アマテラスオオカミ・ブレイド 3
さて、まずはこのイラコ・ジーゲルが今現在、またも味方の手によって陥っている苦境に関して説明せねばならないだろう。
最初に触れるべきは、顎関節。
精神的衝撃により、本来の可動可能範囲以上に開かれた下顎の軸部分が脱臼状態へと陥り、自力による復帰が不可能となっていた。
顎が戻らないのだから、当然口を閉じることもできず、これは強制的な半開き状態。
唾液を飲み込むこともできないので、口内にはよだれが溢れ、真っ当な発音もできないことから、俺は情けなくも「あ……あ……」と呻くことしかできずにいた。
要するに、だ……。
まったく知らされていないアマテラスオオカミの新形態――ブレイドをタイゴンのコックピットから見た俺は、驚きの余り、カクリと顎が外れてしまっていたのである。
「あがががが……」
なんだろう? どうして俺は、こんだけ色々あった本日で最大のダメージを、アルファードでもイゾーロ先生でもなく、味方が原因で負わされているのだろう?
もし、俺がなんらかの物語の主人公であった場合、絶対にしてはならない絵面になっている自信があった。
「が……ふん!」
ともかく、あがあが言っていても仕方がないので、両手で顎をはめ込む。あー、やだやだ。外れるのが癖にならなきゃいいんだけど……。
『ちょっと、イラコ!
なに、顎外してんのよっ!』
通信ウィンドウに姿を現していたユカタ姿のディートが、理不尽なクレームを俺に付けてくる。
「んなこと言ったって、お前……。
この状況なら、外れるだろ、顎。
お前も俺に遠慮することなく、外してくれて構わないんだぞ?」
言いながら、肩をすくめる俺。
ついでに、先生が乗ってたM2の対艦刀を担いでいるタイゴンの方にも、「やれやれ」のジェスチャーを取らせた。
『アンタじゃあるまいし、誰がそんなみっともないリアクションするもんですか!
で、なんなのよ、アレ?
いつの間に、アタシの大事なフレイヤをあんなにしていたワケ?』
「いつの間にって言われたら、向こうが通信で説明してた通り、最初からとしか言いようがないだろ?
エステがどこにどれだけのシンパを抱えているか、それこそ特高の専門部署でもなければ掴めないんじゃないか?」
ちなみに、特高っていうのは、特別高等警察ね。公安局とか公安部と言い換えても可。
要するに、一般に広く存在を知らせてる方の諜報組織である。
『まあ、例によって、『こんなこともあろうかと』用意していた形態なのではないだろうか?
それが、まさに今、役に立とうとしているわけだ。
相手が起動済みのアビス級反応弾である以上、他に手立てはあるまい』
タキオンネットを使った通信の性質として、電波を用いたそれとは異なり、発信位置の特定ができない。
加えて、機体そのものも隠密性重視のビルドを施されているらしいシレーネさんが、所在不明のニンジャみたいな状態で会話に割って入ってきた。
「だな。
俺のママが操縦をしているところに、適切な得物が渡ったんだ。
こっちもここまで頑張ったんだし、後は高みの見物としゃれこもうぜ。
に、しても――」
そこで、チラリ……と、タイゴンが四つのカメラアイをベレンジャーの方へと向ける。
ワインレッドに染め上げられた偵察狙撃機は、右の下腕部を喪失しており、フレイヤから射出してもらったらしい予備の粒子狙撃銃を、左手一本で携行している状態だ。
その状態で、アマテラスオオカミやフレイヤから離れた位置で暴れている戦艦を無力化していたようであった。
『……何よ?』
で、湯上がりのため、金髪をポニーテールにしているディートは、そんな俺の様子に不審そうな眼差しを向けてきたが……。
「いや、お前の機体だけ被弾してるなって(笑)」
『……はあああああっ!?』
続く俺の言葉に、そのポニーテールを逆立たせながら怒りを爆発させたのであった。
『何よ! こっちは火力が貧弱なあんたと違って、何隻もの戦艦を無力化してるんだからね!
スコアはこっちが上よ! 圧倒的に!
そうやって神経すり減らしてるところで、大火力機の広範囲砲撃受けたんだから、四肢の一本くらい喪失するわよ!
しかも、そいつ妙に達者なカラテを使ってきたし!』
「ハッハッハ……」
『ちょっと、聞いてるの!?』
「聞いてる、聞いてる」
通信ウィンドウに向け、手をひらひらと振りながら軽薄な笑顔で返す。
自分でも、驚きの演技力。
将来は役者さんでも目指そうかしらん。
……そうか、カワハラも逝ったか。
なんとなく、そんな気配は感じていた。
右腕一本程度の喪失とはいえ、ディートに手傷を負わせられるカラテ使いは、この戦場で他にいないだろう。
ああ、本当に疲れたし……後のことはもう全部、ママと、エステが造ったアマテラスオオカミに任せよう。
きっと、マミヤちゃんが俺に代わって見届けてくれるはずだ。
だから、俺はパイロットシートの背もたれを倒して――。
『――ちょっと、ちゃんと聞きなさいよ!』
「あいて!?」
……通信ウィンドウを突き出てきたディートのポニテから、目突きを喰らうのだった。
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アマテラスオオカミ・ブレイドへと合体完了したその瞬間、今はマミヤが使っている通信士用のコンソールにも異変が生じる。
各計器が装置の基部へ格納されたかと思うと、代わりに、タッチパネル式の制御端末が姿を現したのだ。
「これは……エネルギー制御ですか?」
「ん。
ディフェンス寄りに調整されていたサンダーと違い、ブレイドは同期したフレイヤとアマテラスのリアクター出力を細かく調整することで、右腕対艦刀の切れ味と刀身幅を大きく変更することができる。
その役割は、マミヤに任せた」
「ええ……。
えっと、こんな感じでしょうか?」
上部に『100%』と表示されたタッチパネル内には、クラブのDJが扱うコントローラーのように二つの円盤もデジタル表示されており……。
試しに、両方の円盤を回してみる。
すると、上部に表示された数字が『115%』へとその数値を変えた。
「おーすっごいですねー。
これなら、どんなお大根でもスッパリいけそうですー」
イラコママがのん気な声と共に操縦桿を操ると、アマテラスオオカミ・ブレイドが右腕そのものでもある対艦刀を高々と掲げる。
電磁系の近接兵装であるからには、当然ながら、高圧の電磁シールドで表面をコーティングしているわけだが、通称で電磁エッジとも呼ばれるそれの厚みが、明らかに先ほどより増していた。
通常ならば可視化されることのないそれが、うっすらとオーラのように右腕対艦刀を覆い始めているのである。
「ものすごい電磁圧……」
「フレイヤ単独で用いる際の電磁圧を100%として、最大で300%まで対艦刀に回すことができる。
ただし、それをやると左腕スラスターや、機体表面を防御する電磁シールドの防御力にも影響が出るので、ご利用は計画的に」
そこに宿った強烈な攻撃力に戦慄しているところへ、エステ皇女が淡々と注意事項を述べた。
「今回の場合ですとー。
惑星レクに飛んでいく反応弾へ追いついてスパッと斬っちゃうだけなので、あまり気にする必要はなさそうですねー。
では、一度出力を元に戻してくださいー」
「了解!
対艦刀の出力、100%に戻します」
マミヤが円盤を操作すると同時、イラコママが左の操縦桿を軽く操る。
すると、連動してアマテラスオオカミも、フレイヤの艦尾スラスターがそのまま転じた左腕を動かしたのだ。
反応弾と反対側……。
すなわち、進みたい方向と真逆に、噴射ノズルが向けられた形。
「ではでは、縮地と合わせて最高速を出しちゃいますよー」
「え? ちょ、待――」
残念ながら、イラコママに待ったはきかず……。
マミヤ・ビルケンシュトックは、本日最大級の瞬間移動体験をする羽目になるのであった。




