ディート・ジーゲル 後編
菓子箱を開いて現れるのは、個包装された四つの小さな――バナナ。
ただし、このような箱へ入れられていることからも分かる通り、これは本物のバナナではなく、それを模したケーキ菓子であった。
「ふふっ……」
個包装されたそれを手に取ると、思わず含み笑いがこぼれる。
土産菓子というのは、どうしてこうも人間の心をアゲてくれるのだろうか?
持ってきた人間の気遣い――それがクソ第三皇女だとしても――と、通常の市販菓子とは異なる創意工夫を施された見た目が、受け取った人間を喜ばせるからに違いなかった。
だが、菓子というのは、眺めて嬉しい鑑賞品ではない。
食べてこそ華であり、何よりも味こそが重要である。
もし、実際に食べてそこらのコンビニで買える菓子と大差ないような味だったなら、せっかく上がったテンションもダダ下がりというものであろう。
だが、この菓子に関して、味の心配はいらない。
過去に何度となくこれを味わい、その度に深い満足感を抱いてきたのだ。
そのため、かねてより培ってきた信頼感で心の幸福度を増加させながら、個包装を破く。
嬉しいのは、単にビニール包装されているだけでなく、透明プラスチック製の型に載せられていること。
これによって、輸送時等における型崩れを防ぐことができるし、食べる人間はあまり指を汚さずに済むのであった。
型の上で少しズラしたケーキ菓子の半分ほどを、あーんと開いた口で味わう。
一口味わって感じることの第一は、これだ。
(なんという――食い応え)
大した大きさではない。
成人男性の人差し指と中指を合わせた程度、というところである。
だが、この食べ応えの重厚さときたら……!
その秘密は、ケーキ菓子の中身にこそある。
半分かじったことで断面となったそこを見れば、顔を覗かせているのが――カスタード。
しかも、これはただのカスタードではない。
バナナだ!
バナナを裏ごししたバナナピューレが混ぜられており、本物のバナナに近い食感と、バナナ本来のねっとりとした甘みが付与されているのであった。
そして、味わう度に感動を与えてくれるのが、味の土台を生み出すスポンジ生地。
砂糖の甘さが脳髄を奥底から覚醒させる味わいは、いつもながら見事。
そして、これもまた、単なるスポンジ生地ではない。
一旦焼いたそれをさらに蒸し上げることで、ただ焼いただけの生地では生み出せないソフトな食感と口当たりを実現しているのだ。
その素晴らしいスポンジ生地でバナナカスタードを挟むことにより、一口目の重厚な食べ応えが生み出されているのである。
スポンジ生地にせよ、バナナカスタードにせよ、質量としてはさほどのものではない。
それがなぜ、たっぷりの食べ応えで歯を喜ばせるのかといえば、それは層を作っているからであった。
上下二つのスポンジ生地層。
中央のバナナカスタード。
都合三つの層と、それによってもたらされる食感のハーモニーが、重量以上のボリュームを感じさせるのだ。
これなる菓子のキャッチフレーズは「見ぃつけた」。
この菓子を表すのに、これほど相応しい言葉も存在しないだろう。
土産として……。
あるいは、もてなしの茶菓子として……。
日常の隙間に、ちょっとした幸せとして見ぃつけられるのがこの菓子なのだ。
緑茶や紅茶、コーヒーなど、相棒の飲み物を選ばぬところもまた、心憎い。
まさに、銘菓。
東京ばな――じゃなかった。
帝国バナナこそは、土産菓子の王と呼ぶに相応しい逸品なのであった。
「やはり、いつ食べても美味しい。
帝国バナナこそは銘菓・オブ・ザ・銘菓ズ・オブ・ザ・銘菓ズ」
その証拠に、俺の膝に座りながら帝国バナナを食べているエステもご満悦である。
場所は、アマテラス内の応接室。
といっても、テーブルとソファくらいしか調度のない部屋で、俺とエステとディート……三人の皇子皇女はソファーに腰を下ろし――一人は俺の膝の上だが――向き合っていた。
他にいるのは、副官であるマミヤちゃんのみ。
「あら……美味しいじゃない!
茶葉の味わいが活きてるわ!
イラコごときの副官には勿体ないわね!」
そんなマミヤちゃん自慢の緑茶を一口すすったディートは、パアッと顔を明るくしながらそう漏らす。
「恐縮です」
お褒めの言葉をかけられたものの、いつものタブレット端末をトレイに持ち替えたマミヤちゃんは、やや恐縮した様子。
まあ、普段仕えている俺やエステは特殊なタイプの皇族だし、他の皇女に会ったならこんなもんだろ。
第三皇子という、悪い前例も経験しちまったしな。
「ただ、イラコ?
こちらの手土産を茶菓子に出すなんて、もてなしの心が足りないんじゃない?
どーせ、あんたのことだから、ポイント203の兵士たちにバカ受け間違いなし! と思って張り切って手作りして、全然はけなくてダダ余りしてる羊羹があるんでしょ?
出して! 早く出して!」
「やかましい!
ぶぶ漬け出さないだけありがたく思いやがれ!」
「もう夕食時だから帰れってことを遠回しに伝える古代キョートのイケズ作法で嫌味ったらしくもてなす考えもあったってこと?
信じらんない!
いいじゃない! どうせ羊羹余ってるんだし!」
「よしんば余ってたとしても、テメーに食わせるため手作りしたわけじゃねえ!」
「何よ! SDGsってもんを知らないの!?」
「死にましたー! SDGsは21世紀に死にましたー!」
あつかましくも羊羹を要求するディートと、我ながら醜く言い争う。
……なんか、マミヤちゃんがいぶかしげな表情になってるんだけど、どうしたんだろう?
「イラコ、さっさと本題を切り出すべき。
気のせいか、果てしなく無駄なことで尺を浪費している気がする」
モグモグしながら膝の上で振り返り、いつも通り感情の読めない顔で告げるエステだ。
そうかな……?
そうかも……。
だとしても、仕方がないんだ。
帝国バナナは……美味しいんだから!
あるいは、ディートとの醜い言い合いに関してか?
それもまた、仕方ない。
なんか知らんが、こいつと顔を突き合わせるといつもこうなのである……さすがに、こないだの改装艦お披露目会みたく、一族が集まってる場では話が別だが。
ともかく、エステが言っているように、さっさと本題へ入るべきだろう。
「それで……。
お前、どうして急に現れたんだ?
皇帝陛下は、まだお前には出撃の任を与えていないと認識しているが?
実は秘密裏にジンバニア方面への出撃が決まっていて、座乗してる……斬撃艦フレイヤだったか?
それと一緒に、この惑星レクへ来ているのか?」
これは、十分にあり得る話だ。
言うまでもないが、軍艦の行動というものは軍事機密であり、厳格に扱われるべきものである。
それは、通常の指揮系統から外れた俺たち皇族であってもまた、同じ……。
いや、第三皇子の勝手な航路変更と、それに伴う座乗艦の大破騒ぎがあった今は、なおさらであった。
親父殿の考えとしては、俺たち皇子皇女を前線に送り込むことで、皇族もまた最前線で戦っているのだと国民にアピールするのが目的の一つだからな。
目的の二つ目が、そうやって手柄争いをさせての次期銀河皇帝選定。
どちらの面から見ても、ヴォルフのようにあっさり脱落されては困るというわけだ。
だから、この推測は合ってるだろうと考えながら、超愚妹を見やる。
さらに推理を補足するなら、斬撃艦というM2運用能力のない艦種を座乗艦として選んでおきながら持ち込んでいる愛機――ベレンジャーで、アマテラスのブリッジを狙うパフォーマンスを演じたのは、俺のことが大大大大嫌いなクソ妹であるからに違いない。
「うっさいわね。
アタシの勝手でしょ……と言いたいところだけど、今回は仕方がないか」
コトリ、と、湯呑み茶碗を茶托に置きながら、ディートが理由を話す。
それは、まさに俺にとっては、こいつがベレンジャーで見せた襲撃のごとき電撃的なもので……。
「アタシ、あんたたちに同行するよう皇帝陛下から命じられたから」
「は?」
聞いた俺は、目を点にしたのである。
「エー?」
ついでに、膝のエステも嫌そうな声を出した。




