英雄(ヒーロー)
昔見た20世紀の映画で、こういう台詞があった。
『死と税金からは逃れられない』
いーい台詞だあ。
そう! 帝国国税局査察部から逃れられる者など、この銀河には存在しない!
印税の未申告! 競馬の勝ち金! 現金による直接贈与!
奴らは、いかな不正も見逃さない地獄のドーベルマン!
この銀河帝国においては、大人しく税金を収め、俺たち皇族のご飯代や銀河帝国軍の維持費として使われる他にないのだ!
さておき、今回の本題は、もう一つの逃れられないモノ。
すなわち――死だ。
惑星レクの反乱と呼ばれることになったあの事件は、実に数多くの死をもたらした。
それらは、極めて理不尽で、許しがたく……俺ごとき人間では、言葉で現しきれないものである。
そして、それはレクの宇宙港で働く職員や、あるいは惑星レクの領主軍に属した軍人たちだけではなく……。
俺の身内、アマテラス艦隊においても、降りかかっていたのだ。
「諸君! 彼は死んだ! 何故だ!?」
給糧艦アマテラスの観測室……。
どんな戦艦であっても標準装備されている光学観測用のドーム内へ集まった者たちへ向けて、俺は高らかに宣言していた。
俺の眼前に置かれているのは、車輪付きのストレッチャー。
何かこう、祭壇的なアイテムがあればよかったのだが、そう都合よくはいかなかったので、とりあえず遺体を横たえるのに不自然ではないものを選んだのである。
なお、他の候補はみかん箱だ。
――シン。
さておき、星々の光で照らされたドーム状の空間に満ちるのは――静寂。
耳を澄ませば、皆の息遣いすら聞こえてきそうなほど痛々しいそれであった。
この場に集ったのは、アマテラスで製菓業務を行う元軍人のお爺ちゃんたち……。
故郷で駐車場係の仕事もなかったという者や、頭こそ禿げているもののあまりにハンサムなイギリス系ダンディ、筋肉ムキムキマッチョマンの変態や、牧師のように静かな雰囲気を漂わせている黒人の老爺などである。
皆が皆、神妙な顔。
そんな彼らに向かって、俺は決然と言い放つ。
「彼が死んだ理由、それは――勇敢だったからだ!
見るがいい! 彼の全身に刻まれた傷を!」
言いながら、俺も逸らしたくなる目を意思の力で引き留め、彼の遺体を見やった。
なんという……むごたらしさ。
まず、一見して分かるのは、全身がねじ曲がっているということ。
前後左右、どころではない。
X軸の360°……Y軸の360°……ありとあらゆる方向から、猛烈な力が何度となく、その身へ襲いかかった結果である。
「うう……!」
「くう……!」
何人かのすすり泣く声が、木霊した。
それを軟弱だとそしれる者など、この場にいようはずもない。
あまりにも、惜しい命。
もし、自分が同じ立場に置かれたのなら……。
その時、彼と同じように持ち場を守りきれる自信がある人間は、誰一人としていないだろう。
だから、遺された人間にできることは、ただその死を悼むことだけ……。
「戦士の栄光は、生きて生きて……生き抜いた先にこそある。
それは一つの真理であろう。
だが! 我らはこの心に刻まなければならない!
真に勇敢なる者の意志は、死したその先で遺された者たちに受け継がれる!
彼は、他の誰にも果たせない困難を成し遂げた!
ただ一人、絶望的な戦いへと挑み、そして、その身を引き換えにして、守り抜いたのだ!
人は古来より、そのような者をこう呼ぶ!
……英雄、と!」
「そうだ!」
メケーロ爺ちゃんが右手を突き出しながら叫び……。
「そうだ!」
U時禿げと赤鼻が特徴的な老メカニック――フェラーリン爺ちゃんも、それに続く。
後は、連鎖。
「その通りだ!」
「彼こそ真の英雄だ!」
「俺たちはその存在を……死を、決して忘れないだろう!」
誰もが拳を掲げ、興奮しながら叫ぶ。
それは、しばしの間、続いたが……。
「――やめ!」
俺がそう叫ぶや否や、ピタリと静まった。
特に打ち合わせなどしているわけではなく、お爺ちゃんたちの練度の高さ……。
何より、死したる彼に対し、遺された俺たちの心が一つになっていることを、表しているといえるだろう。
「最後に、皆で彼の死を、再び悼もう……」
俺はそう言いながら、ストレッチャーの上に横たえられた遺体を、そっと両手ですくい上げる。
そして、皆の目によく見えるようこれを掲げ、こう叫んだのだ。
「彼に……シレーネ殿下のユカタの胸元を留めていた安全ピンの魂に、安らぎがあらんことを!」
俺の手の中では、安全ピンってこんな形だったっけ? とツッコミたくなる形へと変形したピンが、無惨な死体を晒している。
レンタカーで移動している時、流れでシレーネさんの胸元を留める栄誉を授かった彼は、そのままピノキオあらためロビンフッドの戦闘にも同乗。
ありとあらゆる方向から押し寄せる質量の暴力に耐え、抗い抜き……その生涯を、終えたのだった。
「ううっ……」
俺の両目から、涙がこぼれる。
「あう……」
「ふぐっ……」
それは、集まったお爺ちゃんたちも同じであり、俺たちは漢泣きに泣くのだった。
シレーネさんのユカタの胸元を留めていた安全ピン……!
お前のことを、俺たちは決して忘れないだろう……!
あ、ちなみにこの葬儀は、中継で銀河皇帝と第一皇子にも送ってまーす!
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『この宇宙で最も崇高な死を遂げた戦士を弔う会』という、アホ丸出しな張り紙が入口に貼られた観測室内……。
さめざめと涙するジジイたちと、そんな彼ら相手に演説する兄イラコを見て、キュートでせくしいな超天才美少女にして銀河帝国第四皇女でもあるエステ・ジーゲルが思うことはといえば、ただ一つであった。
そう……。
「バカばっか」
ただでさえ氷碧に輝く瞳をさらに冷たくし、テディベアを両手で抱きながらつぶやく。
共通モジュールとして、銀河帝国に属するどの戦艦の外郭部にも搭載されるこの観測室は、かなりの広さがある。
これは、機器という機器が使えなくなった非常時、肉眼による座標確認をするための命綱であると共に、平常時、強化ガラス製のドームを外部に露出させて天体観測を楽しめるレクリエーション施設でもあるからだった。
実用性一辺倒で、つい最近まで嗜好品の類すらタブー視されていた銀河帝国軍内では、極めて珍しい事例。
が、星を読むスキルが宇宙を行く船乗りにとって重要な能力であることを思えば、その狙いはうかがい知れようというものである。
そのような理由により、相当数を収容可能なこの観測室内で、隅の方に立っているエステの存在へ、気付く者はない。
ただ一人を、除いては……。
「本当、バッカみたいだよね!
でも、お兄ちゃんのああいう欲望に真っ直ぐなところ、ボクは嫌いじゃないなあ!」
エステの隣でニコニコ笑顔を浮かべそう言ったのは、誰が見ても、抜群の美少女と形容するだろう人物だ。
年齢は14歳。
小柄な体に着用している衣服は、漆黒の女子広報士官用制服を、思いのまま改造した超オーダーメイドの逸品。
ふりっふりの萌え袖といい、膝丈のふわふわスカートといい、毒々しいピンクと黒とのボーダーストッキングといい、着る者を選びまくるデザイン。
だが、これを着用している子は――似合っている。
顔立ちは、天使とか人形とか、そういった形容詞を欲しいままにしているエステから見ても整いすぎるほどに整っており、しかも、薄い化粧と相まってコケティッシュな魅力があった。
前髪を斜めにカットしたショートボブはパープルに染め上げられており、これも挑戦的だが、実に……似合う。
エステが天使だとするならば、こちらはまさしく小悪魔。
対照的な美少――“年”なのだ。
「バカっぽいといえば、ヴィーチェもだいぶバカっぽい格好してる。
自分の性別を大事にすべき、そうすべき」
「ええー? でも似合ってるでしょう?」
クルクルと、エステの前で全身余すことなく見せつけるように回ってみせるヴィーチェである。
それから彼は、挑発的にこう言ったのだ。
「だからエステもさー。
第四皇女の座はこのヴィーチェ・ジーゲルに譲って、第五皇女を名乗りなよ?」
「絶対にお断り。
ヴィーチェは第七皇子という自分の立場を誇りに思うべき、そうするべき」
皇子皇女では最も年の近い兄――ヴィーチェに向けて、エステは冷たい声と眼差しを向けるのであった。




