アマテラスオオカミ・ブレイド 4
「ヒュ……!?
ハァー……ハァー……」
マミヤの全身を構成する細胞が粟立ち……。
背筋から溢れる冷や汗がユカタを濡らし、荒い息もとめどなく吐き出される。
たった今、イラコママがアマテラスオオカミ・ブレイドで実現し、披露したこの瞬間移動は、それほどまでに――圧倒的。
本日、散々にバグらされたマミヤの脳味噌が、さらなるデバッグを欲していると本能的に理解できる光景が、ブリッジ正面のメインモニターへ瞬間的に展開されたのであった。
「うふふー。
昔から赤い機体は三倍の速さになると言いますし、せっかくの赤い新形態なので、ママ張り切っちゃいましたー」
「さすがはイラコママ。
左腕スラスターのプラズマジェット噴射による補佐があるとはいえ、ベレンジャーの最高加速すら上回るほどの超スピードだった」
ポヨンポヨヨンと豊かなお胸を揺らすメイドのママさんに、キャプテンシートのエステ皇女が淡々と応える。
「え、エステ殿下は平気なんですか? これが……?」
自分より三つも幼い少女が平然としているので、惑星の危機という状況も忘れて、ついそんなことを尋ねてしまう。
対する返事は、「むふー……」という鼻息混じりのもの。
「わたしは昔から修行中のイラコの背中におぶられたり、イラコがM2を操縦している時、補助シートで同乗したり、ハイウェイをコンパクトスポーツカーで飛ばす際、助手席に乗ったりしてきた。
もはや、三半規管だけなら、一流パイロットの域へ達していると自負している」
マミヤを見る氷碧の瞳は、やや得意げなモノ。
これは……これは……。
マウントを取られている!?
それも、小姑のように!
……とはいえ、今は何か対抗しようという気が起きない。
そもそも身分が違いすぎるし、気持ち悪くてそれどころじゃないし、惑星破壊兵器を破壊しないといけないし……。
……はっ!? 惑星破壊兵器! アビス級反応弾!
正面メインモニターに映し出されたドリル型の先端部を持つロケット弾が、マミヤを現実へと引き戻した。
「データ照合……!
かつて、実際に使用された反応弾と、同一の設計により製造されているようです!
内部構造、出します!」
マミヤの操作に従い、右舷サブモニターに、アーカイブから引っ張り出した反応弾の内部図解が映し出される。
とはいえ、実のところ、構造的にはさほど複雑なものではない。
電磁ドリルに覆われた先端部内で、臨界寸前の反応核を磁場コーティング。
そこから後ろ……つまりロケット弾を構成するボディの大部分は、反応核のエネルギーを転用したプラズマジェット推進装置であった。
いかに電磁シールドで覆われているとはいえ、一本のドリルを支えもなく地面に突き立てたところで、横転して終わる。
そのため、ロケット弾後部からの爆発的な噴射力によって、無理矢理にドリルを押し込んで進み、惑星のマントル内まで掘り進むのだ。
「ん……。
迂闊に磁場コーティングを破壊すると、とてつもない大爆発が起きる仕組みとなっているけど、磁場コーティングそのものは反応核が生み出すエネルギーを転用しているため、ちょっとやそっとでは乱れないほどに安定している。
そのため、この弾頭部だけスパッと切ってしまえば、問題の反応核が爆発することはない。
切り離した後は、どこか安全な方角へ放り捨てて、爆発させてしまえばいい」
言いながら、エステ皇女がテディベア型端末の背部パネルにスラスラと指で書き込む。
すると、メインモニター内に映し出された反応弾の弾頭基部が、赤色で塗り潰された。
「そういえば、遠隔起爆とかは大丈夫なんでしょうか?
首尾よく弾頭を切り離せても、スイッチ一つで爆発してしまっては、たまりませんけど……」
「問題ない。
20世紀の核弾頭からこの手の兵器には遠隔制御装置が搭載されているが、それは軌道修正や、任務中止による弾頭の無力化が主な役割。あとは現在情報の送信。
そもそも、敵の手による盗難や誤作動、妨害を外部装置から受けては元の木阿弥なので、むしろ可能な限り単純化された構造こそ望ましい。
この反応弾はかつて使われた設計図を工夫なくそのまま流用しているようなので、変な話だけど、安全思想がそのまま息づいている」
スラスラと語るエステ皇女。
「ではではー。
相対速度も合わせたことですし、さっさとやっちゃいましょー」
それを受けて、イラコママが右腕対艦刀を高々と掲げた。
つまり、対艦刀へのエネルギー供給の出番。
「右腕対艦刀、出力を増しま――」
「――まだ、その必要はない。
所詮は直径五メートル程度の飛翔体。
申し訳程度の電磁シールドは張られているけど、通常出力で切断可能」
「はい……」
……出番ではなかったらしい。
世の中、そうそう必殺兵器が必要になる場面はないということだ。
「うふふー。
マミヤちゃんの出番は、この後ですねー。
そして、ママ緊張の瞬間ですー」
確かに、これは緊張の瞬間。
のほほんとしているイラコママと淡々としているエステ皇女に誤魔化されているが、もし失敗した場合、アマテラスオオカミは宇宙港の一画と、周辺に漂っている――アマテラスオオカミが破壊した――味方艦を巻き添えにしながら、反応爆発の中へ消えゆくのだ。
『し、慎重に……!
慎重にお願いしますし……!』
ゆえに、上半身を構成していながら何もすることがないフレイヤの副官ことナイーダ少尉が、すがるようにお願いするのは当然の――。
「――えい」
――スパアンッ!
なんのタメも前振りもなく……。
実にアッサリと右腕対艦刀が振るわれ、特に盛り上がりもなく弾頭が切り離された。
『「ええ……」』
マミヤと声をハモらせる通信ウィンドウのナイーダ少尉だ。ひょっとしたら、友達になれるかもしれない。
「イラコママ、ロケット本体は放っておいていい。
慣性で惑星レクの大気圏に突入するだろうけど、エネルギー供給が途絶えて電磁シールドを維持できないから、突入時の熱で燃え尽きる」
「はいはいー。
では、危ない弾頭は、しゅーとー」
惑星を破壊可能な兵器って、こんなぞんざいな扱いをしていいものなのだろうか?
アマテラスオオカミが脚部を振るい、サッカーボールか、あるいはラグビーボールのように切り離された弾頭部を蹴り出す。
とはいえ、さすがにそっと押し出すような形なので――。
「発勁はいりますー」
――バビュンッ!
優しいのは押し始めだけで、勢いが付き始めるや否や、どうやってかアマテラスオオカミの超巨体によって生じる運動エネルギーが、無駄なく弾頭の推進力として伝播。
プラズマジェット推進機関を用いていないというのに、高速艦もかくやという勢いで遥か彼方に打ち出され、危うくロストしそうになってしまうマミヤである。
「マミヤ、最大出力――今」
「――ッ!?
右腕対艦刀、出力300%!」
エステ皇女に言われるまま制御パネルを操作すると、アマテラスオオカミの右腕対艦刀に変化が生じた。
刀身を覆う電磁エッジが、圧力を増しながらオーラのごとく可視化され、アマテラスオオカミ本体に倍するまで大きさを増したのである。
こうなると、今のアマテラスオオカミは右腕部が長大な光の剣と化しているかのようだ。
「すごい……」
「おー……。
シミュレーションよりすごいことになった」
マミヤが息を呑むと、設計者であるエステ皇女が、何やら聞き捨てならない言葉を漏らす。
それから、イラコママが必殺の剣技を開帳したのだ。
「いきますよー。
めーいーどー……。
まーんーげーつーぎーりー」
絶対に全部ひらがな発音しているイラコママがお胸をゆっさりと揺らしながら、左手で半円を描き、右手でそれを断ち切る。
すると、おお……アマテラスオオカミが、右腕対艦刀を反時計回しにし、電磁エッジの残光で満月を描いたではないか!
そして、描いた満月を断ち切るかのように、縦一線の真っ直ぐな太刀筋で、最大出力の対艦刀が振るわれた。
おそらく、これも縮地と同じく、瞬間的な運動エネルギーの集中による現象なのだろう。
ただでさえアマテラスオオカミ以上の全長だった電磁エッジが、さらにその切っ先を伸ばし、遥か彼方まで蹴り飛ばされたドリル弾頭を――断ち切る!
瞬間、巻き起こるのは、磁場コーティングから解き放たれた反応核のビッグバンめいた大爆発。
それは、この惑星レクにおける大騒動の終結を、見る者全てに伝える大花火でもあったのである。




