新生アマテラス艦隊
アリの行列なんかが顕著な例ではあるが、ナニモノかが整然と隊列を組み、歩調を合わせて歩む姿というのは、壮観である。
それぞれ別の脳と意思、魂を持つはずの者たちが、まるで一個の生物であるかのごとく一心同体となり、ひたすらに長い列を形作る……。
これは、一般名詞としても、軍事用語としても、行軍と呼ばれる行動だ。
そして、俺ことイラコ・ジーゲルが思うに……紀元前のメソポタミア文明から銀河時代の現在に至るまで、軍事行動というものの基本にして奥義と呼べるのが、この行軍と呼ばれる行動でもある。
ただ、一斉に動くというだけのこの行為が、どうして奥義となり得るのか?
それはひとえに、軍隊の移動速度――機動力を大いに左右するのが、行軍の練度だからである。
アレクサンドロス大王の東方遠征しかり。
モンゴル帝国の遠征しかり。
ヒデヨシ・ハシバのチュウゴク大返ししかり。
ドイツの電撃作戦しかり。
軍の行軍速度が勝敗や戦局を左右した事例など、枚挙に暇がない。
また、例として挙げた事例が、ヒデヨシを除けば侵攻作戦に傾倒していることからも明らかなように、侵略性の国家にとって、何はなくとも必要なのが、この機動力であり、高い練度で行われる行軍である。
高練度で行軍ができる軍隊を作れて、初めて一人前の侵略者!
他国の領地が欲しい? ならば荷物を持て! 隊列を組め! 歌を歌いながらでもなんでもいいからリズムを取って、全員同じ歩幅で歩けるようになってみせるがいい!
とまあ、こんなところである。
また、時代や技術レベルと無関係に共通しているのが、優れた行軍には優れた兵站が必要不可欠であるという事実だ。
どういうこと? と、素人ならば思うことだろう。
機械化が進んだドイツの電撃作戦はともかく、中世の連中には、そんなに兵站は関係ないだろう、と。
ところが、実際はまったく無関係ではない。関係大有りだ。
まず、履き物。
靴にしろサンダルにしろ、消耗品で、これがちゃんとしていなければ、素早く歩くことなど不可能。
よって、迅速に行軍を行いたいならば、これを兵たちの手弁当に任せるのではなく、可能な限りの高品質さで平等に支給しなければならない。
さらに、お馬さん!
中世レベルの軍隊が動くには、お馬さんのパワーが必要不可欠。
よって、普段からこれをよく育成し、十分な量の飼葉も蓄えておかねばならない。
さらにさらに、道!
あったりめえだ。道なき道をゆけと言われても、兵隊さんたちは探究心に溢れた冒険者じゃねえのである。
必要とあらばっつーか、命令とあらば山越えも川越えもえーりゃこーりゃとやってみせるだろうが、そんなんでスピードが出るわけありませんね。
よって、侵攻先はともかくとして、自国内の道をズビャッと平坦化し整えておくことは必要不可欠!
できるなら、侵攻先とも裏切る直前まで仲良くしておいて、通商用の街道を整備しといてもらいたいところだ。友達は大事にしよう。そして、最後に裏切ろう。
えー、そんなこんなで、だ。
言い出せばキリがないくらいに、行軍と兵站とは密接な関係にある。機械化が進んだ20世紀以降は、これに工業力などの要素も加わってくるのだから、なおさらだ。
え? 工業力と兵站ってまた別のものじゃないかって?
そうねえ……個人的には、民間の生産能力から輸送能力までひっくるめて兵站って扱いにしていいくらいには、混沌と混ぜ合わさってる部分だと思う。
えー、とまあ、そんな具合に長々と行軍の重要性及び、兵站との密接な繋がりについて語ってきたわけだが……。
それで何を結論付けたいかといえば、俺の副官にして秘書官たるマミヤちゃんの手際は、百点満点以上のものであったということだ。
「圧巻の光景だな……。
まるで、ミルキーウェイでも人工的に作り出しているかのようだぜ」
気のせいか、何ヶ月も座ってなかったかのような錯覚を覚える給糧艦アマテラスのキャプテンシートに座りながら、俺は溜め息混じりに吐き出す。
やはり数ヶ月ぶりに着用する気分の銀河帝国軍士官服の襟元が、ひとりでに引き締まるような感覚。
それほどまでに、ブリッジの右舷サブモニターに映し出されたバックカメラの映像は、壮観な代物であった。
何しろ、シールド艦クシナダを先頭に、斬撃艦フレイヤ、給糧艦アマテラス、兵員輸送艦ツクヨミが進む後ろには……都合、30隻もの元民間輸送船が列を成し、さらにその周囲には、護衛の駆逐艦六隻が一定間隔で随伴しているのである。
特筆すべきは、その練度。
輸送船主体という都合上、戦艦としては論外レベルで足が遅いアマテラスの巡航速度よりさらに遅い速度とはいえ、これだけの艦が、一糸乱れぬ速度と隊列を保ちながら、一斉に航行しているのだ。
栄光ある銀河帝国軍の実力、ここに発揮せり、であった。
だが、さらにさらに特筆すべきなのは……。
「これだけの艦と、そこに積み込む物資ならびに、乗員を期限内で手配しきってみせるとは……。
今回のMVPは、すでにマミヤ少尉で決まりだな」
「そんな……。
モリーさんたちや、大企業の皆さんが強力にバックアップしていてくれたからです」
軍帽付きの改造軍服にフリル付きのミニスカートを着用し、足元を白のニーソックスと編み上げブーツで固めるという女子広報士官用制服姿のマミヤちゃんが、俺の傍らでタブレット端末を両手に抱き、ヤマトナデシコスタイルで伸ばした黒髪を揺らす。
「マミヤだけではない。
わたしたち技術者も、それぞれ前歴が異なる民間からの徴用輸送船を、可能な限り同じ速度が出せるようにアップグレードしている。
メカニックの仕事ぶりを侮るのは、20世紀から続くパイロットの悪癖。
イラコは今すぐわたしをねぎらうべき、そうすべき」
俺の膝の上を専用席として座り、下から見上げるようにしてきたのが、自己申告通りもう一人の功労者であるエステだ。
女子広報用の士官服を身にまとい、銀髪をツインテールにした氷碧の瞳を持つ美少女は、いつもながらの無表情。
「むー……」
が、頬をぷっくらさせているし、自分で「むー……」と言っているし、これはどうやら不機嫌であると分かる。
「しゃーない、撫でてやるか。
よっしゃよっしゃよっしゃよっしゃ」
頭を撫でてやろうとするが、そこへいつもエステに抱き抱えられているテディベアが突き出され、身代わりとなった。
そうさ、俺はテディベアを撫でてやりたかったんだ。
初めて会ってプレゼントした際に色々あった結果、中身の大部分が万能デバイスに入れ替わっているこいつの撫で心地を確認してやりたかったのである。
うりゃうりゃうりゃうりゃうりゃ。
「髪、触らないで」
「……うす」
テディベアへの撫で撫で攻撃を止め、うなずく。
余談だが、風呂へ入れてやったり朝に髪をセットしたりするのはOKで、スキンシップで髪を触るのはNGというそこの境目が俺にはよく分からない。
まあ、整えるためにやるのと、単に乱れるおそれがあるだけの接触では別物ということなのだろうか。
「おうおう、おれの孫がした仕事っぷりには、せいぜい感謝してくんな」
「うふふ、本人は謙遜してますけど、本当に神がかった速度で各種の采配をしてくれましたからねえ」
長髪で顔の左半分を隠した操舵手の爺ちゃん――メケーロ爺ちゃんと、白髪をお団子結びにしたかわいらしいお婆ちゃん通信士――モリー婆ちゃんが、口々にそう言う。
「この短期間で、しかも玄関口たるレクの宇宙港をあれだけ破壊されていながら、これほどの布陣を敷くとは。
げに恐るべきは、帝国の国力だな……」
シレーネさんが座るのは、本来なら砲手が座るためのシート。
お客さんといえばお客さんな立場の彼女だが、今はもう捕虜というわけではないので、アマテラスの特性上、用がないこの席を使ってもらうことになったのである。
また、彼女の格好も、今までのような黒ジャージとかレディ用スーツとかではない。
基本的なこしらえこそ銀河帝国の女子広報士官用制服と同じであるものの、生地はジンバニア王立連合風の白色を使い、スカートもタイトタイプ、ニーソの代わりにストッキングという装いの特注士官服を身にまとっていた。
ただでさえモデルじみた美貌で、亜麻色の髪を後頭部で一つ結びにしている彼女がこのような恰好をしていると、超絶仕事のできるキャリアウーマンといった雰囲気……というには、19歳という年齢からくるしなやかさが勝っているか。
あと、ミサイルみたいに突き出たお胸のボリュームもさることながら、お尻のラインがこう……すごくてすごいです。
あれだな……タイトスカートというのは、女性のお尻を魅力的に演出するための衣類であるということを、俺は20年の人生で初めて知ったぜ。
えー、というわけで、だ。
「新生アマテラス艦隊、か……」
この給糧艦アマテラスを旗艦として新たに編成され、そして、今、前線になんぞ行きたくない俺と共に最前線へ向かう各艦艇の行軍ぶりを見ながら、俺はそうつぶやいたのであった。




