惑星レクは過熱せり
惑星レク。
この銀河に広大な版図を広げる銀河帝国において、現在激突しているジンバニア王立連合方面への玄関口として機能している植民惑星である。
特徴は、恒星プロクが付近に存在しているということ。
核融合炉をプラネット・リアクターという名称で実用化し、事実上、無限に近しいエネルギーを手にするに至った人類であるが、それでも、まだまだ恒星が放つ圧倒的エネルギーにはかなわない。
そのため、かつての入植者たちは、恒星プロクの近くに存在したハーフアースサイズの惑星に大規模な地下グラビコンシステム網を構築し、外部宙域から運び込んだ氷を溶かし込むと同時に大気も調整した。
結果、完成したのがこの植民惑星レク。
一日の長さは、24時間36分。
大規模グラビコンシステム網により、重力は1Gを維持している。
惑星表面を覆う海面の割合は、およそ40%。
昼と夜とで寒暖差が大きく、パンゲア型一枚大陸の内陸部においては、昼間の最高気温が32℃にまで達するというのに、夜間はマイナス5℃まで冷え込む極端さだ。
主穀としているのは小麦やトウモロコシであり、ジャガイモ、大豆、大麦などの栽培も盛ん。
もちろん、これらを飼料とする家畜の飼育も大規模に行われていた。
だが、この惑星にとって最も重要な産業は、大気圏外にこそ存在する。
ずばり、その産業こそは、帝国艦船の宇宙港。
造船、整備、修理、補給、各種荷役……。
通常の植民スペースコロニー五基分もの大きさを誇る超巨大宇宙港は、各施設を繋げるフレームラインが複雑に絡み合い、宇宙に張られた蜘蛛の巣と呼ぶべき様相を呈していた。
なぜ、銀河帝国にとっては僻地――何しろ敵性国家へ至る辺境だ――であるこの地に、かくも充実した宇宙港が備わっているのか?
それは、かつてこの惑星が、フリーレーン自由商業同盟の一角を担っていたからである。
銀河帝国の前身となったウィンバニア王国やその他国家と、現ジンバニア王立連合方面とを繋ぐ架け橋として、莫大な利益を生み出す貿易惑星であったわけだ。
だからこそ、他方面から銀河帝国への包囲網を形成した他の同盟所属惑星と同様、まとめて叩き潰され、帝国に吸収されたわけだが……。
それも、今は20年以上も昔の話。
もはやすっかり帝国の一部として馴染んでいる惑星の首都は、今、植民開始以来最大の賑わいを見せていた。
海岸へ面した首都の地上港湾部には、海上用船舶のみならず、多数の大気圏内外往復船も停泊しているのである。
地上と大気圏外直近部とを行き来するシップの外観は、スラスターを取り付けたフェリーのごとき代物。
宇宙船舶としての機能だけでなく、重力下で滞在する人間の快適性をも追求しているのは、そのものずばり、用途が旅客船であるから……。
一隻につき、平均300人の旅客が搭乗可能なこれら往復船は、平時の数倍もの本数が絶えず宇宙港とこの地上港とを行き来しており、おびただしい数の旅客を降ろしているのだ。
帝国各地から集まった旅客たちの目的は、当然ながら――観光。
ただし、お目当てとしているのは、地球文明時代のサンディエゴを彷彿とさせる首都のビーチや、各種遊興施設ではない。
では、一体何を目的としているのか?
実のところ、彼らにとって最大のお楽しみは、今の惑星レクには存在しない。
それは、はるばる最前線基地から片道一ヶ月の航海を終え、いよいよこの惑星レクへと辿り着こうとしているのだ。
すなわち――給糧艦アマテラスと、その随伴艦であるシールド艦クシナダが。
給糧艦アマテラスの発案者兼艦長である第四皇子イラコ・ジーゲルの英雄的活躍を知らぬ者など、もはやこの銀河帝国には存在しない。
タキオンネットを通じて好評配信中の再現VTR『勇者武闘タイゴン』で描かれているように……。
かの皇子は、今までの帝国軍になかった発想で前線の士気を抜群に高めただけではなく、卑劣なるジンバニアの隠密隊すらも、必殺のスクリュースピンペガサス狼牙キックによって返り討ちにしたのだ。
国民は、これに熱狂した。
今の銀河帝国において、戦場の英雄とはいかなる俳優やアイドルにも勝るスターであり、父皇帝同様そうと呼ぶに相応しい活躍を見せた第四皇子は、もはや時代の寵児。
11人いる皇子皇女の中で第四の皇子であり、かつ、庶子でもあるという微妙な立ち位置が、この場合はかえって幸いしている。
判官贔屓とはよく言ったもので、いまだ誰が銀河皇帝の地位を継ぐのか不透明な政局の中、意外なダークホースとして台頭してきたイラコ皇子という存在に、民衆は面白おかしさを感じているのであった。
だから、この熱気。
今、惑星レク首都における主要なスポットは、いずれもが通勤ピーク時の公共交通機関がごとき有様となっており、十分なキャパシティを誇っていたはずの各宿泊施設はのきなみパンク。
現在は、本来なら洋上航行しているはずの旅客船なども緊急的に宿泊施設として転用しており、どうにかホームレス化する人間が出ないようにしている有様だ。
給糧艦アマテラスと、シールド艦クシナダはまだか?
第四皇子イラコ殿下と、これをよく支える第四皇女エステ殿下は、まだ到着しないのか?
すでに帝国側の勢力圏内深くへ入っていることは報じられているものの、ただでさえ足の遅いアマテラスが、不運にも大破した火力艦ヴェルダンディを曳航しているため、万が一を考えて惑星レク到着の日は完全に秘匿状態。
ゆえに、何も知らぬ帝国の民たちはやきもきとしながらも、この小さな惑星でその時を待ち続けていたのである。
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「ふん……くだらぬ」
時として、いかなる不条理や不可能をも可能にするのが、権力というこの世で最強の力……。
人口過密地帯と化したこの惑星レク首都において、広々としたビーチの一画をただ一人で占有することも、相応の権力さえ用いれば可能。
ゆえに、銀河帝国において屈指の権力を持つ男――第一皇子ベルトルト・ジーゲルはその力を存分に振るい、岸壁で囲まれた美しいビーチの中央に設置されたビーチチェアでくつろいでいた。
それにしても、銀河帝国という超巨大国家において、皇帝に次ぐ貴き立場にある男の、なんとセクシーな水着姿であろうか。
顔面から指先に至るまで、全身の筋肉は余すことなくいじめ抜かれた上で育まれており、油で照りも付与した現在の姿は、生ける鉱石のごとき輝かしさ。
そんな人物が股間と尻の要所のみを覆うブーメランパンツ姿で寝そべっているのだから、もしこの場を囲うのが警備兵ではなく婦女子たちであったら、たちまち大騒ぎと化しているはずであった。
金髪は恐ろしく短い角刈りで整えられており、人気ブランドのサングラスを装着した顔は、モアイ像が魂を得たかのように精悍なもの。
男の美の究極系が、今このビーチに完成しているのだ。
「どいつもこいつも、口を開けばイラコ、イラコ、イラコか……。
挙句、父上もいまだこのオレ様に出撃命令を下さぬ。
第一皇女や第二皇子は、すでに改装した座乗艦に即した任が与えられているというのにも関わらず、だ」
ベルトルトの言葉に、答える者はいない。
警備の者たちは、下手なことを言って怒りに触れるのを恐れているのが明らかだ。
その様子が、少しは無聊を慰める。
彼らに与えし恐怖は、ベルトルトが真に自身で得た力だからであった。
「まあ、いい。
真打ちとは、遅れてやってくるものよ。
下の皇子皇女には、せいぜい露払いをやってもらおうではないか。
今をときめく庶子殿にも、な」
ニヤリと笑って、サングラス越しの眼差しを天空へ向ける。
今頃、この向こう……成層圏を抜けた先では、小生意気なアジアハーフが帰還を果たしているはずなのであった。
お読み頂きありがとうございます。
昨日書き忘れましたが、シレーネが捕虜になってることも伏せてる形ですね。
そこは後の話で触れます。
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