャー施設と、それらを背後から見下ろすような高層ビル群が特徴的だ。
昼のうちはビーチ側で各種のアクティビティに興じ、夜になったら背後のビル群に存在する劇場やカジノで楽しむという構図が完成しているわけだな。
で、現在は午前10時であるわけだから、ビーチ側に観光客の大半が集まっているのは、まあいつも通り。
だが、あまりに異常なのは、かつて例がないほどの過密ぶりと、それだけの観光客がなんらかの力――警察力だろうか――によって整然とコントロールされていること。
そうしてコントロールされた人々が、パネルでもって巨大な“Welcome Home”の人文字を形作っていることだ。
その意味するところを、脳がゆっくりと咀嚼し……。
同時進行で、冷たいスプーンでも押し当てられたような感覚が胸元で広がる。
「これ……。
まさかとは思うが、俺を歓迎しているのか?
俺に言っているのか?
“おかえりなさい”って」
知らずそんな言葉を吐き出したのは、誰かにこれを否定して欲しかったから。
何を思い上がってるんだ?
バカなこと言うな。
お前なんぞのために、これだけ多くの人間が……しかも即興で集まって、こんな人文字を作るわけないだろう。
……って。
だが、マミヤちゃんが告げてきたのは無情な言葉。
「他に、誰がいると言うのですか?
今や、イラコ・ジーゲル殿下と言えば、皇族の筆頭!
人々は、コスモ・ブロードウェイの俳優たちが見せる演目以上に、殿下の活躍を伝えるニュースで沸き上がっているんです!
……まあ、私もニュースなどの受け売りですけど」
少し照れた様子も交えるマミヤちゃんだ。
そうか……そうだよな。
彼女は俺と一緒に行動してたんだから、遠隔の情報しか知らないはず。
帝国中央部の新鮮な情報を持っているのは……。
「……何よ? 自慢?
そーよ、あんたはすっかり英雄様よ。
アタシ、同年代の貴族家令嬢からあんたのこと紹介してくれって、ひっきりなしに頼まれてうんざりしてるんだからね。
もちろん、全部断ったけど」
肩をすくめてみせるディート。
「そうか……あんがとな」
俺が絞り出せたのは、そんな言葉だけ。
他にもっと、言いたい言葉があった。
でもそれは、心中でだけつぶやいておく。
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気持ち悪い。
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トテテテ……という足音が聞こえそうな足取りで、テディベアを抱きかかえたエステが歩み寄ってきたのはそんな時。
「――うっ。
急にどうした?」
そして、エステは何も言わず、自分からお姫様抱っこされに行くような形で、横から俺の膝へと乗ってきたのだ。
銀色のツインテールがなびき、俺の鼻先をくすぐる。
急におかしな――まあ、いつもこのポジションに収まってはいるが――動きを見せた妹の返事は、ただ一言。
「落ち着くから」
「そうか……そうだな」
エステの言葉に、俺もまた一言で答え……。
そうこうしている間に、もうカメラ倍率を上げなくてもハッキリ人文字が捉えられるくらい、連絡艇は地上への高度を下げ終えていた。




