反帝国連盟
1329。
ペンを走らせたのならば、ものの一秒もかからずに書き終えてしまう四つのアラビア数字。
これが何を意味するのかといえば、『惑星レクの反乱』と呼ばれることになった今回の事件における最終的な死者の数である。
ただ数字として見るだけならば、いまいちピンとこない。
だが、これが惑星レクで暮らす地元住民に与えた衝撃は、恐ろしいもの。
まず、この俺こと第四皇子イラコ・ジーゲルを時の人として迎え、バカ騒ぎが繰り広げられていた各種娯楽施設は、のきなみ自粛により休業。
各種の商業施設も同様で、コンビニエンスストアやスーパーマーケットなど、半ばインフラと化している業態を除けば、営業中止する事態に陥っている。
代わりに――こんな表現をするものではないが――盛況を極めたのが各種の宗教施設で、特に銀河帝国で主流となっているキリスト教の教会は、死者の安寧を祈る者たちでごった返す有様となり、臨時で設置された献花台は、無数の花々で埋め尽くされることとなっていた。
その事実を踏まえて、俺は大規模なテロ事件や自然災害が起こると、生花業界はこうも儲かるものなのかと、場違いな感想を抱いたものだ。
惑星レク上で最も顕著な変化が訪れたのは、なんといっても反乱の主戦力だったイセ新選組の地元であるイセタウン。
この惑星レクを治めるコリン・シュワード辺境伯は事態の終結後、迅速に領主軍を再編し、同都市を包囲。
今は、内外の往来を完全に断ちながら、中央の情報局から派遣される特別高等警察の到着を待っている状態だった。
惑星各地の基地と機動戦力を完全に潰された状態でありながら、歩兵系戦力だけでも迅速に再編し動かしたコリンの手腕は、なかなかのものであるといえるだろう。
ちなみにこれは、イセ新選組の足元を調査するという目的もさることながら、それ以上に、イセタウンの外側の不満を抑えるためのパフォーマンスの意味合いが強い。
それほどまでに、人々がイセタウンの住民に向けた怨嗟の念は凄まじいものがあったのである。
手元にある便利な板切れを使って、各種のSNSを見てみれば、その一端が窺えた。
21世紀からこっち、SNSというものはマイナス感情増幅装置として大いに発展してきたものだが、スクロールして関連する投稿を見てみると、人間というものは、かくも品性を投げ捨てられるものなのだと、逆に感心させられるな。
とりわけひどいのは、日系人種へのバッシング。
殺せ、とシンプルかつ直情的にコメントするだけならば、まだ分からなくもない。
しかし中には、火力艦の艦首荷電粒子砲を使い、イセタウンもろとも焼き払えばいいなどというコメントまであって、目を覆うばかりであったものだ。
差別……か。
アルファードとの戦闘中に行った問答が、思い起こされる。
〇〇という存在は下等で劣っているもの。
人間が高度な社会性を持つ生き物であることを思えば、被差別対象を求めるのは、一種の生物的な本能であるのかもしれない。
で、あるからこそ、ボヘミアの伍長は総統閣下になれたわけであるし、アメリカではKKKなどというアホ丸出しな集団が実在し得たのであった。
……なんて、差別主義者に対して唾棄し、一種優越的な感情を抱いてしまうのもきっと、被差別対象を求める本能なのだろうけども。
「と、いうわけで、だ。
今、見せた通り、お前たちイセ新選組のおかげで、イセタウンはえらいことになっちまってる。
こうなった以上は、知ってることを洗いざらい吐いた方がいいぞ?」
薄暗い室内で、調度品と呼べるものは、互いの間にある簡素なテーブルと、お互いに座っている椅子のみ。
壁を見ればマジックミラーが張られていて、その向こう側では、コリン辺境伯やこの惑星の治安に関わる高官たちが息を潜めて俺たちのやり取りを見守っている……。
20世紀の昔から代わり映えがしない取調室の中において、俺は向かい合っている青年――ゼファー・ショウナンに向けていた携帯端末をしまいながら、そう問いかけた。
「ハッ……!
オレが今できること、それは下呂うことだけってかあ?
安く見られたもんだな? 拷問されたって話さねえよ」
俺との洋上戦闘で、乗機をアッサリ撃墜された後……。
辺境伯の海上警察隊に救助及び逮捕されたゼファーは、思いのほか元気そうな様子。
イセ新選組のグッズでもあるTシャツは当然ながら没収され、今はオレンジ色の囚人服。
薄い金色に染め、サイドを刈り上げて天を突くかのように逆立てていた自慢の髪は、さすがにクッシャクシャだけどな。
「話してくれよ?
アルファードは乗り捨てた弐式だけ残して行方不明、カワハラとイゾーロ先生は戦死。
レンゲとかいう遊撃隊長も、どうもうちの人間と接触したみたいだが、その後の消息が知れてない。
情報を持っていそうなのは、イセ新選組副長であるあんただけなんだ」
「イゾーロの爺さんも?」
俺が話した内容のうち、一つだけにはギョッとした眼差しとなるゼファーだ。
その様子を見ると、先生が、どこぞへ隠し持っていたM2で出撃してきたことに関しては、予想外のことだったらしい。
「正確には、行方不明だけどな。
でも、俺は確信している。
あの分割剣を使っていたM2のパイロットは、イゾーロ先生だ」
「そう、か……」
大きな溜め息を吐き出しながら、背もたれに体重を預けるゼファーである。
それから、天井を眺めてしばらくの間、考え込み……。
「……反帝国連盟」
一つの単語を、吐き出す。
「反帝国連盟? それが、お前たちのバックについていた連中の組織名か?」
「傷つくね。
オレたちが、単独であれだけの事件を起こしたとは、思っちゃくれねえわけだ?」
「あんたがそのことを把握しているかは知らないが、連中、アビス級反応弾まで持ち出してきたからな。
とてもじゃないが、マイルドヤンキーの集団に用意できる代物じゃねえだろ?
で、接触経路は? メンバーとして、どんな人間を知っている?
連中が惑星レクで拠点としていた場所はあるか?」
畳みかけるように質問をぶつける俺を、どう、どう、と両手で制するゼファーだ。
「接触は、いつも向こうからだった。だから、詳しい情報は何も知らねえよ。
ただ、あえて言うなら、宇宙港にドッキングしていた帝国の戦艦をハッキングした遊撃隊長――レンゲ・オレンジな?
あの娘は、反帝国連盟から派遣された人間だ。
だから、オレよりよっぽど情報を持っているだろうぜ」
「――何?」
レンゲ・オレンジという少女……。
思っていたよりも、はるかに重要な存在であったらしい。
しかし、これも考えてみれば、当然のことか。
「そりゃ、そうだろう?
お前が言うところの、マイルドヤンキーたちの群れだぜ? オレたちは。
あれだけの大規模なハッキングを、自前の人員で出来るものかよ」
「言われてみりゃ、そうか、な……」
ゼファーから、むしろ諭すように返されてしまい、腕組みする。
どうやら、俺は自覚していた以上に頭が茹だっている状態だったらしい。
「とまあ、オレに話せることはそんくらいだ。
悪いな。大して情報持ってなくてよ」
両手を頭の後ろで組みながら、ふんぞり返ってみせるゼファー。
継続的な取り調べの後、一年か二年の内には極刑となるだろう彼に、最後の質問をぶつけることにした。
すなわち……。
「なんで、こんなことしたんだ?
上手くいきっこないだろう?
全部順当に進んだところで、銀河帝国相手に継続して惑星レクを占領し続けられると思うか?
どころか、大事な地元であるイセタウンの立場が悪くなるだけだ。地元を盛り上げたかったんだろう?」
「銀河帝国人にシッポ振ってるクソな観光都市なんか、盛り上げようとは思っちゃいねえよ。
資金源として大事にしちゃいたがな。
オレらは、フリーレーン自由商業同盟の志を継ぐ者として、帝国の玄関口を一個潰したかっただけだ。
大体がだぞ? オレたち日系人は、イセタウンの外じゃロクな就職先もないのが、実情なんだ。
そんなクソ統治かましてる銀河帝国に対して、反乱を起こすのは当然のことだろうよ?」
フリーレーン自由商業同盟。
銀河帝国が滅ぼすまで、惑星レクを統治していた勢力の名前だ。
そして、イゾーロ先生が、同勢力において突撃機動軍を指揮する大佐であったことを思えば、日系人に対する扱いは雲泥の差があるといえるだろう。
アルファードは、そう言っていた。
だが、それでも……。
「うちのマミヤ少尉は、女子広報士官としてとはいえ、ほぼ最短コースで少尉になっている。
それにそもそも、イセ新選組だって、特別に認められた部隊だろう?」
「そりゃ、一部の飛びぬけて優秀で可愛い女子は違うだろうよ。
後者は、タイゴン弐式という手土産があったからこそだ。
そこにいるコリン辺境伯殿に、直で聞いてみろよ? いるんだろ?」
気配を探れば、コリンがビクリと身を震わせたのが感じられる。
なるほど。俺の友人たちで、しかもタイゴンの兄弟機みたいなのを使ってる部隊が手元にいると、色々と政治利用できると考えたわけだ。
実際は、そうなると踏んでアルファードたちが近づき、今回の計画実行に必要な情報を吸いだしたんだろうけどな。
ともあれ、これで聞くべきことは聞いて、言うべきことは言った。
「そうか……じゃあな」
「ああ……あばよ」
それを別れの挨拶として、取調室から出る。
「反帝国連盟、か」
同時に口を突いて出たのは、なんともありふれているというか、工夫がないというか、分かりやすい名前をした組織。
おそらく、俺が想像したよりも根深い所に潜んでいて、豊富な資金と高度な技術力を有するだろう組織だ。
「また何か仕掛けてくるんだろうな。
あーあ、やだやだ……」
つぶやきながら、かかとで取調室のドアを軽く蹴った。




