逃走の遊撃隊長
「なんといえばいいんでしょうね。
規格外過ぎませんか?
何も、かも……」
民間用スペースクルーザーの観測カメラが映し出した衝撃の映像……。
戦艦同士のさらなる合体を果たした頭のおかしい第四皇子の艦が、科学も技術も知ったことではない超長大剣によるアビス級反応弾処理を成し遂げた光景に対し、レンゲ・オレンジは呆然としながら呟いていた。
レンゲの立場は、イセ新選組遊撃隊長……。
いや、あのサークルじみたテロ組織は、もう壊滅したも同然であるわけだし、そもそもが出向先に過ぎないのだから、肩書きとしては不適切か。
ならば、レンゲの肩書きを表すのに相応しいのは、やはりこちらの言葉であろう。
反帝国連盟の自由闘士。
実際、今、レンゲが乗っているクルーザーは、この組織によって用立てられていたものであった。
端的に言って、首尾がよろしくなかった時の脱出用。
何しろ、巨大な蜘蛛の巣じみた惑星レク宇宙港の各所で、艦砲級の破壊が吹き荒れたのだ。
クルーザー滞在でスペースバカンス気分を味わっていた人間たちの中には、混乱しながらもドッキングアームへの接続を解除し、惑星周辺から離脱した人間が少なくはない。
この辺りの対処の早さは、長きにわたって吹き荒れた戦火で、緊急時に対する心構えが民間レベルから培われているからだろう。
おかげで、レンゲもこうして、クルーザー一人旅を満喫できるというわけだ。
「まあ、現実として、あんなバカみたいなマシーンを用意されてしまったのだから、これはもうお手上げですよ。
うん、どうしようもない。ボクはがんばりました。
犠牲になったイセ新選組の皆さんと、反帝国連盟の自由闘士たちの魂に安らぎがあらんことを。
アーメンなむなむ」
一応、イタリア系かスペイン系に属するオリーブがかった褐色肌と、栗色に赤みが入った短い髪を持つレンゲであるが、そちら側の宗教に属するというわけではない。
というか、神どころか親も知らない出自なため、祈りの言葉も仕草も適当極まりないものであった。
「と、いうわけで、惑星レクでのお仕事終わり!
次の指令が下るまで、しばし、このクルーザーで豪華一人旅を楽しむとしましょう!」
着ていた変装用のツナギをスポポポンと脱ぎ捨て、スポーツブラに女性用トランクスというラフな格好になりながら、実用性重視の無骨な眼鏡を持ち上げる。
この民間用スペースクルーザーは、長期にわたる航海を快適に過ごせる豪華仕様。
ちょっとした小金持ちをターゲットとしている商品であり、25メートル級の船内はモダンかつスポーティな装いで整えられていた。
16歳の小娘が一人で使う城としては、十分過ぎるほどの代物なのだ。
「ワープドライブ含む航路は、帝国中央部へセット完了!
身分証明書の類は――」
コックピット内のダッシュボードをゴソゴソと漁り、調達屋が残していったものを探る。
果たして取り出したのは、親愛なる銀河帝国臣民レンゲ・オレンジ16歳の新たなる身分証明書であった。
もちろん、偽造品だ。
二重三重に偽造対策を施されたカードタイプのそれだが、こういったものは、必ず破られるのが世の定めなのである。
「さっすが、反帝国連盟の調達屋さんはイイ仕事してくれてます!
と、いうことは、リクエスト通り……」
コックピットを後にして、リビングダイニングへと足を運ぶ。
システムキッチンがソファやテーブルを眺める形の構造となっている室内で、冷蔵庫から取り出したのが――帝国ドクターペッパー!
そして、お洒落な収納から取り出したのは、レンゲのソウルフード――ひねり揚げであった。
「ではではー!
組織としてはともかく、ボク個人としての任務完了を祝しての――カンパーイ!」
一人きりの室内でソファに腰かけ、帝国ドクターペッパーのプルタブを開く。
さっそく一口!
「んん……たまんない!」
口中に広がるのは、あまりにケミカルかつ、フルーティーな味わい!
基本的にはフルーツミックス系のフレーバーであるはずなのだが、そこに加わっている得体の知れないサイケデリックさはなんなのだろうか?
ただ一つ確かなのは、帝国ドクターペッパーというその商品名を余すことなく体現した……選ばれし者の知的飲料であるということ!
「そこで、このひねりっこちゃんをすかさず頬張る!」
言葉通り、ビニール袋から取り出したひねり揚げを一本、口の中に放り込んだ。
瞬間、感じられるのは、疲れた体に染み渡る塩気と油分……!
人間という生物が、原初の昔から愛してきた栄養素だ。
そして、それをまとっているのが特徴的な形にひねって揚げられた小麦生地であるのだが、やはり、名称由来ともなっているこのひねりっぷりこそが、ひねり揚げという菓子を語る上で欠かせないポイントだろう。
通常、食感という言葉で表されるのは、歯に対する喜び。
要するに、食べ物を食す際の咀嚼で楽しませるわけである。
だが、ひねり揚げは違う。
この菓子が楽しませるのは――舌。
味で、というのももちろんだが、食感でもって楽しませるという意味であった。
そう、ひねり揚げは、その食感でもって舌を楽しませる菓子!
ひねって揚げることで生み出されるおろし金じみた形状が、ザラザラと舌を撫でて心地良いことこの上ない!
しかも、その主原料が最もポピュラーかつ、ありふれた穀物である小麦粉であるというのも、見逃せなかった。
総括すれば、ひねり揚げというのは、人類の叡智を結集し、最も手軽で安価な材料に、いかな高級食材でも生み出せない独自の個性を付与した菓子。
まさに、選ばれし者の知的スナックであるといえるだろう。
「んふー……。
左手に帝国ドクターペッパー……!
右手にひねりっこちゃん……!
これほど相性の良い組み合わせが他にあるでしょうか? いえ、ありません!
まさに、選ばれし者のための宴であるといえるでしょう!」
テーブルに載せた馳走を味わうことで、心ゆくまで己を労る。
人心地つくと、脳裏に思い描かれるのはこれからのことであった。
「さて、これからどうしましょうか?
今回の作戦における“指揮官”も、どうやらアルファードさんの怒りを買って殺されてしまったようですし。
乾坤一擲の作戦でしたから、しばらく、組織としては大がかりな動きが取れませんかねー。
だったら、ボクは次の指令がくるまで、のんびりバカンスといきますか」
ひねり揚げをボリボリしながら、ではどんなバカンスがよいかと思案する。
「無難にいくなら、帝都星ティンゲルで、食べ歩きと観光……。
いえ、しかし、誰も知らないような地方領主の治める惑星で、地元の名産品を味わうというのも乙なものですか。
もっとも、このひねりっこちゃんより美味しいものはないでしょうけど――」
「――ああ、美味そうなモン食ってんなー?
俺にも分けてくれよ?
それとも、お前だけの独占、独占、独占、独占、独占だってか?」
背後――リビングダイニングの入口からそっとかけられた言葉に、下着姿の全身を硬直させた。
馬鹿な……あり得るはずがない……。
しかし、この声音と、様子のおかしいポエミーさが感じられる喋り方は……!
「おっと、ソファの中に何隠してるのか知らないけど、おかしな気を起こすのはなしだ。
まさか、お尻の下にシークレットジュエルがあるなんて話でもないだろ?」
「くっ……」
そう言われて、ソファの隙間へ差し込もうとしていた手を止めた。
手筈通りなら、調達屋によって非常用の拳銃が隠されているはずだったのだ。
「そっちを向いても?」
「おー、もちろんだぜ?
同じイセ新選組の隊長と遊撃隊長じゃねえか?」
そう言われて、立ち上がりながら振り向く。
果たして、そこに立っていたのは……。
コックピット内のサバイバルキットから取り出したのだろう、簡易パイロットスーツ姿の男だった。
そして、男は、見るからにチャチな造りのヘルメットを外し、軽薄な笑みの張り付いた顔を露わにしたのである。
「……アルファード・ヤマモト」
レンゲは、小柄な体を緊張させながら、侵入者の名をつぶやくのだった。




