アビス級反応弾 中編
グラビコンシステム。
重力及び慣性の制御システムを指す総称であり、ワープドライブやタキオンネットと共に、宇宙進出時代における三大発明と呼ばれている。
だが、マミヤ・ビルケンシュトックが、今日ほどその存在を感謝したことは、今までなかった。
それほどまでに、イラコママの操縦は――殺人的。
「うふふー。
とっても楽しいですねー。
ママ、こんなに乗りこなし甲斐があるマシーンは、初めてですー」
普段は祖父メケーロが座している操舵席で、アマテラスオオカミ合体時にのみ出現する操縦桿を握ったプニプニほっぺのメイドさんが、ほっぺ以上にプッルンプルンなお胸を揺らしながら、ニコニコ笑顔で腕を動かす。
すると……おお……何が起こったのか……。
ハッキングによりランダム砲撃をしている帝国軍戦艦や、シレーネに翻弄されているサムライ・ドンナーの軍団、遥か彼方で瞬いている星々の輝きなど……。
ブリッジ正面のメインモニターに映し出されている光景が、尾を引いて残像となっていくのだ。
ただし、それはごく一瞬のこと。
気がつくと、すでにメインモニターは、45口径35.6cm連装粒子砲を大写しにしていた。
しかも、一基ではない。
段差を設けて、前後に二基が並んでいるのだ。
銀河帝国の戦艦において、最もポピュラーで、駆逐艦に次いで建造量が多い艦種……巡洋戦艦の前部甲板である。
何が起こったのか、説明せねばならないだろう。
と、いいたいところだが、実のところ、何が起こっているのか説明してほしいのは、マミヤの方だ。
が、推測することはできる。
おそらく、イラコママはイラコ皇子がタイゴンでよく見せる瞬間移動じみた移動術を、このアマテラスオオカミでもそのまま再現。
結果、短距離テレポートでも果たしたかのごとく、モニター内の映像が飛び飛びとなっているのであろう。
だから、グラビコンシステムの開発者たちに感謝。
彼ら偉大なる科学者たちの尽力がなければ、マミヤたちは無茶苦茶な加速の代償として発生する慣性をモロに受け、このブリッジ内で赤黒い染みとなっていたに違いない。
そんなマミヤの心境を、知ってか知らずか……。
「イーラーコーマーマー……。
パーンチー」
のんびりほんわりした口調で技名をつぶやきながら、アマテラスオオカミ・サンダー唯一の武装である腕部電磁シールドパンチを繰り出すイラコママ。
ジャパンの伝統的ドールであるコケシを思わせる見た目童女なメイドさんの操作は、祖父メケーロにも劣らぬ繊細な代物である。
槍のごとく突き出されたアマテラスオオカミの腕部電磁シールドが、連装粒子砲の基部のみを的確に破壊し、使用不能状態へ追い込んでいるのだ。
見た目としては、もし、この巡洋戦艦がプラモデルだとした場合、同じ箇所に焼きゴテをほんの数秒押し付けた程度の破壊であった。
「エネルギー伝達系のピンポイント破壊を確認。
イラコママ、次の砲塔を壊して」
ユカタ姿でキャプテンシートに腰かけたエステ皇女が、湯上がり時、マミヤの手で二つのお団子状に結わえた銀髪を揺らしながら、無感情につぶやく。
恐ろしいことは、大画面に映し出されたこの映像を見ていながら、眉一つ動かしていないこと。
マミヤの方は酔い止め薬を飲んでいてなお気持ち悪く、気分を落ち着けるように、アップで結わえた黒髪を撫でているというのに……!
「はいはーい。
リクエストにお応えしちゃいますよー」
言いながら、イラコママがアマテラスオオカミの左腕部を操作。
今度繰り出したのは、横薙ぎの――手刀!
――シュピン!
……という音が、真空の宇宙に響き渡りそうなほどの鋭さである。
その切断力たるや、絶大なり。
腕部電磁シールドの縁が、そのまま刃物の役割を果たし、じゃがいもでも切るかのような容易さで、残る連装粒子砲が基部から切断された。
「さすがは、イラコママ。
基部の接続面以外には、一切のダメージがない。
内部の電装系を剥き出しにして結び付ければ、そのまま再利用も可能なほどの鮮やかな分解ぶり」
「うふふー。
なんだか、コツが掴めてきましたー」
掴めてなかったのにコレなんですか!?
などと、ツッコミを入れている余裕はない。
またもメインモニターに映し出されている映像が尾を引いて置き去りとなり、健在な連装粒子砲二基が映し出された。
たった今、二基の連装粒子砲を破壊した巡洋戦艦の後部甲板である。
艦隊決戦において主力を担う巡洋戦艦というのは、前部甲板と後部甲板にそれぞれ二基ずつの連装粒子砲を装備し、砲撃の死角が生まれないようになっているのだ。
最大火力を見舞う際は、艦を横向きにして、前後二基ずつの連装粒子砲を一斉射するというわけであった。
「お魚でもお肉でもお野菜でも、包丁の入りやすい“目”のような箇所がありますが、それは、戦艦相手の戦闘でも同じですー」
やはり、横薙ぎのシールドチョップを振るい、玉ねぎでも切るかのように基部から連装粒子砲を切断しつつ、イラコママが解説する。
「現代兵器の表面部は電磁シールドによって覆われており、通常、電磁系の近接武器で攻撃する際は、より密度と圧力の強い電磁力をぶつけて、無理矢理にそれを突破しているわけですがー……。
このように、電磁シールドが表面部を循環する流れを読み取り、隙間にスッ……と刃を刺し入れてあげると、抵抗なく綺麗にスパスパできるわけですねー」
「さすがはイラコママ。
とても丁寧な解説を聞いてるはずなのに、何を言っているのかサッパリ分からない」
エステ皇女のツッコミは、そのままマミヤの代弁であった。
状況が状況のため、湯上がりのまま着用し続けているユカタの胸元をそっと開けて、手扇で風を送り込む。
このアマテラスの主であるイラコ皇子が不在だからというのもあるし、そうでもしないと落ち着かないくらいには、心が乱れているからでもあった。
(いっそ、他の部署の人たちみたいに、外の状況を知らないままでいられたらな……)
埒もなく、そんなことを思う。
当然ながら、こうして外の映像を見ているのは、このブリッジに詰めているマミヤたち三人だけで、他のお爺ちゃんお婆ちゃんニワトリさん牛さん『プロテイン・ダイナミクス社』総帥さん人質の皆さんは、グラビコンシステムの恩恵を受け、慣性を意識することもなくそれぞれの作業をまっとうしている。
つまり、そちらの皆さんからすれば、この異常な状況も、通常航行時となんら変わらないということ。
マミヤが気が気でないのは、ブリッジ内のモニターに映し出された映像を脳が現実のものとして処理しようとした結果、バグってしまっているからなわけで、何も知らずにいられる立場というものが、うらやましく思えた。
「はーい。
巡洋戦艦の活け造り、出来上がりですー」
後部甲板に残っていた最後の連装粒子砲を無力化したイラコママが、ニコニコ笑顔で報告する。
もはや、新番組『メイドママさん三分クッキング』といった趣。
イラコ皇子たちの戦いも無事に終結したようであるし、このまま、いまだハッキングの呪縛から逃れられていない帝国艦船を無力化していけば、事態解決であろうと思っていた、その時だ。
「――強力なリアクター反応!?
これは……アマテラスオオカミ五機分!?」
あまりに強大なリアクター反応を、手元のレーダーコンソールが検出したのである。
それにしても、このエネルギー値と密度は、尋常なものではない。
「そんな……あり得ません。
サイズは50メートル程度でしかないのに、これほど強力な核融合エネルギーを発するなんて……」
「あらあらー。
現実に起こっている以上、目を逸らしてもなんにもなりませんよー?」
「イラコママの言う通り。
それに、このリアクター反応は、計器の使い方を学ぶ際に、誰でも必ず叩き込まれる」
戦慄するマミヤを、イラコママとエステ皇女がそれぞれの言葉でたしなめた。
つまり、二人もこの反応の正体がなんであるのか、悟っているということ。
そして、マミヤも現実逃避をやめて、これと向き合わなければならないということだ。
すなわち……。
「アビス級反応弾……。
かつて、母なる地球を滅ぼした悪魔の兵器……!」




